第65話 婚約者との再会

 体型改善が成功した事は嬉しくあるが、自分の身体の変化なのだから、これまでの日々でも実感してはいた。

 なら何故、今日改めてそのことを考えていたかと言えば一つの理由があった。

 というのも、

 


「………これなら、アリアさんとの条件も果たせるかな」

 

 そう、以前にアリアが訪れた際に交わした条件。

 俺が変わった事を証明するために、一月という期間を用いて、目で見て分かる程に痩せるという事。

 

 剣術や魔法の訓練で過ぎるように時間は流れ、あれから丁度一月が経った。

 本日は一月前に定めた条件通り、アリアがまたこの離れに訪れる日だ。


「こんなに変わっているんですから、アリア様も絶対に納得しますよ」


 俺がアリアとの約束に思いを馳せていると、アンナが背中を押すように力強く告げる。

 確かにやれるだけはやったし、自分で見ても十分な成果が出ていると思う。

 後は自信を持って、アリアとの再会に臨めば良いだけだ。


「………そうだね、ありがとう。………じゃあ、アンナにはまたお茶の用意なんかをお願いして良いかな?」


「はい、お任せ下さい」


 そんな所でアンナとの朝のやり取りが終わりはしたが、よく考えればまだ朝食も取っていない事に気付き、二人で食堂へと向かう。

 穏やかな雰囲気のまま朝食を取り、先程の言葉通り、片付けや掃除といった仕事を分担し進める。

 

 とはいえ、まだ時間としては朝早く、アリアが訪れる午後までは余裕がある。

 買い物やその他の仕事は一先ず無いということで、訓練場でのトレーニングに励む。

 身体強化を施したままで基礎的なトレーニングから始まり、剣の素振りも行っていく。


 その場に居た騎士達から、若干白い目で見られているような気はするが、やはり効率的なトレーニングだと思うので、続ける事にした。

 休憩を取りつつ身体を動かしていれば、時間が流れるのは早いもので、あっという間にアリアが訪れる2時間程前となった。

 入浴や食事、出迎えの準備などを考えれば、この辺りで切り上げた方が良いだろう。

 


 離れの中に戻り、身体を流し昼食を取った後。

 前回同様、他家の令嬢、それも婚約者に会うという事で普段より高級な衣服を身に纏う。

 まあ単純に礼節という以外にも、こうする事で関係改善のため少しでも印象を良くしたい、という魂胆もあるのだが。


 衣服を着用した後は軽く髪を整える。

 自分でやっても良かったが、侍女としてアンナがこの辺りのスキルを持っていたため、任せることにした。

 料理や日々の仕事同様こういった技量も高く、確実に自分でやるよりも良い仕上がりとなっていた。


 全ての支度が整い、自らの容貌を確認する。

 カジュアル色の強い準礼装を身に付け、髪も綺麗に整えられた姿は、太っていた前回とは比ぶべくもない程に様になっている。

 白金の髪が淡く輝き、濃い碧の瞳が特徴的なその容姿は伯爵令息として、……アリアの婚約者として相応しいとまではいかずとも、あり得ないレベルでは無くなった。



「身なりは全て整ったけど、…………どうかな、アンナ?」


 出迎えの支度が完了した姿をアンナにも尋ねる。

 現実を直視する事を恐れ、自分で勝手に美化してしまっている可能性もあるからな。


 質問をしつつアンナに向き直ると、当のアンナは何処か興奮した様子で小さく独り言ちている。


「(か、格好良いっ。………良い、凄く良いっ//)」


「?…………やっぱり、似合わないかな?」


「いえっ!とても、とても良くお似合いです!!」


「そ、そっか。……ありがとう」


 謎に力強く宣言され、やや引き気味に答える。

 とはいえ、アンナにも太鼓判を押して貰えたのなら、不必要に気後れする必要も無いだろう。

 

「色々と支度を手伝ってくれてありがとう。……じゃあ、俺は出迎えのために門の所に行くよ」


 準備にも相応の時間を要したため、アリアの来訪まで残り十数分となっている。

 ある程度時間が前後する可能性を考えれば、待つのに決して早くない時間だ。

 アンナにその旨を伝え、離れを出るのだった。





 2回目となるアリアの来訪。

 勿論今回も緊張してはいるが、その度合いは前回より大分小さなものだ。

 前回で既に関係の改善はある程度受け入れて貰っているし、話す位なら問題無く出来る。

 条件をクリアしているかが少し気掛かりだが、そこは本当にアリア次第なため、気にし過ぎても仕方ないだろう。


 と、そんな風に定まらない思考を続けていると、前方から華美な装飾を施された馬車とそれを囲うようにした騎士の一団が姿を見せた。

 どうやら、アリア達が無事到着したようだ。


 前回同様屋敷の門の前で停車し、騎士達は静かに佇んでいる。

 ただ俺の姿を視認した途端、ぎょっとするような反応を見せていたため、変わり果てた俺の姿に驚いたのだろう。


 騎士達の反応からも自分が相当変われていることを確認し安堵していると、馬車の扉が開く。

 アリア付きの侍女が先に降りた後、当のアリア本人も姿を現す。

 実際に目にするのは2回目な訳だが、その美しさは全く衰えていない。

 白銀のセミロングも蒼冰アイスブルーの瞳も宝石の如く輝いており、幾ら変わったとはいえこの美しさにはやはり不釣り合いでは無いかと、そんなことをふと思う。


 馬車から降りたアリアは俺の姿を視界に捉えると、目を大きく見開き驚愕した様子を見せる。

 反応自体は前回と同じだが、その理由は異なるものだろう。

 この反応を見る限りでは、一月前に交わした条件は達成出来たと思えるだろうか。


 一先ずアリア達に近づき、出迎えの挨拶をする。



「御足労頂きありがとうございます。お久し振りです、アリア様」

 

 実際には一月しか経っておらず、そこまで久しぶりという訳でも無いが。


「…………お久し振りです、ラース様。………凄く、変わられましたね。正直、別人かと見紛う程です」


 やや呆然とした様子で、そう告げるアリア。


「一月前にお約束しましたからね。…………その言葉を解釈すると、以前に交わした条件は果たす事が出来たと考えて宜しいでしょうか?」


「………ここまで変化を見せられては納得しない訳にも参りません。本当に、見違える程に変わっておいでですから。………しかし、ここまでするのは、相当大変だったのでは………?」


 一先ずアリアとの約束を果たす事が出来たということに強く安堵する。

 その点が気掛かりだったが、これでようやくアリアとの関係をやり直す事が出来そうだ。

 ホッとした感情が強く、思わず気が抜けかかったがアリアの質問に答えなければいけない。

 とはいえ、


「アリア様に信用して頂くためですので、大変だとしても努力すべき事ですから。それにアリア様にご納得して頂けたのなら、それだけで日々の努力も報われます。………と、このままお話を続けたい所ですが、とりあえずは屋内へ参りましょうか」


 屋外で話し続ける訳にもいかないため、離れの中に入るようアリア達に告げる。

 その提案に異を唱えるはずもなく、一行を連れ添って離れへと向かうのだった。

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