第64話 目標達成

 俺がこの世界に、ラース・フェルディアに転生してから最も努力してきた事。

 言い換えれば、時間と労力を最も掛けてきた事は何かと問われれば、間違いなく体型改善のための運動と言える。

 まあ途中からは身体を鍛えたり、剣の技量を高めたりとダイエットだけが目的だった訳では無いが、転生してから2ヶ月の間、本当に毎日ずっと努力してきた事だ。


 特にする事が無かったという理由もあるが、朝も昼も夜もただひたすらに運動をしてきた。

 そして今、これまでの努力が報われようとしている。

 というのも、



(…………………凄い痩せてる)

  

 姿見の前で上半身裸になりつつ、自分の身体を眺める。

 溜まりきっていた脂肪は大きく減少し、見た目の印象としては痩せ型とまではいかないものの、体格が良いという表現に収まる。

 それも鍛え続けた効果か、どちらかと言えば筋肉質だと捉えるのは、現実逃避からくる希望的観測だろうか。


 まあそれでも、本当に初めの頃と比べたら見違える程に痩せている。

 そしてここまで順調に減量した要因としては、ここ一月の成果が大きい。


 セドリックによる剣の指導、やはり実践的な訓練というのは自分一人で鍛えるよりも、より大きな効果があるのだろう。

 剣の指導を開始してからは、それまでよりもさらに順調に痩せていた。

 

 とはいえ、2ヶ月の間毎日一日中トレーニングをしてきたため大きく痩せるのは理解出来るが、それでも些か急激に痩せすぎという印象もある。

 勿論、最も大きな要因としてはアンナの治癒魔法によって、一日の肉体的疲労を強制的にリセットする事でオーバーワークを強行してこれたという点が挙げられる。


 そしてその他の要因として、俺は魔法の使用が効果的だったのではないかと考えている。

 剣の訓練を開始してからも順調に痩せていたが、魔法の指導を始めたここ2週間では、さらにハイペースで減量していた。

 確証なんてないし、俺の想像でしか無いが魔法はダイエットに効果的なのかもしれない。


(…………まあ無事痩せたんだし、気にする事でも無いか)


 と、体型改善が成功した嬉しさからか、やや投げやりな思考になりつつ、そう結論を下す。


 

 しかしそこまで考えた所で、痩せる事が出来たというのはあくまで俺の主観だった事に思い至る。

 本当にそうなのか知るためには、やはり客観的な意見が欲しいと考えていると、何とも丁度良いタイミングで自室の扉がノックされる。


「お目覚めでしょうか、レイトさん?」


 声の主は当然アンナであり、時刻は朝のため朝食の用意が出来た事を知らせに来てくれたといった所だろうか。

 

「ああ、起きてるよ」


 ダイエットの成果をアンナにも尋ねようと考えつつ、入室の許可を取るアンナに応える。

 すると、



「失礼しま、………ひゃあっ!?」


 扉を開け部屋に入りつつ俺の姿を視界に捉えた瞬間、そんな可愛らしい声を上げつつ勢いよく顔を背けるアンナ。


 そんな反応を不思議に思う、…………ということは流石に無く、直ぐに理由は思い至る。



(いきなり上半身裸だったら、普通驚くか)


 

 とはいえ痩せているかどうか尋ねるのなら、どの道見せる姿だ。

 既に脱いでいるか、後で脱ぐかの違いしかない。

 それでも一言断ってからにするべきだったかと申し訳無く思っていると、


「も、申し訳ありませんっ!!」


 赤くなった顔を両手で覆いつつ、俺に向かってそう謝罪するアンナ。

 俺が入室の許可を出したのだから、アンナが悪い事など何一つ無いのだが、気が動転しているのか先程のやり取りにも気付いていない様子だ。


 とにかくアンナは悪くないと主張しようと思い、言葉を紡ぐ。



「いや、アンナは何も悪くないよ。これは、俺が見てもらいたくて脱いでいただけだから」


「み、みみ見てもらいたくて!?…………そんな朝から、だ、駄目ですっ!………いえ、嫌という訳では無いんですが、私も心の準備がっ!?」



 俺も大分テンパっていたのか、完全に言葉を間違えてしまったと、今更気付く。

 アンナは赤かった顔をさらに真っ赤に染めつつ、何やら見当違いな事を口走っている。


 

 痩せた事が嬉しく思いの外テンションが上がっていたのか、俺も落ち着いて物事を考えられなくなっているのだろうか。



(朝から何をやってるんだ、俺は…………)


 完全な自業自得に呆れ、迷惑を掛けてしまったアンナに酷く罪悪感を感じる。

 そんな思いを抱きつつ、一先ず服を着てアンナを落ち着けるのだった。




 

 お互いに落ち着いた所で、先程の件についてアンナにしっかりと説明をする。


「………成程、痩せているかどうかを私にも判断して欲しかった、という事ですか」


 未だその頬にはやや朱が差しているが、大分落ち着いた様子で元々の本題について納得するアンナ。


「ああ、そうだったんだけど。………ごめん、完全に俺の配慮が足りなかった………」

 

「はぅ、………先程の件については、もう忘れて頂けると助かります」


 俺の謝罪に、そう応えるアンナ。

 確かにこれ以上掘り返しても、お互いに良いことなんて無いか。


「そうだね、分かった。………それで、どうかな?俺としては結構痩せてると思うんだけど」


 改めて事前に断ってから、上着を脱ぎ体型改善の成否をアンナに尋ねる。

 アンナは俺の身体を見ると、やや驚いたように目を瞬き、告げる。


「凄い、……本当に凄く痩せてますよ!日々変化は感じていましたが、改めて見ると驚く程痩せています」


「……そっか、なら良かった」


 やや興奮気味にそう告げるアンナ。

 その言葉を聞き、ホッと安堵の息を吐く。

 その様子からお世辞を言っている訳では無い事が伝わり、客観的に見ても大きく痩せている事が伺える。


 これで終わりという訳では勿論無いが、この世界での俺の一番の目標であった体型改善は一区切り付いたと言っていいだろう。



 と、そんな事を考えつつ改めて姿見で、自らの容貌を視界に収める。


 上半身も下半身も無駄な脂肪が大分取れて、見た目としては太っていると言われない位には大きく痩せている。

 筋肉が発達した分、体重としてはあまり軽くなっていないかもしれないが、そこは仕方ないだろう。

 トレーニングをしていれば自然と筋肉は付くし、外見的に痩せていれば十分だ。

 それにこれからもトレーニングを続ければ、筋肉を付けつつもより細身になる事も出来るだろう。


 容姿としても頬や首周りの脂肪はすっかり落ちて、顔だけを見れば太っていた事など分からない程に痩せている。

 そのおかげか、ライルとセレス譲りであるラース生来の整った素顔が覗ける。


 

 白みを帯びたやや暗めのブロンドや深い碧の瞳など、伯爵令息として相応しいような外見だ。

 13歳ということもあり、まだ顔には幼さが残るが、数年も経てばより整った精悍な顔立ちへと成長するだろう。


 

 と、そこまで考えた所で、


(…………って、凄い自画自賛してるみたいだな)


 鏡に映る存在があくまでラースの顔であり、他人を見ている感覚だったが、それが今の自分だと思うと急激に我に帰り、恥ずかしい思考だったと感じる。

 

 ただ、水無瀬令人の外見が平均的な日本人である黒髪黒目だったことを思えば、現在の自分とはいえ容姿だけはどうしても別人だと思える。

 ラースである事に最早違和感など無いが、ここだけは改めて見ると違いがありありと感じられる。



 と、この辺りで一旦思考を切り上げ、アンナに向き直り告げる。


「………アンナ、今まで離れの事の大半を任せてしまってごめん。少しトレーニングも落ち着けて、これからは俺も手伝うようにするから」


 これまで、一日の殆どを運動に捧げていた分、当然離れでの仕事の多くをアンナに押し付けてしまっていた。

 一応話は通していたとはいえ、決して小さくは無い離れをアンナ一人で維持・管理してきたのだから、相当な仕事量だろう。


「いえ、レイトさんだって凄く忙しい中、色々と手伝ってくれたじゃないですか。それに、前にも言いましたけど、気にされなくて大丈夫ですよ。そもそも私はメイドですし、それがお仕事ですから」


「そういう訳にもいかないよ。俺がアンナ一人にやらせるのは嫌なんだ。二人で暮らしているんだから、二人で一緒にやろう」


 アンナの言葉は理解出来るしとても嬉しく思うが、立場を笠に他者に押し付けるのは罪悪感が凄い。

 これまでは体型改善のためだとしてきたが、それも落ち着いたのなら俺も手伝うべきだ。



「レイトさんは相変わらずですね。………分かりました。じゃあ、お願いします」


 アンナは俺の言葉に困ったような、それでいて何処か嬉しそうな様子でそう答える。

 2ヶ月を共にした事で、俺がこういった局面で中々折れない事を理解してくれているのだろう。

 そんな時間の流れとともに、アンナとの関係がより親しくなった事を改めて嬉しく感じた。

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