第63話 気兼ね無いやり取り
魔法の指導開始から数日。
剣術の指導と並行して行っているため、全ての時間を魔法の訓練に使えている訳では無いが、それでも大分進歩したとは感じている。
この数日間、魔法に関しては身体強化のみ訓練しており、今では剣の打ち合いの中でも身体強化を維持出来る程度にはなっていた。
成長の要因として、やはり圧倒的な魔力量が大きく、どれだけ鍛錬を続けても魔力枯渇に陥らないため、普通の人と比べると時間をより多く取る事が出来るというメリットがあった。
ただ俺の魔力量はやはり相当な物のようで、際限なく魔力を込めてしまえば、それだけで人外な力が出せるようになってしまう。
単純に危険だし、それでは剣の鍛錬にも支障が出るため、今はまだ強化幅は決められたもの以上は控える事となっている。
日中、身体強化を持続させながらの剣の打ち合いをしている中での休憩で、ふとセドリックが告げる。
「…………魔法の指導は身体強化のみに限定していますが、ラース様はそれでも宜しいのですか?」
「ええ、特に問題はありませんが…………?」
セドリックの問いかけの意味がいまいち分からなかったため、軽く首を傾げつつ返答する。
まだまだ身体強化も完全に扱えている訳では無いし、他の魔法を使いたいとは特に思わないが。
「魔法を習い始めたばかりの人間、特に子供に関しては地味な身体強化などより、もっと派手な攻撃魔法を使いたがるのですが、………やはり、今のラース様はあまり子供らしくありませんな」
そう言って、少し可笑そうに笑うセドリック。
その言葉を聞いて、先程の問い掛けの意味も理解出来た。
確かに、俺自身様々な魔法に興味が無いと言えば嘘になる。
子供なら尚更、見た目や威力が派手な魔法を教わりたがるものなのだろう。
「あはは、確かに他の魔法に興味が無い訳ではありませんが。それでも地味かもしれませんが、身体強化はとても大切な魔法ですし、それが未熟なままで色々な魔法に手をつける訳にもいきませんから」
「そういった考え方も子供らしくありませんな。ですが、私としては好感が持てます。指導する側としても有難い限りですよ」
そう、愉快そうに微笑むセドリック。
そもそも、指導を請うている立場で好きな魔法を習いたいなどと言えるはずも無い。
(まあ、精神的には17歳で見た目通りの子供では無いからな。………いや、それでもセドリックさんからしたら、17歳も十分子供かな)
と、そんな取り留めの無い雑談を楽しみつつ休憩を終え、再び身体強化を施した状態での打ち合いに戻るのだった。
既に何度も語っていることではあるが、俺が普段鍛錬をしているのはフェルディア伯爵家騎士隊の訓練場である。
騎士達の邪魔にならないよう、隅にスペースを貰っているが、毎日鍛錬をしていれば騎士達と顔を合わせる事も当然多い。
そしてセドリックの指導はあくまで午後からなので、午前の間は俺は一人でトレーニングや剣の素振りをしている。
初めの頃は本当に一人で黙々と行っていたのだが、ここ最近では変化があった。
というのも、
「………相変わらずとんでもない時間トレーニングを続けてますね、ラース様」
「本当だ。そりゃ剣を習い始めてまだ3週間位なのに、あれだけ上達するよな」
「あはは、ありがとうございます」
毎日のように顔を合わせ、少しずつ距離を縮めたおかげか、今では騎士達との関係も初めとは比べ物にならない程改善した。
俺があまり恭しい態度を望んでいないという事を理解してくれているので、会話の雰囲気も大分砕けたものになっている。
とはいえ、あくまでプライベートの時間だからであって、公の場では相応しい振る舞いをするが。
よく話すのは何かと縁のあったコーディーやレクターを含めた若い騎士達であり、勿論それ以外の人達とも挨拶や簡単な会話程度は行える。
この変化は騎士達に限った話では無く、あれからライルとセレスとの食事などのために、本館に行く機会も増えたため、使用人や給仕といった人達との関係も随分と改善した。
どうしようもない悪童であったラースとの仲を改善しようとしてくれる人々には、感謝してもしきれない。
現在も訓練場での鍛錬を行っている最中であり、コーディー、レクターを含む騎士達と雑談を交えつつトレーニングに勤しんでいる。
「…………というか、ラース様。トレーニングや素振りの最中もずっと身体強化を続けてますけど、………大丈夫なんですか?」
やや戸惑った表情で、コーディーがそう尋ねる。
その言葉通り、俺は魔法の指導を開始した日以降、トレーニングや素振りの時も常に身体強化を施すようにしてきた。
身体能力が強化される事により、単純な体力や筋力の増強はやや制限されてしまうかも知れないが、それでも効果がゼロなどということは無いだろう。
また、その分魔法の長時間持続で無理矢理疲れさせる事が出来るし、魔力の制御技術も向上する。
筋力・体力、剣の技量、魔法の質を同時に高める事が出来る非常に効率的な鍛錬方法だと思う。
と、そんな事を考えつつ、コーディーからの問い掛けに応える。
「ええ、何でも俺は魔力量がかなり多いらしく、体調が悪化するような事はありませんよ。………まあ、これだけ長時間使用すると流石に疲れますが、良いトレーニングになりますので」
と、そう答えるとその場に居る騎士達が揃って何とも言えない表情をする。
あまり考えたくは無いが、何処か引いているような反応に感じるのは、気のせいだと思いたい。
「(…………いくら魔力量が多くても、3、4時間ぶっ通しで身体強化維持なんてするか?………いや、休憩は挟んでるけど)」
「(鍛え方が常人とは違うんだ。今でこそ見慣れてるけど、そもそも一日中トレーニングに没頭なんて、普通じゃ無いだろ)」
「(………真面目だし何も悪い事なんて無いけど、ちょっと、いや大分ラース様っておかしいよな)」
俺に聞こえないように喋っているのだろうが、魔力で強化された聴覚では、小声とはいえ何となく内容は分かってしまう。
この世界に転生してから運動については、自分でもかなり頑張ったとは思うが、傍から見ると異常者だと思われていたのだろうか。
予期しない変人扱いに、軽くショックを受ける。
(引かれる位、おかしな事だったのかな?………って、あれ?)
そこで、こそこそと話す騎士達の背後にいつの間にか見慣れた人物が居る事に気付く。
彼らからは完全に死角になっており、未だその人物に気付いていない。
そして、
「…………いくらラース様が砕けた接し方を望んでいるとはいえ、些か不敬が過ぎるぞ、お前達」
地の底まで響くような低い声音で、そう告げるセドリック。
その言葉を聞き、騎士達はギギギッと錆びたロボットのように後ろへ振り向く。
声の主を視覚としても認識し、逃れられない現実だと悟った彼らは一斉に俺に向かって告げる。
「「「申し訳ありませんでした、ラース様!!」」」
90度、直角である絵に描いたような礼だ。
騎士隊の隊長という直属の上司であるセドリックに睨まれたとあっては、伯爵家の精鋭たる彼らも他に道は無いのだろう。
だらだらと汗を流す彼らの気持ちがよく分かる程、セドリックの威圧は恐ろしいものだ。
とはいえ、セドリックとしても冗談半分なものという事か、彼らを見るその目元には呆れの色を含む、確かな温かみがあった。
そして、それは俺も同様だった。
嫌われていて、会話すら難しかった彼らとこんなやり取りが出来る事をただただ嬉しく感じる。
そんな思いを胸に、青褪め震えている彼らに苦笑しつつ、助け舟を出すのだった。
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