第62話 才能
初めてとなる魔法の習得。
ラースが勉強してこなかった事に加え、俺自身体型改善や周囲の人間との関係改善に注力してきたため、魔法については未知数な部分が多い。
ただ正直、俺はこの世界に転生してすぐの時点で、魔法を使えるだろうと思っていた。
というのも、
「魔法の習得において始まりとなるのは、自身に宿る魔力の感知です。ラース様は自らの魔力を感じる事は出来ますか?」
「はい。感覚的なものですけど、身体の内側に魔力らしき何かを知覚出来ます」
この世界に、ラースの身体に転生した瞬間から感じていた事ではあるのだが、身体の内側に何か違和感があった。
前世では感じる事の無かったもの。
初めはそれが何なのか分からなかったが、ラースの記憶を得た事で、これが魔力なのだと自覚する事が出来た。
もしラースの記憶が無かったらただの違和感だったため、もっと気にしていたと思うが魔力なのだと分かったのでこれまではずっと放置していた。
とはいえ感じる事は出来るし、なんとなく魔法を使用する事も出来るだろうと感じてはいた。
「魔力の感知が既に出来ているのなら、話は早いですな。後はそれを魔法として事象化します。………多くの魔法は思い描くイメージを魔力によって具象化するのですが、身体強化の場合は魔力を身体に纏う感覚です。私が実演してみると、………このような感じです」
その言葉と同時にセドリックの身体の周りに魔力の揺らぎのようなものを感じた。
魔力に関しては自分のものだけで無く、他者の魔力も感じる事が出来る。
とはいえ、俺がまだ未熟なせいでもあるが、それは何となく感じるという程度だ。
魔法というのは感覚的な部分が大きいので、ただ見るだけでは理解が難しいが、それでもイメージの発端には十分になるだろう。
「身体の内側に宿る魔力を体表全体に纏うようなイメージですな。………難しいかもしれませんが、とにかく試してみましょう」
そう告げられ、意識を集中させる。
そして、
(…………魔力を身体に纏う。………身体能力を強化するイメージ。…………)
「………………!」
自分の中にあるイメージを具象化するように魔力を消費する意識をすると、身体全体が熱い感覚に包まれる。
その変化に驚いていると、対面のセドリックもまた少し驚いたように目を瞬かせる。
そして、
「…………もしやとは思いましたが、やはりラース様は天才型でしたか。………それが、身体強化魔法を使用している状態です」
「これが、…………それよりも、天才型というのは?」
一発で魔法を成功させた事にも驚いたが、セドリックの言葉が気に掛かり、そう問いかける。
「魔法の発動というものは決して簡単なものではありません。一日・数日・数週間、人によってはそれ以上の月日を必要とします。……それ以前にラース様は何気なく行っていましたが、魔力の感知ですら躓くといった人間も一定数存在します」
セドリックの言葉には納得出来ると同時に、驚くものがあった。
俺自身、魔力の感知が出来ていたため、魔法を使う事自体は出来ると思っていたが、こんなに早く発動出来るとは考えていなかった。
しかし、そもそもその魔力の感知も全員がすぐに出来る訳では無いと知り、驚いた。
と、俺がこの世界での標準的な習得難度について思考を巡らせていると、セドリックが続ける。
「ですが、稀に居るのです。生まれ持った天性のセンスで、魔法の発動を容易く成功させる者が。剣の才能などからもしやとは思ったのですが、ラース様はそのタイプだったようですな」
「………………成程」
セドリックの話を聞きつつ、俺は魔法を簡単に発動出来た要因について、一つ思い当たる事があった。
センス云々は良く分からないが、この世界の人々と比べて俺には大きく異なる部分がある。
前世の記憶によって、魔法という事象へのイメージを強く持っているということ。
前世において魔法も魔力も存在なんてしていないが、誰もが思い描く事の出来る常識的なものだった。
アニメや漫画、小説といった創作物により、魔法とはこういうもの、というイメージが明確に定まっている。
特に、それらのおかげで視覚情報として認識出来ている事が大きいと思う。
この世界での魔法の習得は、実際に使う事の出来る人間に教われるという点では、前世よりも習得が容易に思われる。
しかし、それはあくまで指導者の感覚を伝えているだけで、具体的にどういうプロセスで発動しているのか、という事を教えるのは難しいだろう。
炎や水を生み出す魔法なんかは視覚的にも教えられるが、そもそも魔力という存在が不鮮明なままではイメージが定まらない。
発動したい事象を思い描くイメージが最も重要な魔法という技術において、前世の知識があるという事は想像以上に大きなアドバンテージなのだろう。
「……………ッ」
と、そんな事を考えていると、ふいに身体強化が途切れた。
魔力が霧散し、今まであった力が漲るような感覚が消える。
「身体強化が解けましたな。どれだけ才に溢れていても、労せず行えるのは発動までです。魔法の持続、発動速度、威力など、そういった術そのものを高めるためには、剣術同様やはり日々の鍛錬を積む他ありません」
身体強化が解けたのは、俺が考え事をしていて集中が途切れたためだろう。
発動自体は簡単に成功しても、慣れていない内は持続させるだけでも神経を使う。
そこからさらに諸々の要素を高めようと思えば、どの道鍛錬は必須という事か。
「繰り返し発動し慣れていく内に魔力の制御技術も上達し、より無駄の無い魔力で、より効果の高い魔法を扱えるようになります」
「承知しました。…………一先ず、身体強化を施した状態を維持する事に集中すれば宜しいでしょうか?」
「ええ。まずは静止し、何もしない状態で当たり前のように発動出来るよう慣れていきましょう」
セドリックの言葉通り、何もしていない状態でとにかく身体強化を維持するように集中する。
特に動いたり、別の事を考えたりしなければ持続させるだけなら問題は無い。
そのまましばらく静止した状態で身体強化の発動を続ける。
セドリックに魔法を使うことによって身体に問題は無いかと問われるが、今の所特に問題は無い。
静止した状態での持続に慣れてくると、歩く・ジョギング・剣の素振りなど、簡単に動く中でも発動を維持出来るように訓練する。
その時もこまめにセドリックから体調について尋ねられるが、特に問題は無かった。
けれど、やはり動きながらの発動はより神経を使い、途切れる事もしばしばあった。
それでも一度感覚を掴んでしまえば、剣の打ち合いよりは簡単なもので、ある程度動き回りながらでも発動を維持出来るようになった。
とはいえ、まだあくまで持続だけであり、ここから発動をスムーズにしたり、強化内容を高めたりするには、まだまだ日々繰り返し発動する事が必要なのだろう。
と、そんな事を考えていると、セドリックが何やら胡乱げな目で俺を見ている事に気付く。
「……………どうかしましたか?」
「…………いえ、魔法を扱い慣れていない内は簡単な魔法でも不必要に魔力を消費しすぎてしまい、魔力が枯渇してしまうといった事例が多く見られるのです。特に、ラース様は休憩も取らず長時間身体強化を発動していますので……………」
「体調に問題は無いと思いますが…………」
確かに、先程からやたらセドリックに身体に問題が無いかと聞かれていたが、そういう事だったのか。
初心者の内は無駄に魔力を消費し、すぐに枯渇してしまうという事例は考えられる事ではある。
「人が生まれ持つ魔力量には大きな差があります。これに関しては大部分が才能であり、鍛錬によって上昇させる事も出来ますが、初心者で無くとも魔力を使い過ぎれば疲れや頭痛に苛まれ、気を失うといった症状が表れます。………ラース様は貴族の生まれですし、生まれ持つ魔力も平民などよりは多いとは思いますが………」
魔力についてそう解説しつつ、口元に手を遣り思索に耽るセドリック。
血統や恵まれた環境によって平民よりも貴族の方が生まれ持った才能が高い事は納得出来る。
しかし、セドリックとしてはそれでも尚、俺の魔力量を疑問に思っているのだろうか。
すると、ふいにセドリックが口を開く。
「ラース様、貴方の魔力量を調べてみても宜しいでしょうか?」
「ええ、構いませんが、………魔力量の測定が可能なんですか?」
調べる事自体は全く問題無いが、どうやって調べるのだろうと思い、そう問いかける。
「相手や空間の魔力を探る、魔力探査という技術があります。様々な用途があるのですが、対象の魔力を大雑把ではありますが測定する事が出来ます。……必ずしも対象に触れる必要は無いのですが、その方が確実なので少し失礼致します」
そう許可を取りつつ、俺の身体に手を当てるセドリック。
魔力の揺らぎを感じると同時に、身体の内側に妙な感覚があった。
これが魔力探査によって、魔力を探られている感覚なのだろう。
と、俺が妙な感覚を不思議に思っていると、
「…………………なっ!?」
普段冷静で、落ち着き払った佇まいであるセドリックが珍しく大きな声を上げ、驚愕する。
その様子に俺も内心驚きつつ、どうしたのだろうと思い、問いかける。
「…………どうしましたか?」
「………これは、……そんな事が。………数年前とは比べものにならない。いや、そもそもこれ程の魔力の持ち主、本当に限られた存在しか………」
未だ衝撃が抜け切れていないため、俺の質問にも気付いていない様子のセドリック。
辛うじて聞こえた、呟くような言葉から判断すると、俺の魔力量が多かったという事だろうか。
「………………セドリックさん?」
「ッ………申し訳ありません、見苦しい姿を」
再度問いかけると、ハッとしたように俺に言葉を返すセドリック。
「いえ、それは構わないのですが、………どうされたのでしょうか?」
「……………端的に申し上げると、ラース様の魔力量がとんでもなく多いという結果でした。魔力探査はあくまで大凡の測定なので、詳細な結果ではありませんが、………この量は王都の宮廷魔導師より多いかもしれませんな」
「…………そう、なんですか」
王都の宮廷魔導師というのが、どれ程の存在かは分からないが、王城に士官しているというだけで相当の使い手なのだろう。
そんな存在より多いということは、俺の魔力量は本当に多いのだと思う。
「しかし、数年前に測定した時も中々の魔力量ではありましたが、ここまでという事は流石に無かったのですが。………まあ、ここ数年ラース様は魔法の訓練をされていなかったので、測定する機会もありませんでしたから。その間に成長されたのでしょうな。………本当に、とんでもない才能ですが」
セドリックの言葉通り、ラースは幼少期に魔力の測定をされた事はある。
結果までは分からないが、セドリックの言葉が確かならば、今測定した結果よりは随分と少なかったのだろう。
鍛錬をせずとも、成長によって自然と魔力量が増えたという可能性も無いとは言い切れないが、
(それだけ、元のラースの才能が高かったということか?………いや、もしかして………)
今回、改めて測定するまでに何かラースの身体に影響を及ぼす要因があったかと言えば、間違いなく水無瀬令人の人格が生まれた事が挙げられる。
関連なんて思い浮かばないし、想像の域を出ないが、俺という人格が目覚めた事でラースの肉体にも変化があったのかもしれない。
(それが魔力量の上昇という形で表れた、とか)
とはいえ、本当にあくまで俺の想像であり、真実など分かるはずもない。
ただラースの才能が高かっただけ、という可能性もある。
(………まあ別に悪い結果な訳でも無いし、そこまで気にする必要も無い、か)
魔力量が極端に低いという結果だったら問題があったが、多いのであれば問題は無い。
寧ろ魔力という制限が無いことで、長時間魔法を発動させていられるし、様々な魔法を使う事も出来るかもしれない。
それに、何より、
「どれだけ魔力量が多くても、それを上手く扱えなければ意味はありませんよね?魔法の質を高めるためには、変わらず鍛錬あるのみですね」
そんな俺の言葉にセドリックは少し驚いたように目を見開き、ふっと笑みを刻んだ後に、
「ええ、その通りです。才能は正しく磨き、正しく発揮されてこそ才能足り得ます。大き過ぎる才は人を蝕む事もしばしばありますが、………ラース様ならば心配ありませんな」
本当に、セドリックの言葉の通りだと思う。
才能にかまけて努力を怠ってしまえば、全く意味は無いだろう。
仮に俺にそんな可能性があるとしても、セドリックが師として導いてくれるのなら、大丈夫だろうと心から思える。
そして、そんな師匠からの期待に応えない道理は無い。
備わった才能に相応しい努力をしようと、改めて思った。
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