第61話 魔法の指導

「………………お見事です、参りました」


 セドリックのその言葉を聞き、本当に俺が一本を入れたことを確信する。

 と、同時に、

 


「ッ…………はぁッ、………はぁ………」

 

 疲労が津波の如く押し寄せ、思わずその場に座り込んでしまう。

 しかし、それも当然か。

 休憩はあったとはいえ、数時間ずっと打ち合いを続けていたんだ。

 

 そして闘志も思考も切らさない、限界の集中状態を継続させていた。

 肉体も頭も、忘れていた疲労が一気に押し寄せたみたいだ。


「!…………大丈夫ですか、ラース様?」


 俺の様子を心配して、セドリックが声を掛けてくる。


「ええ、問題ありません。少し疲れただけですから」

 

「………本日の指導はこれで終了です。ゆっくりと身体を休めて下さい」


 セドリックの定めた目標を達成出来たし、そもそも時間的にも潮時だ。

 これで2日目となる剣術指南は終わりを迎える。

 色々な事を学び実践させた、本当に実りのある時間だったと、心から感じる。


 と、そこである事を思い出す。


「セドリックさん、申し訳ありませんでした。最後の一撃、寸止めも加減する余裕も無くて、思い切り振り抜いてしまって…………」


 全神経を注いでの一撃だったので、本当に加減する余裕なんて無かった。

 剣術の訓練では怪我なんて当たり前だし、本気で取り組んでこそ意味があるとは思うが、終わった後なら謝罪するのは普通だろう。


「いえいえ。訓練の最中ですので、本気で攻撃して頂いて構いませんよ。………それに、実を言うと魔力を使って防いだので、ダメージはありませんでしたから」


 俺の心配が杞憂だと言うように、そう告げるセドリック。

 魔法関連の事は今はまだよく分からないが、セドリックなら本当に問題無いのだろう。


 

 と、そんな事を考えていると、セドリックが目を細め、何処か感慨深そうに告げる。


「しかし、本当に、……素晴らしい一撃でしたな。まさか、今日中に達成してしまうとは。感服致しました」

 

「……恐れ入ります。ですが、それも全てセドリックさんがそう導いて下さったからですが………」


 褒めてくれる事は嬉しいし、自分でも諦めず挑戦し続けたからこそ出来た事で、達成感は大きい。

 しかし、それも全てセドリックが、俺が一本を入れる事が出来るように立ち回っていたおかげだ。

 最後の一撃だって本来余裕で躱す事が出来ただろうし、色々と制限があったから達成出来た事だ。


 しかし、セドリックは俺の考えを改めるように首を左右に振りながら告げる。


「勿論、その要因は強いでしょう。しかし、そうでは無いのです。そもそも今回の課題、私は今日中に達成出来るなど、全く考えていなかったのです」


「……………?」

 

 セドリックの言葉がいまいち理解出来ず、思わず首を傾げる。

 今日中に達成出来ると考えていなかった、とはどういうことだろうか。

 本日の訓練での目標なんだと思っていたが。

 

「無論、ラース様を侮っていたという訳ではありません。というのも、元々私に一本を入れるという目標はもっと長期的なものだったのです」

 

 その言葉を聞いて、セドリックの考えはおおよそ理解出来た。

 俺はずっと今日の指導での目標だと思っていたが、セドリックとしては今後の日々の訓練でいつか達成すべき課題だったということか。

 

「そうだったんですね。俺はずっと本日の指導での目標だとばかり思っていました」


「だからこそ、正直信じられない程の衝撃を受けています。私の予定では、この課題を達成するまでに一月は掛かるものだったのですが…………」

 

(………………!?)

 

 セドリックのその言葉を聞き、俺も心の中で衝撃を受ける。

 セドリックの言葉が真実なら、本来一ヶ月は掛かるはずの課題を一日でクリアしたという事になる。

 流石にそれはあり得ないのではと思うが、セドリックが態々嘘を吐くとも思えない。

 

「ラース様もお気付きの通り、私はあの打ち合いの中で確かに様々な制限を設けていました。全体的な動きを大幅に抑えたり、ラース様からの攻撃に一定の規則性を持たせたりなどです。………しかし、その中でも決して手を抜いていた訳ではありません。簡単に達成させる気などありませんでしたし、思考を途切れさせず、諦めず何度も挑戦した先でしか達成出来ない程の課題でした」


 セドリックの真剣な様子から、偽りの無い真実を語っている事は理解出来る。

 そして、色々な制限がある中でも簡単に達成などさせないように厳しく指導していたのだろう。

 今日中に達成出来たとはいえ、俺も実際本当にギリギリの難題だったと感じている。


「しかし、それでもラース様は達成された。………そう考えると、私は無意識の内に貴方を侮っていたのでしょうな。貴方のずば抜けた才と、そしてそれを遥かに凌駕する執念の如き努力を見誤っていました。申し訳ありません」


「いえ、謝られる事ではありませんよ。俺も本当にギリギリでしたし、セドリックさんの考えは正しかったと思います」


 そもそもこの課題を達成出来たのも、セドリックの指導者としての技量のおかげだ。

 そのセドリックの想定が間違っていたなどという事は無いだろう。


「……驕る事も慢心する事も無い、その姿勢も素晴らしいですな。そんなラース様ならば、更に私の想定を超える速度で上達されていくでしょう」


「…………ご期待に沿えるよう、努力します」


 そんなに持ち上げられると逆にプレッシャーになってしまうため、思わず苦笑する。

 それでもここまで言ってくれるセドリックの期待に応えたいと、心から思う。


「………しかし、今後の指導内容を大幅に調整する必要がありますな。ラース様の成長速度に合わせたものにするには、…………と、申し訳ありません。一先ず、本日はここまでとしましょう。お疲れ様でございました」


「ええ、お疲れ様です。本日もありがとうございました」


 そんな所で2日目となる剣術指南は終わりを迎えた。




 その後の日々では、午前中は今まで通りに過ごし、午後からはセドリックとの訓練という風に生活し、二週間ほどが経過した。

 その間は基本的に2日目と同じ指導内容であり、セドリックとの打ち合いの中で守りを崩し攻撃を加えるという訓練をひたすら行っていた。

 併せてセドリックからの攻撃を防ぐ守りの指導も行い、剣の技量を高めるための訓練に終始した。


 日が進むにつれて難易度も上がっていき、一度達成したからといって簡単なものとはいかなかった。

 それでも思考と動きの両立はよりスムーズに行えるようになり、戦闘の勘というものは確かな成長を感じられるものとなった。



 そんな日々が続いていたとある日、その日の指導内容はこれまでと全く異なるものになった。

 というのも、


「…………魔法の指導、ですか」


「ええ、本来はもっと先の予定だったのですが、ラース様の剣の上達振りを考えると、今指導する事は早くないと判断しました」


 訓練場でセドリックと向き合いながら、そんな会話をしている。

 その内容から分かる通り、本日からこの世界に来て初めて魔法の使い方を学べるようだ。


 俺自身魔法については興味があったし、いつかは使ってみたいと思っていた。

 とはいえ、それをセドリックの方から言い出すとは思っておらず、少し驚いた。

 と、そんな俺の疑問に答えるかのように、セドリックが続ける。


「剣に限った話ではありませんが、戦闘において魔法は必須の技術です。ラース様が戦い方を学びたいのであれば、魔法の習得は早い段階から行うべきでしょう」


 セドリックの言葉は的を射たものだ。

 確かに俺は剣術を学びたいというよりは、根本的には戦闘の術を身に付けたいと考えている。

 そしてこの世界では全ての人類に魔力が宿っており、そうなればこの世界での戦いにおいて魔法は絶対に関わってくるものだろう。


「まずは魔法の中で最も基礎にして、最も重要な技術。身体強化を習得して貰おうと考えています」


 

 魔法に関してはラースが勉強してこなかったという要因もあり、俺は知らない事の方が多い。

 身体に内包する魔力を用いた超常の現象、という程度の認識だ。

 

 とはいえ決して存在こそしないが、前世において魔法というものは殆ど常識的なものでもある。

 前世でのイメージとこの世界での実際の魔法は近しいものなので、理解は容易だと思う。


 そして、セドリックの告げた身体強化の魔法。

 これも読んで字の如く、魔力によって身体能力を強化するというものだろう。

 詳しく説明を聞かないと断言は出来ないが、イメージはつく。


「身体強化とは、その名の通り身体能力を強化する魔法です。戦闘において、この魔法はほぼ必須のものです。………というのも、例えば魔法を使っていない武器を持った大人よりも、身体強化を施した素手の子供の方が圧倒的に戦闘力がある、それ程のイメージです」


「……確かに、使えるだけでそれだけの違いがあるとなると、本当に必須の魔法ですね」


「ええ、騎士や冒険者など戦闘を生業とするものには魔法を苦手とする者も決して少なくありません。ですが、身体強化だけは例外無く使える、……というより使えなければ話になりません」


 これまでの話からも分かる通り、身体強化とは非常に有用性が高く、戦闘において使う事は当たり前といった魔法なのだろう。

 恐らく、俺に限らずこの世界で魔法を習う上で初めに習得するのが身体強化なのだと思う。


 

 そう考えていると、セドリックが話の流れを変えるように告げる。


「とはいえ、身体強化は有用且つ重要な魔法ではありますが、同時にとても危険な魔法でもあるのです。それが何故だか、お分かりになりますか?」


 セドリックの言葉を受け、考える。

 ぱっと聞いた限りでは、身体能力を強化するという性質上デメリットは特に無いように思える。

 魔法には魔力の制御によって暴発などがある事は知っているが、それだとすると身体強化に限定した話では無い。

 そうなると、考えられるのは、


「……………便利過ぎる事が問題、ということでしょうか?身体強化が使えるだけでそれだけの戦闘力が得られるのなら、基礎的な鍛錬を怠りがちになる、といった危険性があるとか」


「御明察の通りです。身体強化を施す事で素の能力の数倍の力を得る事も容易です。そうなると、筋力や体力、剣の技量など基礎的な鍛錬を疎かにしてしまう者が多いのです」


 どうやら俺の予想は当たっていたようで、セドリックは頷き、そう解説する。

 確かに魔法だけで人外の能力を得られるのなら、それだけで十分と考える人も多そうだ。

 だからこそ、身体強化は有用でありながらも危険な魔法なのだろう。


「………とはいえ、ラース様に関してはそういった心配はしておりませんがな」


「俺は基礎鍛錬も剣の腕もまだまだですからね。魔法を習得したとしても、疎かにしないよう気を付けたいと思います」


 セドリックは俺の答えに満足そうに目を細め、続けて口を開く。



「色々と前置きが長くなり申し訳ありません。では、魔法の指導を始めましょうか」


 その言葉で俺の意識も切り替わり、より集中を高める。

 この世界で初めての魔法、微かな緊張とそれ以上にやはり高揚が大きく、どんなものだろうかと楽しみに感じた。

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