第60話 闘志の開花

 夜。夕食を食べ終え、アンナと共にお茶を飲みつつ、歓談を楽しむ。

 場所は以前と同じ居室であり、今後も基本的に此処を利用するだろうかと、そんなことを考えているとアンナが口を開く。


「初めての剣術はどうでしたか?レイトさん」

 

 話題はやはり、今日の剣術指南についてだ。

 戦闘の術を身に付けることは事前にアンナにも告げている。

 その理由についても大部分は説明しており、アンナも納得してくれた。

 危険な剣術を学ぶことに心配していたが、それが俺の考えならと受け入れてくれたアンナには感謝するばかりだ。


「今日一日は感覚を掴む程度だったけど、やっぱり難しいものだね。前世では戦うことなんてあり得なかったから」

 

 スポーツや武道を除けば、現代の地球で戦いをする機会など基本的にあり得ないだろう。

 加えてこの世界での戦闘は、やはり命を賭けた闘争という側面があるため、尚更だ。


「レイトさんなら、剣術もさらりとこなしちゃいそうですけどね」


 と、悪戯っぽく告げるアンナ。

 何を基準に言っているのかは分からないが、俺はそんなに器用では無いと思う。


「そんな事は無いけど、…………そうだ、剣術の事でアンナに頼みがあるんだけど」


 話題を変えるために、やや強引にそう告げる。

 とはいえ、言おうと思っていた事なので丁度良い。


「頼み、ですか。何でしょうか?」

 

「実は剣術指南を行う上では、怪我もするだろうし終了後に治療を受ける事が条件なんだ。それで、アンナに治癒魔法をお願いしたいんだけど………」


「成程、勿論大丈夫ですよ。………というより、レイトさんから言い出さなければ、私から言っていましたよ。怪我なんて、残して欲しく無いですし」


 そう治療について快く引き受けてくれるアンナ。

 今日は慣らしのようなものだったとはいえ、疲労は勿論、擦り傷程度は負っている。

 アンナの治癒ヒールによって、肉体が癒やされていく感覚が心地良い。


「ありがとう、アンナ」


「いえ。…………でも、やっぱり当たり前に怪我をしますよね。実際の戦いとなれば命だって懸けるものですし。…………あまり無茶はしないで下さいね」


 少しだけ表情を曇らせ、心配そうな声音で告げるアンナ。

 戦い方を学ぶ事に納得はしてくれたが、それでも不安に思ってくれているんだろう。


「心配を掛けてしまってごめん。………出来る限り、努力するから」


 アンナも言っていたし、俺自身何度も思ってきているように、この世界の剣術は命のやり取りをするためのものだ。

 実際に戦う事なんてずっと先だとは思うが、そういう機会もあるだろうし、訓練だけでも今後も怪我はすると思う。

 だから、確実な事は言えない。

 それでも可能な限り、アンナを不安にさせるような事はしないと心の中で誓う。



 と、そう考えていると、アンナが打って変わったように明るい口調で告げる。


「でも、レイトさんなら大丈夫だと思ってますよ。貴方は無茶するなって言っても、きっと無茶をしてしまいます。それでも、考え無しの無茶をする人ではありませんから」


 転生してからの一ヶ月、無茶を通した挙句限界を迎えてしまったため、否定は出来ない。

 けれど、自然と大丈夫だと思える程にアンナは俺を信頼してくれているのだろう。

 ならば、俺はその信頼に応えてなくてはいけない。


「でも心配なものは心配なので、出来る限り気を付けて下さいね」


「…………ああ、勿論」


 魔法による温かな光も、心配と信頼が入り混じったその言葉も、全てが身も心も癒してくれる。

 アンナの優しさを一身に感じ、今日という日をとても良い気分で終えることが出来た。





 翌日。午前中は今まで通りに過ごし、昼食を取った後に剣術の指導が始まる。

 訓練場の中で十分なスペースを確保し、セドリックと向かい合う。


「昨日は初日ということで簡単な打ち合いのみでしたが、今日からは厳しく行うつもりです。宜しいですかな?」


 俺の覚悟を問うように、そう尋ねるセドリック。

 やはり昨日は大分甘く指導して貰っていたようだ。

 しかし、今日からはそうもいかない。


 

 セドリックの質問に対する答えは、もう決まっている。

 恐れも不安もあるけれど、覚悟だけは剣を習うと告げた時から決めている。


「勿論です。………存分にお願いします」


「宜しい。では、打ち込んで来なさい!」


 セドリックのその言葉を皮切りに、剣を構え大きく息を吐き出す。

 今後の指導がどれ程のものになるかは分からないが、決めたからにはやり遂げよう。

 そんな思いを胸に、俺は駆け出した。





 二日目となる剣術指南。

 セドリックの言葉通り、その内容は中々に厳しいものとなっていた。



「踏み込みが甘い!闘志を持てと告げたはずです!貴方の気迫はそんなものですかッ!?」


「くッ、…………はぁッ!!」

 

 指導の内容としては、基本的に俺が攻撃を仕掛け、セドリックの防御を崩す事が目標である。

 とはいえ、要所要所でセドリックからの反撃もあるため、そちらにも意識を割かなければならない。

 勿論セドリックは手加減をしてくれているため、大きな怪我を負うような攻撃はして来ないし、全体的な動きとしても、そもそも俺が反応出来ないようなものでは無い。

 

 それでも俺から見たら圧倒的な格上であり、セドリックを崩せるとは中々思えない。


「力も技量も劣っている相手に対し、気持ちでも負けていてどうするのです!?絶対に勝つ、という気概を見せなさいッ!!」

 

「……………!!」


 俺のやや後ろ向きな思考を悟ったのか、そう発破を掛けてくるセドリック。

 その言葉通り、力も技量も速さもあらゆる要素でセドリックは俺を上回っている。

 


 だが確かに、そもそもそんな事は分かりきっている事だった。

 そうだとするなら、漠然と敵わない相手だと捉えるのでは無く、その中で勝ちの目を見出さなくてはならない。

 セドリックも絶対に達成出来ない目標を与える訳は無い。

 ならば、付け入る隙は何処かにあるはずだ。

 

 

 見つけてみせる。

 攻撃する箇所や角度、踏み込みの位置、間合い。

 様々な攻撃を試し、有効打となり得るものを探し出す。

 

 

 戦闘の基礎は、闘志と思考。

 

 両足と掌に力を込め、攻撃の圧によって少しでもセドリックを守りに入らせる。

 攻撃の試行回数を増やすために、反撃の隙は与えない。

 セドリックは恐らく、俺の攻撃の手が緩んだ所を突くように反撃している。

 まずは俺が攻撃する形を作らなければ、話にならない。


 そして、観察する。

 何処を攻撃すれば、どう守るか。

 どの位置の攻撃が最も防御が難しいだろうか。

 戦闘中の癖などから、付け入る隙はあるだろうか。


 そうやってセドリックの防御を崩すべく、集中力をさらに高める。

 

 

 

 しかし、考えながら動く事は本当に難しい。

 動きに集中しすぎれば思考が疎かになってしまうし、思考に集中しすぎれば今度は攻撃の手が緩んでしまう。

 

 実際、初めは当初の目論見通りにはいかず、逆に反撃の機会を多くしてしまった。

 動きも寧ろ精細を欠いていただろうし、セドリックからの攻撃に対応出来ない事もしばしばあった。

 

 けれど、流石にそれは予想していた事だ。

 初めから全て上手くいくはずもない。

 セドリックの言葉通り、絶対に勝つという気概は大切だが、無謀な気迫を持った所で意味は無い。

 

 すぐに出来ない事は仕方ない。

 必要なのは、闘志を燃やしつつも冷静な思考を保ち、行動に繋げることだ。


 脳と目と身体が戦いに慣れてくれば、反撃の目も見つけやすくなるはずだ。

 それまでは動きを止めず、闘志の火を燃やし続けていれば良い。

 

 今日中にセドリックから、絶対に一本は取ってみせる。



「……………はぁああッッ」


 裂帛の一声を上げながら、俺は何度目と分からない攻勢を仕掛けた。





 動き回りながら、幾度となく剣を振るう。

 流石にそんな激しい運動をノンストップで続けられるはずも無く、適宜休憩は挟んでいる。

 身体を休めている間も闘志は切らさず、何が悪かったのか、次はどうすれば良いかを必死に思考する。

 

 そんな風に打ち合いと休憩を繰り返す内に過ぎるように時間は流れ、日没まで後僅かという程になった。


 未だセドリックに一本を入れる事は出来ていないが、戦いの感覚には大分慣れてきた。

 運動と思考の両立は出来ているし、ここ数回の打ち合いではセドリックからの反撃をほぼ無くせる程には理想的な攻め方が実現している。 

 

 だが、時間的には恐らく次が最後の打ち合いとなる。

 ここで決められなければ、今日中にセドリックから一本を取る事は出来ない。


 

 とはいえ、別に今日中に一本を取る必要なんて何処にも無い。

 例え時間が掛かったとしても地道に努力すれば、自ずと結果はついてくる。

 そう考えれば、あと一回の打ち合いに全霊を込める意味なんて無いのかもしれない。



 けれど、もしその可能性があったとして、それはセドリックの教えを受ける前の話だ。

 闘志を持てというあの言葉、絶対に勝つという気概、目の前の敵を何がなんでも打ち倒すという決意。

 

 

 明日では、………次では、駄目だ。

 



(…………………今、此処で勝つッ!!)

 

 

 

 剣を握る手に力が入る。

 思考が加速する。

 これまでの気の遠くなる程の打ち合いの全てが、この一時に集約される。

 

 

 初めは分からなかった。

 身体と脳が戦いに追いつかなくて、観察しているつもりでも見落としてしまっていた。

 けれど闘志も集中も欠かす事なく、攻勢を仕掛け続けたことで見えてきた。


 

 セドリックの防御には、俺の攻撃によって決められた型が存在している。

 無論、毎度毎度同じ対応をしている訳では無い。

 流石にそんなあからさまならば、もっと早くに気付いていたと思う。


 けれど、確かにパターンは存在する。

 これまでの長い長い打ち合いによって、そこまでは掴めた。

 後は、そのパターンから逆算して、どうセドリックの守りを崩すか。

 

 重要なのは、攻撃の流れだ。

 俺の攻め方によって、セドリックの対応も変わってくる。

 ならば、俺の攻撃にも一定のパターンを与える事で、セドリックの動きを誘導出来るかもしれない。

 そして、最後の最後で裏をかくように意識外からの攻撃をすれば、その隙を突ける。


 


 一度距離を置き、大きく息を吐き出す。

 勝ち筋は見えた、失敗なんて考えるだけ無駄だ。

 この一瞬で、決める。



「……………………ッ」

 


 指先にまで力を込め、剣を振るう。

 右斜め上からの振り下ろし、ここ数回の打ち合いで初撃として多い攻撃だ。

 やや大振りな挙動のため、セドリックは剣で受ける事もせず身体の捻りで避ける。

 右方向から左への振り下ろしのため、重心を右側に向けての回避だ。

 その避け方は想定していたため、すぐさま左から切り返す。

 これにはセドリックも剣で受ける。

 そのまま剣を押し付け合うように力を込め、やや迫ってから斜め下へ切り払う。

 セドリックが距離をとるようにバックステップをした所へ、逃さないように追撃する。



 ここまでは想定通り。

 間違いなく俺の攻撃によって、セドリックの防御にはパターンがある。

 あとはそのパターンに沿って、攻撃の変化で守りを崩す。

 

 

 そのまま十数合と続けて剣をぶつけ合う。

 今までの打ち合いならば、押し切る事は難しいと考えて一度下がる場面だ。

 


 けれど、今は違う。

 下がる必要なんて、………いや、退く選択肢なんてもう何処にも存在しない。

 そんなもの要らない。

 此処が、最後の勝負だ。



 剣を引き戻し、大きく振りかぶる。

 右斜め上からの振り下ろし、初撃と同じだ。

 この振り下ろしはやや大振りなため、躱すことが多いが、それでも剣で受ける可能性も普通にある。

 先程も思った通り、パターンは確かに存在するが、毎回同じな訳では無い。


 

 けれど、今回はまた避けるという確信があった。

 通常でもやや大振りな攻撃を、いつも以上に大きく振り下ろしている。

 ここまで見え透いた攻撃ならば、剣で受けるはずも無く、セドリックは身体の捻りで避ける。

 初撃と同じ、重心を右に向けての回避だ。

 この次の動きは、切り返しに対応するための左への剣での防御。



 しかし、…………



(………………此処だッ)

 


 右斜め上からの振り下ろしを回避し、次の左からの切り返しを警戒する事は読めていた。

 俺がそう動くように誘った。

 全ては今、この一瞬で決めるため。



 

 右方向からの振り下ろしの勢いのまま、その場でくるりと回転するようにステップする。

 左からの切り返しを警戒させてからの、回転による再度右からの攻撃。

 今までとは、全く違う攻撃パターン。

 

 

 振り下ろしの勢いを殺さず回転に乗せることで生み出す、虚を突いた最速の攻撃。



(………………届けッ)



 勢いのままに剣を振り抜く。

 瞬間、振動が身体全体を襲う。

 

 何かに衝突した反動で手が痺れる。


 


 何に当たったのか?

 

 一瞬、この攻撃でも剣で防がれたのかと思った。

 けれど、違った。

 

 

 セドリックは剣ではなく、その腕によって俺の攻撃を防いでいた。


 

 つまりは、躱すことも、剣で防ぎ切る事も出来ない程の攻撃だったという事。


 

 つまりは、……………



「………………お見事です、参りました」



 俺の攻撃がセドリックの防御を崩し、一本を入れたということを意味していた。

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