第59話 戦いの基礎

 本格的にスタートした剣術の訓練。

 木剣を手に、セドリックと向かい合う。

 実践的な指導とはいえ、流石にいきなり真剣を使うということは無い。

 剣を構えつつ、身体を慣らすように軽く動かしていると、セドリックが告げる。


「まずは私がラース様に攻撃を仕掛けます。剣で受けても、躱して頂いても構いません。とにかく防ぐことに注力してみて下さい」

 

「承知しました。………お願いします」


 気持ちを整え、小さく息を吐く。

 俺の準備が整った事を確認して、セドリックが距離を詰める。

 間合いに入った所で剣を振るう。右・左・上段・切り上げ、様々な角度から攻撃を加えてくるが、それは明らかに加減していると分かる剣筋だった。

 十分に目で追える速度であるし、威力も弱い。

 まずは俺に感覚を掴ませる、といった所だろう。


 セドリックの言葉通り、剣で受けたり、身体の捻りやステップで躱したりしながら、とにかく防御に徹する。

 ある程度打ち合った所で、セドリックが攻撃の勢いを強める。

 まだ余裕を持って対応出来ていたが、剣筋は徐々に徐々にと鋭くなり、やがて苦しくなる。

 遂には対応しきれず当たっていたであろう攻撃を、セドリックが寸前で止める。



「………ふむ。初めての打ち合いとしては、十分過ぎる出来ですな。お見事です」

 

「そう、でしょうか?」

 

 褒めてくれるのは嬉しいが、自分ではよく分からないため、そう尋ねると、


「反応も悪くありませんし、身体の動かし方も十分だと感じました。動体視力、反射神経、身体のコントロール、そういった天性のセンスが物を言う部分について、ラース様は中々の素質をお持ちですな」


 セドリックの様子から嘘を言っているようには見えないが、ついお世辞ではないかと疑ってしまう。

 仕える貴族家の息子ということで気を遣っているのではないかと思うが、セドリックはそういうお世辞を言うようなタイプでも無いため、事実なのかとも感じる。


 まあ、良い出来ならば何の問題も無いので、この調子で続けよう。


「何より剣を前にしても落ち着いた、その胆力が素晴らしいですな。戦闘中に最も愚かな行為は、冷静さを失うことです。その部分は今後も意識した方が良いでしょう」


「成程、分かりました」


 実際に戦った事など無いため表面的にしか分からないが、セドリックの言葉には頷ける。

 戦闘中に冷静さを欠く事がどれだけ危険かは、自然と理解出来る。



「それでは、次はラース様から攻撃してみて下さい。好きなように攻撃して頂いて構いません。速さについても初めから全力でもゆっくりでも、どちらでも構いません」


「分かりました」


 防御に徹していた時は、単純にセドリックの剣に合わせて動けば良いため、まだ動きに迷うようなことは無かった。

 だが、自分から攻めるとなると大分勝手が違う。

 何処をどう攻撃したら良いか、いまいちイメージが湧かない。

 だが、



「では、…………行きます」


 そう告げたと同時にセドリックを間合いに捉え、剣を振るう。

 剣速としては、やや速い程度。威力も身体に当たったら痛みを感じる程度には込めている。

 とはいえ、俺がどれだけ勢い良く振った所で、セドリックに当たることは無いと確信した上での攻撃だ。

 その証拠にセドリックは涼しい顔で防いでいる。

 

 

 攻撃を仕掛けるイメージを想像する事は難しいものがあった。

 そこで、これまでの素振りの型や先程のセドリックの攻撃を連動させるようにして、俺は剣を振るっている。

 全てセドリックに教わった動きのため、手の内が完全に読まれている事になるが、ただ闇雲に動くよりは到底ましだろう。


 散々素振りで剣を振ったおかげか、剣筋がブレているような事は無い。

 一定の動きにはなってしまうが、素振りで身体に染み込ませたため、迷う事なく流れるように剣を振れている自信はある。

 とはいえ、やはりセドリックの防御を崩せるような事は無く、ある程度打ち合った所で、



「…………そこまで。剣を下ろして頂いて構いません」


 セドリックの合図があったため、攻撃を止め一歩下がる。

 防御よりも色々と考えながら動いていたので、やや疲れた感覚がある。



「攻撃に関しても、動きとしては十分ですな。剣筋も安定していますし、身体全体を使った剣の振り方も良く出来ています。………日々、ラース様が真面目に素振りを行っていた賜物ですな」


 と、攻撃に関してもそう讃えてくれるセドリック。

 確かに素振りを毎日行っていたおかげか、動きに迷うような事は無かったし、剣も安定して振れている感覚はあった。

 日々の素振りは筋力向上だけでは無い成果があったようだ。


「それ以上に、打ち合いの中での思考力が素晴らしいと感じました。素振りの型や私の攻撃をトレースしていましたが、そのような工夫は非常に重要なものです。剣での初めての打ち合いというと、どう動いたら良いか全く分からないという人間も珍しくありません。思考しながら動く事の出来るラース様は、戦闘における得難い才をお持ちでしょう」


 どうやら、というよりやはり何を参考に動いていたかはセドリックには悟られていたようだ。 

 まあ、気付かれるだろうとは思っていたため驚きは無いが。


「ありがとうございます。…………ですが、やはり全く通用しませんでしたが」

 

「そこは致し方無いものがありますからな。とはいえ、その点についてもラース様は織り込み済みでしょう?ラース様の動きは、どういう攻撃をしたらどう防いだら良いか、という事を知るためのものに感じました」


「あはは、………そこまでお見通しでしたか」


 セドリックの言葉通り、俺は打ち合いの中で攻撃に対してどう防いだら良いかを見ようとしていた。

 だから素振りやセドリックと同じ動きをしていた、という側面もある。

 実際の戦闘中に全く同じ攻撃が来る可能性は極端に低いとは思うが、そういった一連の動作を身体に刻んでおくことには意味があるだろう。

 こういう攻撃が来たらこう防ぐ、という考えが念頭にあれば、多少はスムーズに身体を動かすことが出来ると思う。



「学びを得ようと、常に思考しながら戦う事の出来るラース様の動きは素晴らしいでしょう。…………ただ一点注意するべき事として、攻め気が足りないという点は挙げられますな」


 と、初めて改善点を告げるセドリック。


「攻め気、ですか」


 確かに、俺はどちらかと言えば学ぼうという意識が強かったため、攻める意思は足りていなかったかもしれない。

 セドリックはそこを注意すべき点として挙げている。


「戦闘においてまず重要な事は、敵を打ち倒さんとする闘志です。心に強い闘志の火が無ければ、攻撃も自然と甘くなってしまいます。絶対に敵を倒す、という意志を持ってこそ、攻撃は苛烈にそして重いものとなります」


「成程…………」


 先程の打ち合いで俺は、セドリックに攻撃を当てる事など不可能だろうと最初から決めつけてしまっていた。

 だが、その点が間違っているという訳では無いだろう。

 絶対的な実力差がある以上、どうしたって限界は存在する。


 しかし、その上で最善の結果を得ようと、もっと攻撃に闘志を乗せる事が重要だったとは思う。

 どうせ無理だからと程々の結果を得るのではなく、それでもやるという強い意志を持って臨む気概こそ戦闘における大前提だということだ。



「とはいえ、闘志だけで闇雲に動いた所で意味はありません。先程のラース様のように思考を落ち着け、常に考えながら動く事も必要です。両立させる事は難しいですが、どちらも戦闘中には大切な事柄です」


 気持ちだけが先行して、冷静さも無く動くことは意味が無いという事。

 燃え上がるような闘志を持ちつつも、常に思考しながら戦う。

 口で言うよりも遥かに難しいことではあるが、それを実現させる事が目標なのだろう。




「〈心には闘志を、思考には静寂を〉、これが戦いにおける全てです」



 

 これまでの説明を締めくくるように、セドリックがそう告げる。

 

 〈心には闘志を、思考には静寂を〉、その言葉が自然とスッと頭に入ってくる。

 きっと俺は今、戦う上で最も重要なことを教わったのだろう。

 この教えを今後忘れることは無いだろうと、直感的に理解する。

 この言葉を形に出来るようこれからの鍛錬に励もうと、そう考えているとセドリックが告げる。


「色々と語りましたが、攻めも守りもラース様は本当に素晴らしい出来だと思いますよ。とても初めての打ち合いとは思えません。指導のしがいがありそうで、私としてもより楽しみになってきました」


「ありがとうございます。今後もよろしくお願いします」


 丁寧にそう告げると、セドリックは優しげに目を細め、満足そうに頷いた。

 そして、


「一先ず、少し休憩にしましょう。続きはその後に」


 セドリックのその言葉で、俺の初めての剣術の指南は一旦終わりを迎えた。

 色々と学ぶことの多い、非常に濃い時間だったとそう感じた。


 

 

 

 

 休憩後に再開した午前中の指導や、昼になり一度解散し昼食を取ってからの午後の指導も恙無く行われた。

 とはいえ、やはり今日一日は戦いの感覚に慣れさせるといった事が目的のようで、全体を通してそこまで厳しいものでは無かった。

 本日最後の打ち合いが終了した所で、セドリックが告げる。


「本日はここまでとしましょう。お疲れ様でございました」


「ふぅ、…………ありがとうございました」


 適宜休憩はあったとはいえ、一日通して打ち合いを行なっていたため、中々に疲れた。

 


「しかし、この一月毎日鍛錬に没頭していた成果ですかな。ラース様の体力や忍耐力は素晴らしい。正直、今日一日でここまで打ち合えるとは思っておりませんでした」


 俺としてはそこまで余裕がある訳では無いが、本日の稽古についてセドリックがそう讃えてくれる。

 ただ確かに、これまで一日の大半を運動に捧げてきたおかげか、筋力や体力という部分では人並みを超える程度にはなったかもしれない。

 まあその埒外の進歩も全て、アンナの治癒魔法による一日の肉体的疲労のリセットがあってこそだが。   


「いえ。………本日もお付き合い頂き、本当にありがとうございます」


「お気になさらず。………ラース様は、明日からも剣術の修行をなさるつもりですかな?」


「ええ、そのつもりです」

 

「では、明日も、というよりラース様が宜しければ私に予定がある日以外は基本的に毎日剣の指導をさせて頂きたく思いますが………」

 

 剣術指南の日程について、そう告げるセドリック。

 指導してくれるのなら、俺としては毎日でもお願いしたいくらいではある。

 とはいえ、幾らセドリック自身が言っているとはいえ、それは甘えすぎでは無いかと思う。


「俺としては、セドリックさんさえ宜しいならお願いしたくはありますが…………」


「では、決まりということで。……私の都合については、本当にお気になさらず。以前にも申し上げましたが、時間には余裕がありますので。とはいえ、一日全てという訳にもいかないので、指導は午後からとしましょうか」


 俺が遠慮している事に気付いたからか、気を遣うように早々と決めてしまうセドリック。

 そして確かにセドリックは以前に、騎士隊長という立場ではあるが、そこまで忙しくは無いと言っていた。


 というのも、恐らくセドリックの最も重要な仕事はこの屋敷、ひいては当主であるライルやセレス、そして俺といったフェルディア家の人間の護衛だからだろう。

 

 そう考えると、屋敷の敷地内に居る分には確かに問題は無いのかもしれない。

 申し訳無い気持ちは未だあるが、セドリックがここまで言ってくれているのだから、その厚意に甘えさせて貰おう。


「………ありがとうございます。では、明日からもお願い致します」


 ここまでお世話になるため、流石に頭を下げ心からの感謝を告げる。

 そんな俺の様子をセドリックは微笑ましそうに眺めていた。

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