第58話 戦う理由

 水無瀬令人に関する話はその後も続いたが、もう夜も遅くアンナも聞きたいことは一通り聞けたため、お互い自室へと戻り就寝した。

 

 

 翌日、早朝のトレーニングを終えアンナと共に朝食を取った後に、俺はセドリックの元を訪ねていた。

 これまでも素振りの指導や時にはセドリックの方から訪れてくれることもあった。

 今回も鍛錬に付き合って貰うようお願いするつもりだが、今までとは少し違う用向きでもあった。


 セドリックに指導を申し出ると快諾してくれたが、少し用件があるとの事で先に訓練場へ行っているように告げられた。

 その言に従い、十数分程一人でトレーニングをしていると、セドリックが現れた。


「お待たせしてしまい、申し訳ありません」


「いえ、指導を乞う立場ですから。急な頼みでしたし、こちらこそ申し訳ありません」


「ラース様の指導を担当すると言ったのは私ですから、何の問題もございませんよ。………ところで、今回は何やら少しお話があるとの事でしたが……」


 お互いに謝罪しつつ軽く話をしていると、セドリックの方から用件について尋ねてくる。

 


「はい。急なお願いではあるのですが、…………今日から本格的に剣術、ひいては戦い方の指導をして頂けないでしょうか?お願いします」

 

 本題を告げ、深く頭を下げる。

 セドリックからは伯爵令息として謙った態度は控えるべきと言われているが、今回ばかりはそうもいかない。

 セドリックも俺の真剣な様子を理解したからか、その点については触れなかった。


 とはいえ、今回の用件についてはやや驚いたように目を見開いている。

 しかし、すぐに淡然たる態度で言葉を返す。


「…………元々、剣術の指導は行おうと思っていましたから、それは引き受けましょう。しかし、ラース様は剣術を習うことに、あまり前向きでは無かったと思いましたが?」

 

 セドリックの言葉は以前に剣の素振りを初めて習った時の事だろう。

 実際、あの時は俺も剣術を習うことには少し抵抗があった。

 平和な現代日本で生きていた俺には、人や魔物を傷つけ、時には殺すための技術といった側面のあるものを気軽に学ぼうとは思えなかった。



「はい、その通りです。今でも少し抵抗はありますし、自分の考えが正しいのかは分かりません。………けれど、少し心境の変化がありまして。今は以前よりも前向きに、………いえ真剣に学びたいと考えています」


 そう、俺の感情を真っ直ぐに伝える。

 セドリックからしたら突然過ぎる話だとは思うが、この世界でのこれまでの生活やアンナとの一件から俺の心境にも大分変化があった。

 その変化が正しいかは分からないが、行動に移すべきだとは思ったのだ。


「ふむ、ラース様がどれだけ真剣かは伝わっています。戦い方の指導も問題はございません。…………ただ最後に、どうして学びたいと思ったのか。それを教えて頂けませんか?」


 

 この質問は言わば、試験のようなものだろう。

 言わなくても、セドリックの納得出来る答えでなくとも、指導はしてくれると思う。

 けれど、俺が間違った理由から力を求めていないかをセドリックは確かめようとしている。

 

 俺が戦い方を学ぶ理由。

 その答えは、もう決まっている。



「………理不尽に抗うには力が必要だから、ですね。この世界で生きていくには、戦闘の術を身につけるべきだと、そう考えました」



 アンナやアリアの過去を聞いた時から、少し考えていたことだった。

 アンナは魔物に両親を殺され、孤児となった。

 アリアは魔物の侵攻に遭い、母親を殺され、暮らす街を酷く傷つけられた。


 話を聞くだけでも心の痛む、理不尽な世界。

 二人の過去では魔物だけだが、魔法や剣などによって個々人が力を持つこの世界では、人間だって理不尽の対象となる。

 

 そして、この世界で生きていくなら、その理不尽が俺の周りに降りかからないとも限らない。

 現に大切な存在である二人は、そんな理不尽に深く傷つけられた。


 

 俺が戦う術を身に付けた所で、大切な人達を全て守るなんて事は言えない。

 自分がそんな大層な人間だとは思わない。


 けれど、力を持たない事を後悔したくはない。

 俺に戦う力があれば救えたかもしれない、そんな未来を迎えたくはない。 

 ならば、俺は戦い方を学ぶべきだと思った。

 この世界で生きていくと、もう決めているから。

 


 それ以外にも、俺の考える将来にとって戦闘力が必須という理由も挙げられるが、今は良いだろう。


 

 

 セドリックは俺の言葉を受け、返答する。


「とても良い理由です。ラース様は恐らく、自分の為だけではなく、誰かの為に力を求めているのでしょう。その理由なら、間違いはありません。………戦闘のいろはを全てお教えしましょう」


 優しげな目を向けつつ、そう告げるセドリック。

 どうやら俺の答えは、セドリックを納得させるものだったようだ。

 その事実に安心しつつ、お礼を告げる。


「ありがとうございます」


「いえ。………しかし、本日お会いした時から思っていましたが、先日より少し変わられましたね。心境の変化があったとの事ですが、何かありましたかな?」


 と、そう尋ねてくるセドリック。

 この世界でのこれまでの全てが心境の変化に繋がってはいるが、最も大きな要因は間違いなくアンナに俺の正体を知られたことだろう。


 理解者が出来たことで俺の心にはゆとりができ、自分では気付かないが、目に見える部分にも変化があったのかもしれない。

 とはいえ、そんな微細な変化に気付くのはセドリックくらいなものだろう。


 俺の心を悟る相変わらずなセドリックに内心苦笑しながら、アンナとの一件を話す訳にもいかないため、とりとめもない話で誤魔化すのだった。





 剣術を習うことについて、セドリックからの承諾は得られたが、念の為ライルにも許可を取るように促された。

 そして、それは当然だろう。

 実践的な訓練となれば怪我もするだろうし、戦い方を学ぶとなれば親としても当主としても、確認しておきたい事だろう。

 

 

 稽古を始める前に許可を取るべくライルの元を訪れると、思いの外あっさりと認めてくれた。

 ライルの考えとしては、


「やはり痛みを伴う実践的な訓練でこそ、成長するからな。セドリックなら加減を間違うこともないだろうし、問題は無いぞ」


 とのことだった。

 その点については、俺も本格的に習うのなら怪我などは覚悟していたため、有難い。

 

 と、そこでライルの傍に居るセレスが口を開く。


「でも、心配ね。あまり無茶はしないでね」


「それはそうだな。剣術の訓練を行う上では、終了後にしっかりと治療を受けることが条件だ。良いな?」


 と、セレスの言葉を受けライルが問いかける。


「はい、勿論です。心配をお掛けしますが、ご裁可下さり、ありがとうございます」


 治癒魔法ならアンナが使えるし、一日の終わりのものとは別に治療して貰えないか頼んでみよう。

 と、そんな事を考えつつライルとセレスとの話は終了し、セドリックとの訓練を行うことなった。

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