第57話 互いの過去
居室にて行われているアンナとの話し合い。
この世界での今後の計画目標という大切な問題については、一先ず話し終わった。
公私の場での呼び名や振る舞い方、秘密の共有など、その他にも重要な点については粗方話し終えたと感じる。
今日の所はこの辺りで切り上げても良いが、一応時間としてはまだ余裕がある。
他に何か話す事はあるだろうかと考えていると、ふとある事に思い至る。
「アンナからは、何か聞きたいことはあるかな?」
思い返せば俺が話してばかりで、アンナからの質問などは聞いていなかった。
彼女の側から何か聞きたい事はあるかと思い尋ねると、アンナは少し思案した後に、
「………前の世界でのレイトさんの事を、色々と知りたいなと思うのですが、宜しいでしょうか?」
と、尋ねてくる。
前の世界での俺、つまりは水無瀬令人に関する情報を聞いておきたいということだ。
アンナの疑問は当然のものだろう。
別世界の話など興味を惹かれるだろうし、そういえば名前と身分くらいで、俺の詳しい情報はあまり伝えていなかった。
「勿論。………えっと、何を話せば良いかな?」
自分の事を教えるといっても、何から話せば良いかいまいち難しいため、そうアンナに問う。
「えっと、…………そうだっ、レイトさんは年齢はお幾つでしたか?」
「前の世界の俺は、17歳だね」
と、問われた答えをそのまま告げると、アンナはやや驚いた反応をする。
しかし、すぐに得心がいったように頷き、
「やはり、私よりも年上だったんですね。2つ上、ですか」
アンナは現在15歳のため、確かに水無瀬令人はアンナより2歳年上ということになる。
現在のラースの肉体は13歳であるが、俺も人格としては令人であるため、今でも自分は17歳であるという意識が強い。
と、そんな事を考えていると、
「(年齢差としては全く問題無いですね。ふふっ)」
「?…………何か言ったかな?アンナ」
「いえ、ラース様は13歳ですから。レイトさんに違和感は無いのかな、と思いまして」
小声だったため、アンナが何と言ったのかを尋ねると、そんな言葉を返された。
丁度先程考えていた内容と近く、同じ事を告げると納得した様子を見せてくれた。
とはいえ、
「ラースの記憶は受け継いでいるから、今の自分が13歳だという自覚も当たり前にあるけどね」
水無瀬令人としての感覚がメインではあるが、ラースであるという意識も確かに存在している。
不思議な感覚なので上手く説明出来ないが、令人とラース、互いの区別は付いていて違和感を持つようなことは無い。
すると、俺の言葉を受けアンナがふと口を開く。
「そういえば、初めにお聞きした時はそういうものだと流していましたが、改めて考えるとラース様の記憶を持っているということも不思議ですね」
アンナの言うその意見は、至極尤もなものだ。
俺も同様に"そういうもの"だと思い、深く考えては来なかった。
この辺りも俺が転生した要因と絡んでいる可能性は高そうに思える。
とはいえ、
「そうだね、それは勿論俺も思ったよ。ただ、転生っていう状況がそもそも訳が分からないから、これに関しても分かるはずも無いからね」
「確かに、その通りですね」
そう、結局はその結論に至る。
この世界に来て何度思ったか分からないが、どう考えても分からないことなのだ。
こういった事も転生した原因を探る上で解明出来れば良いな、程度にしか考えられない。
そんな考えを抱きつつ、アンナと共に苦笑した。
その後も水無瀬令人、前世の俺に関する話は続いていた。
と言っても、俺からすれば水無瀬令人は至って普通の青年だったので、そこまで語る事がある訳では無いが。
と、それはともかく、アンナからの質問に答えていき、令人に関する情報を伝える。
「では、レイトさんは前の世界では学生だったのですね」
「ああ。とはいえ、王立学院のような名門校って訳では無いけど。前の世界では教育機関が発達していて、ありふれたものだったから」
以前にも軽く話した事だが、この国での学校というものは王立学院くらいだ。
各領地によって独自の教育機関はあるかもしれないが、規模は全く異なるだろう。
それに基本的には貴族が通うものであり、平民はそういった機関で教育を受けられることは普通あり得ない。
「聞いた話ですと、やっぱりレイトさんの居た世界——チキュウ——はとても発達した所なんですね」
「確かに、文化や社会制度・科学技術はこの世界より大分発達してるね。………けど、魔法や魔物は存在しない世界だから、この世界の方が優れてる部分も多くあると思うよ」
地球はこの世界と比べ、確かに発達している所が多いとは思う。
けれど最も大きな違い、魔法や魔物の存在がある以上、簡単に比較出来るものでは無いだろう。
良い部分と悪い部分、どちらの世界にも長短は必ずある。
と、そんな事を考えていると、ふとアンナが少しだけ表情を暗くする。
そして、ぽつりと呟く。
「…………魔物の居ない平和な世界、ですか」
(……………!)
その言葉を聞いて、自らの浅はかさを呪った。
迂闊に出すべき話題では無かった事を、今更ながらに後悔する。
「ごめん、配慮が足りなかった…………」
アンナは両親を魔物に殺されている。
幼い少女が魔物によって、家族も居場所も奪われたのだ。
そんな辛い過去を、簡単に忘れ去れるはずは無い。
けれど、アンナの様子は意外にも深刻という訳では無かった。
そして、少し焦った声音で告げる。
「いえっ、そういう訳では!…………確かに、全く気にしていないと言えば嘘になりますが、それでも自分の中で折り合いは付けているので」
その言葉を受け、アンナの過去を聞いた時の事が思い起こされる。
確かに、あの時もアンナは過去を引きずっているような印象は受けなかった。
その後を生きる気力が無くなってもおかしくないような辛い境遇であるのに、それでも日々を精一杯に生きてきた。
「お母さんとお父さんが、守ってくれた命ですから。しっかり生きなきゃって、思ったんです」
「………………アンナは、強いね」
俺が先程の事を気に病まないよう、優しげな笑みを浮かべてくれている。
過去を乗り越え、今尚俺の事まで気に掛けてくれるその姿が眩しく映る。
そんな思いと共に、ありのままの感情を告げると、
「レイトさん程では、無いと思いますけどね」
「そんなことは…………」
恐らく、転生した辺りの事を言ってくれているのだろうが、だからといってアンナより強いなどとは思えない。
というより、比べるようなことでも無いと思うが。
「それに、そういう過去があったからこそラース様に拾って頂いて、………そして、レイトさんとも出会えました。だから、今では本当に大丈夫だって心から言えます」
と、明るい笑顔を浮かべながらそんなことを言ってくれるアンナ。
その表情を見れば、偽りの無い本音だと分かる。
俺の存在が少しでもアンナの力になれているのなら、それは本当に嬉しく思う。
「なので、今後も気にしなくて大丈夫ですよ。……それに、この世界で魔物はありふれた存在ですし、その度に気を遣う訳にもいかないでしょう?」
と、少しおどけたように告げるアンナ。
ここまで言われてしまっては、俺が無駄に気に掛けるのは、アンナに対する侮辱だろう。
何事も無いように接することが、最もアンナを尊重した在り方だ。
「………そうだね、分かった」
一時は迂闊な発言で、アンナを傷つけてしまったかと後悔したが、アンナの強さや気遣いにより雰囲気は明るいまま、話は続けられた。
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