第55話 秘密の共有

 現在は日課のトレーニングを行っている。

 朝食後にアンナと話をして以降、もっと色々と話をするべきかと思ったが、俺がトレーニングをしたいだろうとアンナが気を遣ってくれたため、話は夜に落ち着いてすることとなった。

 昼食後も重要な話はすることなく、外に出て運動に勤しんでいた。


 まあ、アンナとしても普通に仕事があるだろうし、大切な話をするならやるべきことをやり、落ち着いた時間に行った方が良い。

 夕食や入浴を済ませ、しっかりと時間を確保出来るようになった時がベストだろう。


 そして普段通りに一日を過ごし、落ち着いて話を出来る時間となった。

 昨日は俺の自室で話をしていたが、夜遅くまで掛かる可能性もあるため、今回はソファもあり、ゆったりと話が出来る居室に居る。



「話さなくてはいけないことは、………抽象的になってしまいますが、レイトさんが今後この世界でどういう風に生きていくか、ということですよね?」

 

 と、早速アンナが話題を提示する。

 そして、アンナの言葉は正しい。

 この世界でどのように生きていくか、広い意味になってしまうが、これからのこの世界での計画目標を定めるということだ。


「一先ずはラースとして生きていくことは決まっているから、今まで通りラースとして、周りの人々との関係改善に尽力するつもりではあるけど………」


 例外であるアンナや認めてくれたライルとセレスを除いても、屋敷や街の人々、アリアなど贖罪をしなければいけない人はまだ数多く存在する。

 アンナとの一件で俺のこの世界での暮らしは一区切りついたような感覚があるが、他の人々に関してはまだまだこれからと言える。


「………今朝も思ったことではあるのですが、レイトさんの正体は他の人に教えるつもりは、やはり無いんですか?」


 話の流れで、アンナがそう尋ねてくる。

 アンナからしたら、当然疑問に思うべき点だろう。

 そしてその答えに関しては、俺の中では既に決まっている。


「まず、ライルさんやセレスさんを始めとして、セドリックさんやフェルディア家の方々には俺の正体を知られるつもりは無いよ。絶対に」


「…………!!」


 俺が強く言い切ったからか、衝撃を受けた様子のアンナ。


「絶対、ですか。それはどうして?」


「………ライルさんもセレスさんも、大切な存在で今の両親なんだって心から思っている。屋敷の人達も皆良い人で、大事な存在だと思う。だからこそ、ラースが幼少時から一緒に居た存在である、フェルディア家の人達には、あくまでラースとして立派に成長した姿を見せたいんだ」


 こんな悪童であるラースの事を小さな頃から見守ってくれた人々だ。

 中にはラースの事など今でも嫌いな人も居るかもしれないけれど、それでも変わらない。

 

 

 ずっと共に居た存在が、急に別人に変わっていたなどという事は知って欲しくは無い。

 特に、親である二人には。



「………俺の正体を隠すことが、騙していることと変わらないのかもしれない。知って欲しく無い思いがただ俺のエゴで、正しい事なのかは分からない。それでも、俺はこの嘘を貫きたいと思う。優しくて必要な嘘も、この世にはあると思うから」


 自分の考えが良いものなのか、悪いものなのか自信は持てない。

 それでも、周りの人々が悲しむ未来にさせたくは無い。

 なら、騙したとしてもエゴだったとしても、貫くべき嘘も確かにあると思う。



「………正しい事なのかは、私にも分かりません。けれど、間違ってはいない。それなら、胸を張って言えます。………良いじゃないですか、嘘でもエゴだったとしても。優しいレイトさんらしくて、私は好ましいと感じますよ」


(…………!)


 優しげな笑みを浮かべつつ、俺の考えを後押ししてくれるアンナ。

 その言葉に驚きながらも、アンナがそう言ってくれるならという気持ちが芽生える。


「そう、かな?」


「はい。自信を持って下さい」


 俺一人では、迷いも大きかったと思う。

 けれど、アンナが間違っていないと言ってくれるのなら、信じて進もうと自然と思える。

 こういった事も、本当の自分を知ってくれたからこそ出来る相談だと、そう思った。




「フェルディア家の方々に知られるつもりが無いことは分かりましたが、…………アリア様は、どうなんですか?」

 

 と、何故か顔を強張らせ、探るような視線を向けてくるアンナ。

 何処か緊張したようなその仕草を不思議に思いつつも、一先ずアンナの問いについて考える。


 婚約者として今後の関係が殆ど決まっているアリアに関しては、確かに悩む所だ。

 他の人々と同様教える必要は特に無いが、屋敷の人達と違って、絶対にバレたくないという訳でも無い。

 幼少期から共に居た存在という点では屋敷の人達と共通しているが、過ごした時間が全く違うし、身内と言う関係では無い。

 悩ましい所ではあるが、


「…………とりあえずは、教えるつもりは無いかな。疑っている訳では無いけど、アリアさんから情報が拡散する恐れが無いとは言えないし、ラースとしてのアリアさんとの関係はまだ微妙なものだから」


 そもそもが、まだアリアからは嫌われているであろう状況だ。

 関係改善が為されてもいない中で、余計に混乱するような情報を与えても、アリアとしても困惑するだけだろう。

 今の所、正体を明かす理由が特に無い。


 

 ただ、…………


 現時点でもアリアは好ましい人柄であるし、大切な存在でもある。

 けれど、この先今以上に心から信頼出来る大切な存在になったとしたら、その時は全てを打ち明けるかもしれない。

 仮定の未来ではあるが、将来的に付き合っていく存在ならば、そんな日が来ないとも限らないだろう。

 

 と、それはともかく、やはり現時点では他の誰にも正体を明かすつもりは無い、ということになる。



「そっ、そうですか!そうですよねっ。やっぱり重要な秘密ですから、親密で大切な存在にしか話せませんもんねっ」


 心なしか、アンナの様子が嬉しそうに感じる。

 何も間違ってはいないのだが、俺がアンナの事をそう思っていると面と向かって言われたようで気恥ずかしいものがある。

 まあ秘密の共有というのは、何処と無くワクワクするものがあるので、アンナもそういった風に気分が高揚しているのだろう。


 まあ、話を纏めると、


「俺の正体に関しては、ライルさんとセレスさんや屋敷の方々に知られないためにも、極力他の誰にもバレないようにする必要がある。だから、呼び名にしても振る舞いにしても、人前ではラースとして過ごすように気を付けよう」


 誰かに知られてしまえば、そこから周囲の人間に伝播していく可能性はある。

 転生や別人格の存在など、普通は信じられる話では無いが、違和感や疑心を与えないためにも、徹底するに越したことは無いだろう。

 俺個人の感情としても、イレギュラーな存在であろう俺の事を、信頼出来る人以外には知られたいとも思わない。


「はい、分かりました」


 まあ、アンナは公私で性格の区別をしっかりと付けている。

 それに、今思い返せば買い物に行った時も貴族である俺を立てるような振る舞いを自然に行っていた。

 そういった点を踏まえても、アンナのことは信頼している。

 此方の意思で打ち明けない以上は、バレるリスクはゼロに近いだろう。


 

 そんな所で、俺の正体に関する話は一区切りついた。

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