若き騎士の思い
【コーディー視点】
王国伯爵位でも名門の家系、フェルディア家。
その騎士として仕える事が出来た事は、俺にとって大きな誇りだ。
当主であるライル様は尊敬出来る方だし、奥方のセレス様もお優しい方だ。
騎士隊の隊長であるセドリック様もとても厳しいが、根は優しく、その強さには憧れる。
日々の鍛錬や騎士としての業務は大変なものだったが、毎日が充実していた。
レクターという同僚であり良き友人とも巡り合え、まだまだ若手だが騎士として立派になろうと二人で誓い合った。
しかし、ある日そんな俺達の理想は儚く散ろうとしていた。
というのも、
「ラース様、まだ目覚めないらしい。………はあ、やっぱり俺達解雇だよな………」
「まあ、普通はそうだよな」
フェルディア伯爵家の次男であるラース様が、俺達との模擬戦の最中に気を失う程の怪我をしたからだ。
とはいえ、怪我自体は大した事は無く、後遺症が残るようなものでは無いらしい。
あくまで、気を失っただけだ。
しかし、俺達の処遇はそんな軽い話で済ませられるものではない。
仕えている貴族家の令息に怪我をさせてしまったのだから、厳罰が下るだろう。
そもそもの事の経緯としては、ラース様が強引に模擬戦をしたいと言い出したのが発端だ。
つい自分達は悪くないという気持ちが芽生えてしまうが、叱責を覚悟でもお止めするべきだった。
模擬戦の最中も、もっと注意するべきだった。
俺達の過失が無い訳では全く無い。
とはいえ、
「御当主様は善良なお方だ。処分無しとは流石にならないだろうけど、きっと酌量の余地を与えて下さるさ」
「そう、だな。奥方のセレス様もお優しいし、セドリック隊長も普段は馬鹿みたいに厳しいけど、なんだかんだ優しいしな」
俺の言葉に、レクターも頷く。
そうだ、きっと何とかなる。
そんな淡い希望を抱き、俺達は処分が下されるのを待った。
しかし、後日俺達が考えてもいなかった出来事が起きた。
早朝に招集が掛かり、遂に判決が言い渡されるのだと思った。
しかし妙な事に呼び出されたのは俺とレクターだけで無く、ほぼ全ての騎士や使用人達だった。
一体何が起きるのだろうかと困惑していると、件のラース様が現れた。
そして、これまでの悪行について俺達に頭を下げ、謝罪なされた。
本当に、意味が分からない程に驚いた。
傲慢、不遜、横柄、浅慮、どうしようもない悪童であったラース様が丁寧な姿勢で俺達に向かって真摯に謝っている。
俺は何が何だか分からず、立場的にも特に何か言うことは出来なかったが、セドリック隊長が皆の気持ちを代弁してくれた。
正直、困惑しか無い。
とはいえ、ただ聞いているだけでは無く、自分の中でも気持ちを整理してみた。
ラース様の事が好きか嫌いかと言われれば、俺は素直に分からないと告げる。
以前にレクターとも似た話をした事がある。
確かに、良い人柄をしてはいないと思う。
けれど、嫌いとまで思えない事には二つの理由がある。
一つは、そこまで悪い事をしていない点。
これでもし犯罪を犯していたり、他人に暴力を振るったりしていれば、間違いなく嫌っていた。
徒に他者を傷付ける事は、騎士として許せないものがある。
けれどラース様の悪行はそこまでという訳では無い。
他者を見下し自分が一番、貴族以外を人として見ないなど褒められた事では決して無いが、言ってしまえばその程度だ。
二つ目の理由としては、まだ子供だという点。
子供だから何でも許されるなどとは言わないが、それでも寛大さは必要だと思う。
それに、俺達平民は貴族の暮らしぶりに憧れるし、良い生活をしたいと思う。
けれど、貴族には貴族なりの苦悩だってあるのだろう。
生まれた瞬間から貴族としての立場や責任が発生するのだから、大変なものなのだと思う。
そんな理由から俺はラース様の事を好きでもなければ、嫌いでもない。
と、自分のラース様に対する印象を考えていたが、いつの間にかラース様の皆への謝罪は済み、何故か俺とレクターだけが残された。
といっても、直ぐに昨日の件だと気付く。
思い出したら一体どんな処分になるのだろうかと、レクターと二人緊張する。
しかし、その場でもラース様は俺達に向かって謝罪をされた。
そして俺達二人の処分が重い物とならないよう、御当主様にも掛け合ってくれたらしい。
ラース様の言葉通り、確かに普通はそれが人として当たり前の事だとは思う。
この件だけで優しくされたからと言って、急に好きになる事など出来ない。
けれど、今のラース様を見ていると、本当に別人のように良い方に思える。
物腰は穏やかで、丁寧な態度、気遣いも出来る出来た人間だ。
過去を知らない人が見れば、本当に完璧な人間にでも見えるだろう。
ともかく、ラース様の改心もあり俺達は解雇される事は一先ず無いみたいだった。
相変わらず隊長は厳しく、減給や業務・訓練の増加など様々な処分が下されたが。
「しかし、良かったよな。この程度の処分で済んで。一時は本当に、解雇されるんじゃ無いかとひやひやしたけど」
「ああ、そうだな。…………でも、ラース様の改心された件、どうなんだろうな」
「別人みたいに変わってたからな。………まあ、俺は元々別に嫌いじゃなかったから、これから本当に変わっていくなら、それで良いと思うけどな」
処分が下された後、レクターと安堵しつつラース様についての会話をする。
どうやらレクターはラース様の改心について、前向きな考えのようだ。
俺と同じ考えの人間が居て、何処か安心する。
「今までだって確かに酷い人柄ではあったけど、別にそこまで悪い事をしてた訳でも無いからな。それでも簡単に許せない人達も多いだろうけど、俺も改心された事は純粋に嬉しいな」
「まあ、このまま改心されたままなら、いつか他の人達も受け入れる日も来るだろ」
「そうだな。…………そんな日が来ると良いな」
俺達は総じて、ラース様が改心した件について前向きな考えだ。
けれど他の人達からすれば、それは甘いと思われるのかもしれない。
それでも、誰だって常に完璧な訳では無い。
子供が成長し道徳や倫理観を養い大人になっていくように、ラース様だって今までは悪かったかもしれないが、それで今後の成長に目を向けないのは違うだろう。
俺達の考えを他人に強制したい訳では無い。
それでもラース様がこのまま立派に成長し、いつか皆に受け入れて貰える日が来ると良いなと、俺はそう思った。
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