第48話 初めて見せる姿

【アンナ視点】


 彼との買い物に出掛けてから幾日かが経過したとある日、彼が御当主様と奥様から食事に誘われた。

 なにやら話があるということだったが、その内容までは見当が付かなかった。

 

 その後、彼が帰ってきて何の話だったのかを聞いた時には本当に驚いた。

 お二人から過去の事を赦されたというのだ。


 お二人、特にライル様はラース様に対して相当厳しく接していたし、そう簡単に赦されるとは思えなかった。

 しかし、それも彼が日々誠実であり続けた結果なのだから、納得も出来た。

 いずれにせよ、とても喜ばしいことだ。


 けれど、彼の表情は何故か晴れない。

 どうしたのだろうと思っていると、このことに関して話があるとのことだった。



 普段の生活を本館に戻すか、どうか。

 その言葉を聞いて、晴れ渡っていた心が暗雲に覆われるかのような思いだった。

 これまでの楽しかった思い出が、崩れていくような感覚。


 離れでの暮らしは、彼との暮らしは勿論、昔のラース様との生活も良い思い出となっている。

 そんな此処での暮らしは、私にとって非常に大切なものなのは間違いない。

 

 けれど、彼がどう思っているかは分からない。

 それに、御当主様と奥様から過去の行いを赦されたのなら、本館で暮らすことが自然だろうし、それが親子としてのあるべき姿だろう。

 彼としても、いつまでも離れでの暮らしよりも本館の方が良い生活が出来るに決まっている。


 だから、私が異を唱える訳にはいかない。

 そんなことを言える身分ではない。

 心に何処か引っ掛かるものを感じながら、それでも本館に戻れることをお祝いした。


 

 けれど、その後とても驚く事があった。

 彼が、本館に戻ることが嫌だと言った。

 理由としては、私との離れでの暮らしが楽しかったから、というものだった。


 彼の真剣な様子からはとても嘘を言っているようには見えない。

 ということは、私との生活が楽しいという理由で離れを去る事が嫌だということも事実なのだろう。

 それに関しても本当に驚いた。


 

 けれど、それ以上に彼が、自分の望みを言ったことに驚いた。

 

 勿論、今までだって私の考えではなく、自分の考えを通そうとする時はあった。

 でもそれは、いつも仕事の手伝いなどであって、私に気を遣った事だという前提がある。


 けれど、今回は違う。

 ただ純粋に、自分の望みを告げてきた。

 普段の彼と全く違うその行動に、本当に驚いた。


 同時に想起される、以前感じた彼の歪み。

 初めて彼の弱い部分を見たような思いだった。


 勿論、嫌な気はしなかった。

 彼は自分を大切にしないから、初めての我が儘とも言える願いは歓迎すべきものだ。

 

 ただ、初めて見せた彼の弱みが何処か嬉しいものだと感じると同時に、言い様の無い不安が心の内にあったことが、少しだけ気掛かりだった。


 

 と、そんな事を考えはしたが、彼との話は続いているので、早く返答しなければいけない。

 このまま離れで暮らすということ。

 私としては、勿論不満はない。


 その事を彼に告げると、分かりやすく表情を崩して喜んでいた。

 そんな様子も普段の彼とは違っていて、新鮮に映った。

 けれど、そのすぐ後に私の仕事を増やしてしまうことを心配してくれた。

 そんな姿はいつもの彼らしくて、少し安心した。


 それに関しては、私としては全く問題無い。

 そのことを彼に告げると、安心した表情で離れでの暮らしを続けても良いか、と最後の確認をしてきた。

 彼を少しでも安心させようと、出来る限りの笑顔を浮かべた。



 今後の暮らしについての話は纏まり、話題は御当主様と奥様から話されたもう一つの要件についてとなった。

 とはいえ、こちらはあまり難しい話題ではなく、ローレス家のアリア様が明日訪れるというものだった。

 明日という急な予定に少し驚きはしたが、今まで何回もあった事なので特に問題ではない。


 ただ、私の心には少し引っ掛かるものがあった。

 アリア・ローレス様。

 ラース様の、………彼の婚約者。


 なんだろう、どこかもやもやする。

 その感情を的確に言い表すことが出来ないということもまた、落ち着かない。


 もしかしたら、彼からしたら初めて会う存在だし、その辺りを心配しているのだろうか。

 けれど、アリア様のことは前から分かっていたことだし、今までこんな感覚になった覚えは無い。


 いや、アリア様とラース様の関係はとても良いと言えるものでは無い。

 彼はきっとまたアリア様にも謝罪し、今後の関係改善に尽くすと思う。

 それをアリア様が受け入れてくれるかどうかを不安に思っているのだろうか。


 うん、きっとそうだ。

 でなければ、自分の感情に説明がつかない。


 それでもまだ、心に引っ掛かるものを感じながらも、私は無理矢理納得した。

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