第47話 落差

【アンナ視点】 

 

 彼との買い物から帰り、現在は食堂で共に夕食を食べている。

 普段の彼との食事は楽しいものだが、現在の私の心境は晴れやかではない。

 理由は勿論、先程の雑貨屋での彼の行動が気に掛かっているからだ。


 しかし、いつまでも思い悩んでいても一緒に居る彼も気に掛けてしまうだろうし、思い切って尋ねてみよう。

 そう考えた私は、なぜ自身の悪評を肯定したのかということを面前の彼に尋ねた。


 返ってきた答えとしては、住民の人々の話が何一つ間違ってはいないから、というものだった。

 

 確かに、その通りではある。

 ラース様はお世辞にも褒められるような人柄ではなく、街の人たちからも嫌われていた。


 しかし、彼は違う。

 いや、ラース様の姿をしているのだから違うとも言い切れないが、それでも態々自身の評価を落とすような真似はしなくても良かったのでは、と思う。


 そのことを告げようとした時に、貴方はラース様ではないのだからと言おうとして、つい言葉に詰まってしまったが、なんとか改心したと言い直せた。


 そして私の問いかけに対する彼の答えは、誠実である、という自分の信念に従った結果だということだった。

 それが過去の罪を償うということだと。


 理屈は、理解出来る。

 しかし、そんな生き方を実際に出来る人が、どれだけ居るだろうか。

 

 出来たとして、そんな生き方は苦しく辛いものではないのか。

 それに関しても、彼に尋ねた。


 彼は少し思案した後に、それが自分が決めたことだからと、そう語った。


 

 私の問いかけに対して、肯定はしていない。

 けれど、否定もしていない。


 それはつまり、何とも思っていない訳ではないということを意味している。

 

 

 なら、何でそんなに頑張るのか。

 どうして自分を大切にしないのか。


 何故そんな、諦めたような表情をしているのか。



 分からない。

 彼が何を考えているのか、まるで分からない。


 これまでずっと思ってきたことではあるけれど、改めて強く感じる。



 知りたい。

 貴方のことを、もっと知りたい。

 そんな感情が心の内で強く渦巻く。


 けれど、今それを尋ねることは出来ない。

 私が彼に踏み込む時は、もう決めているから。

 一度踏み込んでしまえば、もう戻れないから。


 だから、今はもう考えるのはやめよう。

 全てを知るのは、もっと先で良い。

 今は少しずつ、知っていけば良い。


 

 私は表面上では納得した様子を見せて、変なことを聞いてしまったと謝罪した。

 その時、私が謝る必要なんてないと少し慌てる彼の様子が、珍しいものを見たと思うと同時に、可愛いと思ってしまった。



 

 私の問いかけから始まった一連のやり取りを終え、彼との間にある空気は妙なものになっている。

 そんな雰囲気にしてしまったことを申し訳なく思っていると、彼も空気を変えようと思ったのか、唐突に渡したいものがあると言ってきた。


 渡したいもの、というのに心当たりは無かったが、それを見るとすぐに何かは分かった。

 彼が先の雑貨屋で購入していたものだ。



 …………それを、私に?


 一瞬、意味が分からなかった。


 そもそも、貴族が一メイドに贈り物をするなど、相当珍しい事例だろう。

 

 けれど、優しい彼のことだから、どうせなら買ったものを私に贈ろうと考えてもおかしくはない。

 あの時は彼のことが気に掛かっていて、あまり意識していなかったが、自然な行動とも言える。



 そう認識した瞬間、心が多幸感に包まれた。

 端的に言えば、滅茶苦茶嬉しかった。


 彼からの贈り物。

 先程までの暗い雰囲気が吹き飛んだような感覚だった。


 正直、早く受け取りたい気持ちで一杯だったが、逸ってはいけない。

 私と彼の表面的な関係は、主従。

 伯爵令息からの贈り物なのだから、もっと恐れ多いといった様子を見せなければいけない。

 

 そんな風に自制しながら彼との会話を続けつつ、ようやく自然な流れで受け取ることが出来た。

 彼からの贈り物、…………初めての贈り物。


 大切に使おう。

 いや、それ程量がある訳では無いし少しずつ使っても、すぐに無くなってしまうだろうか。

 しばらくは使わずに取って置こうか。

 けれど、使わないのは流石に失礼のような。


 うん、ちょっとずつ使おう。

 使い切ってしまったとしても、容器を取って置けば良い話だ。



 先程の彼との会話で暗いことを考えてからの、嬉しい贈り物ということで、若干浮かれ過ぎなような気がしないでも無い。

 けれど、彼からの初めての贈り物が私にとってとても大切なものであるということは、きっと変わらない事実だ。

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