第46話 彼との買い物

 彼の剣の素振りを見学したあの日から、少し経ったとある日。

 ふと買い物に行くことを彼に告げると、自分も一緒に行くと言ってくれた。


 私一人で買い物に行かせるのが悪いという、彼の優しさを嬉しく感じると同時に、仕事を手伝わせることに私も申し訳なく思う。

 

 だが、突然どうしてか彼が悩む素振りを見せる。

 どうしたのかと彼に問うと、自分が付いていくことの方が迷惑なのでは、ということだった。


 確かに、ラース様の悪評は街でも知れ渡ったものだし、その姿である彼は歓迎されないだろう。

 買い物に行くなら自分も手伝いたいという思いと、自分が行く方が迷惑なのではという二つの考えに悩む彼。


 どこまでも私を気遣ったその思いを嬉しく感じるが、それ以上に悲しい気持ちがある。

 思慮深さと他者への配慮に富んだ彼の人柄は、とても好ましいけれど、やはりどこか行き過ぎているように感じる。


 

 もう少し自分を大切にして欲しい。

 もっと自分の好きなようにして欲しい。


 

 けれど、それでも彼はきっと自分より誰かを優先してしまうだろう。

 

 なら、私が背中を押してあげよう。


 私の我が儘という形で同行を申し出ると、彼は一瞬驚いた様子を見せた後に、優しい笑顔を浮かべつつ承諾してくれた。



 

 ラース様が街の人達に嫌われているということもあって、何も問題はなく、という訳にはいかなかったが、それでも買い物は概ね順調に進んだ。

 

 彼と出掛けたのは今回が初めてだったが、想像以上に楽しいものだった。

 私の勘違いでなければ、彼も楽しんでくれていたと思う。

 それに、私と出掛けられてすごく楽しい、と言ってくれたし………


 

 それはともかく、買い物は無事終了した。

 しかし、屋敷への帰路に就いている途中、見慣れないお店があったことが気になった。


 彼にそのことを告げると、寄ってみようということになったので、店内に入る。

 その店は様々な商品が売られている雑貨屋で、夫婦で営んでいるようだった。


 最近始めたばかりということでラース様のことは知らなかったが、貴族が入ってきたということで一時は微妙な雰囲気になったが、彼が落ち着いて対処したおかげで問題は無かった。


 しかし、空気が和らいだことで店主の男性も気が緩んだのだろう。

 ラース様の悪評を聞いていたことを、つい口走ってしまった。


 彼は勿論、罰するようなことは無かったし、二人を落ち着けることを一番としていた。

 そんな彼の様子を見て、二人は噂など当てにならないと、そう言った。


 これでこの件は収まるし、彼のことを理解してくれて良かったと、そう思った。

 しかし、その後の彼の言葉には耳を疑った。


 彼は、自身の悪評を肯定した。


 

 理解出来なくは、無い。

 優しくて、誠実な人柄をしている彼が、住民の人々の話が間違っているとは言えないだろう。


 けれど、それでも態々自身の印象を下げるようなことを言えるだろうか。

 それはとても勇気のいることだ。

 

 

 どうしてそんなことを言ったのか、何故そんなに自分より他人を優先してしまうのか。

 私がそんなことを考えている内に、彼は話を纏めていて、雰囲気も大分良くなっていた。


 それでも、私は先程の彼の言葉に疑問を抱き続けていた。

 

 

 

 

 私の考えはともかく、そんなちょっとしたハプニングはあったが、以降は当初の目的通り店の商品を見て回ることになった。

 

 とはいえ、私は侍女の立場であるので、特に何かを買う気は無い。

 今日の買い物はあくまで離れでの生活に必要な物を決めた上での出費だ。

 私の個人的な買い物でお金を使うことは出来ないし、そのような立場ではない。

 

 加えて、彼のことが気になっていたので、そんな気分にもなれなかった。


 

 そんな中、彼は一つの商品が気になったのか、女性と何やら会話をしていた。

 すると、私も呼ばれたので彼の元へ行くと、私にも商品を試して欲しいとのことだった。

 

 その商品は保湿効果のある軟膏で、質感は良いし花の良い香りもするので、単純に良いものだと思った。

 私からの評価も高かったので、彼はそれを買うことにしたようだ。


 商品の会計について彼が二人と会話していたが、私は少し離れていたし、先程の事が未だ気になっていたので、あまり聞こえていなかった。

 途中で急に彼と二人が打ち解けたような雰囲気になったけれど、何かあったのだろうか。


 そして雑貨屋での買い物も終わり、屋敷へと帰ろうとしたところでふいに男性が彼へと声を掛ける。

 内容としては、ラース様の過去はともかく、今日接した今の彼は良い人だと感じたとのことだ。

 そして、女性も同じ考えだと。


 

 二人のその言葉を聞いて、悩んでいた心が少し晴れた。

 見てくれている人は、分かってくれる人は確かに居るのだと、そう感じた。


 

 ただ、女性の最後の言葉だけは何故急にあんなことを言ったのかよく分からなかった。

 いや、確かに彼は気遣いが出来て、努力家で、優しくて格好良い人だと思うけれど………

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