第37話 衝撃的な質問

 アリア達を連れて離れの中に入り、現在は離れの客間に居る。

 室内には俺とアリアの二人しか居ない。

 

 護衛の騎士達は門や離れの傍で待機している。

 婚約者の家だし既に何度も訪れているので、離れの中までは同行しないのはおかしなことではない。

 

 お付きの侍女の方に関しては、客間の扉の前で待機している。

 室内は完全に二人であり、俺としてもこの後の話がしやすくなるため有難いことだ。


 そして二人とも椅子に座り、すぐに客間の扉がノックされる。

 

「お茶をお持ちしました」


 と、アンナの声が聞こえる。

 丁度良いタイミングでお茶を用意してくれたようだ。


 入室の許可を出すと、扉を開け紅茶の乗ったワゴンを押してアンナが入ってくる。


 アンナは俺とアリアにそれぞれ紅茶を差し出す。


「どうぞ」

 

「ああ、ありがとう」


 お茶を持ってきてくれたことに対し、アンナにお礼をすると、対面のアリアが驚いた反応をする。

 一瞬どうしたのだろうかと思ったが、すぐに得心がいく。

 俺、というよりラースがお礼を言ったことに対して驚いたのだろう。


 ラースは他者、それも身分が低いような相手にはお礼などすることが無かった。

 

 アンナとのやり取りは至って自然なものだったので、すぐに気が付かなかったが、アリアからしたら当然の反応だろう。




「何か御用がありましたら、何なりとお申し付け下さい」


 お茶を出し終えたアンナはそう告げ、一礼して客間を出て行った。

 アリア付きの侍女と同じく、部屋の前で待機しているのだろう。



 と、それはともかく、これでアリアと話をする準備は完全に整った。

 これまでも緊張はしていたが、寧ろここからが本番なので気を引き締め直さなければならない。


「それでは、先程の話の続きを致しましょうか」


 そう、謝罪と改心した話へ続けようと前置きをすると、


「その前に、いえ、その話とも関係することですが、一つ伺いたいことがあります」


 と、俺が話そうとするのを制するように、アリアが先に聞きたいことがあると言ってきた。

 そのくらいは問題ないので、


「ええ、何でしょうか?」

 

 と、内容を尋ねる。

 すると、アリアは、




「では……………貴方は本当に、ラース・フェルディア様ですか?」


 と、そう告げた。





(……………………)


 

 その問いを聞いた時、一瞬頭が真っ白になったような感覚がした。

 俺がラースではないということがバレてしまったかもしれないと思い、身体が硬直する。


 ただ、焦りや動揺以上に驚きの感情が強過ぎて、声や顔に出すことすら無かったのが幸いした。

 その一瞬があれば、頭を落ち着けることはなんとか出来た。



「………そう問われても、おかしくない位には変わったと自分自身でも思っているので無理もありませんが、正真正銘私はラース・フェルディアですよ」


 我ながら不自然さは無いように、訂正することが出来たと思う。

 アリアも違和感は抱かなかったのか、少し考えるそぶりを見せた後に、



「…………そうですね、益体もないことを申しました。姿は同一で心だけが違うなど、現実的に考えてあり得ない事ですし。………可能性があるとすれば魔法によるものですが、風貌の模倣や人格を変えるといった魔法など聞いたこともありません。そもそも、そんな事態が起こっていれば、このように私と話など出来ているはずもありません」


 と、自身の考えがあり得ないものだという根拠を次々と列挙していく。

 そして、


「以前までのラース様と様子が大分異なっていたため、つい失礼な事を口にしてしまいました。申し訳ありません」


 と、そう謝罪してくる。


「いえ、私の態度がアリア様を困惑させてしまったでしょうから、謝られることではありませんよ」


 恐らく、先程の問いはアリアとしても半分冗談なものというか、本気でそう思っていた訳ではないのだろう。

 前までのラースと今の俺が、そう思ってしまう程に違っていたため、つい溢してしまった言葉といった感じだ。



 

 と、そんな中俺は、


(………………焦った)


 先程のアリアの質問、この世界に来てから相当衝撃的なものだった。

 もしかしたら転生したと分かった時以上に、焦ったかもしれない。


 とはいえ、アリア自身ほぼ冗談で言ったようなものだったおかげか、すんなり納得してくれたので本当にほっとしている。

 緊張で満たされていた心も、現在は安堵で埋め尽くされている。


 


 それにしても、未だに本題に入れていないというのに、既に精神的な疲労はピークに達したと言っても過言ではない。


 そう思ってしまう程に、先程のアリアの質問は胸を衝かれるものだった。

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