第36話 婚約者との邂逅

 色々と考え込みながらも運動は順調に行うことができ、かなりの時間が経過した。

 そろそろアリアが訪れる時間も迫っているし、この辺りで切り上げた方が良い。


 離れに戻り浴室で汗を流した後は、アンナと共に昼食を取る。

 もうすぐアリアと出会うという事で若干緊張しているが、アンナとの時間は心が安らぐ。

 

 それとどうでもいい話だが、この世界に来てから浴室を利用することが格段に多くなったなと、ふと思った。

 毎日の運動で非常に汗をかくので、仕方のないことだが。

 と、こんなどうでもいい事でも考えていないと、この後についてを考え過ぎてしまうのだろう。



 昼食を食べ終え一息ついていたタイミングで、いよいよアリアが訪れる時間まで残り三十分という程になった。

 そろそろ準備をした方がいいだろう。

 とはいえ、今までも定期的に会っていて、今回もその一回というだけなので、準備と言っても特別なことはしない。


 アンナにお茶を淹れる用意をして貰い、俺は着替えをする位だ。

 流石に婚約者に会うということなので、いつもよりは上等な服を着る。

 その服も転生してからそこそこ痩せただけあって、サイズを新しいものにしてある。

 まあそれでもまだ太っている部類なので、あまり格好はついていないが。

 


 着替えも済み、俺の準備はもう整った。

 あとは屋敷の門で待っていれば良いだろう。


「アンナ、俺は門の所でアリア様達を待っているから、いつでもお茶を出せるようにお願いして良いかな?」


「はい、かしこまりました。……まだ、アリア様達がいらっしゃるには少し早いですが、宜しいんですか?」


 お茶の準備については快諾したが、俺がもう外で待つと言うと、気遣ってくれるアンナ。  

 確かに思いの外準備が早く済んだため、まだ時間にはかなり余裕がある。

 ただアリア達が早く到着する可能性もあるし、早く待っているに越したことはないだろう。


「早く待つに越した事は無いからね」


「承知しました。……早くから待っているというのは、凄く良い事だと思います」


 俺の言葉に納得し、少々過剰に讃えてくれるアンナ。

 こちらが迎える側だし、出迎えに早くから待つことは普通だと思うが、これまでラースは態々迎えに出たことなど無かったからな。



 屋敷の門まで辿り着き、アリア達を待つ。

 実際に通すのは離れだが、アリア達は馬車でやってくるためここに停めるだろう。

 

 ちなみにこの世界での移動手段は、平民なら徒歩、貴族なら馬車が基本である。 

 無論、王国内の主要都市には魔導船が配備されているため、遠距離の移動ならば魔導船を用いることもあるが、普段はあまり使うことはない。

 魔導船の航空には多量の魔力が必要になるため、そう気軽に使えるものではないのだろう。


 

 アリアが暮らすローレス男爵領の領都とフェルディア伯爵領の領都フェルドは、近隣都市だけあって馬車であれば二、三日で着く。

 早馬ならば一日と掛からないかもしれない。


 とそんなことを考えつつ、アリアの到着まで後数分ということもあり、俺はかなり緊張していた。

 その理由は、アリアにも今までの事を謝罪し改心した旨を伝えなければいけないということも当然ある。


 だがそれ以上に、今回は完全に外部の人間に会うという理由からだった。

 というのも、アンナや両親、フェルディア家に仕えている人達は、言わば身内だ。 

 実際に会う時は勿論緊張したが、それでもある程度自然体で接することが出来た。

 しかし、今回はそうはいかない。


 婚約者とはいえ、生まれた家も違うため何か失礼があってはいけない。

 そのことについて、今まで以上に注意して望まなければ。




 と、そんなことを考えていると、


(………!)


 前方から一台の馬車と、それを囲う様にして騎士達の姿が確認出来た。

 恐らく馬車にはアリアが乗っていて、周りの騎士達はその護衛だろう。


(いよいよか………よし)

 

 気合いを入れ直し、アリア達を待つ。

 すると向こうも俺、というより待っている人物を確認したからか、やや移動速度が上がる。

 そして、遂に俺の目の前まで到着した。


 護衛の騎士達は待っているのが俺だと分かったのか、驚いた表情をしている。

 だが、あくまで護衛という立場であるため騒いだりはしていない。


 本当は馬車から降りる際に、手を貸してエスコートなどした方が良いのかもしれないが、今の俺にそんなことをされても嬉しいはずもない。

 寧ろ、逆に迷惑に思われる可能性の方が高い、というより確実にそうだろう。

 なので、特に動かず大人しく待つ。



 そして馬車が開き、その中の人物が降りてくる。


 中に居るのはアリア一人かと思っていたが、もう一人居た。

 だが、その人物は見た感じアリアの侍女だろう。

 男爵令嬢なのだから側仕えの人間を置いておくのはおかしなことではない。



 そして、肝心のアリアの姿も確認出来た。

 ラースの記憶から勿論その容姿は知ってはいるが、改めて見ると非常に目を惹かれる。

 

 煌めくような白銀のセミロングの髪に、透き通った蒼冰アイスブルーの瞳。

 その眼差しはどこか涼しげで、全体的な雰囲気としても凛とした美しさがある。

 顔立ちは非常に整っており、まさに美少女と言っていい容貌だ。


 アンナを可愛い顔立ちとするなら、アリアは美しいと評されるものだろう。

 しかし、やはり十三歳という年相応の幼さも垣間見え、その雰囲気とのミスマッチさが彼女の魅力をさらに引き立てている。

 

 人柄としても、見た目の印象や雰囲気に違わず、クールといった形容が相応しい。

 聡明であり静謐な空気を纏う彼女は、とてもラースと同い年だとは思えない。

 


 

 と、いつも涼しげな表情をし、あまり感情を表には出さない彼女だが、今はその表情を驚きに染め目を見開いている。

 その理由は容易に察せられる。

 俺、というよりラースが出迎えに来ていると気づいたからだろう。


 そんな分かりきっていた反応に内心苦笑し、若干緊張も解れてしまうが、気を抜く訳にはいかない。

 

 一つ呼吸を整えて、



「お待ちしておりました、アリア様。本日はご足労頂き、ありがとうございます」


 と、まずは出迎えの言葉と来てくれたことに対する感謝を伝える。

 

 緊張からか、若干言葉が慇懃なものになり過ぎたかも知れない。

 だが、まあ無礼なよりは丁寧過ぎる位が丁度良いだろう。


 すると、


「「!?」」


 アリアは勿論、その侍女や騎士達も一様に驚愕したような表情を浮かべている。

 他家、それも家格が上の伯爵家への来訪とあって、騒ぎ出すような真似はしていないが、それでも驚きの感情は容易に見て取れる。

 

 俺の態度に誰もが唖然とし、しばし静寂がその場を包む。

 

 

 しかし、そこで、




「……………お出迎え頂き、ありがとうございます。……しかし、どうされたのですか、ラース様?何やら雰囲気がいつもと違うようですが」


 まだ驚きは抜けていないが、返答しない訳にもいかないと思ったのだろう。

 やや警戒したような表情でそう尋ねてくるアリア。

 

 こんな状況でもまずは感謝を伝えるあたり、やはり良い子なんだろうなと思う。

 そして警戒してしまうのも仕方ないだろう。

 自らが知るラースと、今の俺が違い過ぎるのだから当然だ。



 と、それはともかく、「どうしたのか?」というアリアの質問への答えは決まっている。

 この後しっかりと謝罪をして、改心した旨を伝えることでその答えとする。


 しかし、この場でそれを告げることは出来ない。

 今は護衛の騎士達も居るし、伯爵令息が人前で無闇に頭を下げ、謝罪する訳にもいかない。

 フェルディア家の騎士や使用人達へ謝罪した時とは話が違う。

 

 それに何より今居るのは外であり、こんな場所で落ち着いて話が出来るはずも無い。


 よって、



「アリア様がお聞きになりたい事もあるでしょうし、私からも色々とお話があります。……なので、落ち着いて話をするためにも、まずは室内へ参りませんか?いつも通り、離れへご案内しますので」


 と、とりあえず離れの中に入ることを提案する。

 

 そうした俺の口調に、さらに驚きの感情を強めたアリア。

 

 だが、外で立ったまま話をする訳にもいかない、ということには共感したのか、



「……………承知、しました」


 と、そう答えるのがやっとといった感じで、短く肯定の言葉を返した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る