第35話 気持ちの整理

 翌日。

 昨日は精神的に疲れていて早く寝たおかげか、いつも以上に早く起きた。

 時刻は早朝と言っていい時間であり、普段はまだ寝ている時間だか、起きてしまったのだから外に出て運動でもしようと思った。


 トレーニングは毎日行っているとはいえ、昨日は色々とあり、いつも程時間を取れなかった。

 その遅れを取り戻す意味もあるので、まだ朝早いが良いだろう。

 それに今日はアリアが訪れる日というだけあって、色々と考えてしまう。

 今から悩んだって仕方がないし、体を動かしてリフレッシュするとしよう。



 

 準備運動を兼ねて、初めはランニングから行った。

 もう運動を始めてから三週間程が経過しているので、体力も筋力も当初に比べたらかなり付いた。

 こまめに取らないといけなかった休憩も、ある程度は無しのまま継続することが出来る。


 そのままの勢いでランニングを終え、腕立てや腹筋、スクワットなどの筋トレに移る。

 これらも休憩無しでも、中々の回数をこなせるようになった。

 筋持久力も相当上がったと考えて良いだろう。



 筋トレを終えると流石にある程度の休憩を挟み、次は剣の素振りを行う。

 セドリックから太鼓判を押して貰っただけあって、自分の感覚としても型通りに振れている。

 毎日行うことで身体に動きが染み付いたのか、流れるように素早く振るっても正確に行える。

 とはいえ、一つの型につき百回で合計千回以上振らなければいけないので、相応に時間は掛かるが。



 これまでのメニューを一セットとして、長い休憩を取った後にもう一セット行った所で切り上げる。

 本来ならもっと行いたい所ではあるが、まだ早い時間であるし、朝食も食べていない。

 朝食を取り、少し時間を置いてからまた取り組めば良いだろう。


 アリアが訪れるのは午後からなので、午前の間は自由に動くことが出来る。

 今日も午後はあまり時間が取れないと思うので、それまでに出来る限り取り組んでしまおう。




 離れの中に戻ると、運動をしている最中に目を覚ましていたのかアンナと顔を合わせた。

 アンナは俺の姿を確認すると、


「おはようございます、ラース様。……って、もしかして運動をされていたんですか!?」


 運動着と汗をかいている様を見て判断したのだろうが、まだ朝早いため驚いているアンナ。


「少し早く目が覚めてしまってね。軽く身体を動かそうと思って」


「軽くといった様には見えませんが………あ、申し訳ありません!まだ朝食の準備も済んでいなくて」


 そうやって慌てて朝食を作っていないことを謝罪してくるアンナ。

 だが、


「俺がいつもより早く起きたんだから、アンナが謝ることではないよ。俺はこれから軽く汗を流してくるし、ゆっくり準備してくれれば良いから」


 俺が普段の時間よりも大分早く起きたせいなので、アンナが悪いことなど一つもない。

 そう告げると、アンナはほっとしたように息を吐き、すぐに準備すると言い食堂に向かった。




 

 浴室で汗を流し、アンナが作ってくれた朝食を食べた後は少し身体を休めるためにアンナと談笑し、その後は再び外に出て運動をしている。


 まだアリアが訪れる時間には余裕があるため、時間を取って臨める。

 しっかりと身体を動かしながらも、頭ではやはりこの後訪れるアリアとの事を考えていた。



(婚約者、か………)


 婚約者。意味は分かるし、この世界ではありふれたものだと理解はしているが、それが俺にも居るのだと考えると、どうにも現実味が無い。

 というか、未だに信じられないものに感じる。


 まだ確定しているという訳ではないが、将来はアリアと添い遂げるということが今の時点でほぼ決まっているのだ。

 結婚など現代日本ではまだ考えられないような年齢なので、どうしても現実味が湧かない。


(そもそも、アリアさんとはまだ話したことすら無いからな)


 ラースの記憶があるのだから、既に出会っていると言ってもいいのかもしれない。

 だが、令人としてはまだ顔も見たことのない人物である。

 そんな相手が婚約者だというのだから、すぐに受け入れられないのは仕方ないだろう。


 それにラースの記憶があるとはいっても、関係が希薄なアリアのことはよく知らない。

 恋愛的な感情を持つことなど出来るはずもない。

 幼い頃から決められた相手が居るということも、令人の感覚としてはすぐに受け入れられるものではない。


 ただこの世界において、婚約者や政略結婚というものが悪いものだとは思わない。

 家と家の繋がりを形成する、家を存続させるための手段、政略結婚は政治的・社会的に見て重要なファクターと言える。


 それに政略結婚から本物の愛情が生まれることだってあるだろう。

 望まぬ結婚をする可能性が高いのは圧倒的に女性ではあるが、人によっては良い家に嫁ぐことが出来れば、それだけで十分と感じる人も居ると思う。


 

 だから悪いものだとは思わないし、必要なものでもあると理解出来る。

 ただ単に、そんな存在が俺にも居るというのが受け入れ難いだけだ。


 それに、



(アリアさんにも、凄く嫌われてるだろうからな……)


 ただでさえ婚約者など考えられないのに、更にその相手から嫌われていると考えたら尚更気が重い。

 とはいえラースが相手では仕方ないし、アリアだって被害者と言っていい立場だ。


(アリアさんのためにも、婚約を解消出来たら良いんだけど)


 婚約を解消出来れば、アリアからしてもラースとこれ以上付き合う必要など無くなるし、俺としてもその方が問題が無くなる。

 しかし、


(俺の一存で決めて良いことでも無いからな………)


 この婚約はフェルディア家とローレス家の合意の元で成り立っている。

 両家が決めたことなのだから、俺が言い出せることでは無い。


 

 それにアリアの心情としては婚約など解消したいだろうが、婚約解消をして困るのは寧ろローレス男爵家の方だろう。

 アリアとラースの婚約が無くなれば、フェルディア伯爵家との繋がりも無くなるため当然だ。


 家のためを思ってラースとの婚約を受け入れたアリアからしても、寧ろその方が迷惑だろう。

 


 

 アリアとの婚約関係は悩ましい問題ではあるが、別に俺自身はアリアのことは嫌っていない。

 寧ろ好ましいと思っている。

 無論恋愛的な意味ではなく人として、であるが。


 まだ幼い年齢で自分の家や他家のことを考え、ラースのような悪童との婚約を受け入れるということは、誰にでも出来ることではない。

 この世界の貴族は望まぬ結婚というものも多いが、それでもアリアが立派な事に変わりはない。


 それに、


(彼女の境遇を考えると、尚更な………)


 アリアは、先に語った十年前のローレス男爵領への大規模な魔物の侵攻で、母親を失っている。

 そんな辛い境遇に遭った少女が、それでも下を向かず、男爵家やフェルディア家への恩義のために行動したことは純粋に凄いことだと思う。



 だからこそ、俺なんかが婚約者だということは心底申し訳なく思う。

 だが、やはりその点についてはどうにか出来るものではない。



 関係を無くすことは出来ない。

 ならば、少しでも良いものに出来るように努力しよう。 

 これまでしてきた事と大きくは変わらない。

 アリアとも誠実に向き合う、それが俺に出来る全てだ。

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