第33話 自らの願い

 良い話も悪い、という訳ではないが悩ましい話もあった両親との食事。

 両親に認められるという良い事があったとはいえ、現在の心情は晴れやかとはいかない。


 今は離れに戻っている最中である。

 二つの問題に対して頭を悩ませている所だが、アリアとのことはともかく、今後の暮らしについてはこのあとアンナと話をして決めれば良い事だ。

 その結果が俺の理想とは異なる可能性もあるが、あまり思い悩むのも良くない。

 そんな風に気持ちに整理を付けつつ歩くと、すぐに離れに到着した。



 ゆっくりと話をするためにアンナにお茶を淹れてもらい、現在は食堂に居る。

 両親からは色々な話があったし、何から話そうかと考えていると、


「お二人からは何のお話があったのでしょうか?」


 と、アンナが尋ねてきた。

 俺自身二人と会うまでは用件が何か分かっていなかったので、アンナも知らないのは当然だ。

 そして、何の話があったかと言えば、


「大きく分けると二つ話があって、一つは後で話すとして、まず一つは父上と母上が俺のことを赦してくれたといった話かな」


 アリアのことより、この話を先にした方が良いだろう。

 今後の暮らしをどうするか、といった話にも繋げやすい。


「赦す、ですか?……えっと、それはどういう?」


 俺が掻い摘んで結論だけを言ったからか、まだ理解の及んでいない様子のアンナ。


「つまり、改心してからの俺の行動をお二人が評価して、俺の事を認めてくれたということかな」


 分かりやすいように、改めてそう告げると、


「…………それは、今のラース様がお二人から過去の事を赦された、ということでしょうか?」


 理解しつつあるが、念を押すようにそう尋ねてくるアンナ。


「有難いことに、そうだね」


 アンナの考えが間違っていないと、そう肯定すると、


「おめでとうございます!ラース様のこれまでの努力が認められたということですね!」


 と、やはり自分のことのように喜んでくれる。

 そんなアンナの反応は純粋に嬉しく、悩んでいた心が少し晴れるかのようだった。


「ありがとう。………ただ、そのことで少し問題というか、アンナとも話さないといけないことがあって」


 アンナが喜んでくれたのは嬉しいが、いつまでも明るい話題ではいられない。

 望まぬ結果になるとしても、しっかりと話し合わなくては。

 そんな思いを胸に、そう前置きすると、


「私と話さなくてはいけないこと、ですか?」


 ここで自分のことが話題に挙がるのは予想外だったのか、驚いた様子のアンナ。


「ああ。……まず前提として俺達は今、本館ではなく離れで暮らしているけど、それはあくまで過去の俺の行いに対する罰というものだった」


 今回は理解しやすいように順序立てて話をする。

 アンナもここまでは問題ないのか、理解を示すように頷いていた。


「だから、父上と母上が俺の事を赦してくれた今の状況では、これからも離れで暮らす必要は特に無いということになる」


 俺がそこまで告げると、アンナはこの後にする話が理解出来たのか、


「……あっ」


 と、小さく声を溢す。


「アンナももう分かったと思うけど、これからの暮らしを本館に戻すか、離れのままにするかというのがアンナと話したいことなんだ」


 説明は全て終わったので、アンナとの話の本題に入る。

 

 俺は多分、不安そうな、思い詰めたような、そんな表情をしているだろう。

 アンナの気持ちは分からないけれど、どう話を切り出そうかと思っていると、




「………そう、ですよね。罰として離れで暮らしていただけなんですから、認められたのなら本館に戻るのが当たり前、ですよね。………おめでとうございます、ラース様!」


 そう本館に戻れることを祝ってくれるアンナ。

 それだけで俺は、地の淵に叩き落とされたような、そんな感覚がした。

 


 

 心のどこかで、アンナの方から離れでの暮らしを続けたいと言い出してくれるのを願っていた。

 自分から言い出すのは、怖いから。

 言い出して拒否されたらと考えると、自分から踏み出すことは出来なかった。

 

 分かっている。優しいアンナなら、俺が離れでの暮らしを続けたいと言えば、恐らく受け入れてくれるだろうということは。

 でも、それでも万が一があるし、何よりそれはこれからもアンナに負担を押し付けるということだ。

 本館に戻っていれば、する必要のない仕事。

 それをこれからもアンナに強制するということ。

 それを俺の方から言い出すことが出来るだろうか。

 

 だから、アンナが言い出してくれるのを期待していた。

 けれど、結果は違った。

 アンナの気持ちは分からないけれど、このままではきっと本館に戻ることになるのだろう。




(……………っ)


 

 けれど、それだけ分かれば十分だった。

 それでは駄目だと、心の底で強く願う。

 

 見当違いな期待などしている場合ではなかった。

 どれだけ体の良い言葉を並べても、俺が嫌だと思っているのなら、それはアンナを気遣っていることにはならない。

 

 それなら、どうせなら自分勝手になろう。

 それで断られたら、その時だ。

 どれだけ自分を納得させようとしても、それが俺の願いなのだから。


 だから、



「………………俺は、嫌だな」


 と、ありのままの感情を告げる。


「………え?」


 俺の言葉が意外だったのか、それとも理解が追いついていないのか疑問の声を発するアンナ。



「……俺は、本館に戻るのは……アンナとの離れでの暮らしが終わるのは、嫌だな」


 言ってしまった。

 これで断られたら、俺は当分立ち直れないかもしれない。

 

 けれど、自分の理想を叶えるためには、自らが踏み出さなければいけない。

 結果がどう転ぼうと、きっとこれが正解だ。

 

 すると、俺の言葉の意味を理解したのか、


「………それは、どうしてでしょうか?」


 と、尋ねてくるアンナ。

 受け入れるか、否か。そのどちらかだと思っていた俺は少し驚いてしまう。

 とはいえ、黙っている訳にもいかない。


「この離れでの暮らしがとても楽しかったから、かな。アンナと二人っていうのは凄く落ち着くし、離れでの暮らしは俺にとって大切なものだった。……本館に戻ってしまったら、そんなこれまでの暮らしではなくなってしまう気がする。だから嫌なんだ」


 転生してからこれまで、俺が色々な事に頑張れたのは傍にいるアンナの支えがあったからだ。

 本館に戻っても大きくは変わらないのかもしれない。

 それでも決定的に違うと感じる。

 俺はそれが嫌なんだ。



「…………それは、本当なんですか?」


 未だ俺の言葉が受け止めきれないのか、そう尋ねてくるアンナ。


「冗談でこんなことは言わないよ」

 

 大分身勝手なことを言っているし、何ならこれからも君と二人で暮らしたい、なんて言っているのと同じなため、流石にそんな冗談は言えない。


「でも、ラース様は本館に戻りたいとは思わないんですか?離れよりも、もっと良い暮らしが出来ると思いますよ」


 確かに、離れより本館の方が良い暮らしが出来るというのは確かだろう。

 今でこそ行っている家事の手伝いなども、人の多い本館ならやる必要は完全に無くなる。

 けれど、


「そうかもしれない。でも、それでも俺はこの離れでの暮らしの方が好きだよ。アンナが作ってくれる食事も、一緒にやる掃除や洗濯も、こうやってお茶を飲みながら話す時間も、きっと全部ここで暮らしているから意味があるんだ」


 そう語ると、アンナは驚いたように目を見開いた後、





「………私も、です。……私もこれからも離れでの暮らしを……続けたいです」


 と、そう告げた。


「……それは、本当なのかな?」


 アンナの言葉を聞いた瞬間、嬉しい気持ちで一杯になったが、先程のアンナと同様、すぐには信じられないのでそう尋ねると、


「それこそラース様と同じですよ、冗談でこんなことを言いません。私も、ラース様と二人で過ごす離れでの暮らしがとても好きです」

 

 小さく微笑みながら、そう言った。

 その言葉を聞き、本当の気持ちなのだと理解して非常に嬉しく感じる。

 しかし、問題があったことを思い出す。


「でも、これからも離れで暮らすということは、これからも多くの仕事をアンナにやってもらうことになるんだけど。……勿論俺も出来る限り協力するけど、本館に戻っていればやっぱりやらなくて済むことも多い訳で」


 そうやって離れで暮らす上での懸念点を伝えると、


「………本館に戻ってしまったら、伯爵家の料理人の方が居ますから、私がラース様に料理をお作りすることは出来なくなります。それはとても嫌なんです。ラース様がいつも美味しいと言ってくれることが、私は凄く嬉しいので。他のお仕事についても、いつも頑張っているラース様の助けになれているのなら、私は苦だと思ったことはありません。………その、どちらかと言うと、ここでの生活がなくなってしまう方が私にとっても辛いこと、です」


 と、少し恥ずかしそうにそう言ってくれた。


 


 俺が悩んでいたことは、どうやら杞憂だったようだ。

 ここまで言ってくれて、それが嘘や俺を気遣ったものだとはとても思えない。

 だから、アンナも俺と同じ気持ちだったということだろう。


「………ありがとう。じゃあ、これからも離れでの暮らしを続けても良い、のかな?」

 

 と、最終確認としてそう尋ねると、


「ラース様が宜しいのなら私はそうしたい、です」


 アンナは遠慮がちにそう告げた。


「さっきも言ったけど、俺もその方が嬉しいよ。………じゃあ、これからも宜しく、アンナ」


 改まってそう告げると、


「はいっ」


 と、輝くような笑顔を浮かべてくれた。

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