第32話 婚約者の存在
気掛かりなことが出来てしまったが、この場で悩んでいても仕方が無い。
話を変えるためにも、
「本日の用件というのは、今まで話したことで宜しいのでしょうか?」
と、今日夕食に誘われた用件は以上で良いのか尋ねると、
「まあ今話した内容もそうではあるが、用件はもう一つある」
と、ライルが告げた。
どうやら俺を赦すという話以外にも、まだ用件があるようだ。
「何でしょうか?」
もう一つの用件というものに全く心当たりが無いため、改めて尋ねると、
「急な話で悪いんだが………明日、アリア君が訪れることになっている。それが今日伝えようと思っていた、もう一つの用件だ」
と、そう告げた。
この話を聞いた時の俺の心情は、「とうとう来てしまったか」というものだった。
前提の話ではあるが、ラース・フェルディアには婚約者がいる。
前世の感覚からするとほぼ有り得ないような存在だが、この世界の貴族に関しては至って普通の事柄である。
ラースは手の付けられないような悪童ではあったが、生まれとしては伯爵令息、上位貴族である。
そんな身分であれば、婚約者がいるということは別におかしなことでは無い。
そしてその婚約者というのが、今のライルの言葉に出てきたアリアという女の子である。
本名はアリア・ローレス。年齢はラースと同じ十三歳。
ローレス男爵家という、フェルディア家と同じ王国貴族である男爵家の令嬢である。
このローレス男爵領がフェルディア伯爵領の隣に位置しており、深くは無いが家同士の付き合いは存在していた。
そんな中、ラースがまだ幼い頃にアリアの容姿を気に入り、婚約を申し出た。
無論ラースの意思だけで結べるものでも無い為、実際の申し出はライルが行った。
ラースが気に入ったという理由だけならともかく、家同士の繋がりを深めるという意味もあり、一蹴する話でも無かったのだろう。
他に理由があるとすれば、婚約者を作ることでラースの更生に期待したといった所だろうか。
その際のやり取りはラースの記憶だけでは分からないため俺の想像でしか無いが、ライルもその婚約はアリアとローレス男爵の意思に委ねていたと思う。
ラースという悪童との婚約であるし、人格者であるライルが強制するはずもないだろう。
しかし、意外なことにその婚約は成立した。
とはいえ、そこまで意外でも無いかもしれない。
ローレス男爵家からすれば、伯爵家との繋がりが結べる婚約である。
ラースというデメリットはあるが、それを差し引いても余りあるメリットが存在する。
後は、そもそも断ることが難しかったという可能性もある。
考えられる理由は二つ。
一つは、単純に家格の違い。
男爵家という基本的に最下級の家が伯爵家の申し出を断れるかと言えば、基本的に難しいだろう。
貴族の家格というものは一つ位が違うだけでも、相当の権力の隔たりがある。
―――無論、功績や他家との繋がりなど様々な要因から例外はあるが。
と、いくらアリアやローレス男爵の意思に委ねたとして、本当に断ることが出来るかは難しい所だという可能性。
もう一つは、ローレス男爵家がフェルディア伯爵家に対して大恩があるということ。
およそ十年前、ローレス男爵領の領都に大規模な魔物の侵攻があった。
当然ローレス男爵領としても外敵への戦力は存在するが、その戦力だけではどうしようもない規模の軍勢であった。
そこで隣接した領でもあるという理由から、フェルディア伯爵家が救援に向かった。
領都には大きな損害が出たが、幸い都市が壊滅する程のものでは無かった。
そういった背景があり、ローレス家はフェルディア家に対して大きな恩がある。
このことから婚約を断ることが難しかったとも考えられる。
と、ここまで語ってはきたが、これはほぼラースの知る情報から俺が推測したものでしか無い。
とはいえ、大体当たっているだろうとは思う。
ラースという悪童とのものであるにも関わらず、実際に婚約は結ばれているのだから。
話を戻すが、その婚約者が明日訪れるという。
何とも大変そうな話ではあるが、逃げられるものでもない。
なので、
「承知しました」
と返事をすると、
「今回アリア君が訪れる目的はお前への見舞いという側面もある。……本来はお前が倒れた日のすぐ後に訪れるという申し出だったが、お前の容体も大したものでは無かったので、私がそこまで気を遣わなくて良いと断っておいた」
とのことだった。
婚約者なのだから今までも定期的に会うことはあったが、今回はラースが倒れたことに対するお見舞いでもあるようだ。
あちらからしても婚約者が倒れたのだから、無事を確認しに行くのは自然なことだ。
だが、すぐに訪れなかったのはライルが気を遣っていたらしい。
と、それはともかく、
丁度アリアの話をしていることだし、先程の考えが正しいかどうか、なぜラースとアリアの婚約が成立したのかを聞いてみようと考えた。
明日、アリアと出会う前に聞いておいた方が、今後アリアと付き合っていく上でプラスに働くと思ったからだ。
「父上、アリア様とのことに関して伺いたいことがあるのですが、宜しいでしょうか?」
と、質問すると、
「ああ、何だ?」
「俺とアリア様との婚約がなぜ成立したか、ということです。差し支えなければ教えて頂けたらと」
そう告げるとライルは少し考え込んだ後に、
「そうだな、それは構わないが………お前はどうしてだと思う?」
と、逆に俺に問いかけてきた。
そう問われたため、先程考えていた婚約をすることで得られるローレス家のメリットと、断ることが難しかった可能性を挙げると、
「…………驚いたな、ほとんど的中している」
と、驚いていた。
もしかすると俺に問いかけたのは、改心したラースがどれ程頭が回るか確かめたかったのだろうか。
いや、それよりも、
「ほとんど、ということは他にも理由があるのでしょうか?」
その点が気になったため、改めて尋ねると、
「ああ、他ならぬアリア君が婚約を希望したのだ」
その言葉を聞き、俺は静かに驚いた。
まさかアリアが婚約に乗り気だったとは思わなかった。
しかし、希望したと言ってもラースの事を気に入ったからなどと言う訳もない。
とすると、考えられる理由は、
「それは………それが、ローレス男爵家のためになるとか、フェルディア家に対する恩義のためといった理由からですか?」
考えられる理由はそれしかない。
「ああ、そうだ。自分がお前との婚約を受け入れることが両家にとって最善だと、私に対して自らそう告げていたよ」
やはり俺の予想は当たっていた。
しかし、それは他の様々なことのために自分を犠牲にしたということである。
まだ幼かった少女がそんなことを考えていたということに驚くと共に、どこか哀しいと感じる。
そんな言いようのない感情に包まれていると、
「……ラース。今のお前なら大丈夫だとは思うが、アリア君との仲も正しておくのだぞ」
と、ライルが告げた。
アリアの家への献身を想い、今のラースとの関係を哀しく思ったのだろう。
アリアとの関係は冷え切っている。
ラースという悪童が相手では当然だろう。
ラースもラースで、自分から婚約を申し込んでおきながら、所詮一時の感情だったのか最近はそこまでアリアに感情を向けていた訳でもない。
改めてラースの酷さを実感するが、それが今の俺なのだから気が重い。
とはいえ、これまでと同じく、アリアとの関係修復はラースとして生きていく上で必須である。
先程の話を聞いたら、尚更だ。
今回の両親との食事。
二人に認めて貰えるという良いこともあったが、今後の生活を離れか本館のどちらにするかという事と、婚約者であるアリアとの事という二つの大きな悩み事も出来てしまった。
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