第30話 親子

 穏やかな雰囲気で始まった両親との食事。

 まずは純粋に食事を楽しもうと、元々の本題には入っていない。


 並べられている料理は、流石伯爵家だと感じる程に非常に美味しいものであった。

 しかし、


(個人的には、アンナさんの料理の方が好みかな)


 単純な味として、どちらが上などということは無いが、食べ慣れたものであるしアンナが作ってくれているということもあり、アンナの料理の方が美味しく感じる。

 しかしそれよりも、伯爵家の料理人と遜色ない腕前のアンナはやはり凄いと思う。

 本職でも無いのにあれだけ上手いということは、本当に料理が好きなんだろう。


 と、そんなことを考えていると、ライルがふと口を開く。



「……ラース、あの日の言葉通り本当に真面目に生活しているようだな」


 と、そう告げてくる。

 改心した旨を伝えた日のことを言っているのだろう。

 口調は厳しいものだが、その眼差しは優しいものに感じるし、表情もどこか嬉しそうに見える。


「ええ、やっぱりラースはやれば出来る子だったのね!」


 セレスは嬉しさを隠そうともせず、やや大袈裟に褒めてくれる。

 そんな二人の言葉は嬉しくはあるが、


「ありがとうございます。ですが、俺のこれまでの生活からすれば、まだまだですので。今後も励みたいと思います」


 俺自身、中々に頑張っているとは思うが、こうストレートに褒められると対応に困ってしまう。

 これまでラースとして褒められることなど無かったし、感じるものは悪意ばかりだったからだろうか。

 それでも、やはり印象が悪いよりは余程良いが。


「まあ、それは当然だな。だが、殊更に謙遜する必要もない。日々の鍛錬も朝から晩まで取り組んでいるようだし、セドリックが指導した剣の素振りも目覚ましいものだそうだな」


 俺の言葉に肯定を示しつつも、尚もそう讃えてくれるライル。

 毎日の運動は騎士の訓練場や敷地内で行っているため、当然知っているだろう。

 素振りに関しても、恐らくセドリックから報告を受けているのだろう。

 それが、"目覚ましい"と評されるほどなのかはよく分からないが。


 と考えていると、今度はセレスが、

 

「ええ、毎日頑張っていて偉いわね。やっぱりラースはもっと痩せないとね。あなたに似ていて、顔立ちは整っているのだから、痩せたら絶対に格好良くなるわ」


 と、少々ズレたことを言う。

 今は俺が改心して以降、どのように生活していたかという中々真面目な話をしていたはずだが。

 そんな状況でこんな発言をするとは、この世界での母親は少々天然の気質があるのかも知れない。

 

 ライルも真面目なものから、一気に空気が変わったからか、何とも言えない表情をしている。

 すると、もう一度空気を引き締めるためか、わざとらしく咳払いをした後、


「……ま、まあともかく、お前の日々の努力は認めるべきものだ。使用人や騎士達の間でもお前の評価は良いものになってきているし、街の住民達にもお前が改心したということは広まっている」

 

 と、そう告げる。

 流石は伯爵と言うべきか、情報収集能力にも長けているようで、屋敷内だけでなく市井の情報も把握しているらしい。

 

 伯爵家の人達のことは、俺自身感じていることである。

 街の人達に関しては、アンナとの買い物でのことが影響しているのだろう。

 後は、騎士や使用人から街の人々へ波及していったという所だろうか。


 それにしても、買い物からまだ数日しか経っていないにも関わらず把握しているライルも凄いが、それ以上にこの短期間で知られているという、噂の広まり方にも驚愕する。

 俺からしたら有難いことではあるが、もしまた評価が下がるようなことをしたら、それも一瞬で広まると考えると恐ろしいものだ。

 人の評価は下がる時は一瞬と言うからな。

 まあ、そんな事態にするつもりは毛頭ないが。


 と、それはともかく、


「ありがとうございます」


 と、頭を下げ感謝する。



 すると、ライルはどこか改まった様子で、



「………お前が改心したと告げた時、私は納得はするがすぐに赦すつもりはない、簡単に認めることはしない、と言ったな」


 と急にそんなことを言う。


「……はい」


 確かに言っていたが、今そんなことを言い出す意図がよく分からないため、疑問に思いながらもそう返答すると、


「あの日から今日まで、お前としっかりと話すことは無かったが、お前の様子は陰ながら見ていた。日々の鍛錬も、セドリックの指導も、使用人や騎士達との様子も、……アンナと街へ買い物に行った時のこともな」


 陰ながら見ていたと言っても、全て実際に見ていたのではなく、そういう報告を聞いたということだろう。


「その全てが昔のお前とは違う。並の人間なら音を上げてしまうような鍛錬も欠かすことなく取り組んでいるし、普段の生活態度も落ち着いていて良好だ。他者と接する時には気配りも出来る。……まだ二週間程ではあるが、そんなお前の変化は正当に評価されるべきものだ」

 

 その言葉を聞き、ライルがこれから話そうとしている内容がなんとなく理解出来た。




「だから、……私達はラース、お前のことを赦すよ。お前のこれまでの努力を認める。本当に変わったのだな、ラース」


「ええ、もう昔のことは気にしなくていいわ。これまでよく頑張ったわね」


 と、二人はそう言ってくれる。

 やはり予想通り、俺のことを認めてくれるという旨の話だった。

 

 けれど、それは、



「…………宜しいんですか?まだ結論を下すには、早いと思いますが」


 セレスは分からなくはないが、厳しさも持ち合わせているライルですらこう言ってくれるのだから、やはり子供にはどうしても甘くなってしまうのだろうか。


 と、そんな俺の考えを悟ったのか、


「ふっ、甘いと思うか?」


 小さく笑みを浮かべ、そう尋ねてくる。


「自分で言うのもなんですが、……もう少し長い目で見て、評価するべきかと」


 評価してくれたことは嬉しいが、まだ二週間程しか経っていないのだ。

 認めるには早すぎると思い、そう言うと、


「確かに、以前のお前はそれは酷かった。けれど、別に犯罪を犯していたということは無いし、他者に対し暴力を振るっていたなどということも無い。これまでの日々で、私達に対する償いは十分出来たと判断した」


 ラースは手の付けられない悪童ではあったが、まだ子供ということもあり、流石にそこまで最低なことをしていた訳ではない。

 そう考えれば、二人の評価を受け取って良いのかもしれないとも思える。


 すると、続けてライルが、


「たった二週間、然れど二週間だ。人はそう簡単に変われるものではない。この短い期間でも、お前がどれだけ努力したのかは分かる。…………それに、ここで素直に評価を受け取らないお前だからこそ、認めるべきだと思えるのだ」


 そう言ってくれることは、本当に嬉しい。

 変わる云々に関しては、人格が本当に変わっているため何とも言えないが。

 俺のこれまでの努力が認められたということについては、素直に誇って良いのだろう。


 

 けれど、やはり俺にはどうしても早いと感じてしまう。

 ラースとしてのイメージ改善を目的として行動してきたのに、おかしいだろう。

 認めてくれると言っているのだから、素直にその評価を受け取れば良いものを。



 

 けど、それはきっとこの二人のことを大切な両親だと感じているからだろう。

 だから、簡単に赦されるべきでは無いと思ってしまう。

 

 そんな風にどうしたらいいか、戸惑っていると、




「……それに、これは私達の願望でもあるからな」


 ふと、ライルがそう告げる。

 その言葉の意味が分からず、反射的に尋ねる。


「それは、どういうことでしょうか?」

 

 すると、ライルは少し恥ずかし気に、それでいてどこか吹っ切れたような表情で、




「…………息子との関係がいつまでも拗れたままなのは、嫌だということだ」


 

 

 と、そう言った。


 その言葉に驚くと共に、俺の中に諦めの感情が浮かぶ。


 

 困った。

 そんなことを言われたら、これ以上否定することなど出来るはずがない。


 俺が二人のことを大切な両親だと思っているように、二人も俺のことを大切な息子だと思ってくれている。

 分かっていたようで、全く分かっていなかった。

 

 そんな親子の関係が、いつまでも歪なままでいいはずがない。


 だったらこれ以上悩むのはやめよう。

 別に赦されたからといって、今後努力しなくて良いという話でも無いのだ。

 ならば、二人の評価は受け取りつつも今後もさらに努力すれば良いだけの話だ。


 

 だから、



「………お二人のお気持ち、有り難く頂戴します。今後もその評価が覆ることのないよう、一層努力しようと思います」


 と、そう告げた。


 俺の言葉を受け、二人は嬉しそうに笑っていた。

 俺もきっと同じだ。



 

 その日、きっと俺達親子の関係は元に戻ったんだろう。

 過去のことや、伯爵家といったことも関係ない、何処にでもいる普通の親子のように。

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