第29話 関係の変化
時刻は夜。
現在は離れから本館に向かって移動している最中である。
用件は勿論、昼にセドリックから聞いた通りライルとセレスから話があり、そのことを踏まえ夕食を共に、という誘いがあったからだ。
ちなみにそのことをアンナに告げると、ラースが両親と食事など相当久しぶりのことだからか、まるで自分のことのように喜んでいた。
そして自分のことは気にせず、二人との食事を楽しんできて欲しいとのことだった。
アンナの気持ちが嬉しく感じられ、二人との食事もより前向きな気持ちで臨めるようになった。
何の話があるのかは分からないし、もしかすると俺にとって悪い知らせであるのかも知れない。
とはいえ一先ずは、一緒に食事が出来るまでになった二人との関係の向上を喜ぼう。
そんなことを考えていると本館に辿り着いた。
本館の中に入ること自体は転生二日目以来だ。
けれど、より印象深いのは初日のことだろう。
あの時は中に入るだけでも相当緊張していたが、今では大分落ち着いていられる。
玄関を開け中に入ると、やはり伯爵家だけあって豪華な内装に目を引かれる。
見慣れたものではあるはずだが、令人の感覚としては目にしたことのないような豪邸のため、見飽きないものだ。
と、それはともかく早く両親の元へ向かわなければいけない。
転生初日とは違い、今回は俺が呼ばれている立場なのでそのまま向かっても問題無いと思うが、誰かに声を掛けた方が良いだろうかと思っていると、
「お待ちしておりました、ラース様」
と声を掛けられた。
声の主は一人の使用人だ。
(あれ、この人って……)
その使用人には見覚えがあった。
俺の記憶が確かならば、転生初日にここで話し掛けた人と同じだろう。
しかし、その様子は前回とは大分異なる。
あの時は、俺が急に声を掛けたこともあるだろうが、その瞳に嫌悪の感情を宿していた。
当時はそのことを大分辛く感じたものだ。
だが、今はそんな感情は感じられない。
単に今回は俺が来ることは分かっていたので、悟られるような真似はしていないだけかもしれない。
とはいえ、その表情や雰囲気も前回よりは大分柔らかいように感じる。
断言出来る程自信がある訳ではないが、恐らくそうだろうとは思える。
「……ありがとうございます。父上と母上はもうお待ちでしょうか?」
俺を待っていたということは、今日の用件は知っているだろう。
詳しく説明することもなくそう尋ねると、
「はい、お二人とも既にお待ちです。ご案内致しますので、どうぞ」
と言って、先導する。
「お願いします」
屋敷の中を歩いていると、当然ではあるが多くの人とすれ違う。
これも前回と同じではあるが、今は皆から向けられる感情もあまり悪いものでは無いと感じた。
(………もしかして)
昼間の騎士達と同様、転生してからの俺の生活を見て、改心したということを信じ始めてくれたのだろうか。
そう考えれば辻褄は合う。
まだ好意的な感情を向けられているとは言えないが、騎士達と同じように使用人や給仕との関係も少しずつ良くなっているのかもしれない。
少し楽観的だろうか。
しかし無駄に悲観的になるよりは、少しくらい楽観的になっても良いだろう。
そんなことを考えながら歩く本館の道のりは、転生初日と比べたら非常に温かいものに感じた。
使用人の先導に従い、当然ではあるが然程時間が掛かることもなく本館の食堂に到着した。
お礼を告げると、一礼して使用人は下がっていった。
いよいよ両親との食事である訳だが、転生してからは初めてであるし、ラースの記憶としても大分久々であるので少し緊張する。
とはいえ、転生初日に両親と初めて会った時とは比ぶべくも無いが。
食堂の中に入ると、やはり離れのものとは違いその内装も絢爛豪華なものだ。
テーブルや椅子を始め、飾られている絵画やインテリアの一つ一つも一目見て高級品だと分かる。
食卓についているのはライルとセレスの二人だけであり、今回はあくまで三人だけで話をするためか、使用人や給仕といった存在も居なかった。
「お待たせしてしまい、申し訳ありません」
二人を待たせてしまったことに対して、そうお詫びすると、
「気にするな、寧ろ私たちが早かっただけだ。それより席に着きなさい。早速だが食事にしよう」
ライルが、問題ないと告げてくれる。
そしてどうやら本題は後で話すようで、まずは純粋に食事にしようとのことだ。
「失礼します」
席に座ると、対面に座るセレスが何やらニコニコと楽しそうな笑顔を浮かべているのが目に入る。
すると、そんなセレスが口を開く。
「ふふ、ラースと食事なんていつ以来かしら。久しぶりに一緒に食べられて嬉しいわ」
どうやら、ただラースと一緒に食事が出来るということが嬉しかったようだ。
セレスの笑顔を見ていると、不思議とこちらも楽しい気分になってくる。
「はい、俺もお二人とご一緒出来て嬉しいです。今日はお誘い下さり、ありがとうございます」
と、そう告げるとさらに嬉しそうにしている。
ライルもそのこと自体は素直に嬉しく感じているのか、小さく笑みを刻んでいた。
まだ始まったばかりであるし、本題として何の話があるのかは検討もつかないが、両親との食事は俺が思っていた以上に楽しいものになりそうだと、そう感じた。
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