第27話 初めての贈り物

 アンナの疑問から始まった一連のやり取り。

 空気は大分良くなったとはいえ、流石にまだどこかぎこちない感じは残っている。

 どうしたものかと考えていると、ある物の存在を思い出した。


 この空気で渡すのは微妙に違うかもしれないが、雰囲気を変えるには丁度良いし、喜んで貰えたら尚良いので、今渡してしまおう。


「そうだ、アンナに渡したいものがあったんだ」


 硬い雰囲気に引き摺られて、少々わざとらしい言い方になってしまったが、まあ良いだろう。


「あっ、はい。……渡したい物、ですか?」


 やはりアンナも同じなのか、まだ少し固い感じが残っている。

 ただ、"渡したい物"というのが気になるのか、不思議そうに首を傾げていた。


「ああ、これを」


 そんなアンナを微笑ましく思いながら、先程購入したハンドクリームを差し出す。

 そのまま渡すのもどうかと思ったので、一応雑貨屋で贈り物用に包装はして貰っている。


 包装で中の物が何か最初は分からなかったアンナも、取り出して何かを認識する。

 すると、アンナは目を見開き心底驚いたといった様子で、


「えっ、これは先程の雑貨屋で購入されたものですよね?…………それを私に、ですか!?ラース様がご自分に購入されたのではっ?」


 と言い、困惑していた。

 やはりというべきか、アンナはこれを俺が自分のために買ったと思っていたようだ。

 

 まあ、普段からメイドとして身分の違いを気に掛けているアンナからしたら、侍女である自分に贈られるという発想自体がそもそも無いのだろう。


「あはは、あの場でアンナのためって言うと遠慮してしまうかなと思って。騙すような真似をしてごめん。でも、元々アンナに受け取って欲しくて買った物なんだ」


 そう説明すると、


「い、いえっ。謝られるようなことでは!………ただ、少し驚いてしまって」


 そう言いつつ確かに少し呆然としているアンナ。

 だが、すぐにはっとしたように、


「ですが、ラース様のお金で購入されたのですから、ラース様が使用されるべきでは?」


 と、そう告げてくる。

 その言葉もアンナらしいと思い、内心苦笑してしまうが、そういう訳にもいかない。


「アンナはいつも離れでの家事をやってくれているだろう?当然手が荒れてしまうこともあるだろうし、アンナが使うべきだよ」


 確かにハンドクリームならば、そのまま俺が使ってもいいような品ではある。

 だが、日頃から離れでの仕事を行ってくれているアンナのために買った品なので、俺が使うなどあり得ない。

 それにここまで来たら、受け取って貰う以外に選択肢など無い。


「ですが、家事ならばラース様も手伝ってくれていますし……」

 

「それでも負担で言えば、アンナの方が大変だよ」


 俺も出来る限り手伝うようにはしているが、それだって食事の配膳や後片付け、洗濯や掃除を少し手伝っているくらいなものだ。

 一日の大半を運動に費やしている俺では、アンナの仕事量の足元にも及ばない。


「勿論アンナが気に入ってくれたなら、だけど」


 とはいえ、ここまで渡そうとしているがそもそもアンナが気に入らないものだったら意味が無いため、そう確認すると、


「いえ、お店でも申し上げたようにとても良い品だとは思いますが……」


 事前に確認したことが功を奏したのか、アンナはそう言ってくれた。

 アンナなら気を遣ってしまう可能性もあったが、その表情は嘘を言っているようには見えない。


「だったら普段お世話になっているお礼でもあるし、受け取ってくれると嬉しいかな」


 そう告げると、アンナは尚も迷っているような様子ではあったが、



「……………宜しいの、でしょうか?」


 と、遠慮がちに尋ねてきた。


「勿論」


 アンナの気が変わらないように即答する。

 そして、アンナもそれで覚悟を決めたのか、


「……では、その、有り難く頂きます」


 軽く笑みを浮かべながら、それでもどこか緊張した様子で受け取ってくれた。

 そして、アンナは手に持ったハンドクリームをどこか不思議そうに眺めていたかと思うと、




「…………ラース様から贈り物を頂いたのは、初めてですね」

 

 と、そんなことを言った。


「……ごめん、今まで気が利かなくて」

 

 今まで何のお礼もしてこなかったことを申し訳なく思っていると、


「ち、違います!そういうことではなくてっ。……その、何だか夢みたいで。とても感激して」


 プレゼントを貰えたのが信じられないことなのか、そう告げるアンナ。

 そう言ってもらえること自体は嬉しいが、


「あはは、そこまで感激される程のことでは無いと思うけど………」


 あの雑貨屋も、実際に買ったハンドクリームも非常に良いものだとは思うが、それでもハンドクリーム一つなので、そこまで感動されることでは無いのでは、とつい苦笑してしまう。


 しかし、




「そんなことないです。……凄く、嬉しいです」


 と、宝物のようにハンドクリームを大切に持ち、笑顔を浮かべつつ告げるアンナ。

 アンナの様子から、それがなんの誇張もない真実だということは伝わってくる。


 

 

 ただそれ以上に、今度はどれだけ高価なアクセサリーや宝石を贈っても良い。


 そう思える程に、アンナの笑顔は魅力的だった。

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