第22話 アンナとの買い物

 アンナとの街での買い物が決まった訳だが、そもそも俺達が暮らすこの街がどんな所なのか。



 俺達の居る国はアートライト王国という国で、主に人間族が暮らす国家である。

 人間族という言葉からなんとなく分かるが、これも前世でのファンタジーのイメージ通り、この世界には人間以外の種族が数多く存在する。

 エルフやドワーフ、獣人といったように、様々な種族が居り、それぞれが主に暮らす国家を形成している。

 

 勿論、国家間の繋がりもあるため、自分達の国にしか居ないということは無い。

 このアートライト王国は多種族の受け入れも寛容なため、身近に居る訳では無いが多くの種族が暮らしているだろう。

 俺、というよりラースは一度も他種族を見たことが無いけれど。


 少し話が逸れたが、俺達が居る国はアートライト王国という国であり、フェルディア伯爵領はその辺境に位置している。

 とはいえ、この世界には魔導船という魔法の力を用いた飛行船がある為、国の中心である王都まででも数日で辿り着ける位だが。


 そして、俺達が暮らす街はそのフェルディア伯爵領の領都フェルドといい、目立った特産や主要産業がある訳では無いが、活気のある良い街だ。


 ただ前にも思った通り、俺は転生してからまだ一度も街へ、というより家の敷地から出たことはない。

 運動をするのが敷地内で事足り、特に出る用も無かったため、タイミングが無かったというだけの話ではある。

 しかし、そうやって永遠に家の敷地内で生活する訳にもいかないし、今回のアンナとの買い物はまさしく渡りに船と言えるだろう。


 当たり前だがラースは街へよく行っていたし、その記憶がある俺としても見慣れたものではあるが、初めての異世界の街並みということで、少し緊張すると共に気持ちが高揚しているのを感じる。


 しかし、楽しいことばかりという訳にもいかないことは分かりきっている。

 ラースの悪評は街中に轟いており、俺のことを好きな住民など存在しないだろう。

 

 流石に貴族である俺に無碍に接することは出来ないだろうから、買い物自体は問題なく行えると思うが、やはり憂鬱である。


 ただ、アンナ・両親・使用人や騎士達、と同じことを三回も乗り切っているため、今回はいつもより大分落ち着いていられるように感じる。


 流石に家の者達にしたように住民全員を集めて話をすることは出来ないので、イメージ改善は個々人で行い、ラースが改心したという噂でも広まってくれればありがたい。

 街でのイメージ改善は、伯爵家の人達よりもさらに長期的に考えた方が良いだろう。



「それじゃあ行こうか。今日は何を買いに行くのかな?」


 アンナと共に家の敷地を出て、街を歩く。

 そして、何を買うのかアンナに問いかけると、


「欲しい物は主に食材ですね。日用品は本館から頂くものでも十分ですが、食材は自分で見て決めたいものも多いので」


 と、料理好きなアンナらしい答えだった。


「分かった。……俺は善し悪しとかは分からないし役に立てそうもないから、荷物持ち程度に思ってくれれば良いから。ゆっくり選んでね」


 初めから荷物持ちとして付いてきただけなので当たり前だが、あまり役に立てそうでは無いな。

 と、そんな風に考えていると、


「い、いえっ、そんなことは。……ラース様とお買い物というだけで私は楽しいですから」


 と、そんなことを言ってくれる。


「ありがとう。俺もアンナと出掛けることが出来て、すごく楽しいよ」


 自然と口角が上がりつつそう告げると、アンナもはにかんで嬉しそうにしてくれた。




 

 初めて外に出た日のアンナとの買い物。

 その経緯は当初想像した通りのものだった。


 やはりラースは住民にも嫌われているようで、俺の姿を見つけるとほぼ全ての人が嫌そうな顔をしていた。

 俺は貴族であちらは平民のため、何か言ってくることも露骨に態度に出すことも無かったが。


 実際に買い物に訪れた店でも一瞬迷惑そうな顔をした後、今度は俺の気分を悪くさせないためか機嫌を取るように接客をしてきた。


 こちらとしては出来る限り謝罪をして改心したと伝えたいが、住民全員に話しかける訳にもいかないため、とりあえずは買い物をした店の人達にのみ話をしておいた。

 伯爵令息が平民に軽々と頭を下げることも出来ないので言葉だけのものではあるが、俺なりに誠意を込めたので少しでも伝わっていると嬉しい。


 まあ皆一様に半信半疑というか、言葉は受け取りつつも理解が追いつかないという様子だったが。


(あんまり気にし過ぎても仕方ないか)


 人の心の内など考えて分かるものではない。

 今までのラースとは違う、程度に思ってくれるだけでも十分だ。


 それに………


「……アンナ、ごめん。色々と気苦労を掛けて」


 それになにより、俺と一緒に居るアンナの方が気疲れしているだろう。


「いえ、私も何かお力になれれば良いのですが」


 ところが、アンナはそんな風に寧ろ俺を気遣ってくれる。


「ありがとう。……でも、アンナに頼る訳にもいかないからね。これは俺の自業自得で、俺自身で解決しなければいけない問題だから」


 確かにアンナが手伝ってくれれば話をする上でスムーズに事が運ぶかもしれない。

 しかし、人が謝罪するときに他人頼みというのはあまり良いことではないだろう。

 時と場合にもよるが、今はどうしようもない場面という訳でもない。

 出来る限り、俺だけの力で臨むべきだ。


 

 

 と、そこまで考えた所で自分の馬鹿さ加減に、思わず心の中で笑ってしまう。

 

(今までどれだけ、アンナさんに頼ってきたんだよ)


 イメージ改善のために直接的にアンナの力を借りたことはないかも知れないが、それ以外ではアンナに頼り切ってばかりだ。

 "俺だけの力"なんてとても言えた口では無かった。


 何事も出来る限り自分の力で、そういう姿勢はこれからも変わらない。

 でも、それだって沢山の人の支えがあってこそだということを忘れてはいけなかった。


 だから、


「それに、アンナにはもう頼ってばかりだからね。いつも本当に助けられてるよ、ありがとう」


 と、今更ながらアンナに日々の感謝をすると、


「き、急にどうされたんですか?改まって感謝される覚えは無いんですが。それにお礼はいつも十分過ぎる程頂いていますよ」


 唐突なお礼が理解出来なかったのか、そう困惑した様子のアンナ。

 確かに自分一人で完結して、アンナからしたら意味不明だろうな。


「あはは、まあそれだけいつも感謝してるってことかな」


 

 そうやって一人笑う俺を見て、アンナはさらに困惑していた。

 

 ただ戸惑っていながらも、どこか楽しそうに見えたのは、きっと俺の見間違えでは無いのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る