第21話 我が儘
アンナが見学しながらの素振りをしたあの夜以降は、また変わらない日々を過ごしてきた。
日課のトレーニングに剣の素振りが加わり、セドリックに時折素振りを見てもらうことはあったが、それ以外は変わらずひたすら運動をしてきた。
しかし、とある日はいつもと違う一日になった。
午前中の運動を終え、アンナと共に昼食を取っている時に、ふとアンナが告げてきた。
「ラース様、私はこの後街へお買い物をしてくるので、午後は離れに居ないと思います」
と、街へ買い物に行くと言うアンナ。
それ自体はさして驚くようなことではない。生活を送るために食材や日用品の買い出しをするのは当たり前のことだろう。
ただ、
「……もしかして、これまでも一人で買い物に行ってたの?」
俺はアンナが買い物に行っている所を見たことなど無かった。
それは転生する前も後もだ。
「はい。本館から分けて頂くことも多いので、高頻度で行っている訳ではありませんが、やはり自分で選びたいものもあるので」
離れで必要なもの全てをアンナが買いに行っている訳ではないと知り安心したが、それでも一人で買い出しをするのは中々の重労働だろう。
「ごめん……一人でやらせてしまって。これから買い物をする時には俺も手伝うよ」
今までアンナ一人で行かせてしまったことに罪悪感を覚えるが、落ち込んでばかりもいられないためそう言うと、
「えっ、ラース様も、ですか?」
と、驚いた表情をしていた。
それは、主人に手伝わせるなど恐れ多いといういつものパターンかと思ったが、今回に至っては別の場合もありえる。
それは、
(俺が付いていくとか、その方が迷惑なんじゃ……)
ラースの悪評は当然街中にも広まっている。
そんな俺が一緒に行くなど、逆に買い物をし辛いし、アンナまで白い目で見られてしまうのではないだろうか。
今更ながら、そんな考えが頭を過ぎる。
ただ、やはり買い出しという重労働なら人手は多いに越したことはないため、着いていくべきとも考えられる。
どうするべきか悩んでいると、そんな俺の様子が気になったのか、
「あの、ラース様。どうなさいましたか?」
と、アンナが尋ねてくる。
「いや、………よく考えたら、俺が付いていく方がアンナの迷惑になるんじゃないかなと思って」
上手く言葉が見つからなかったため、そうありのままに答えてしまう。
すると、その言葉だけでも俺の考えが理解出来たのか納得した表情をし、そのまま俯き少し考え込んでしまう。
そんなアンナの様子を俺は不思議に思っていた。
いつもならば、「迷惑なんてことは!」といった感じですぐにフォローしてくれるものだが。
もしかすると、本気で俺が付いてくることが迷惑だと思って言葉に悩んでいるのでは、と考えてしまい軽くショックを受けていると……
ふと、アンナが顔を上げ口を開く。
「…………ラース様。恐れながら、一つ我が儘を言っても宜しいでしょうか?」
「う、うん?」
我が儘、なんていう唐突な言葉に驚き、ついそのまま頷いてしまう。
俺が了承したのを確認し、アンナは意を決したように、それでいてごく自然に、
「………では、宜しければ、私と一緒にお買い物に行ってくださいませんか?」
そう、優しく微笑みながら告げた。
先程まで悩んでいたのが馬鹿らしく思えるように、俺の考えなど杞憂だと言うように。
(ああ、本当に……)
この子はいつも、俺の悩みなんか吹き飛ばしてくれる。
この微笑みにどれだけ救われているだろうか。
本当に、アンナは俺の恩人だ。
アンナのこの言葉が、明らかに俺を気遣ってくれたものだということは分かる。
それでも、どうしようもなく嬉しいと感じてしまう。
こんなもの、抗いようが無い。
だから、
「勿論、喜んで」
そう俺は二つ返事で承諾した。
そして、
「ありがとう、アンナ」
当然のようにアンナにお礼をすると、
「もう、私が我が儘を言ったんですから、私がお礼をする立場ですよ。……ありがとうございます、ラース様」
そうしてどちらがお礼をするべきか、話し合った後にどちらも譲ることはなかった。
言い合いというにはあまりにも平和で、二人は終始笑顔だった。
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