第20話 楽しいから

 昼の続きである素振りを行うために再び外に出てきた。

 今回は、見学したいということでアンナも一緒に来ている。


「じゃあ、俺は素振りを始めるけど、本当に見てるだけで良いの?」


「はい、構いません。………今更ですが、寧ろラース様のお邪魔になっていないでしょうか?」


 本当に見てるだけで良いのかアンナに確認すると、そのように返される。

 しかし、それは愚問だ。


「勿論、邪魔なんてことはないよ。アンナに見てもらえるなら、尚更やる気も出てくるからね」


 そう告げると俺の言葉が本物だと感じたのか、少し恥ずかしそうにしながらも安堵していた。



 その後は俺は普通に素振りを始め、アンナは本当にただその様子を眺めていた。


(見てるだけで退屈じゃないのかな?)


 俺としては付き合わせているようで悪い気もするが、アンナ自身が見たいと言っているのだから止めることも出来ない。

 雑にやる訳ではないが、アンナのためにも早く終わらせるよう努力しよう。


 

 そして黙々と剣を振り続け、残っていたメニューの三分の一程を終わらせた。

 すると、そこまで静かに見学していたアンナが不意に口を開く。


「剣の素振りは初めて見ましたが、そんなにゆっくり振るものなんですね」


 アンナの驚く気持ちは非常に分かる。

 俺も最初は驚いたものだ。


「あはは、俺も知らなかったよ。正確に振るためには、初めはゆっくり振ることが大切みたいだ。ただ、動きが身体に染み付いたらもっと早く振ることが出来ると思うよ」


 実際、百回の素振りの内全て遅く振っている訳ではない。後半はある程度早く振っても、慣れているおかげか正確に振ることが出来る。


「そうなんですね」


 そうしてアンナは納得し、また静かに俺が剣を振っている様を眺め始めた。


 

 その後、素振りは順調に進んでいたが、やはり休憩無しで延々と振り続けられるはずもなく、一日の疲れも相まって腕を上げるのも辛くなってしまう。


「はぁ、はぁ、…………ふぅー」


 息も上がっており、少々大袈裟に息を吐いてしまう。

 すると、そんな俺の様子を心配したのか、


「ラ、ラース様っ、今日の所はこれくらいで終わりにしませんか!?」


 と、アンナが提案してくる。


 しかし、


「心配を掛けてごめん。でも俺は大丈夫だから」


 そう言い、アンナを安心させるためぎこちないだろう作り笑顔を浮かべる。


「っ、ならばせめて、治癒ヒールを掛けさせて下さい!」


 尚もアンナは俺が心配なのか、治癒魔法を使うように懇願してくる。


 しかし、


「……前にも言ったけど、アンナに頼ることは出来る限りしたくないんだ。こういうことは自分の力でやるべきことだと思うから」


 これは半ば俺の意地でもある。

 治癒ヒールを掛けることがアンナにとってそれ程負担にならないのなら、遠慮無く掛けて貰えば良いのかも知れない。

 

 しかし、そうやってアンナに頼ったままトレーニングを続けて、本当に成長できるだろうか。

 体力も筋力も精神力も、自分の力で育んでいくべきものだと俺は考える。

 そうしてこそ、結果は伴ってくるものだろう。


 それに、そもそも疲れる度にアンナを呼ぶ訳にもいかないし、尚更一人で続けられるようになるべきだろう。


「アンナ、今のは少し大袈裟に息を吐いただけだから、心配要らないよ。あと少しで終わりそうだから、もう少しだけ待っててくれるかな」


 俺の言葉がただの強がりだと気付いてはいるのだろうが、それ以上は食い下がることはなく不安そうにしながらも頷いてくれた。


 代わりに、



「……ラース様は、………どうしてそんなに頑張るんですか?」


 

 そんな問いを投げかけてきた。


 

 あまりにも唐突な質問に少し驚いてしまうが、手を止めることなくその答えを考えてみる。


(頑張る理由、か。なんだろう)


 運動している理由と言われたら痩せるためだと思い付くが、アンナが聞きたいのはきっとそういうことでは無いだろう。


 もっと根本的な、俺の根底にある原動力。


 

 そう考えたら、やはりラースとしてのイメージを払拭するためだろう。


 ならなぜそれをしたいのかと問われれば、一番はアンナのため、そして両親、セドリック、コーディー、レクター、フェルディア伯爵家の人のため、自分自身のためなど様々なきっかけが思い浮かぶ。


 俺がラースに転生し、ラースとして生きざるを得なくなったから、せめて生きやすくしようと思ったからという理由もある。


 

 でも、そういうものをひっくるめて、それでも無理をしてでも頑張れる理由、としたら、





「…………………楽しいから、かな」


「楽しい、ですか?」


 俺の言葉が意外だったのか、目を瞬き驚いているアンナ。


「勿論、今まで迷惑を掛けた人達にお詫びをするということで真面目に生きるっていう意味合いもあるけど…………無理をしてでも頑張れる理由って考えたら、楽しいからだね」


 

 思えば、令人の頃は何か一つに熱中するということは無かった。

 だからだろうか、こうやって一つのことに懸命に取り組み、努力するということが新鮮に感じ、どこか楽しいものだと思えるのは。


 この一週間、俺は毎日ずっと運動をしてきた。

 辛いと思ったことも中々成長しないことに気分が沈むこともあったが、それでもやめたいとは一度も思わなかった。

 それはやっぱり、俺がやりたいからやっていることだからだろう。



(……まあ、後は女の子の前で途中で諦めるとか、出来る訳ないよな)


 そんなちっぽけな見栄。

 それを言うことは流石に出来ないけれど。



 と、それはともかく、


「俺は楽しいから、やりたいからやっている。だから、心配しなくても大丈夫だよ」


 俺がそう言うと、アンナは何か考えるように俯いた後、やがて納得したのか、


「そう、なんですね。………分かりました。では、もうお止めしません。頑張って下さい!」


 と、小さく微笑みながら言った。


 

 

 

 その後は、俺はメニューを終わらせるために素振りを続けた。

 ラストスパートということもあり、かなり集中していたと思う。


 だから、だろう。




「………貴方は、やっぱり……」


 

 そんなアンナの呟きを、聞き逃してしまったのは。

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