第23話 とある雑貨屋にて

 買い物は概ね順調に進み、今はもう屋敷に戻っている最中である。

 

「欲しいものは、全て買えた?」


「はい。今日買おうと思っていたものは全て買うことが出来ました」


 買いたい物が全て買えたかを確認すると、アンナはそう答えた。

 どうやら買い物は無事終了したようだ。


「そうか。なら良かった」


「はい。……あのラース様、やはり私も荷物をお持ちしますよ」


 買い物が終わったことに安堵していると、アンナがそう告げてきた。

 

 確かに買った荷物は全て俺が持っている。

 献身さの塊のようなアンナなら、そう言ってくるのは不思議ではないが、


「荷物持ちとして付いてきたんだから、アンナに持たせたら意味が無いよ。このくらい大したことないから、気にしないで大丈夫」

 

「ですが結構な量ですし、お一人でお持ちするのは大変では?」


 大丈夫だと告げても、尚もアンナは食い下がる。

 荷物はそこそこあり、俺の両手は塞がっていて、確かに一人で持つ量としては多いかも知れない。

 けれど、


「最近鍛えてるおかげもあってか、本当にあまり重くないんだよ」


 この言葉は強がりではない。

 普段の筋トレや剣の素振りが効果を表しているのか、割と楽々と持つことが出来ている。


(………本当に、全然苦じゃないな)


 まだトレーニングを始めて二週間程ではあるが、意外な形でその成果を実感することが出来た。

 そういえば普段着ている服も、もう緩くなっておりサイズを小さいものに変えたのだった。


 流石にまだ目に見えて分かる変化ではないが、こうして努力の成果を実感することが出来て、気分が高揚している。

 この調子で続けていけば、案外早く体型改善も成功するかもしれない。


(……よし)


 やはり達成感を得ることはモチベーションの増加に繋がる。

 自分の変化を感じて、やる気もさらに出てきた。


(今日も帰って、またトレーニングだな)


 

 と、考えていた所でアンナと話している途中だったことを思い出す。


「……まあ、とにかくアンナは気にしなくて良いよ。俺が持ちたいだけだから。………それとも、俺一人に持たせるのは頼りないかな?」


 どれだけ言っても気を遣ってしまうだろうし、アンナを納得させるために少し強引な手を使わせて貰う。


「いえっ、そんなことは!」


 こういう言い方をすればアンナが否定してくるのは当然と言える。

 このまま押し切ってしまおう。


「意地悪な言い方をしてごめん。でも、本当に大丈夫だから」


 問題ないことアピールするために、ついでに荷物を持ち上げる。

 すると、それで納得してくれたのか、


「………はい。ありがとうございます」


 と、お礼を言ってくれた。




 その後、屋敷に向かい街を歩いている時だった。


「…………」


 アンナが一つの店を気にしているように感じる。


「あのお店がどうかした?」


 気にしている理由を尋ねると、


「いえ、見たことのないお店だったので新しく出来たのかなと思いまして」


 その答えを聞いて得心がいった。

 普段買い物をするアンナでも見たことのない店だから気になったのだろう。


「成程。……それじゃあ、寄ってみようか」


 買い物が終わっているとはいえ、まだ時間に余裕はあるのでそう提案すると、アンナも了承した。



 

 外観では何の店か分からなかったけれど、内装を見ても様々な物を売っていて、特に何かの専門店という訳ではないように感じる。

 詰まる所、雑貨屋のようなものだろう。


「雑貨屋、かな?」


「そのようですね。やっぱり初めてのお店です」


 店内は綺麗で清掃が行き届いているし、雰囲気も落ち着いた感じで印象は良いように感じる。

 店内には俺達以外に客は居ないが、出来たばかりの店なら仕方ない部分もあるだろう。


 と、その時だった。



「お!お客さんか!いらっしゃい、ゆっくり見ていってくれ!」


 声の方を向くと、一人の男性がいた。

 先程の発言から、恐らくこのお店の主人だろう。

 歳の頃は三十代後半程に見え、笑顔の似合う溌剌とした男性だ。


「おーい!お客さんだぞ!」


「……はいはい。そんな大きな声出さなくても聞こえてるわよ。………いらっしゃいませ、お客様」


 男性が大きな声で呼ぶと、一人の女性がバックヤードから出てきた。

 こちらは二十代後半程の、落ち着いた雰囲気のある人だ。


「ええ、どうも」


 わざわざ二人も出てきたことに少し驚いたが、客が俺達しか居ないことや、新しい店ということで、お客一人一人にも気を遣っているのかも知れない。

 或いは単に二人の人柄なのか。


「いやー、うちは始めたばっかりでして、お客さんが来てくれるってだけで嬉しいん……です……よ」


 どうやらやはり新しい店のようだが、なぜか最後の方は言葉が途切れ途切れになり、顔も引き攣っているように見える。


(いや、俺が来たらこの反応が普通か)

 

 これまでのどの店でもそうだったように、ラースが来たらこんな反応になるだろう。

 

 ところが、


「もしかすると、貴方は貴族様…でしょうか?」


 先程までフランクな態度だった男性が、急に丁寧な口調になる。

 俺が明らかに上等な服を着ていることから貴族だと思ったのだろうが、俺が誰なのかまでは分かっていないようだ。

 

 しかし、それもこの街に来たこと自体が最近だったとしたら分からなくは無い反応だろう。


「ええ、一応。……俺はラース・フェルディアといいます。こちらは侍女のアンナです」


「初めまして」


 名乗るついでにアンナのことも説明する。 

 アンナはあくまで俺を立てるためか、言葉少なげに挨拶をしたまま粛然としている。


「え!?……フェルディアというと、領主様の?………それより、ラ、ラース!?」


 あまりに驚いたのか丁寧だった口調も崩れ、俺のことは呼び捨てにまでしてしまっている。

 まあそれについては全く構わないが、この反応を見るに俺のことは知っているらしい。


 男性は驚きのあまり言葉を失い、女性も言葉こそ発していないが目を見開いて驚いている。


「ええ、フェルディア伯爵家の次男である、ラース・フェルディアです」


 二人の様子に苦笑しながら、もう一度はっきりと伝える。


 そうすると二人は顔を青ざめさせ、


「も、申し訳ありません!まさか貴族様だとは思わず、無礼な態度を取ってしまい!」


「申し訳ありません!どうかご容赦を!」


 二人は一斉に頭を下げ、謝罪し先程の態度を許すように懇願してくる。

 いくら平民と貴族という絶対的な身分の差があるとはいえ、自分よりも一回りも二回りも年齢が上の大人達に頭を下げられるのは非常に居心地が悪い。


「落ち着いて下さい。その程度で罰するつもりはありませんから。とにかく頭を上げて下さい」


 そう告げると二人は恐る恐る顔を上げ、


「ほ、本当ですか?」


 と、尋ねてくる。


「ええ、確かに急に貴族が来るなんて思いませんよね。こちらこそ驚かせてしまいすみません。罰するつもりは毛頭ありませんので」


 普通の雑貨屋、それもオープンしたばかりで貴族が訪れるとは思いもしないだろう。

 二人の反応は至って自然なもので悪い所などあるはずもない。


 ただ、この世界には些細で、理不尽なことで罰する貴族も確かに存在するため、二人が焦ったことは理解出来る。


(ラースなんて、その典型だからな)


 元々のラースはそういった貴族だった。

 そんなラースを知っているなら、二人の反応は尚更だろう。


「あ、ありがとうございます!」


 二人は罰せられることはないと分かったからか、ほっとした表情をしていた。


「ついでに、もっとフランクに接して頂けると助かります。それこそ、先程ぐらいに」


 あまり畏れても俺も窮屈なためそう告げると、流石に二人は恐れ多いといった様子だった。


「いや、そういう訳には……」


「……ええ、領主様のご子息に」


「先程の、というのは無理があったかもしれませんね。では、せめてもう少しリラックスした感じで」


 俺としては最低限自然体で接して貰いたいため、尚もそう告げる。

 すると、最初に提示したものよりはハードルを下げたからか、遠慮がちではあるが頷いてくれた。


 そして、


「えっと、じゃあ改めていらっしゃいませ!」


「ええ、いらっしゃいませ」


 仕切り直すためか、男性は大きな声で挨拶をして女性もそれに続いた。


「ええ、どうも」


 先程と全く同じやり取りに苦笑してしまうが、そのおかげもあってか雰囲気は大分回復したと思う。

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