第10話 両親との邂逅
転生してから初めての両親との対面。
未だ緊張は解けておらず、寧ろ酷くなっている気もするが、今も二人を待たせてしまっているため早く入室しなければならない。
「ラースです」
一つ呼吸を置いた後、ノックと共に部屋の中に聞こえるように大きめの声で名乗る。
すると、
「……………入りなさい」
返答までに間があったのは、やはり俺の態度に驚いたからだろう。
「失礼します」
ゆっくりと扉を開け、中に入る。
部屋の中には、当たり前だが二人の人間が居た。
ラースの両親。
父親の名前はライル・フェルディア、母親の名前はセレス・フェルディア。
知ってはいるが、二人の姿を改めて見る。
ライルはプラチナブランドの髪に碧い瞳、セレスは茶色の髪に黒い瞳を持ち、どちらも容姿は非常に若々しく見える。
実際の年齢もライルが30代前半にセレスが20代後半と10歳を越える子供が二人もいる割には若く思える。
しかし、
(まあ、この世界って15歳で成人扱いだしな)
成人の基準が前世とは違うし、貴族なんていう存在なのだから感覚が大きく異なるのも当たり前のことだろう。
ちなみに、今の俺、ラースの容姿は父親であるライルのものと似ている。同じプラチナブランドの髪に碧い瞳をしている。
と、それはともかく、
「お久しぶりです。父上、母上」
ずっと離れで暮らしていたため、二人と会うのは実際に久しぶりのはずだ。
まずは挨拶をしようとそう言うと、
「……先程の彼からラースの様子がおかしいと聞いていたが、こういうことか」
先程の彼、とは俺を案内してくれた使用人のことだろう。
両親は困惑した様子で俺を見ている。
「一体どうしたんだ、ラース?………まさか、気絶した時に何か問題があったのか?……いや、しかし医師の話では身体のどこにも異常は無いと」
と、ライルが捲し立てるように尋ねてくる。
曲がりなりにも、俺を心配してくれるようなその様子を嬉しく感じるが、それより、
「落ち着いて下さい父上。医師の方の診断通り、身体に異常は一つもありません。痛むような所はありませんし、意識もしっかりしています」
二人を落ち着かせるために、はっきりとした口調でそう告げる。
「そ、そうか。………いや、ではその態度は一体どうしたんだ?」
「そうよ、ラース。いつもの貴方と全然雰囲気が違うじゃない」
俺の身体に問題がないことは納得してもらえたようだが、改めてそう問われる。
二人がそう尋ねてくるのも仕方ないだろう。
アンナにした時の要領で説明をする。
「……今更、遅すぎるとは思いますが、昼の一件でようやく目が覚めたんです。今まで多くの方に迷惑を掛けてきましたが、今後は真面目に生きようと決めました。………改心した、ということです」
まさか別の人格が宿ったなどとは思われないだろうが、この説明で納得して貰えるだろうか。
「…………………改心した、か」
二人は静かに考え込んでいる。
きっと俺の言葉が本当か判断しているんだろう。
しばし静寂が空間を支配した後、
「………悪いがにわかには信じられないな。まだ意識に問題があると言われた方が納得出来るし、お前のことだ、何か良からぬことを企んでいるのではないかとも思える」
「…………あなた」
「お前は誰だ?」などと聞かれなかったことに一先ず安堵するが、やはり改心したなどすぐには信じてもらえない。
ライルは鋭い眼差しを俺に向けている。
セレスの方は、少し悲しそうな表情でライルのことを見ている。
「そう言われてしまっても仕方のないことだと自分でも理解しています。しかし、真実なんです。お二人にもこれまで多大な迷惑を掛けてきました。申し訳ありません」
そう言って、深く頭を下げる。
簡単に信じて貰えないことは初めから分かりきっていた。ならば、信じて貰えるまでその姿勢を貫くだけだ。
俺の言葉を受け、二人は更に驚いた表情をする。
すると、
「……………ラース、本当なの?」
セレスがどこか縋るような表情で、嗄れた声でそう尋ねてくる。
もしかすると、俺が改心したということを信じたいのだろうか。
いや、きっとそうであって欲しいと願っているのだろう。
「はい、本当です。……母上、今までご迷惑をお掛けし、申し訳ありません。ですが、これからは誠実に生きようと決めたんです」
セレスの方へ体を向け、再び頭を下げる。
「…………ラースっ」
するとセレスは、まるで希望を見出したかのように表情を明るくする。
もしかすると受け入れてくれるのかもしれない、そんな風に俺も光明が差したように感じた時、
「……………待ちなさい」
やはり、現実はそう甘くはなかった。
「ラース、お前のことを簡単に赦すつもりはない。………今のお前を見て、改心したということは一先ず納得しよう。だが、それと赦すこととはまた別の話だ」
ライルは尚も厳しい表情で俺を見据えている。
セレスの様子から、赦してくれるかもしれないと一瞬でも考えてしまったが、ライルの言うことが全て正しい。
「………セレス。信じたい気持ちは分かるが、ラースがこれまでどんな子だったか君も分かっているだろう?簡単に認めることは私が許さない」
ライルの言葉を受けセレスはハッとして、その後悲しそうに表情を変え、
「…………そう、ね。……ラース、貴方のためにも簡単に赦すことは……出来ないわ」
感情を殺したような声で、そう言った。
すぐには受け入れて貰えないだろうと思っていたため、この展開に対して問題はない。
しかし、それでも悲しいと感じてしまう。
赦して貰えないことにではなく、実の両親にこんな顔をさせ、こんな事を言わせてしまっていることにだ。
令人としてはあくまでこの二人は他人だ。
しかし、ラースとしての約十年分もの記憶があれば、この人たちが今の父親と母親だということは受け入れられる。
だから、尚更二人をこんなにも思い悩ませてしまっていることが耐えられない。
ライルは厳しくも父親として、ラースを更生させようとあえて突き放すような態度を取っている。
セレスはラースを信じたい気持ちを一度捨て、母親として子供のために感情を押し殺している。
二人とも沈痛な、苦虫を噛み潰したような表情をしている。
今の俺が、二人にこんな顔をさせてしまっているという現実に嫌気が差す。
しかし、やはり今すぐどうにかなる問題ではない。
時間が掛かっても、その間この二人を思い悩ませ続けるとしても地道に認めてもらう他ないのだ。
「………全て父上の仰る通りです。今までの俺の言動を省みれば、到底すぐに赦されるようなものではありません」
俺自身、そう思っている。
「………ならば、どうする?私たちは簡単に赦すつもりはないし、周りの者たちもお前のことを良く思っていない。そんな中、どのように生きていく?」
ライルがそう、問いかけてくる。
改心し、周囲に受け入れて貰えるよう生きていくとしても、それは茨の道だ。
きっと、俺の想像以上に辛い現実が待っているだろう。
けれど、それでもその答えはもう決めている。
「誠実で、在り続けるだけです。俺のこれまでの行いが消えることはない。どうしたって、印象は最悪から始まる。……けれど、いやだからこそ、ただ誠実に生きていきます。認めてもらう、その日まで」
そんな俺の覚悟が、二人にも伝わったのか、
「分かった。ならばもう私から言うことは一つだ。やってみなさい、ラース」
「ええ、今すぐ赦すことは出来ないけれど、……それでも、私は貴方を信じているわ」
二人の言葉を受け、
「………ありがとうございます」
俺はただ、深く頭を下げた。
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