第9話 覚悟していても

 和やかな雰囲気のまま続いていったアンナとの夕食。


 しかし、お互い夕食を食べ終えたあたりからアンナの表情が優れず、何か思い悩んでいるような印象を受ける。


「………どうかした?アンナ」


 何かあったのかアンナに問いかけると、


「いえ、その………ラース様が気を失ってからお目覚めになられたことを、まだ御当主様や奥様はご存じでないと思うので、その……」


 そう言われ、アンナが何に悩んでいるのかが理解出来た。


 御当主様と奥様、つまりラースの父と母にまだ俺が気絶から目覚めたことを伝えていないということだ。


 転生したことやアンナとのことで頭が一杯になっており失念していたが、普通は目覚めて直ぐに報告に行くべきだっただろう。


「……そういえば、色々あって完全に忘れてしまっていたね」


 アンナの意図を汲み取り、そう告げると、


「申し訳ありません。私が気付ければ良かったのですが……」


 と、そんな風に謝罪してくる。


 しかし、


「俺の態度が変わったことでアンナを混乱させてしまったんだから、アンナが悪いなんてことはないよ。それに、本来なら俺が気付くべきことだったんだ」


 そもそもの原因がラースだ。その後だって少し頭を働かせれば思い付いたことだし、アンナのせいでは全くない。


(外で運動なんて、している場合じゃなかったな)


 

 と、そこでふとある疑問を抱く。


「でも、大丈夫だったかあちらから確認してきてもおかしくないと思うんだけど」


 ラースは腐っても伯爵令息だ。

 問題ないか両親の方から確認に訪れても良いように思えるが、


「治療を施した時点で身体に問題がないことはお分かりになっていたので」


 と、アンナが答える。


 なるほど、それならば納得出来る。

 そういえばアンナも目覚めたことを喜んではくれていたが、身体の心配はそこまでしていなかった。


「あとは、その………罰の意味も込められているのかと」


 少し言い辛そうに、アンナがそう言ったことの意味も理解出来た。


 ラースの両親は非常に優れた人格の持ち主であるが、それでもラースのことには流石に手を焼いており、厳しく接していた。


 離れで暮らすように強制しているくらいだし、今回も罰として心配するようなそぶりは見せないということだろう。


「なるほど、それなら納得出来るね。……なら尚更こちらから伺うしかないか」


 と、両親の元へ行く意思を告げると、


「……その、大丈夫ですか?ラース様」


 心配そうな表情をしたアンナがそう問いかけてきた。


 

 アンナの気持ちは理解出来る。


 改心したことをアンナは受け入れてくれたが、これは相当特殊なケースだろう。


 伯爵家に居るものは悉くラースを嫌っている。


 両親はいまいち分からないが、それでも好意的に思っていないことは確かだろう。


 俺が今更改心し、謝罪したところで誰にも受け入れてもらえないかもしれない。


 アンナはそういったことを心配しているのだろう。


 だが、


「大丈夫だよ。全ては俺の行いが招いた結果だ。例えすぐに赦してもらえなくても、今後の姿勢で認めて貰えるよう尽くすだけだよ」


 

 などと、大分格好をつけているが、本来俺がしたことではないので釈然としない気持ちはある。


 だが、そのあたりのことはアンナとの一件から一応覚悟を決めている。


 今更、嘆くことでもないだろう。


 それに、アンナを心配させないためにも自信を持って堂々としている方が良い。


 

 そんなちっぽけな見栄が働いたのか、



「……はい。では、頑張って下さいラース様」


 

 先程より幾分安心した様子で、アンナはそう応援をしてくれた。





 言葉通り、俺とアンナが暮らしている離れは本館から少し距離がある。


 とはいっても、歩いて数分の距離ではある。


 だが、俺が外で運動をしていたのに誰からも気付かれなかったのは、恐らくそれが原因だろう。


 そんなことを考えつつ歩いていると、とうとう本館の玄関の前にやってきた。



(……………)

 

 

 アンナには余裕があるそぶりを見せたが、やはりどうしても緊張してしまう。


「…………ふぅ」


 大きく息を吸い込み吐き出すが、その吐息は僅かに震えている。


 深呼吸をしても尚、心臓は早鐘を打っている。


 だが、


(尻込みしたって仕方ないんだ)


 今更引き返した所で、どうにもならない。

 意を決して玄関を開ける。


 

 

 すると、視界に入ってきたのは大きく広く、煌びやかな内装を誇る立派な屋敷だった。


 ラースの記憶から見慣れた光景であるはずなのに、一瞬緊張を忘れてしまうほどの感動を覚える。


 とはいえ、



(………とりあえず、誰かに声を掛けるか)


 呆けている場合ではない、用件を伝えるため誰か居ないかと思っていると早速一人の使用人を見つける。


(よし)


 未だ緊張は解けないが、それでも声を掛けようと近づいていく。


 その使用人も俺に気付いたのか、こちらを向く。


 そして、



(ッ………)


 


 まず感じたのは、確かな嫌悪感だった。


 俺を捉えたその視線が、相手のことを良く思っていないということを強く物語っている。


 前世では、他人からこれほど悪感情を向けられたことはない。


 予想していたことではあるが、それでも心が痛むのは仕方のないことだろう。


(………っ、分かってたことだ)


 しかし、それでも進むと決めたのは他ならない俺自身なんだ、泣き言なんて言っていられない。


 

 

 改めて覚悟を決めたところで、相手の方から話しかけられる。


「……いかがなさいましたか?ラース様」


 まだ悪感情を感じるが、それでも先程のようにあからさまではない。



「………昼のことは知っていると思いますが、その件で父上と母上にお会いしたいんです」


 一つ呼吸を置いて、そう答える。


 俺が気絶したことは流石に知っているだろう。

 そのことで両親に面会を求めたい旨を伝える。


「!?」


 すると、案の定と言うべきか普段のラースの態度との違いから心底驚いた表情を浮かべる。


 アンナとの経験から、こうなることは予想出来ていた。


 一体どうしたのかと聞かれるかも知れないが、ここで長話をする余裕がある訳ではない。


「急かすようですみませんが、あれから大分時間が経ってしまっているので、なるべく早く取り次いで貰えませんか?」


 今、両親が時間があるかは分からないため、いきなり押しかける訳にも行かない。


 この人には申し訳ないが、俺のことを聞かれないためにも強引に話を進めさせてもらう。



「…………かしこまりました。少々お待ち下さい」


 衝撃と困惑から呆然としていた使用人だったが、それでもやや遅れてそう言い残し去っていった。



 

 使用人を待つこと数分、両親との話がついたのか再び俺のところへ戻ってきた。


 そして、


「お二人とも、今からお会いになるようです。ご案内しますので、どうぞ」


 どうやら今すぐに会ってくれるらしい。


 両親の部屋は流石に分かるが、ここで放り出す訳にもいかないのか、そう言って先導してくれる。



(……………)


 使用人に従い、屋敷の中を歩く。


 そうなれば必然、多くの人が俺の姿を見つけることになる。


 すれ違う人や遠巻きに観察する人の視線全てが、嫌悪感を孕んだものだ。


 明らかに顔に出すような真似はしていないが、それでも理解してしまう。


 自分が嫌われているということを。


 すれ違う人は流石に静かに頭を下げてくれるが、それだって内心嫌々だろう。


 ラースという存在が、人々にとってどのようなものなのか身を以て理解させられた。


 短い距離であるはずなのに、その時間が酷く長いように感じる。

 


 そうして、多くの視線に耐えながら歩いているとようやく両親の部屋に辿り着いた。


「では、私はこれで」


 軽く頭を下げつつ、そう告げる使用人。


「ありがとうございます」


 お礼をすると、またも驚いたような表情をしたが特に何か言うこともなく下がっていった。


(………この中に両親がいるのか)


 ここに来るまでで大分精神的に疲れてしまったが、むしろここからが本番なのだ。


(…………よしっ)


 これから起こる転生して初めての両親との対面に備え、俺は気持ちを入れ直した。

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