第11話 初めての魔法

 両親との話を終え、現在俺は離れの中に戻っていた。


 一先ず俺の変化は改心したのだと納得してもらえたことに加え、俺を認めるかどうかは今後の姿勢で判断してもらえることにもなった。


 初めての両親との対面は問題なく乗り切ったと考えて良いだろう。



(ライルさんもセレスさんも本当に良い人だったな。ラースのことを心から愛しているんだ。…………ますます、ラースとして立派にならないといけなくなったな)


 今でもラースとして生きていくことの最も強い動機はアンナのためであるが、今後はライルとセレスのためにもラースとして真面目に生きなければという思いが強まる。



「ラース様、お疲れ様でございました。御当主様と奥様とは問題なくお話が出来たみたいですね」


 現在は俺の部屋でアンナと話をしていて、帰ってきた俺をアンナがそう労ってくれる。


 もう夜も遅いため、自分の部屋で女の子と二人きりという状況はあまり良いものではないのではないかとも思うが、貴族の専属メイドとしては普通のことだし、これまでだってそうしてきただろう。


 それにラースはまだ十三歳だ。

 そんな心配をする方が不自然だろう。


 とまあ、それはともかく精神的に疲れて帰ってきた後でアンナと話していると心が安らぐような感覚になる。


「ありがとう。そうだね、お二人とも当然すぐに赦すようなことは無かったけど、今後を見て判断して貰えるみたいだから、これ以上無い結果だよ」


 と、アンナに言葉を返す。


「はい。良かったです、ラース様が受け入れてもらえて」


 自分のことのように喜んでくれるアンナを見て、嬉しい気持ちがさらに強まる。


「ありがとう。………ただ、あくまで今後が大切なことに変わりはない。これからも頑張らないとな」


 今日を無事に乗り切れたといって、満足していてはいけない。

 これからも真面目に生きることで、ようやくいつか認めてもらえるのだ。



「はい。………ラース様、恐れながらそのためにも一つさせて頂きたいことがあるのですが」


 と、アンナが遠慮がちに尋ねてくる。


「構わないけど、何をするの?」


 アンナのことだから、変な頼みではないだろう。

 そう思って了承しつつ、問い返すと、


「もう、まだ何をするか申し上げていませんよ。………でも、ありがとうございます」


 何をするかも確かめずに首肯した俺に少し呆れたような微笑みを浮かべ、お礼を言った後アンナは俺の傍に近づいてきた。


「ラース様、今日一日ずっと運動をされていましたし、その他にも色々なことがあったのでお疲れだと思いまして、治癒魔法をお掛けしようかと」





 ーー魔法ーー、俺はその存在をラースの記憶から当然知っている。


 それ自体は、現代日本で暮らしていた令人の感覚でも容易に想像出来るものだし、実際の魔法も前世での想像にほとんど近いものである。


 前世では考えられないような超常の現象だが、この世界では当たり前のように存在している。


 それこそ明かりをつけたり、火や水を使ったりといった感じで日常レベルで使用されている。

 魔法が込められた物質を媒体とした、魔導具という、より簡易的に魔法の効果を引き出すことの出来るものも存在するくらいだ。


 無論、日常で使われるもの以外でも魔法は様々な場面で使われているが。

 


 また、それと関連して他にも前世でのイメージにおける魔物なんて存在もこの世界には普通に居る。


 この世界が、ある面において前世以上に発達していることも、これらの存在が強く影響していると考えて間違いないだろう。


 と、この世界の前世とは決定的に異なる部分に思考を巡らせていたが、



「………それはとてもありがたいよ。じゃあ、お願いして良いかな?」


 今はアンナと話している最中であったため、そう言葉を返す。


「はい。今後も運動をするのなら、疲れを残す訳にはいきませんからね」


 そう言いながらアンナは俺に向けて手をかざし、


「《治癒ヒール》」


 そう唱えると、アンナの手の先が淡く光ると共に俺の身体も優しい光に包まれる。


 すると、全身の痛みや疲労感が和らいでいき、ほとんど感じないまでとなった。


(………………ほんと、凄いな)


 

 これまでも治癒ヒールを掛けてもらったことはあるが、やはり転生してから初めての魔法は非常に幻想的且つ神秘的なものに感じる。


 こんなものが当たり前に存在しているという事実に改めて驚愕するが、そんな反応を顔に出す訳にもいかない。


「………ありがとう、アンナ。疲れが一気に取れたよ」


 そうお礼を言うと、アンナは嬉しそうに微笑んでくれた。


 

 魔法には、その効果や特性から多様な属性があり、また事象の規模や難易度によってランク分けもされている。

 中でも治癒魔法はそこまで使える人が居ない部類だった気がする。


 

 と、そこでふと考える。


(…………魔法、か)


 悪童であったラースは勉強など大嫌いであったため、魔法の勉強も一つも使えないまま投げ出してしまった。


 だが前世には無かった超常の現象、興味がないと言えば嘘になる。


 とはいえ、


(………今はイメージ払拭、そのための体型改善が一番か。使ってみたい気持ちはあるけど、もう少し余裕が出来たらにしよう)


 興味はあるし、使ってみたい気持ちも大きいが当初の目標を蔑ろにする訳にもいかない。


 それに、どうしても使いたいという訳でもなければ、使えないといけないというものでもない。


 もう少し落ち着いた時に改めて考えれば良いことだろう。


 と、それはともかくアンナのおかげで今日一日の疲れはほとんど無くなった。


 流石に精神的な疲労まで消え去った訳ではないが、これなら明日からも問題なく運動出来る。


「……アンナ、出来れば明日からも一日の終わりに治癒魔法を掛けて欲しいんだけど、どうかな?」


 継続的な運動をするためには、翌日に疲れを残すことは出来れば避けたい。


 これからも魔法を使ってもらえないかアンナに尋ねたところ、


「はい、もちろん構いませんよ。……というより、初めからそのつもりでした」


 と、そう言ってくれた。


 その気持ちは非常に有り難くはあるが、


「ありがとう。でも毎日使って、負担とかは大丈夫かな?」


 これも前世でのイメージと同じく、魔法を使うには、この世界では誰もが持っている、肉体に内包する魔力を使用するというのは知っている。


 しかし、ラースが勉強してこなかったため、魔法については知らないことの方が圧倒的に多い。

 というより、殆ど知らない。


 あんな芸当が代償無しで使えるとは思えないため、負担にならないかそう尋ねると、


治癒ヒールを一回掛ける位でしたら何の問題もございません。連続して何回も、となると流石に負担は掛かりますが、それでも多少疲労感がある程度ですので」


 どうやら俺の心配が杞憂であるほどには、治癒魔法を使うことはそこまで負担にはならないらしい。


「そうか、じゃあお願いして良いかな?」


「はい、お任せ下さい」


 こうして、アンナに魔法によってサポートして貰えることも決まり、もう夜も遅いため今日は寝ることになった。

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