人間として、男としてのプライドまでは捨てていない
「た、隊長!」
「くっ、貴様よくも私の顔を……! 男の分際で!」
一人の騎士がふっ飛んだルエルを起こすなり、ルエルは俺を睨み付ける。
とても恐ろしい。
恐らく俺は殺されるだろう。
しかし、それにも関わらず俺は睨み返して怒りをぶちまけた。
うり坊を咄嗟に抱き抱えて。
「黙れよ……! 顔ぐらいがなんだ! この子は殺されそうだったんだぞ、身勝手な糞女に! だから助けた! それだけだ!」
「こいつ、隊長になんて口を! 奴隷の癖に!」
確かに俺は奴隷だ。
ボロいシャツから見える右腕の烙印。
首に嵌められた首輪が奴隷を物語っている。
だからなんだ。
俺が奴隷だからと全てに従えと言うのか。
そんなの……!
「奴隷の癖に? ああ…………ああ、そうだな。 俺は奴隷だ。 だったらなんだ! そんなの今は…………っ!」
「ふん、奴隷の癖に口がなっていないな。 だがまあ許してやろう。 貴様はなかなか私の好みの顔をしている。 最近ではめっきり見かけないその反発した態度もそそる。 どうだ。 かしずいて一夜を共にするのなら、今回の件は不問にしてやってもよいぞ?」
「わっ、出た……隊長の男食い。 好みの男見つけると直ぐに手を出したがりますよね」
「気持ちは分かるけど。 こういう生意気な男を見ると、屈服させたくなるし」
「言えてる~! キャハハハハハ!」
な、なんなんだこいつら。
人を物みたいに…………慰み物みたいに言いやがって。
……いや、実際騎士達はそう思ってそうだ。
この、俺の身体を舐め回す目線がその証拠だろう。
気持ち悪い。
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。
吐き気がする。
きっとこいつらは今俺を、性奴隷かなんかとしか見ていないのだろう。
本当に気分が悪い。
その嫌悪感しかない目付きに、一人の騎士が自分の唇を舐めずると、俺の頬を艶やかに撫でながらルエルに尋ねる。
「隊長~、先に味見して良いですか~?」
「────ッ」
味見と聞いて俺は咄嗟に距離を取った。
文字通りそういう意味なのだろうと毛が逆立ったからだ。
「ふふ、可愛い~」
「お前ら、そこまでにしておけ。 ヤりたいのは分かるが、私の後でだ」
「隊長がヤった後って…………もう壊れてるんじゃ……」
騎士の一人にそう言われたルエルは「ハンッ」と笑うと、俺の顎を上げ言ってきた。
「肝の据わった男だな。 更に気に入った。 私が直々に可愛がってやるから楽しみにしてな」
余程欲求不満なのか、ルエルは俺の唇に唇を重ねようとする。
が、その瞬間。
俺はルエルを突き飛ばし、こう言い放つ。
「ふざけんな! 誰があんたみたいな女の慰み物になんかなるもんか!」
「ほぅ…………貴様は自分が何を言っているのか、理解しているのだろうな?」
そんなもの当然だ。
理解しているに決まっている。
「…………当たり前だ」
「そうか、ならばここで殺されても文句は言えないな」
くっ、やっぱり断ったらそう言ってくるわけか。
それがこいつの常套手段なのだろう。
きっと他の奴隷が反抗した時も同じことをしてきたんだと思われる。
その想像が俺の顔色を悪くさせた。
そして、それを見たルエルは涼しげに笑うと続けて……。
「殺されたくなければ言う通りにするんだな。 貴様とて死にたくはないだろう?」
ああ、確かに死にたくはない。
だけど女の相手をするよりかはマシだ、と俺はキッと目付きを鋭くさせ。
「女の夜伽相手をするくらいなら死んだ方が良い。 殺すなら殺せよ」
「…………あん?」
そこでようやくルエルの顔付きが、最初の時のようになった。
やっと理解したのかもしれない。
俺は他の奴隷みたいに何でも言うことを訊く奴隷ではないと。
「貴様…………奴隷の分際で……」
「ああ……さっきも言ったが俺は奴隷だ。 嫌って程それは理解してる。 だがな……俺は奴隷の前に人間だ! 自分の生き方は自分で決める! こいつを助けるのも、ここで自分が殺されるのも!」
「な、なんなの……あの奴隷……」
「今までの男とは……なにかが違う……?」
よっぽど他の男は従順な奴隷らしい。
反抗的な俺の叫びに誰もが気圧され始めた。
だがルエルは別。
怒りが勝ったルエルは、もう先程までのように優しくするつもりはないようで。
「舐めた口を訊くな、奴隷風情が」
「…………かはっ!?」
な、なんだ……いきなり腹部に激痛と、胃酸が逆流してきたぞ。
一体何が……。
「ぐぁ…………」
俺は突然の痛みに耐えきれず、うり坊を抱えたまま地に伏した。
その際に俺は見た、ルエルの握られた拳を。
そうか、さっきの腹部の痛みは殴られたからか。
マジでキツい、嘔吐しそうだ。
と、踞り呻いていた最中。
「ぷいー」
うり坊が俺の頬を鼻で擦ってきたのだ。
「お前…………」
きっと心配しているのだろう。
うり坊は涙目で何度もスリスリしてくる。
そして俺も、そんなうり坊を見てやっと覚悟が決まった。
こいつらにムザムザ殺されてやるか。
何人か道連れにしてやる、と。
そして俺はゆっくり立ち上がる。
その握った拳を……。
「少しは反省したか。 貴様は奴隷なのだから我々女の言うことだけ訊いていれば……………………ッ!?」
「う…………うあああああ!」
ルエルに向かってうち放つ為に。
しかし、それは不発に終わることになる。
「この愚か者が! そうまでして死にたいか!」
ルエルは反射的に避け、俺の真横をとったのだ。
まさか避けられるとは予想外だ。
せめて一撃くらいは与えて剣を奪い取ろうと思ったのに、これじゃあどうにも出来ない。
「くっ…………くそ!」
そして、悲壮感に暮れる俺をもう生かしてはおかんと言わんばかりにルエルは。
「だったらこの手で始末してやる! 死ね、奴隷!」
「っ!」
右手に持った剣の切っ先を俺の喉元へと向かわせてきたのだ。
ここで俺は死ぬのか。
転生しても最悪な人生。
動物一匹すら守れずに俺はこのまま死ぬしかないのか。
くそっ、なんのための転生だ、クソッタレ!
そう怒りと後悔を胸に感じながらも俺は死を覚悟し、目を閉じた。
やってきたのは暗闇だ。
暗闇が俺の視界を支配している。
そしてこの後は続けて激痛が襲ってくる筈だ、恐らく喉元に。
痛いだろうか、苦しいだろうか。
女子大生に殺された時よりかはマシだと良いな。
と、俺は死に対して若干気楽に構えつつ、更に目蓋をギュッと閉じた。
自分の喉元に剣が突き刺さるのを見ないようにするために。
「………………?」
だがいつまで経っても刺された痛みは来ない。
何故……?
どうして俺はまだ生きている?
意味が分からない。
それがどうしても不思議で、俺はゆっくりと目蓋を開けていった。
すると目の前には驚きの光景が広がっていたのである。
「な、なに!? 冒険者、貴様……よくも邪魔を!」
「あ、あんた…………なんで……」
そう、先程まで我関せずと身動きしていなかったハズの、あの冒険者の女がルエルの剣を弾き。
「よく言いました。 ここから先はS級冒険者であるこの私。【リヴィア・アーランド】が貴方をお守りしましょう」
俺を守るように、立ち塞がっていたのだ。
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