衝動

 何が問題なのか、というとこれだ。


「き……貴様、何者だ! このイノシシがセシリア・キャンベル様の獲物と知っての狼藉か!」

「おのれ、冒険者! 武器を捨て、投降しろ!」 

 殺す直前に獲物をかっさらわれた訳だからな。

 そりゃあぶちギレもするだろう。


「ひやぁぁ…………」


 まあ雇い主のセシリアはというと、血溜まりのイノシシにビビって闖入者に興味もなさそうだが。

 この反応の違いよ。


「イノシシさん、可哀想……」


 どうやらセシリアは謎の冒険者よりも、頭から血液ブシャー、のイノシシの方が気になるらしい。

 目尻に涙を溜めてイノシシを撫で始めた。

 おい、優しいな案外。


「ですが、そこの女性は嫌がってたみたいでしたが」

「そんな訳が無いだろう! このお方はキャンベル家のセシリア様だぞ! 貴様が殺らずとも自らの手で殺っておったわ!」


 いや、どうだろう。

 あんな震えた剣じゃあ皮膚くらいしか斬れそうになかったと思うけど。


「あ、あの…………ルクル? 私、やっぱり動物を殺すのは可哀想な気が……」

「聞いたか! セシリア様は自分で出来たと仰っておるぞ!」


 言っとらんだろ、それは。

 むしろ真逆の発言だったが。


「い、言ってないよぉ……」


 だよなあ。

 お前ら、ちゃんと言葉を訊いてやれ。

 耳クソ溜まっとんのか。

 それともわざとなのだろうか。


「ああ……また私の言葉が改変された……。 いつもこうだよぉ…………キャンベル家に相応しくない言葉はいつもないことにされる……」


 ふ、不憫な。

 貴族ってのも大変らしい。

 特にセシリアみたいな貴族らしからぬ女の子からしたら、苦痛も良いところなのだろう。

 そんなセシリアに、ベクトルは違えど若干のシンパシーを感じていた時だった。


「いえ、完璧に無理とか言ってましたけど。 そういう身勝手な振る舞いはあまりよろしくないのでは。 騎士たる者、主の言葉を勝手な解釈をするのはどうかと……」

「き、貴様……! 我々を愚弄しているのか! 我々がお嬢様の言葉を理解していないとでも言うつもりか!」

「ええ……まあ、はい」

「────ッ!」


 空気は読めていないが的を射たツッコミに、ポニテ騎士ルエルは逆上。


「バカにしおって! お前達、この女を囲め! 絶対に逃がすな!」

「ハッ!」


 指示を出された騎士達により、冒険者は囲まれてしまった。


「抵抗するな。 大人しく捕まるのなら命まではとらん」


 騎士側も無益な殺人を犯したくはないのか、投降を促す。 

 しかし、冒険者の方は戦う気満々なのか……。


「き、貴様!」


 投降をするどころか、臨戦態勢に突入。

 

「申し訳ありませんが、そのようなお遊びに付き合うつもりはありませんから」


 爽やかな笑顔で挑発までやりだしたのだ。

 俺だって酔狂で剣術の修行をしたり、フェイエルや側付きの奴らに剣闘訓練とかこつけられてボコボコにされている訳じゃない。

 それなりに剣は扱えるし、コボルトなどの魔物だって木刀で撃退した事があるくらいにはやれる。

 だからこそ判るが、あの冒険者…………素人に毛が生えた程度の俺は当然として。

 国立剣術試合で優勝した経験のあるフェイエルや、そのフェイエルが選び抜いた側付きよりも遥かに強いかもしれない。

 どうやら騎士達も相手の力量を把握したらしく。


「なんだ……この女……」

「隊長! こ、こいつ普通じゃありません! 我々でも敵うかどうか!」


 誰も彼もが後退りだしたのだ。

 しかし、隊長であるルエルは騎士として引くことは考えられないようで、一歩前に出て冒険者を威嚇。


「貴様ら、怯むな! こちらには弓もある! そして数も勝っている! 相手はたった一人だ! 一人でなにが出来る! 自信を持て!」

「は、はい! すいません! みんな、やるわよ!」

「え、ええ! そ、そうよ……こっちにはルエル隊長が居るんだもの! 負けは…………」


 仲間を鼓舞し、奮い立たせたその刹那の事だ。


「…………ん?」


 またしても思いもよらぬ闖入者が現れたのである。


「ぷいー」


「へ…………? …………か、かわっ……! た、隊長! なんか可愛いのが!」

「なんだあれ……もしかしてうり坊……か?」


 それは紛れもなくイノシシの子供、うり坊だった。

 そう。

 あの可愛いの権化うり坊が、殺伐とした状況の中突如として現れ、亡くなったイノシシに擦りよったのだ。

 最初はなんでこんな所にうり坊が……と不思議に思ったものだが、その甘えるような素振りを見て、俺はハッとした。


「も、もしかして……あのイノシシの子供……なのか?」 


 でなければ説明がつかない。

 あれが親じゃなければ、こんな人間だらけの場所にわざわざ来たりはしないだろう。

 

「ぷきー、ぷきー……」


 うり坊は動かない母親を揺らしたり、舐めたりしている。

 そんな事をしても、もう動かないのにだ。


「くっ……!」


 その瞬間、俺の胸に熱いものが込み上げる。

 こいつらが何かの目的の為に殺したせいで、あの子は一人ぼっちになってしまったのだ、と。

 別に俺は博愛主義者じゃない。

 狩りは人間が生きる上で仕方のない行いだとは理解しているつもりだ。

 だが何故か今回はどうも怒りを覚えている。

 きっとその理由は…………身勝手な女のせいで一人になった覚えがある自分と重ねてしまったからだろう。

 だからか、俺は本来ならあり得ない行動を取ってしまった。


「これは、このイノシシの子か。 お前達、女を見張りなさい。 私はこいつを殺しておきます」

「る、ルエル!? ど、どうして! その子は何も……!」

「そうです、たかがうり坊…………」


 冒険者を部下に任せ、うり坊を踏みつけようとするルエル。

 するとルエルは冒険者の女を説き伏せるようにこんな言葉を並べ出した。


「黙りなさい、冒険者。 これは我々が親を殺した所を見た可能性がある。 ここでもし見逃したりしたら逆襲してくるかもしれん。 我々は騎士だ。 後顧の憂いを断たねばならん」

「そ、そんな……!」


 確かにそれは全うな意見だろう。

 いずれ人間を襲うかもしれない。

 その可能性は十分考えられる。

 なのに俺は何をしているのだろう。

 こんなのらしくない。


「だからここでこいつには死んで貰います。 申し訳ありません、セシリア様」


 なんで俺はこんなに必死になって走ってるんだ。

 この世界で女に抵抗したら命はない。

 なのになんで俺は……。


「お辛いのでしたら、目を背けていてください。 見ていない内に処理しますので。 ……ではさらばだ、小さき命よ」

「だ、ダメ! ルエル、やめ────!」

「うおおおおおおおお!」

「え…………?」


 わざわざあんなうり坊の為に、奴らの前に飛び出して。


「一体なんの…………なっ!?」

「このくそったれがあああっ!」

「がっ!?」 


 騎士なんかをぶん殴ってしまったのだろう。

 わからない…………俺は自分の心が分からない。

 だけど一つだけ分かることがある。

 それは…………。


「はぁ……はぁ……! くそっ、ざけんなよ俺! アホじゃねえのか、ムザムザ殺されに行くなんて! ~っ! でも仕方ないだろうが! だって……だって…………! もう見たくないんだよ! 女どもに蹂躙される所なんて、見たくないんだから仕方ねえだろうが!」


 これがきっと、この世界での第一歩なのだと言うことだけは、何故か分かったのだ。

 よくも悪くも。

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