セシリア・キャンベル
「誰だ……? 今の声は屋敷の誰のものでも無いぞ」
聞こえてきた声色には覚えがなかった。
そもそも姉フェイエルは馬に乗れない。
だから今しがた言っていたお嬢様が、フェイエルではないのは確実だ。
だとすると余計に意味が分からない。
一応この森の奥はルルモンド家の敷地ではないものの、ルルモンド家の近くだと知っている家の者は近づかない筈。
なら誰が…………?
「よし、矢が足に当たって転倒した! 今です、お嬢様!」
「いえ、ですから私は狩りなどしたくは……」
ふむ、あの護衛らしき甲冑を着込んだ女達に護衛されているのが、お嬢様なのだろう。
一応狩り用の服装はしているが、どことなく気品ある雰囲気がある。
どこでも見れそうな茶髪のミディアムカットですら、なんだか神々しい。
うん、確実に貴族だなあれは。
となると、このまま身を潜めておいた方が懸命だろう。
一般の女ですら男を卑下する世界だ。
貴族なんてきっとルルモンドの女達と似たようなものだろうからな。
「ぷぎー!」
「おい、それ以上矢を射るな! 剣兵、イノシシの足を斬れ!」
「はっ!」
なんという酷い仕打ち。
最早走る事すら叶わなさそうだというのに、リーダーらしき深紅のポニーテールを揺らす女が命じると、部下の兵士がイノシシの足を斬りつけた。
そんな必要も無さそうなのに。
「ぶふー……」
四肢を斬られ地面に横たわったイノシシはとても苦しそうで、腹部を上下させている。
相当に虫の息だ。
あれでは放っておいてもいずれ死にそうである。
がしかし、あの騎士はどんな理由があるのか、是が非でもお嬢様に止めを刺させたいらしい。
「セシリア様、イノシシはもう動けません。 今なら安全に止めを刺せます。 どうぞ首を落としてください」
「え…………わ、わたくしが……やるの?」
だがセシリアと呼ばれた俺より三つほど年上の女の子は、自らの手で殺したくないようで、馬から降りようとしない。
そんな雇い主…………?
を見たポニテ女騎士の顔が一瞬曇る。
かと思ったら、今度は唐突に部下に視線を送りだした。
恐らくは、何とかしてやらせろと指示を目力で送っているのだろう。
どうやら、その部下達もポニテの命令に気付いたようで。
「せ、セシリア様のご勇姿をこの目で見られるだなんて感激です!」
「ど、どうか我々にセシリア様の凛々しいお姿をお見せください!」
「セシリア様! セシリア様!」
「セシリア様万歳! セシリア様万歳!」
「ううぅー…………」
虐めか!
お前ら本当にその子の配下なのか?
涙目になってるんだが。
流石に可哀想だし、誰か殺してやれよ。
嫌いな女とはいえこれは幾らなんでも不憫過ぎるから。
と、憐れむも、部下達の陽キャばりの盛り上げは止まらない。
「キャンベル家の一人娘、次代の当主となられるセシリア様でしたらイノシシぐらいなんてことありません! さあ、一思いに!」
「セシリア様…………さあ! さあ、さあ、さあ!」
「ぐぬぬ…………わ、分かったよ……。 やるわよ…………うぅ……」
どうもセシリア嬢はそのパリピ的歓声に観念したらしく。
顔色を青くしながら鞘からロングソードを引き抜くと。
「か、狩りは貴族の嗜み……。 これは次期当主の務め……。 や、やるしかない……」
馬から降りて、震えながらゆっくりイノシシの側に行った。
そしてセシリアは、カタカタと震わせながら振り上げた剣を…………。
「ごめんなさい……ごめんなさい……! 許して、イノシシさん。 やらなきゃダメなの……本当にごめんなさい……!」
泣きながら振り下ろし、イノシシの首を落とした。
かに見えた。
が、状況は想定外の方向へ。
「え…………?」
「なっ……」
セシリアはもちろん、騎士達も。
そしてただ眺めていた俺さえも、予想もしてなかった展開に度肝を抜かれてしまった。
いやまあ、確かにイノシシの頭はゴロンと転がった。
無惨にも。
それは間違いない。
ただ、それをやった奴がセシリアではなく。
「そのような震えた手では、苦しみを長引かせるだけです。 命を貰うのなら、なるべく苦しめないように殺してあげるのが礼儀ですよ」
唐突に現れた、何処からどう見ても冒険者風な18歳前後のあの女。
ブロンドの長髪を揺らし、物静かそうな口調とは真逆に鋭そうな性格のあの冒険者が……。
「なので申し訳ありませんが、殺させて貰いました。 可哀想でしたから」
イノシシを代わりに屠ってしまったのが問題だ。
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