こんな最低な世界で

 確かに俺は死ぬ間際に祈ったよ、生まれ変わるなら他の世界にしてくれよと。

 だけどこんなのは望んでない。

 何故記憶を保持したまま、俺は赤ん坊になっているのだ。

 更にはこんな中世的な世界のぼろ小屋で、見知らぬおっさんに抱かれながらミルクを飲まねばならんのだ。

 旨いけど。


「旨いか、ユキトよ。 絞りたてのミノタウロスのミルクだから、旨いだろう?」

「んぐんぐ……」


 なんちゅうもんを飲ますんだ、クソジジイ。

 その髭、引っ張るぞこら。

 

「そうか、旨いか。 そんなに急いで飲まなくても無くならないなら安心しろ」


 悔しい!

 すんごい旨いし、おっさんの腕の中安心感ヤバいんだけど。

 これが赤ちゃんの性か。

 もう幸せに包まれてるね。

 ついでにおっさんこと『マクレイヤー』さん。

 略してマークじいさんも幸せそうにしている。


「お前とわしだけならどれだけ幸せな事か……」


 ああ、俺の母親や姉のことを言ってるのか。  

 まあ確かになんか当たり強いもんな。

 俺も苦手だわ、じいちゃん。

 と、ミルクを飲みながらそんな事を考えていた時だ。

 突然扉がノックされたと思ったら、勢いよく開き、ドレスを纏ったウェーブのかかった髪の女が入ってきたのだ。

 その女を見るなり俺はウゲッと顔を歪ませる。

 そんな俺にマークじいさんは、シッと人差し指を置き……。


「おやおや、アルメイダ様何かご用でしょうか」


 俺を揺りかごに戻すと、母アルメイダに問いかけた。


「ふん、こんな小汚ないところに用など一つしかありません。 わたくしの愚息、ユキトはどうかと見にきたのです」

「おお、そうでしたか。 すくすく育っておりますよ、この通り……」

「あいだぶー!」


 おいやめろジジイ、そいつに俺を近づけるんじゃない。

 香水臭いんだよ。

 それにこの女はどうせ……。


「汚らわしいものを触らせようとするな。 わたくしはただ15歳になった時、まっとうな売り物になるか気にしてるだけですわ」

「…………はい」


 本当に最悪な世界だな、この『アーベルジュ』という異世界は。

 なんでもこの世界では女尊男卑が普通らしく、男は基本奴隷らしい。

 夫を持つことも無いそうだ。

 だからと言って俺にも父親は居る。

 子種の仕事を終えたら直ぐに売られたらしいから、顔とかは知らないが。

 そんな世界だ、アルメイダからしたら男である俺はルルモンド家の恥さらしにしか過ぎなく。

 出来るだけ一目につかさず、さっさと売り払いたいのだろう。

 とはいえ赤ん坊では大した額で売れないから、それなりに肉体が整ってから……という計画なのだと思われる。

 クズめ。


「では命令通りに育てなさい。 出来なければ貴方の命を差し出してもらいますよ」


 アルメイダはそう言い終わると、外で待っていた長女フェイエルと合流し、邸宅へと帰っていった。


「ふぅ……アルメイダ様も困ったものだ。 実の息子にあんな酷い事をよく言えたものだな。 …………すまないな、ユキト。 この世界ではこれが普通なんじゃ。 お前もいつか判る……」


 判りたくないんですが、そんな世界常識。

 逆中世時代かな。



 それから月日は流れ、俺は10歳となった。

 まあこの年齢になると奴隷として働くのは当たり前らしく……。


「うあー、つっかれた……」

「おお、お疲れユキト。 今日も疲労困憊じゃな」


 俺は邸宅の外縁部にひっそりと佇む廃屋に帰ってくるなり、ベットにバタン。

 疲れた体を放り出して、マークじいさんに話し掛けた。


「ほんとマジで疲れた。 あのクソババアめ。 こんな年端もいかないガキに姉の剣術稽古に付き合えとか、鬼かよ。 つーか稽古じゃねえわ、あんなん。 一方的な虐めだろうが」


「ふむ、今日もよほどやられたらしいな。 どれ、傷を見せなさい。 薬を塗ってあげよう」


 マークじいさんはそう言うと、戸棚から庭にひっそりとなっていた薬草で作った回復薬を取って来ては、俺の患部に塗っていく。

 頬や腕、腰などに。


「いてっ」

「こんな所も怪我しておるのか」


 よく気付いたな、じいさん。

 まさか内太ももにもアザが出来てるとは。


「ありがと、じいさん」

「なに、お前はわしの宝じゃ。 お前さんの為ならどんな事もするつもりじゃよ」


 本当にマークじいさんはいい人だ。

 いや、この世界の男の人はみんないい人ばかりだ。

 女どもとは違うな。

 鉱山の兄ちゃん達は笑顔を絶やさず、支えあって仕事をしているし、家事手伝いの人達は主人の体罰に耐えながらも俺を気遣ってくれる。

 とても尊敬できる人達だ。

 だからこそ余計に女に怒りが募る。

 みんなの為に、この状況をなんとかしたいばかりだ。 

 まあ無理だが、今の俺じゃあ……と。


「よし、じいさん助かったよ。 そんじゃあちょっくら行ってくるね」


 俺はベットから立ち上がり、木刀を手に取った。

 日課の剣術修行をするために。


「剣術の練習か。 ついていこうか?」

「あー、いや大丈夫。 一人でなんとかなるから」


 マークじいさんがちょっと悲しそうな顔をするが、我慢我慢。

 流石に転生した俺だけが使えるあれを見せるわけにはいかないからな。

 と、俺はじいさんと別れ、敷地の端っこに鬱蒼としげる森に足を踏み入れた。


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