第51話 歓迎の儀

エルキャック(LCAC-1級エア・クッション型揚陸艇)の後方にある2基の推進ファンとリフトファンによって巻き起こされた風による水しぶきがものすごい勢いで後方へ流れて行く。

上陸組の俺達5人とイーグルを載せたエルキャックは、鹿児島湾に流れ込む甲突川の河口付近の砂浜を目指して時速60Km/hで海面を疾走していた。

空母から浜までは約20kmの距離。ものの15分ほどで目前に砂浜が迫って来た。

エルキャックは速度を落とさずに砂浜に乗り上げると、そのままの速度で砂浜を滑走した。ものすごい砂埃が舞い上がり、目の前が黄土色の砂煙でいっぱいになる。

砂浜を50mほど進むとエルキャックは停止し、エアクッションの空気が吐き出されるにしたがって船体が沈み込んでいく。

機関が停止するとエルキャック前方のゲートが開いた。


「よーし、全員イーグルに乗り込んでくれ」


川村の合図で俺達はイーグルに乗り込んだ。

田島がイーグルとエルキャックの固定フックを外してイーグルに乗り込むと、吉野がイーグルをゆっくりとエルキャックの積載甲板から発進させる。

砂浜に出ると既に大勢の見物人が集まり、遠巻きに俺達をエルキャックを眺めている。

いきなりこんな物体が海から現れたら誰だって驚くだろう。


「おーい、自衛隊の方々~」


砂浜の右手から馬に乗った男が叫びながらこちらにやって来るのが見えた。馬に乗ってものすごいスピードでこちらに向かって来る。

よく見ると、あれはこの前空母に食糧を届けに来てくれた小松清廉だ。

小松はイーグルの傍らに馬を付けると馬から降り、興奮しながら叫んでいる。


「こここここれは何ですか!まっことすごい船ですな!これもあんたらの造った船ですか!すごかー!」


「ああ、小松さん、ちょっと事情がありまして自分達で来てしまいました。私達はこの車で行きますので道案内してもらえませんか?」


「それは構わんが・・・この、何て言いましたかいの?くるま?こ、これは・・・中に馬が入っているんですかいの?」


「あ、い、いや、馬は入っていません。まぁ、馬よりも早く走れますからご心配なく」


「いやあ、まっこと驚く事ばかりですな・・・それでは後を付いてきてくださいますかの?」


小松他、4頭の馬の後に付いて俺達の乗ったイーグルは島津家の居城である鹿児島城を目指した。


道路はもちろん舗装などはされておらず、鹿児島市街と言えども土埃の舞う凸凹道だ。

沿道には何事かと思って見物している住人が、驚いたような顔つきでこちらを眺めている。皆粗末な着物を着ているが、悲壮感や困窮しているような雰囲気はまったく感じられず、むしろ幸せそうな仄々とした印象が伝わって来る。


「何かみんな生き生きとしてますね・・・昔の日本ってこんななんだな・・・私の居た日本とは全然違うかも・・・」


ひばりちゃんが沿道に居る人々を見ながらつぶやいた。


「そうだね、皆裕福そうには見えないけど、幸せそうだなあ」


俺は自分がほんの数か月前まで暮らしていた東京の事を思い出した。

金さえあれば何でも手に入るし何でもできる。でもその”何でも”の中に”幸せ”は含まれていない。少なくともここの人々と同じ笑顔の人間は東京には居なかった。


しばらく走ると前方の小高い丘の上に小ぶりな城砦が見えてきた。あれが鹿児島城だろう。思ったよりも小さいな。


「あれ?ちょっとヤバいかも・・・」


ふいに吉野がつぶやく。何か起こったのか?


「これ・・・多分燃料が漏れてます!」


吉野は道の傍らにイーグルを停め、田島と共に車外へ出て行った。


「あー、燃料ポンプからの配管、亀裂入ってるなー」

「え!?どこですか・・・あ、ああ~、すみません、私が点検したんですよね・・・この手の軍用車って扱い慣れてなくて・・・」

吉野が申し訳なさそうに言いながらボンネットの中を覗き込んでいる。


「まあ、しゃーないしゃーない、まだポンプからエンジンまでのパイプの中に燃料あると思うからさ、ここからあの城くらいまでだったら走れるだろう・・・で、帰りが問題だな・・・どうすっかな」


それを見ていた川村が無線のスイッチを入れた。


「こちらイーグル川村、感明送れ」


「こちらCIC,感明良し、送れ」


「イーグルの燃料パイプに亀裂、燃料漏れにて帰りの走行が不能。至急携行缶に燃料を入れて届けてくれないか?送れ」


「ちょうど薩摩藩の迎えが帰るところなので、その船に乗って凛子に燃料を持って行ってもらいます、送れ」


「了解、手間をかけてすまんな、よろしく頼む、終わり」


イーグルは再び走り出し、丘の上にある鹿児島城へ到着した。

門をくぐると、両脇にずらっと人々が並んでいる。何だかすごく物々しい雰囲気だ。

中庭のような広場の中ほどにイーグルを停めて降りると、西郷隆盛と大久保利通が出迎えてくれた。


「いやいやいや、ここまでご足労いただき、ほんのこちあいがとさげもす、さあ、中で藩主が待っております、こちらへ」


俺達5人は西郷と大久保の後に付いてゾロゾロと城の中に入った。戦闘服の俺達は恐ろしく浮いている。


大きな階段をいくつか上ると大きな臥間が目の前に現れ、西郷がその臥間を開けると、大広間に50人ほどの人間がお膳を前に座っており、一番奥には藩主らしき人物が座椅子に座っているのが見えた。


俺達は西郷に案内されてその奥に座っている人物の前まで行って立ち止まった。


「自衛隊の皆さん、こちらが薩摩藩11代目藩主、島津斉彬でごわす」


ああ、あれが島津斉彬か。他の藩の藩主とは違い、西洋文化に興味があって藩の富国強兵に努め、洋式造船、反射炉・溶鉱炉の建設、地雷・水雷・ガラス・ガス灯の製造などを推し進めた人間だ。”西洋かぶれ”なんてあだ名も付いてたらしい。でも思ったよりもかなり若いぞ。俺と同い年くらいなんじゃないか?


「自衛隊の方々、本日はご足労頂き、誠に恐縮であります。また、先日のエゲレス艦隊の件についてもお礼を申し上げたい。ささやかながら歓迎の席を設けさせていただいた、遠慮なくくつろいでくれるとありがたいですな」


「いえいえ、こちらこそ、このような場を設けていただき、また、昨日は食糧をご都合いただき、私達全員とても感謝しております。この場をお借りして御礼申し上げます。あ、申し遅れました、私は川村と申します。こちらの面々ですが、私の隣に居るのが田島、吉野、みそら、そして飯田と申します」

川村が礼を述べるが、なぜかこの人が言うと慇懃無礼な感じがする(笑)


「早速ですがな、川村殿、西郷と大久保からあなた達の事は聞いているのですが・・・未来の日本から来たと、えー、ちょっと良く分からなくてですな、何と言うか、どうにも信じられん話で・・・良かったら分かりやすく説明してくれませんかいの?」


「そうですね、信じられないのも無理はありませんね。では分かりやすく説明いたしましょう・・・まず、えー・・・ここに1本の道があるとします。この道はどこまでもずっと続いていて、この道を歩く人々は皆同じ方向に向かって歩いています。そしてこの道は前には進めますが、後ろには戻れません。前に進むのみです。そしてこの道と並行してもう1本道があります。この道も同じようにどこまでも続いていて、この道を歩く人は同じ方向に進んでいて後戻りはできません。この2本の道は互いに交差することは無く、それぞれの道を歩く人々はお互いの道の存在を知りませんし、行き来する事も出来ません。ですが、ある現象によって片方の道を歩いている人がもう片方の道に来てしまいました。要するに片方の道がこの場所の日本。もう片方の道が私達が居た日本なのです。私達の方が約200年ほど先を歩いていましたが、本来は来る事が出来ない場所に私達は来てしまいました。と、ちょっと極端な説明でしたがご理解いただけましたか?」


「ふむ・・・にわかに信じられんが・・・でも貴殿達の武器は、聞くところによると空をものすごい速さで飛び回る鉄の鳥や、エゲレス艦を一撃で沈める砲を備えた巨大な船を持っていると・・・私はエゲレスやフランセーから武器を買い付けて居りますが、未だそのやうな武器は見た事がない。自分も見てみたいんですがな」


「それでは後日、当艦にご招待いたしましょう。それからもうしばらくお待ちいただければ、この城の上を飛行機・・・えー、鉄の鳥が飛ぶ姿をご覧になれますよ」


「おお!それは誠でござるか!いやははは!今日は楽しくなりそうだの!よし、皆、飲もう飲もう!自衛隊の方々も遠慮せんと飲んで食ってくだされ!」


西郷が合図をすると女中さんがわらわらと部屋に入って来て集まっている者達にお酌をし始めた。俺達の所にも女中さんが来てお酌を・・・あれ?この人、女中さんって雰囲気じゃないぞ。来ている着物も高そうだし、何より雰囲気が上品でメチャメチャ美人だ。


「あー、言い忘れました、今皆さんに酌をさせてもらっているのは私の妹で秋姫と申します。もう齢25にもなるのに未だ嫁にも行けず、蘭学にばかり勤しんでおりましてな、兄としては頭の痛い妹なのですわ」


あれ?島津斉彬に妹って居たかな?確か男ばかりの3人兄弟だったかと思うんだが。


「兄上!お客人の御前でそのようなお言葉はお控えください!嫁に行けないのではありません、”行かない”のです!」


「あーわかったわかった、もういいもういい、お前はこの話になるといつもムキになるなあ、さっさと酌をして隅に座っておれ」


秋姫が俺の所にもお酌をしに来た。すらっとした長い首と日本髪を結ったうなじが透き通るように真っ白で、切れ長の目が妙に色っぽい。


秋姫のお酌が終わると、それから次々に色んな人がお酌をしに来た。

お猪口一杯づつだが、こう何人もお酌をされて飲んでいるとすぐに酔っぱらいそうだ。凛子が来なくて本当に良かった。あいつ、遠慮なしにガバガバ飲むからなあ・・・って、ひょっとして凛子、もうすぐイーグルの燃料持ってここに来るんじゃん!


その時、突然後ろの臥間がバシーンと開いた。何事かと全員が後ろを振り返る。


「おっまたせしました~!凛子到着ー!イーグルの燃料のお届けでぇーす!わはははー!」


そこにはピチピチのタンクトップに短パンという格好でオリーブグリーンの燃料携行缶を持って仁王立ちしている凛子の姿が。


頭を抱える川村。

下を向いて笑いを堪える田島。

ビックリして目を丸くしている吉野。

ケラケラ笑うひばりちゃん。


凛子はそのままズカズカと大広間の中央に進み、俺達の所まで歩いてきた。


「持ってきましたよー!ご所望のイーグルの燃料!・・・あーっ!みんなお酒なんか飲んじゃって、ったくズルイなあ!私にも一杯くださいよー!飯田っち、ちょっとちょうだいね」


凛子はそう言うな否や、俺の手からお猪口を奪い取って酒をグイッと飲んだ。


「くぅ~、うまいっ!久々の日本酒!最高ですなー!」


「おい、凛子っ、空気読めよ!」


しーんとする大広間。


「あ・・・あちゃ~、アタシ、ちょっと派手に登場しすぎた?ハハハ、まあいいじゃんいいじゃん」


「し、島津殿、大変失礼いたしました。彼女は坂口と申しまして、えー、所用があって急遽船から呼び出した次第でして・・・」

川村が慌てて説明するが、当の本人の凛子は俺のお膳にある徳利からお猪口に酒を注いでグイグイ飲んでいる。


「ねえ、飯田っち、あの前に座って偉そうにしてる人、誰?」

「バカ、偉そうにしてる人って・・・あれは藩主の島津斉彬だよ!薩摩藩でいちばん偉い人だよ!」

「ふーん、そうなんだー」

凛子がもう一度島津斉彬を見ると二人の目が合った。すると凛子はニッコリ笑いながら島津斉彬に手を振る。


「おい、バカ凛子、なにやってんだよ!やめとけ!」

「いーじゃん、あの人、結構イイ男じゃん、男前だねえ!」


凛子に手を振られた島津斉彬の顔がパーッと赤くなった。そして恥ずかしそうに俯く島津斉彬。何なんだ?この妙な空気は。


その時だった、外から微かにゴーッと言う音が聞こえてきた。


「お、朝倉が来たな」


俺達は大広間の横の障子を開けて縁側のような場所に出た。海の方からF-35のグレーの機体がこちらに向かって飛んでくるのが見え、見る見るうちにその姿は大きくなって爆音と共に城の屋根スレスレに飛び去って行った。


「うおーーーー!!」

「何だあ!あれは!」


皆が口々に驚きの声を上げる。


F-35は数キロ先で反転すると急上昇して機体をグルグル回転させ、もう一度城の屋根スレスレに接近してから派手にチャフをまき散らして海の方へ飛び去った。


「朝倉、派手にやったなあ、チャフまで撒いちゃって・・・まあこっちには地対空ミサイルなんか無いからチャフを使うこともないしな・・・」


「か、川村殿、あれが貴殿の軍隊の鉄の鳥ですかっ!いやぁ、ほんのこちたまげました!あれが未来のからくり・・・すごい!すごい!すごい!」


島津斉彬は興奮して畳をバンバン叩いている。


それからは酒が入ったせいもあり、皆席からばらけて各々談笑しはじめた。

川村と田島は島津斉彬と西郷、大久保と一緒に何やら話している。


「飯田っち、アンタさぁ、この前ビール以外はあんまり・・・なんて言ってたけど、日本酒だって結構飲めるじゃん。でもさ、鹿児島って言ったらさぁ、やっぱ焼酎だよねぇ、無いのかな、焼酎」

「もしかして、焼酎をご所望ですか?」

部屋の隅に居た秋姫が凛子の話を聞いたのか、ニコニコしながら俺の横に来た。

「あ、いえいえ、コイツちょっと酔っ払いで・・・気にしないでください、ったく、凛子、いいかげんにしろよ!」

「えー、飯田っち、なにカタい事言ってんの!鹿児島って言ったら焼酎じゃん!」

「そうですね、鹿児島は焼酎が自慢ですから、私達もそう言っていただけると嬉しいです」

秋姫が傍らの女中に命じると、女中さんが二人掛かりで焼酎の入った樽を持って来た。うわー・・・樽で来ちゃったよ。


「さ、皆さんご賞味ください、鹿児島名産の芋焼酎です」


秋姫が樽から柄杓で焼酎をすくってくれる。いつの間にかお猪口ではなく、湯呑のようなものが用意されている。


「くぅ~~、うめー!この焼酎めっちゃうまい!飯田っちも飲んでみ!ほら、ヨッシーも飲んで飲んで!」

凛子、ここは居酒屋じゃないんだからさ、少しは遠慮しろよ。


「おい凛子、あんまり飲むなよ!お前酒癖悪いんだから」


「だいじょぶだいじょぶ、これくらい全然酔わなーい!」


って、もう結構顔が赤いよ。


「あの・・・私も少しだけいただいてよろしいですか?」


秋姫が遠慮がちに上目遣いで聞いてきた。いやぁ、この子ってホントに美人だなあ。切れ長の目がクールビューティーって感じだ。


「あー、どうぞどうぞ!秋姫さんも飲んで飲んで!ほら、飯田っちなにボーっとしてんのよ!秋姫さんにお酒注いであげて!」


俺は柄杓で秋姫が持つ湯呑?の様な物に焼酎を注いであげた。秋姫はそれを一気に飲み干す。


「うわー!秋姫さん、いけるクチだねぇ!いいねぇいいねぇ、どんどん飲んで!ほら、飯田っち注いであげて!」


凛子よ、おまえは新橋のガード下で飲んでるオヤジか。


「あの・・・未来のご婦人はそのような着物をお召しになっておられるのですか?」


秋姫が凛子の恰好を見て聞いてきた。


「あーコレ?いや、今日はたまたまこんな格好なんだけどね、つーかこっちへ来てからずっとコレか!あはは、秋姫さんの着てる着物、綺麗だよねー。私もそんなの着てみたいなあ!」


「凛子さんは背がお高いから着物、似合うと思いますよ。私の着物で良かったらお召しになってみますか?」


「え?いいの?秋姫さんの着物、貸してくれるの?」


「はい、凛子さんがよろしければ」


「マジでー?着る着る!着物って今まで一度も着た事ないのよー!着てみたい!」


「あはは、それでは今すぐ着替えに行きましょう、じゃ、こちらへ」


秋姫に連れられて凛子は大広間を出て行った。何なんだよ、この展開・・・


「飯田さん、秋姫さんと凛子さん、何だか気が合うみたいですね」

「うんうん、私もそう思いました!飯田さんもそう思いません?」


吉野とひばりちゃんがニヤニヤしながら話しかけて来た。確かにあの二人、何だか気が合う感じだ。


「そうだな、凛子と秋姫さんって”カワイイ”って言うより”キレイなお姉さん”って感じだし、性格も似たような感じっぽいしね、気が合いそうだよな」


ひばりちゃんは酒が苦手で飲めないらしいが、吉野は手酌で焼酎を樽からすくって飲んでいる。キミも結構イケるクチなのね・・・


「でですねぇ、飯田さん、アタシずっと気になってたんですけどぉ、美月ちゃんと飯田さんってどうなってるんですかぁ?」


吉野さん、アンタちょっと目が座ってきてるぞ。つーか、帰りのイーグル、吉野さんが運転するんじゃなかったっけ・・・


「えっ、吉野さん、何でそんなコトいきなり・・・美月とは・・・まぁ、別に何かあったワケでもないし・・・」


「ホントですかぁ?二人を見てると何だか友達以上のモノを感じるんですよねぇ、ひばりちゃんもそう思うでしょ?」


「うんうん、飯田さんと美月さんって仲イイですよねー!でも美月さんてすっごくカワイイし、飯田さんも、えっと、まあまあイイ感じだし、お似合いなんじゃないですかぁ?」


まあまあかよ・・・


「いや、俺なんかそんな大した男じゃないし、それに美月だって、あれ?・・・何だ?」


ふいに大広間の入口の方がヤガヤと騒がしくなった。何かと思い、そこに目をやると・・・秋姫の傍らに薄紅色の着物を着た凛子が立っている。


「うわわわ、凛子・・・だよな、あれ」


「うわぁ、凛子さん、すっごくキレイだぁ!」


ひばりちゃんがまるで推しのアイドル歌手を見るような表情で見とれている。

いや、マジで綺麗だ。

あれがあの凛子なのか!?

確かに凛子はスタイルが良くて美人だけど、横に立っている秋姫の美しさも相まって、その周囲がキラキラ輝いて見えるようだ。

凛子と秋姫は広間の中央を歩いてこちらにやって来た。

周りで飲んでいる薩摩藩の男達も呆けたような顔で凛子と秋姫を見つめている。


「かーっ、恥ずかしいよー!やっぱり着物着たままここへ帰って来るんじゃなかった!ちょー恥ずかしいッス!」


こら、凛子喋るなよ!喋らなければ楚々としたイイ女なのに、喋るといつものゲバゲバ凛子が出てくるじゃんか!!

それにしても女性って着る物でこんなにも印象が変わるんだなあ。


「よっこらしょっと!あー、着物着てるとあぐらかけないんだ・・・正座だよねぇ・・・ふぅ~・・・難儀だなあ」


凛子はぶつぶつ言いながら俺の横に正座で座る。多分正座なんてしばらくしていなかったのだろう、ものすごく窮屈そうだ。


「いや~、坂口殿!ほんのこちベッピンさんでごわすなあ!川村殿はこんな美しか部下をお持ちで、まっこと羨ましいですわ、わははは!!」

西郷が着物姿の凛子を見て豪快に笑う。


「いえいえ、彼女は部下じゃないんですけどね・・・まあいいか、それにしても凛子、見違えたな!そうやって秋姫さんと並んでいると大河ドラマのヒロインみたいだぞ!」


「川村さん、変な事言わないでくださいよ、そんな事よりあたしゃ足が痛くて・・・帯もキツイし動きにくいし、着物ってこんなに面倒なモノだって知りませんでしたよ・・・あー脱ぎてー」


「凛子、せっかく秋姫さんが着せてくださったんだから帰りまでその恰好でいてくれよ・・・あ、そうだ、先ほどは秋姫さんが俺達にお酌をしてくださったから、今度は凛子が薩摩藩の皆さんにお酌をしてやってくれんか?」


「か、川村さん、他人事だと思って・・・はいはい、わっかりましたー、お酌すればいいんでしょ!よっこらしょっと!あー動きにくぅ!」


凛子は窮屈そうに立ち上がると徳利を持って島津斉彬の前に進み、またも窮屈そうに正座をした。


「どうぞ・・・」


凛子が徳利を島津斉彬の前に差し出す・・・が、島津斉彬は凛子の顔を見つめたままボーっとしている。


「え?ど、どうぞ・・・」


「あっ、えっ、す、すみませぬ、ありがたく頂戴いたします・・・」


何か島津斉彬の様子が変だ。先ほどまでは何事も無かったように落ち着いている感じだったが、今は真っ赤な顔をしてあたふたしている。


その後、凛子は西郷、大久保、小松にお酌をしてから、再び俺の横に「よっこらしょっと!」と言いながら座った。その”よっこらしょ”って言うのヤメロ。


「凛子、俺がこんな事言うのもアレだけどさ、凛子ってすげー着物似合うのな!いつもきったねぇタンクトップに短パンだからさ、見違えちゃってびっくりしたよ。川村さんが言ってたように秋姫さんと並ぶとマジ破壊力抜群だぞ!」


「飯田っち、”きったねぇタンクトップに短パン”って何よ!転送された時にそれしか持ってなかったんだからしょうがないでしょ!アタシだってヤル時はヤルのよ!どうだ、参ったか!」


「あーはいはい、参りましたー。美人に囲まれて、僕はしあわせでーす」


「凛子さん凛子さん、写真撮っていいですかぁ?あ、飯田さんも吉野さんも秋姫さんも一緒に撮りましょうよー!」


ひばりちゃんがスマホを持って俺の前に座った。そこから腕を伸ばして自撮りするつもりらしい。


「はーい、撮りますよー、あ、飯田さん、もっと凛子さんにくっついてください、そうそう、そんな感じで、じゃあ撮りまーす!」


「うん、イイ感じに撮れたっ!この写真、帰って皆にも見せてあげよっと!」


スマホの画面に表示された写真を見て、秋姫が目を丸くして驚いている。


「こ、この機械は・・・どんなからくりなのですか?どうやったらこんな事が・・・兄上!兄上!これを見てくださいませ!」


秋姫が呼ぶと島津斉彬は何事かと立ち上がってこちらにやって来た。そしてスマホの画面を見るなり驚きの声を上げた。


「うわわわ、こ、これは銀板写真ですかっ!いや、銀板写真には色が無かったぞ!これはまっこと美しい!今撮ったんですかいの?これは今撮ったんですか!」


ちなみに日本で最初に写真の被写体になったのは、この島津斉彬とされている。フランス人写真家のダゲールが銀板写真(ダゲレオタイプ)で撮ったものだ。


「そうですよー、今撮りましたー!じゃあもう一回、今度はみんなで撮りましょうよ!いいですかー?撮りますよー!」


ひばりちゃんが立ち上がって大広間の角から部屋全体をスマホのカメラで撮影する。

その画像をスマホの画面に表示させると、わらわらと皆が集まって来た。


「うおー!己が写っておる!」

「きれいじゃの!きれいじゃの!」

「どんなからくりなのだ!」


「ひばり殿、その機械でもう一度、私を撮ってくれませんかの?」

島津斉彬が興奮してひばりちゃんに食ってかかるような感じでせがんでいる。


「あ、い、いいですよ、はい、撮りますよー!」


「うおー!わしじゃわしじゃ!良く撮れておるの!」


それからは俺達もスマホを取り出して大撮影会となった。

これですっかり和んだ俺達と薩摩藩の面々は酒も進み、そこかしこでひっきりなしに乾杯の声が上がっている。

俺はトイレへ行きたくなり、女中さんに便所の場所を聞いて便所(厠)へ向かった。

長い渡り廊下を歩いた先にある便所で用を足した後、大広間とは反対方向の廊下を歩いてみた。

その廊下は綺麗な中庭に沿って造られており、中庭の反対側にある白壁の塀の向こうには夕日に照らされてキラキラと光る鹿児島湾の海が見えた。

海から吹いて来る夕暮れの風は心地良く、俺は廊下に腰を下ろしてしばらくボーっと海を眺めていた。


「あの・・・飯田様、ですよね・・・ご気分が優れないのですか?」


声の方を振り向くと、秋姫が心配そうな面持ちでこちらを見ている。


「あ、いや、風が心地良くて、つい座り込んでしまいました」


「そうですか、安心しました。皆様に何かあったら一大事、兄上から丁重にもてなす様に申し付けられております故」


「あー、ご心配お掛けしちゃいましたか、すいません」


「いえいえ、確かにここはとても気持ちの良い風が入ってきますから・・・あの・・・えっと、あ、あの・・・わ、私もお隣に座らせていただいてよろしいでしょうか?」


「え?あ、はい、どうぞどうぞ」


秋姫は俺の隣に慣れた仕草で座った。さっきの凛子とはえらい違いだ。が、俺の隣に微妙に距離を置いて座った秋姫は胸に手を当て、恥ずかしそうに下を向いたまま動かない。


「秋姫さん」


「え!あ、は、はい!」


「大丈夫ですか?秋姫さんこそお身体の具合が良くないんじゃ・・・」


「い、いえ、そんなことありません!わ、私は、大丈夫です!」


本当に大丈夫なんだろうか?何だか切羽詰まったような顔をしているが・・・


「あ、あの・・・、飯田様」


「は、はい?」


「飯田様と凛子様はさぞかし仲がよろしい様にお見受けしたのですが・・・あの・・・凛子様とはどのような間柄なのですか?」


「え?凛子?凛子と俺?あーっ、そんなに仲良く見えました?」


「はい、お二人とも気心の知れた仲と申しましょうか・・・とても仲むつまじい様にお見受けいたしました」


「いやいや、俺と凛子はただの友達で、別に特別な感情とかは無いですよ。でも何でそんな事聞くんですか?」


「いえ、あの、先ほど着物の着付けをした時に凛子様と色々なお話をいたしまして・・・凛子様はとても素敵な方で、朗らかで優しくて、こんな方が飯田様のお傍に居るのかと思いまして・・・」


「あー、まぁ確かに凛子はいいヤツですけど、あいつ男の趣味がちょっとバグってまして」


「バグって?」


「あ、いや、何て言うか・・・まあいいや。あ、そろそろ戻りましょうか?」


「はい」


辺りはもうすっかり暗くなっており、中庭の茂みから虫の鳴き声が幾重にも重なって聞こえて来る。

そして大広間に近づくに従って、宴会で盛り上がる皆の声がだんだん大きくなってきた。

大広間の臥間を開けると・・・もう全員入り乱れてのどんちゃん騒ぎ。

島津斉彬と西郷隆盛、大久保利通、川村、田島は相変わらず話し込んでいるが、先ほどとは違って時折ゲラゲラ笑いながら何回も乾杯をしている。

吉野は薩摩藩の若い男達に囲まれながら手酌で焼酎をグビグビ飲んでいる。もう完全に酔っ払ってるな。帰りの運転どうすんだ?

ひばりちゃんはあちこちでスマホで写真を撮っては薩摩藩の連中に見せびらかしている。メチャメチャ楽しそうだ。

凛子は男達となぜか”あっち向いてホイ”をやっている。凛子が1人で勝ち続けているようで、負けた者は焼酎の一気飲みをさせられている。


「あ、秋姫さん、これ、どうしましょうか・・・」

「そうですね・・・もう収集が付かなくなってますね・・・」


「あ!飯田っちとアッキー!そんなトコに突っ立てないでこっちに来なよー!」

凛子が俺達を見つけて大声で叫びながら手を振っている。いつの間にかタンクトップと短パンに着替えたようだ。つーかアッキーって誰だよ。


「飯田っちー、アッキーと二人でどこ行ってたのさ!ったく油断も隙もあったもんじゃないなあ、この女たらし!」


「おい凛子なに言ってんだよ!俺は便所に行ってただけだぞ、その帰りにたまたま秋姫さんと会っただけだよ」


「またまたまた、そんな言い訳しちゃって!アッキーも気を付けた方がいいよ!飯田っちって外見はまあまあカッコイイけどさ、中身はホントに呆れるくらい鈍感でさ、でもそこがいいって思う女の子も居るみたいで・・・ねー飯田っち!」


「ななな何だよ、呆れるくらい鈍感って。俺ってそんなに鈍いか?」


「鈍い!」

「超鈍感!」

「鈍いですよ!」


いつの間にか吉野とひばりちゃんも横に座って話に加わっている。何だよ、三人で人の事を”鈍い”って言いやがって。


「あのさ、私思うんだけどさ、飯田っちとアッキーって結構お似合いだと思うけどなあ。さっき着付けしてもらっている時にアッキーと話したんだけどね、アッキーって賢くてすごくしっかりしてるんだよ。それに私なんかと違って上品で超美人だしさ、いつもボーっとしてる飯田っちにはこれくらいしっかりした女性がいいんじゃないかなあ?ねえ、アッキーは飯田っちの事どう思う?ねえねえ、どう思う?」


「わ、私は、そんな・・・私なんかが・・・」


あー、凛子の弄りが始まっちゃったよ・・・凛子って酒が入るといつもコレだからなあ。

いきなり凛子に変な事を聞かれて、秋姫は顔を真っ赤にしてドギマギしている。


「お、おいこら、凛子、いきなり、そ、そんな事聞いて失礼だろ!あ、秋姫さん困ってるじゃんかよ」


「あーっ!飯田っちが焦りだしたぁ!わっかりやすいなあ!つーことは飯田っちもまんざらじゃないんじやないの~!飯田っちとアッキー二人とも顔真っ赤だよ!きゃははは~!」

「本当だ!飯田さん顔赤いですよ」

「飯田さん照れてるんですかぁ?美月さんに言いつけちゃいますよぉ~!」


「み、美月は、か、関係ないじゃん!」


「あー!出た出た!飯田っちの強がりフレーズ!”美月は関係ないじゃん”きゃははー!ウケる~!」


あーあ、こうなったらもう何言っても墓穴を掘るだけだ。もう黙っておこう。

秋姫は相変わらず顔を真っ赤にして俯いている。いくら歳が近いとは言え、薩摩藩のお姫様だ。それなりに上流階級の中で育ってきたのだろうし、こんな無礼講みたいな場は慣れていないのかもしれない。


「アッキー、ごめんね!ほんの冗談だよ。よく考えたらアッキーみたいなお姫様が飯田っちなんかと釣り合うワケないよねー。でもさ、さっき島津さんが25歳にもなってお嫁に行かない云々とか言ってたじゃん、この時代の女の人ってそんなに早くお嫁に行くの?」


「はい、人によってですが、大体24歳くらいまでには嫁ぎますね。町人の方は18歳くらいが嫁入り時と言われています。20歳を過ぎると「年増」、24歳くらいで「中年増」、28歳くらいですと「大年増」なんて言われるのです。ですから私は中年増ですね。あはは」


という事は、30歳までに結婚しないと色々煩い事になるんだな。ここら辺は俺達の時代とそう変わり無いみたいだ。


「でもさ、アッキーはお姫様でしょ?普通の庶民の人達と違って、結婚とかは親が決めて・・・って感じなんでしょ?」


「はい、そうですね。父や兄から何回もご縁談のお話を持ち掛けられております」


「何で結婚しないの?そんなに美人なんだし、選び放題じゃん!」


「いえいえ、美人だなんて、そのような・・・ただ、今は蘭学を学ぶのが楽しくて仕方ないのです。特に最近は欧米諸国から入って来た”洋学”を学んでおります。日本は長い間鎖国をして参りましたから、その間にあらゆる面で世界の国々から遅れを取ってしまっております。私は洋学を学び、その遅れを少しでも取り戻したいのです。ですが、皆様の大きな船を訪ねた西郷や大久保の話を聞いて、なんかこう、ものすごく興奮しているのです!先ほどの空を駆ける鉄の鳥や、写真を撮る機械、それに皆さんがお乗りになって来られた鉄の馬車・・・もう考えただけで居ても立ってもいられませぬ!・・・ですから、今の私にとっては結婚はまだ・・・」


「ふーん、そうなんだあ。アッキーは好奇心が旺盛なんだねー。じゃあさ、今まで好きな男の人とか居た事無いの?付き合った彼氏とかは?」


「かれし?」


「ああ、分かんないか!えーとね、男の人とお付き合いした事ってあるの?」


「お付き合い、ですか?」


「あー、それも分かんないか・・・えーとね、「いい仲」の男の人!」


「えっ・・・そ、そのような・・・婚姻前に殿方と慣れ染めるなどと・・・そのような事は・・・」


「うわー、キッツイなぁ~。じゃあ見た事も話したことも無い男の人といきなり夫婦になるわけ?」


「はい、左様でございます」


「それでいいの?アッキーはそれでいいの?好きな人とデート、あ、いや、遊びに行ったり、美味しいもの食べに行ったり、旅行に行ったり、それがダメならどこかで二人で海を見るとかでもいいよ、自分が好きになった人と一緒に居たいと思わない?ってこれ、ひばりちゃんにも言ったな」


「そ、そうですね・・・今までそのような事は考えもしませんでした。親の命令で夫婦になるのが普通ですから・・・でも、好きになった殿方と二人で・・・夢のような話ですね。あの、凛子さんの世界はどうなんですか?」


「私達はねー、結婚相手は自分で決めるんだよ。自分で探すんだ。お互い好きになって、この人なら!って人と結婚するんだよ」


「本当ですか!・・・憧れますね、私にとっては本当に夢のような話です」


現在のように自由恋愛が一般的になったのは大正以降だ。まだ幕末のこの時代、”結婚は身分が同格”というのが第一条件であり、結婚相手は親や親族、上司が決めるものだった。

秋姫くらいの歳頃であれば、現代であれば就職して仕事にも慣れてきて、仕事も恋愛もいちばん楽しい時期だろう。この後も女性陣の恋愛話は延々と続いた。

俺はしばらくは相槌を打って聞いていたが、さすがにそれにも飽きてきた。

そう言えば空母に居る美月や大谷はどうしているんだろう?

ちょっと気になってその場を離れてイーグルに向かい、イーグルの無線でCICを呼び出してみた。


「こちらイーグル飯田、感明送れ」


「・・・・・・・こちらCIC大谷、感明良し、送れ」


「大谷さんすみません、こっちは宴会になっちゃって、何時頃帰れるかちょっとまだ分かりません、送れ」


「あー、そんな事だろうと思ってましたよ、こっちはなにも変わりな・・@*&%#$・・・ちょっと!飯田さんっ!こんな時間まで何やってるんですかっ!・・・おくれっ!」


あ・・・ヤバイ、美月の声だ・・・俺達の帰投が遅いから怒ってるな・・・


「おー、美月?あのさ、何だかすごく盛り上がっちゃっててさ、川村さんも田島さんもまだ帰るって感じじゃないんだよね、送れ」


「はぁーーー?こっちはたった5人で一生懸命見張ってるって言うのに全然連絡もくれないし、一体何なんですそれ?マジむかつくんですけど!おくれっ!」


「あ、えーと、薩摩藩の方々に色々な説明をしつつだな、あの・・・決してどんちゃん騒ぎして遊んでるわけじゃなくて建設的な話し合いをだな・・・お、送れ」


「うるさい!そんな言い訳なんていりませんから!本当はお酒とかいっぱい飲んで皆酔っ払っちゃって帰れないんでしょ!おくれっ!」


「あ!・・・・・は、はい、ちょっと飲んでますけど・・・お、送れ」


「ちょっとですかぁ?本当にちょっと飲んでるだけなんですかぁ?嘘ついたらどうなるか分かってますよねぇ、分かってますよねぇ・・・おくれっ!」


「いや、あの・・・薩摩藩の方々がすごく歓迎してくれて、凛子が美人のお姫様と仲良くなって盛り上がっちゃってね、えーと、まあそんな感じで・・・おくれ」


「あっ!今度は凛子さんのせいにした!飯田さんズルイ!きっと自分だってお酒いっぱい飲んで酔っ払ってるんでしょ!それに何なんです?美人のお姫様って!私達がこっちで見張ってるのにキレイな女の人にお酌とかしてもらってデレデレしてるんでしょ!あーっ、マジむかつく!おくれっ!」


「う・・・」


「だってもう11時ですよ?半日も連絡くれないなんてありえない!すっごく心配してるのに・・・もういいよ、終わりっ!」


あーヤバイ、美月マジで怒ってる。そりゃそうだよな。でももう11時なのか・・・そんなに経ってたんだ。でも皆あの状態で帰れるのか?イーグルはなんとか俺が運転できそうだけど、エルキャックなんて操縦できないしなあ。きっと川村さんも大谷さんもベロベロに酔っ払ってるだろうし・・・帰ったら美月に怒られるだろうなぁ、怖いなぁ・・・


俺はイーグルから降りると、ちょっと憂鬱な気分で再び大広間へ向かった。

が、大広間はもう片付けが始まっており、川村や凛子達の姿がどこにも見当たらない。


「あれ、皆どこ行っちゃったんだろう?」


「飯田様」


振り向くとそこに秋姫が立っていた。


「あ、秋姫さん、これは・・・皆はどこへ行ったんですか?」


「皆様たくさんお酒をお召しになられて、今は客間にてお休みになられております。私がご案内差し上げますので・・・さ、どうぞ」


秋姫の後に付いて長い渡り廊下を歩いて行くと、中庭を超えた所にこじんまりとした平屋の離れがあった。


「こちらのお部屋が殿方様。あちらのお部屋にはご婦人にお使いいただいております。本日はお疲れでしょうからごゆるりとお休みくださいませ。では、私はこれで」


秋姫は綺麗な仕草でお辞儀をすると本殿の方に帰って行った。


「川村さん、田島さん、開けますよー」


障子戸を開けると・・・


10畳ほどの部屋の中に布団が3組ほど敷かれていたが、川村と田島が大の字になって大いびきをかいて爆睡している。


「うわぁ、この二人、すっかり酔っ払ってるな・・・」


俺は戦闘服を脱いで布団に倒れこんだ。柔らかい布団の感触が心地いい。

障子戸の輪郭が月明かりにボーっと浮かび上がって見える。

外から聞こえて来る涼しげな虫の声と・・・川村と田島のいびき!ったく、酔っ払いオヤジ二人と同じ部屋で一晩過ごさなきゃならないなんて・・・

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