第50話 薩摩藩の使い

「ったくよ、あいつら、とんでもねぇ事しやがって・・・」


蒸気船の大砲による被害を確認しに行った田島がブツブツ言いながらCICに入って来た。


「船首格納庫の右側に1mくらいの大穴が空いちゃってるよ、どうしたもんかなあ・・・」


川村が言っていた通り、この空母の装甲はあまり厚くないようだ。素人目にはあれくらいの大砲の弾なんて簡単に弾き返せそうなくらい頑丈そうに見えるのだが。

それはそうと、肝心の食糧の問題が解決していない。この艦にある食糧が尽きるまでまだ数日の猶予があるが、いずれにせよどうにかして食べ物を調達しなければならない。


「こちらメインブリッジ。田島、飯田君、吉野さん、武器を用意して今すぐ飛行甲板に上がってくれ」


艦橋で周囲を見張っている川村の声だ。また何か起きたのか?


俺達3人は小銃を手にするとすぐに飛行甲板へ向かった。


「おーい、こっちへ来てくれ!」


飛行甲板に着くと、すでに川村が艦橋の脇に立って俺達を呼んでいる。


「あれが見えるか?あの蒸気船」


川村が指差す沖合には、さきほどの幕府の蒸気船よりひと回り小さな船がこちらに向かってまっすぐ、ゆっくりと進んで来るのが見えた。そしてその船体中央には、丸に十文字の旗が翻っている。


「川村さん、あれが島津家の家紋ですよ、薩摩藩の」


幕府の次は薩摩藩かよ・・・またさっきと同じような事になるのだろうか?うっとおしいなあ・・・


「今度は薩摩藩か・・・しょうがない、さっきと同じ手順で行くか・・・」


俺達は幕府の船を迎えた時と同じように第二甲板に行き、川村と田島が右舷中央部の開口部にある折り畳み乗降タラップを下ろした。


空母の右側約200mほどの海上に停泊した蒸気船から、数名の男が乗った小舟がこちらに向かって近づいて来る。

小舟には5~6名ほどの人影が見え、その中の3人は仁王立ちでこちらを見ている。幕府の時とまったく同じだ。


「川村さん、何か物々しい雰囲気って言うか・・・彼ら殴り込みにでも来るんでしょうかね?ってこれ、さっきも言いましたよね」


「そうだな、さっきとまったく同じだな・・・みんな、また手を振るぞ!おもいっきり笑顔で!満面の笑顔で手を振るぞ!せーの!」


川村の掛け声で、またも俺達は満面の作り笑顔で両手を挙げてユラユラと手を振る。


船がタラップの元に停船し、仁王立ちしていた3人がタラップをどかどかと上がって来る。その後にも数名、いかついガタイの男達が昇ってきた。

彼らは俺達の下、約5mほどの場所で立ち止まり、いきなりこう叫んだ。


「我らは薩摩藩特使としての命を受けここに来た次第である。昨日のエゲレス艦隊への砲撃はまったく持って感服いたした。ついてはその礼を言わせて欲しいのだが」


あれ?幕府の特使とは何だか違う感じだぞ。でも偉そうな態度は同じだな。


「皆さん、ようこそいらっしゃいました!私達は皆さんを歓迎します!さ、どうぞどうぞ、ここ、足元が揺れますから気を付けて上がってくださいね!」


幕府の特使の時とまったく同じように、川村は満面の笑みで彼らに呼びかけた。


川村の返答を聞くな否や、薩摩藩一行はドカドカとタラップを上り始める。


「はい、じゃあ取り合えず椅子と机を用意してありますのでそこで話しましょう!こちらです、さあどうぞ!」


俺達の後から薩摩藩の連中がゾロゾロと付いて来る。俺はチラチラと後ろを見て彼らの様子を伺いながら歩いたが、見たことも無い空母の船内を目の当たりにし、彼らは子供のような表情で周りを見ている。これも幕府の連中の時とまったく同じだ。


飛行甲板に到着し、彼らをテーブルに案内した。テーブルに着いたのは幕府の時と同じく3名。他の者は後ろに立っているが、銃は持っておらず、腰に長い刀を挿している。


「ようこそ当艦へいらっしゃいました。私は川村と申します。右が田島、左に居るのが飯田、吉野です、よろしくお願いいたします」

川村が相変わらずにこやかに挨拶をする。やっぱり慇懃無礼な感じだ(笑)

テーブルの前に座っている薩摩藩の3人はかなり緊張しているようで、右側に座っている細面の男は常に貧乏ゆすりをしており、真ん中の太った男はしきりに汗を拭いている。左側の小柄な男はせわしなくあたりをキョロキョロと見回している。


「あ、え、えー、私は西郷隆盛と申す。こちらは小松清廉、そしてこちらは大久保利通であります。どうかお見知りおきをお願いしたく」

真ん中の太った男が引きつった笑顔で自己紹介した。

えっ!?!西郷隆盛?小松清廉?そして大久保利通!これって歴史上の有名人じゃんか!

マジか!?俺の目の前に座っているのが西郷隆盛!?


「昨日のエゲレス艦からの砲撃により、あやうく甚大な被害を被るところであったが、貴艦の砲撃によって難を免れた事、島津藩主に代わってその礼を言わせていただきたい。誠に感服いたした」


テーブルの前に座る3人は立ち上がって深々と頭を下げた。幕府の特使とはえらい違いだ。


「まあまあまあまあ、頭を上げてください。市街地が砲撃されていたので放っておけなかったので・・・あれ?・・・それにあれくらいの大した事のが、えー、大した事ではないので礼には及びません」


いきなり歴史上の有名人に頭を下げられたからか、慌てた川村は言葉がしどろもどろになってしまっている。


「貴殿達は何処の軍隊であるか?誠に流暢な日本語を話されるが・・・それにまるで見たことも無い先進的な船であるが、これは貴殿の国で建造されたのですかな?」


「あ、えー、私達は、あー、自衛隊と申しまして、その、何と言えばいいか・・・に、日本の軍隊でですね、あ、軍隊って言っちゃダメか、日本国民を守るための部隊なんですが、えー、お分かりになりますか?」


川村が話すとその場に一瞬の沈黙が・・・そして次の瞬間、薩摩藩の全員がいきなり笑い出した。


「わははは、な、何を仰るんですか!日本の軍隊?いやいや、ここは日本でごわす!現在の日本の何処にもそのような軍隊は存在しておらんです!いきなりそのような冗談を!わははは!」


だよな。そんな事言われたって信じようが無いよな。


「いやいや、私は冗談なんか言ってません。我々は本当に日本から来たのです、未来の」


「・・・は?今、何て言ったんですかな?」


「私達は、未来の日本から来ました」


「・・・・・わはははは!そ、そんな真面目な顔して言わんでください!もう冗談はいいですから!わはははははは!」


テーブルの前に座っている西郷、小松、大久保がゲラゲラ笑っているのにつられ、後ろに立っている男達も堪えきれずに笑い出した。

こんなに笑っているのを見ると、こっちまで何だか可笑しく思えてニヤニヤしてしまう。横に居る田島を見ると、下を向いて必死に笑いを堪えている。


「はぁ~・・・仕方ないな・・・こちら川村、CIC大谷、感明送れ」


「こちら大谷、感明良し、送れ」


「大谷、朝倉にF-35でちょっとデモンストレーションやってくれないかと伝えてくれ、送れ」


「了、朝倉さんに伝えます、おわり」


川村が大谷へ連絡すると、すぐにF-35のエンジンが始動した。薩摩藩の男達は何事かとF-35の方を一斉に見ている。エンジンの回転数が上がり、キーンと言う爆音と共にF-35が飛行甲板の上をゆっくりと動き出し、僅かな滑走距離で空母から離陸していく。F-35はそのまま真っすぐに飛行すると数キロ先で反転し、真っすぐこちらに向かって来ると爆音と共に俺達の頭上を通り過ぎ、今度は左方向に大きく弧を描いて飛び、グルグルと機体を回転させた。それを見つめる薩摩藩の連中はポカーンと口を開けて呆けたような顔をしている。小松清廉に至っては開けた口から涎を垂らしているが、目の前の光景に気を取られて気づいていないようだ。

朝倉の操縦するF-35はその後も曲技飛行のようなデモンストレーションを行い、船尾近くの飛行甲板に垂直着陸した。


「どうですか?あのような物が今の日本に存在しますか?いや、世界のどこかに存在しますか?」


川村が問いかけるが、テーブルの前の3人はまるで放心状態のような様子で口をあんぐりと開けたままだ。

そりゃそうだ。まだこの時代には飛行機すら世界のどこにも存在していない。アメリカのライト兄弟が初の有人飛行を行ったのが1903年。まだ30年以上も先の話なのだ。


「あ、あ、あれは、何と言うモノですか?わっぜやぜろしかとぉー!(メッチャうるさいっすねー)」

大久保がやっと声を発した。


「あれは、飛行機です。あの飛行機は、音より速い速度で飛ぶことが出来るんですよ。ゆっくり飛んでも東京・・・あ、江戸から鹿児島まで1時間くらいですね」


「い,1時間!?」


「もっと速く飛ぶことも出来ますが、燃料が持たないもので・・・まあいいか、とにかく、これで私達が未来から来たという事を信じてもらえますか?」


川村の言葉に、3人は何やらヒソヒソと話し合っている。


「川村殿、我々は心底たまげた!ほんのこち驚いた!まるで夢を見ているようだ。未だに信じられん。ぜひとも当藩藩主の目の前でもう一度披露してくださらぬか?」


「もう一度、ですか・・・まあいいですが、その代わりと言っては何ですが、ひとつお願いがありまして・・」


「何でありますか?我々にできる事でしたら良いのだが」


「お恥ずかしいハナシなのですが、実は食糧が切れかかっておりまして・・・少しで構いませんので融通していただけると助かるのですが」


「は?食糧?そ、そんな物でよろしいのですかな?それくらい幾らでも用意いたしますわ!帰ったらすぐに用意させましょう。心配なさらずに待っていてくだされ!」


「ありがとうございます!助かります!」


「お安い御用です!それでは我々は帰ります。今日はほんのこちあいがとさげもした」


薩摩藩一行が帰った後のその日の午後、小型の帆船が3隻ほどやって来た。

先頭の船の甲板には先ほど特使として来た小松清廉の姿が見える。


「食い物を持ってきましたー!ハシゴを下ろしてくれますかいのー!」


小松清廉は両手を大きく振りながら大声で叫んでいる。

俺と田島はセカンドデッキへ走り、乗降タラップを下ろした。すると帆船がすぐさま横付けされ、木箱やズタ袋を抱えた逞しい男達がドカドカとタラップを上がって来る。

セカンドデッキの一角は見る見るうちに食糧で一杯になった。


「いやあ、こんなに沢山用意していただいて、本当に申し訳ないです、ありがとうございます!」


田島が礼を言うと小松清廉は懐から綺麗に畳まれた和紙を田島に渡した。


「これは当藩主からの親書でごわす。それからこの食い物の件は気にせんでくだされ、これくらいほんのこちお安い御用ですけん」


「これでやっと腹いっぱい美味い飯が食えます!ありがとうございました!」


俺と田島は礼を言い、深々と頭を下げた。


「あんたらは・・・やっぱり日本人なんですなあ・・・」


小松清廉は微笑みながらしみじみとつぶやき、自分も深くお辞儀をしてからタラップを降りて行った。



--------- CIC 午後18時 ---------


艦橋で見張りについている朝倉以外の全員がCICに集まり、テーブルの周りに集まっている。

テーブルの上には薩摩藩からの書簡が広げられていた。


「何て書いてあるんだ、コレ?」


書簡には毛筆で書かれた文章が書き連ねられているが、例のアルファベットと数字の羅列・・・こちらの世界の文字であるため、俺達にはまったく理解できない。


「参ったな・・・あ、そうだ、ひばりちゃんなら読めるんじゃないか?こっちの世界の人間だし。ひばりちゃん、コレ、読める?」

川村が書簡をひばりちゃんに渡すと、それを食い入るように見つめるひばりちゃん。


「えっとぉ、昔の言葉なので分からない所もちょっとだけあるんですけど、大体読めますよ。えーっと・・・この度はエゲレス艦隊の艦砲射撃から我が島津家領地を庇保された件、感謝の念に絶えなく候。ついてはここに米10俵、農作物8貫、魚介類8貫、塩3貫、を贈呈す。また、歓迎の印として明日午ノ刻、島津家宮中にて歓迎の儀を執り行いたく候。巳ノ刻に当家艦船にてお迎えいたしたく候・・・だそうです」


「明日、歓迎会をやるから来てねー!ってことですよね?これ」

「私達、行かなきゃならないのかな?」

「バックレたら怒りますかね?」

「美味いもん、食えるんですかね?」

「着いたとたん、全員捕まっちゃうとか・・・」

「おもしろそうじゃん!行きたい行きたい!」


皆、それぞれ自分勝手にわいわい言い出した。


「歓迎の儀か・・・そう言えば彼らが来た時、藩主にF-35が飛ぶのを見せて欲しいとか言ってたな・・・でもこの”午ノ刻”って一体何時の事なんだ?だれか分かるか?」


川村が険しい表情で書簡を見つめながらつぶやく。


「あの・・・それって昔の、江戸時代の時刻ですよね、十二支で時間を表してるんです」


美月がそう言いながらホワイトボードに何やら書き始めた。


「えっとぉ、午前0時が”子”、それから2時間ごとに干支が割り振られているので午前2時が”丑”、午前4時が”寅”、6時が”卯”、8時が”辰”、10時が”巳”、そして正午の12時が”午”。だから”午ノ刻”はお昼の12時ですね。それと”巳ノ刻”は午前10時ですから、『正午に歓迎会をやるから午前10時に迎えに行くよー!』って事だと思いますよ」


「おおー!美月すげぇな、何でそんな事知ってるんだ?」


「私、小学校で5年生の担任なんですけどね、転送される直前にちょうど歴史の授業で『江戸時代の庶民の生活』って内容をやったんですよ、だから覚えてたんです」


そう言えば美月は学校の先生だったんだ。こっちの世界に居る美月しか知らないから、いつも明るくてふわっとしててちょっと世間知らずなお嬢さんってイメージしか無かったけど、元の世界ではそれなりにちゃんと先生してるんだな。


「電磁波発生装置の故障原因もまだハッキリしないし、しばらくはここに居る事になると思う。そうなるとこのまま外界と何の関わりもなくここに居座るって訳にも行かんだろうしな。この世界のこの時代の状況も知っておく必要があるし、これを機に薩摩藩と話してみるのも良いかもな。明日の正午か・・・先方は迎えを寄越すと言ってるようだが、完全に彼らを信用するのもなぁ・・・仮に彼らの用意した船と馬か何かで行くとしても、トランシーバーじゃ空母と連絡が取れないな、かと言ってイーグルの無線機を外して担いで行くわけにも行かんし・・・大谷、この地図のここ、この町の岸壁に桟橋があるだろう?ここにこの空母、横付けできんかな?」


川村はテーブルの地図の鹿児島湾の一点を指差した。


「えーーー!ここに停めるんですか?ムリですよ!この空母だったら最低でも水深15mは無いと・・・あそこだと多分10mも無いんじゃないですかねぇ・・・」


「そうか、まあそうだよな・・・出来る事なら彼らの迎えではなく、イーグルで行きたいんだけどなぁ・・・・・・あ!そう言えば、この艦にエルキャック(エア・クッション型揚陸艇)積んでなかったか?」


「ああ、ありますよ、”おおすみ”に積んでいたのと同じ型です」


「よし!それにイーグルを積んで上陸しよう!田島と大谷、すまんがエルキャックが稼働可能かどうか点検してきてくれないか?」


「はい!」


田島と大谷がエルキャックの点検をするためにCICから出て行った。


「さて、明日の歓迎の儀に参加するメンバーだが、俺と田島、それから吉野さんにイーグルの運転をお願いするとして、あとは読み書きができるひばりちゃんと、体力自慢の飯田君、朝倉はF-35でデモンストレーションの為に待機していてくれ。それ以外は留守番だな」


「えーーっ、私も行きたいですよー!絶対にごちそうが出るに決まってるでしょ!私も行きたいですー!」


凛子が口を尖がらせて駄々をこねる。君は変なところで子供みたいになるんだな。


「まあまあ、今回は初めてだし、この艦を留守にさせるわけにも行かんしな、今後も上陸する機会があるはずだから、次回の楽しみと言う事にしておいてくれんか?な、すまんな、凛子」


「ちぇっ・・・、は-い、わっかりましたぁ」


「よし、じゃあ明日の上陸組は俺と田島。飯田君と吉野さん、ひばりちゃんだ。この後は俺達自衛官と吉野さんはイーグルとエルキャックの点検と明日の段取りを行う。それから凛子は引き続き石田のサポートをしてやってくれ。そして飯田君と美月、ひばりちゃんは今晩の夕食の準備!久しぶりのマトモな食材だからな、美味いもん頼むぞ!じゃあ解散!」



川村の号令の後、俺と美月はひばりちゃんを連れてキッチンに向かった。さすが空母のキッチンだけあってとにかくデカイ。いや、デカイなんてもんじゃない。

本来であれば2000人分の食事を賄うキッチンなのだ。そこに今居る俺達3人。

まずは薩摩藩から持ち込まれた食材を冷蔵庫や保管庫に運ぶのに1時間以上掛かってしまった。もうこの時点でかなりヘトヘトだった。

俺とひばりちゃんはチート級の体力があるのでまだ平気だが、美月はかなりしんどかっただろう。


「美月、俺とひばりちゃんで運ぶからさ、美月は包丁とか、使う道具を準備しておいてくれるかな?」


「はーい、わっかりましたー」


美月はちょっとホッとしたような表情を見せて、パタパタとキッチンの奥に走って行った。


「あの、飯田さん、夕飯って何作るんですか?私に手伝えるかなあ?」


ひばりちゃんが不安そうな表情で聞いてきた。


「そうだなあ・・・せっかく新鮮な魚介類がいっぱいあるけど、このままじゃ冷凍しないと持たないしな・・・もったいないから今日は刺身づくしにしよう!ひばりちゃん、お刺身食べるでしょ?」


「おさしみ???おさしみって何ですか?」


「へ?刺身、知らないの?何で?」


「何でって言われても・・・何なんですか?おさしみって」


「ひばりちゃんの世界では無かったの?お刺身」


「聞いたことありませんねー、どんな料理ですか?」


「まあ料理って言うかさ、魚を捌いて生で食べるんですけど」


「え゙~~~!!!な、生で食べるんですか!?魚!」


「え?食べるよ。ひょっとして、ひばりちゃん、生で魚を食べたこと無いの?」


「生でなんて食べませんよ!無理無理、ぜぇーったい無理!」


「いや、新鮮な魚はぜぇーーったい刺身でしょう!生でしょ!」


「飯田さんの世界の人達って、生で魚を食べるんですか?」


「食べるね」


「キモ・・・」


「いや、美味いって、ひばりちゃんも食ってみ!美味いから」


「ムリムリムリ、絶対ムリ!」


「そうかぁ、もったいないなあ、こんなに新鮮な魚が山ほどあるのに。じゃあ焼いたら食える?」


「はい、焼き魚は大丈夫です」


「じゃあさ、ひばりちゃん用に焼き魚も用意するよ。あ、こうなったら煮魚も作っちゃおう、魚三昧だ!」


魚介類の入った木箱を3箱ほどテーブルの上に並べ、蓋を開けるとその中にはかんぱち、アサヒ蟹、とこぶし、きびなご、イカ、タコなどがぎっしりと詰まっている。


「うわぁ!すごいすごい!飯田さん、これ、どうやって料理します?やっぱお刺身ですよねっ!絶対お刺身だ!わーい!ひっさしぶりの、おっさっしっみー!くぅ~~、楽しみぃー!」

美月が本当に嬉しそうに目をキラキラさせて喜んでいる。その横でげんなりした表情のひばりちゃん。


「じゃあ俺が魚を捌くからさ、美月とひばりちゃんは・・・あ、いや、ひばりちゃんだけでいいや、ひばりちゃんはあっちにグリルがあったと思うから、そこで魚を焼く準備をしてくれる?」


「はーい」


「美月は・・・えーっと、そこでお湯沸かして」


「飯田さん、何で私はお湯沸かすだけなんですか?そりゃ確かに私って料理下手ですけど、お湯沸かすだけって酷すぎません?」


「じゃあ魚捌くの手伝ってくれる?」


「えっ・・・さ、捌くの・・・い、いいですよ、手伝いますよ、やった事無いけど、飯田さんに教えてもらいながらだったら出来ますよ!魚捌くんでしょ!出来ますよ!それくらい!簡単だよ!」


「ふーん、そうなの?じゃあ手伝ってね。ではまず・・・このかんぱちを捌こうか。まずこのヒレのすぐ横からこう包丁を入れて、反対側もこうして・・・お腹のこの辺りに包丁を入れてズバーッと割いてハラワタをこう・・・引っ張り出して・・・お腹の中を水で洗って・・・そしたら尻尾の方から包丁を入れて・・・お腹のこの辺りに入れてバリバリっと骨を切りながらこう・・・で、反対側も同じようにこうやって・・・はい、三枚に下せました。じゃ、美月やってみ」


「・・・・・・・・・」


「どーしたの?やってみ(ニヤニヤ)」


「わっかりましたよ!やればいいんでしょ!」


美月は慣れない手つきで魚を捌き始めた。が、初めてで上手く出来る筈もなく・・・


「いや、そうじゃなくて、もっと後ろの方から切らないと・・・」


「ちょっと飯田さんは黙っててください!気が散る!」


「あー、はいはい」


「やったー!できたー!」


美月が初めて下した魚は、それはもう無残な姿で・・・


「美月さん、魚ってね、通常は三枚に下ろすんだけど・・・これって20枚くらいになってない?つーか、もはやスプラッターですね」


「うーん、でも魚は魚じゃん、この方が小さくって食べやすいじゃん」


アンタ無茶言うなあ・・・しゃあない、これは包丁で叩いてなめろうにでもするか・・・


「じゃあさ、魚捌くのは俺がやるから、美月はカニ茹でてよ。あそこにおっきな鍋があるじゃん、あれでお湯沸かしてカニ茹でて」


「はーい」


やっぱり包丁を使うのは無理だと分かったようで、今度は素直にお湯を沸かしに行く美月。


その後、俺は一人で魚やイカを捌いて刺身を作り、余った魚を焼き魚用と煮魚用に切り身にし、同時に米を炊きながら味噌汁を作り、煮魚を煮ながら美月が茹でているカニの様子とひばりちゃんが焼いている魚の様子を見て・・・

って、ほとんど俺1人でやってるじゃん!

大方の料理が出来上がり、テーブルに料理を並べ始めたころに皆がギャレーに集まって来た。


「おおー!すげー!刺身じゃん!」

「刺身!ひっさしぶりー!」

「うわあ、おいしそう!煮魚やカニもあるー!」

「お腹空いたぁー!早く食べようよー!飯田っち、まだー?」


すべての料理を作り終え、俺と美月、ひばりちゃんもテーブルに着いた。


「それじゃ、いっただきまーす!」


「あー・・・自衛隊の缶詰以外の食事、久しぶり・・・」

「うめー!このかんぱち、脂のっててうめー!」

「これ飯田君と美月とひばりちゃんの3人で作ったのか?すごいな!めちゃ美味いぞ!」

「はい、3人で頑張って作りました!」


いや、ほとんど俺1人で作ったけどね・・・


首から上しか動かせない石田の為に、石田の両脇に座った凛子と美月が甲斐甲斐しく料理を食べさせてあげている。


「石田さん、どうですか?久しぶりに食べる故郷の味は?」


「うん、まさかこんな場所で鹿児島の味に出会えるとは思わなかったですよ・・・このかんぱちのなめろう、美味いなあ。これ、ばあちゃんがよく作ってくれたんですよ」


「でしょーー!美味しいでしょーー!これ、私が作ったんですよー!」


いやいや、美月、君はただ魚を・・・


「そうなの?これ美月が作ったの?どれどれ・・・」

田島がなめろうをひと口つまむ。


「おっ、おおお!うめぇな!マジ美味いよ!美月って料理も結構出来るじゃん!」


「えへへ、あっりがとうございまーす!」


いやいやいや、『あっりがとうございまーす』じゃないだろ!キミは魚をスプラッター化しただけでしょうが。


何はともあれ、久々のまともな食事、それも新鮮な魚介類が山盛り。

全員が、いや、ひばりちゃん以外は嬉々として食いまくった。

あんなにたくさん用意したのに皆であっと言う間にほとんど平らげてしまった。


「いやー、食ったー!腹いっぱいだ!」

「これから暫くはこれが食えるかと思うとごきげんだな!」

「あのー、川村さん、明日の詳しい予定とかどうなってるんですか?」


俺は明日の事が気になって川村に聞いてみた。



「おう、ちょうど今話そうと思ってたところだ。明日の予定だがな・・・まず10時に迎えが来る事になっているだろ?上陸組はその迎えの船には乗らず、エルキャックで陸へ向かう。エルキャックにはイーグルを積んでいくから、陸に着いたらイーグルに乗り換えて現地へ向かう。何かあったらイーグルの無線で呼ぶから、空母側の無線も常時スタンバイしていてくれ。それから恐らくF-35を見たいと言いいだす筈だから、朝倉はいつでも離陸できるように準備していてくれ。デモンストレーション飛行と言ってもただ単に屋敷の上空を飛んでくれるだけでいいぞ。特にアクロバット的な飛行はしなくていい、燃料がもったいないからな。宴会が済んだらすぐに帰投する。危害を加えられるような事は無いと思うが、上陸組は防弾チョッキと鉄帽を必ず身につけてくれ。もちろん武器も携行してくれ。以上だが、何か質問はあるか?」


「あの、彼ら”歓迎の儀”って言ってましたよね?俺が思うに、歓迎の儀ってのはタテマエで、何か思惑があるように感じるんですが・・・例えば、この艦の武力を使って何かして欲しいとか・・・」


俺は何か腑に落ちなかった。彼らにしたら圧倒的な武力を見せつけられた相手と仲良くなっておいた方がいいに決まっているが、ただそれだけでは無いような気がする。


「飯田君、確かにその通りだ。世界は違えど、明治維新直前のこの時勢だ、この艦の武力があれば野心が沸いて来るのも致し方ない事かもしれない。まあ、何か頼まれてもすぐに返事はしないつもりだ。いくら他の世界の事とは言え、簡単に歴史を変えてしまうような事は避けたいからな」


歴史を変える・・・

俺達の動き方によっては、この世界の歴史を変えてしまう事になるかもしれない。

いや、ひょっとしたらもう変わり始めているのかも・・・俺達がここに現れた瞬間から。

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