第49話 幕府海軍

「飯田さん、すごいよ!すごい数の船だよ!」


俺と美月は艦橋のメインブリッジで見張りをしていた。

俺達の空母は周りを大小様々な船に囲まれており、それはまるで地面に落ちたパンに群がるアリの様だ。

狭い鹿児島湾に見たことも無い形の巨大な船がいきなり現れ、あっという間にイギリス艦を沈没させていまったのだ。大騒ぎになっても仕方ない。


「飯田さん、見て見て!あそこ、あの小さい船で何か売ってるよ!」


美月の指さす方を見ると、鍋やら食器やらを満載した小さな手漕ぎ船が集まった船の間を縫うように動いている。良く見るとその船の上で何か調理しており、それを周りの船に売り歩いているようだ。


「すげえな!何売ってるのかな・・・あ、うどん茹でてるぞ!うどん売ってるんだ!」


商魂逞しいと言うか、抜け目ないと言うか・・・でもあのうどん、ちょっと美味そうだ。


そしてその小さな船達の後方から黒い船体の大型船がゆっくりとこちらへ向かって来るのが見えた。

双眼鏡で確認すると、その船は船体中央に突き出た煙突からもくもくと黒い煙を吐き出しながら、左右にある転輪が水しぶきを上げながら回転している。船体上部には大きなマストが3本設置されており、ひときわ高い中央のマスト最上部には日の丸の旗がはためいていた。


「美月、あの黒い大きな船、見える?」


「うん、何だか他の船とは違う感じだよね。あの船、こっちに向かって来てるんじゃないの?」


俺はすぐさまブリッジのコンソール上にある警報のスイッチを押した。ジリリリとベルの音が艦内に鳴り響く。事前の打ち合わせ通り、全員がこのブリッジにやって来るはずだ。


「どうした?何かあったか?」

すぐに川村と田島、大谷がやって来た。


「あそこ、こっちに向かって来る黒い大きい船、見えますよね?あの船に日の丸の旗が揚がってるんですよ。特使じゃないかと思うんですが・・・でもですね。薩摩藩の特使だとしたら島津家の旗が揚がってると思うんですけど、島津家の旗、見当たらないんですよ」


「島津家の旗?」


「はい、薩摩藩の領主って島津家の事なんですけど、島津家の旗って島津家の家紋なんです。丸に十字って旗で・・・」


俺は高校で習った近代史の授業を思い出していた。数学や物理、化学なんかはまるで不得手だったが、歴史、ことさら近代史にはすごく興味があり、幕末から大正、昭和初期にかけての近代史の授業がとても好きだった。生まれて初めて学校の授業が楽しいと思ったくらいだ。だからその近代史の授業に出てきた薩摩藩(島津家)の事はよく覚えていたのだ。


「飯田君、そんな事よく知ってるなぁ」


「あはは、近代史が好きで覚えてたもんで」


やっぱり勉強はしておくものだ。いつどんな時に役に立つか分からない。


「でもあの船にはその島津家の旗は掲げられていないんだろ?じゃあどこの船だ?」


「日の丸って事は、たぶん幕府海軍の船じゃないんですかね?」


「幕府海軍?って江戸幕府の海軍だよな、つー事はあの船は大砲を積んどるな・・・至近距離で撃たれたらヤバイな」」


「え?この空母、あんな蒸気船の大砲でやられちゃうくらい弱いんですか!?」


「飯田君、現代の軍艦ってのはな、装甲がペラペラなんだ。分厚い装甲の重い戦艦を造っても対艦ミサイルには敵わないだろ、だったら”ミサイルを撃たれても自分に当たる前に叩き落として防御する”って考え方なんだ。だからあんな蒸気船の大砲でも当たったらこっちの船体に穴が空く」


へえー、そうなんだ。知らなかった。こんな大きい航空母艦なら、ちょっと撃たれたくらいじゃビクともしないような分厚い装甲なんだと思っていた。


「飯田君、足とケツの具合はどうだ?」


「まだちょっと痛いですけど、普通に歩いたり小走りするくらいだったら全然問題ありません。飛行甲板の端から端まで全力疾走しろ!って言われたら考えちゃいますが」


「そうか、それでは俺と田島、飯田君と吉野さんの4人であの船を出迎える。大谷はCICで状況を見張っててくれ、何かヤバい動きがあったらインカムで知らせる。他の者は飛行甲板の艦橋横にテーブルと椅子を準備してくれ。準備が終わったらブリッジで待機。朝倉は何かあった時のためにF-35に乗機して待機していてくれ」


川村と田島、そして俺と吉野は第二甲板に向かった。川村と田島が右舷中央部の開口部にある折り畳み乗降タラップを下ろす。

黒い蒸気船がこちらに向かってゆっくりと近づいて来る。双眼鏡で見ると、甲板前部には5~6名ほどの人影が見え、その中の何人かは仁王立ちでこちらを見ている。


「川村さん、何か物々しい雰囲気って言うか・・・彼ら殴り込みにでも来るんでしょうかね?」

船が近づくにつれ、甲板に立っている人間の表情も伺えるようになってきた。全員、苦虫をかみ殺したような表情と言うか・・・まあ、少なくとも合コンに来た、って感じではない。


「よし、みんな、手を振るぞ!おもいっきり笑顔で!満面の笑顔で手を振るぞ!せーの!」


川村の掛け声で、俺達は両手を挙げてユラユラと手を振った。満面の作り笑顔で。俺は内心”なにヤッてんだかなぁ”って感じだったが。


蒸気船はおよそ50mくらいの全長だろうか?この空母と比べるとかなり小さく感じられる。俺達の空母から約200mほどの場所に停泊し、クレーンの様な物で小舟を船から下ろしている。あの小舟に乗ってこちらへ来るのだろう。

船首と船尾付近には大砲が設置されており、船首左舷と船尾にある4門の砲身が真っすぐこちらに向けられている。


蒸気船から降ろされた小舟がタラップの元に停船し、まず3人の男がタラップをどかどかと上がって来る。その後にも数名、いかついガタイの男達が昇ってきた。

彼らは俺達の下約5mほどのタラップ上で立ち止まり、いきなりこう叫んだ。


「我らは江戸幕府特使としての命を受けここに来た次第である。これより貴艦に対して検閲を行う!抵抗した場合は取り押さえ、投獄する所存であるから肝に銘ずるべし!」


はぁ?コイツら何言ってんだ?

イギリス艦の砲撃で町が火の海になるのを助けてやったのはこっちだぞ!何だよ、検閲って。


「川村さん、こいつら本気で言ってんですかね?どうします?」


「まあまあ飯田君、そうカッカしなさんな。取り合えず乗艦してもらって話をしてみようじゃないか」


川村はやつらの恫喝もどこ吹く風と言った感じで、相変わらずニコニコしている。そしてまるでホテルの支配人のような感じで彼らに呼びかけた。


「皆さん、ようこそいらっしゃいました!私達は皆さんを歓迎します!さ、どうぞどうぞ、ここ、足元が揺れますから気を付けて上がってくださいね!」


川村の態度に、彼らは拍子抜けしたような表情を見せ、お互いに顔を見合わせている。一瞬戸惑った後、またドカドカとタラップを上り始めた。


「はい、じゃあ取り合えず椅子と机を用意してありますので、そこで話しましょう!こちらです、さあどうぞ!」


俺達の後から幕府の連中がゾロゾロと付いて来る。俺はチラチラと後ろを見て彼らの様子を伺いながら歩いたが、見たことも無い空母の船内を目の当たりにし、彼らはまるで子供のような表情で周りをキョロキョロと見ている。


飛行甲板に到着し、彼らをテーブルに案内した。

テーブルに着いたのは3名。他の者は後ろに立っているが、手には長い銃を携えている。銃身後部にレバーのような物が取り付けられている事から、おそらく前装式(前から火薬と弾を込める)のエンフィールド銃だろう。


「ようこそ当艦へいらっしゃいました。私は川村と申します。右が田島、左に居るのが飯田と吉野です、よろしくお願いいたします」

川村が相変わらずにこやかに挨拶をする。が、どことなく慇懃無礼な感じだ(笑)


「先ほども申したように、我々は幕府の特使である。軍艦奉行の命により、これより貴艦に対する検閲を行い、後にこの艦を接収する。乗員は速やかに投降するよう、ここに申し渡す!」

3人の内の真ん中に座っている髭を生やしたギョロ目の男が吐き捨てるように言い放った。

接収?

この艦を明け渡せって事か?

こいつら、マジで言ってんのか?


「今、何て仰いました?」

川村が先ほどと同じ穏やかな口調で聞き返す。だが、その目は笑っていなかった。


「検閲の後、この船は幕府が接収すると言っておる!乗組員は今すぐ全員ここに出頭せよ!抵抗する場合は取り押さえる!」

男の掛け声とともに後ろに居た男達が俺達に向けて銃を構えた。

俺と吉野も持っていた小銃を咄嗟に構える。俺達はテーブルを挟んで銃を構え合い、飛行甲板上は一気に一触即発のピリピリとした雰囲気に包まれた。


「相手の事情を聞こうともせず、いきなり乗り込んできてその言いぐさは何事かっ!我々はそちらの命令に従う筋合いは無い!ましてやこの艦を明け渡すつもりなど毛頭無い!速やかにこの艦から下船せよっ!」


川村が激しい口調で怒鳴ると、前に居る3人が一瞬怯んだような表情を見せた。だがすぐさま真ん中の髭ギョロ目が立ち上がるとこう言い放った。


「そのような妄言を吐いて後悔しても知らんぞ・・・よし!やれ!」


後ろに立っていた男たちの中の1人が飛行甲板の端まで駆けて行き、蒸気船に向かって大きく手を振った。すると蒸気船の舷側から突き出た大砲の砲身の先から閃光が発せられかと思うとドーンと言う花火のような音が聞こえ、ヒュルルル・・・と言う風切り音がこだました。


「え?なに?」


考える暇もなく、空母の船体に何かが激しくぶつかったような衝撃音と振動が飛行甲板から俺の足に伝わって来た。空母の右舷前方から黒い煙が上がっている。


「今のはほんのあいさつ代わりだ!次は一斉砲撃を行う!そうなる前に全員出頭し、この船を明け渡せ!」


勝ち誇ったように俺達を怒鳴りつける髭ギョロ目。

蒸気船の舷側には船首と船尾に4門づつ、計8門の大砲の砲身が見えている。次はあの8門の大砲を一斉に打つつもりなのだろう。


「こいつら、ふざけやがって・・・大谷、感明どうだ?送れ」

川村がインカムでCICの大谷を呼び出す。


「CIC大谷、感明良し、送れ」


「大谷、CICのモニターから蒸気船の大砲が見えるか?送れ」


「はい、確認できます、送れ」


「ファランクスで掃射できるか?送れ」


「掃射可能です、送れ」


「よし、まず朝倉に今すぐゴミを吹き飛ばすよう伝えてくれ。朝倉の離陸と同時にファランクスで蒸気船を掃射。送れ」


「了、F-35離陸と同時に蒸気船に向けてファランクス掃射します、おわり」


川村と大谷の会話が終わるや否や、飛行甲板後方に駐機していた朝倉の乗ったF-35のエンジンが始動した。コクピット後方上部とその機体下面にあるパネルが開き、短距離離陸のスタンバイに入っているのが見える。

すると右舷船主にあるファランクスの1基がブォーーーと言う断続音と共に火を吹いた。蒸気船の船首から船尾まで一直線に火花が走る。ファランクスから発射された20mmタングステンAPDS弾は蒸気船の側面をいとも簡単に打ち破り、重い大砲は床が抜けた船体から海の中へ水しぶきを上げてガラガラと落下した。

その光景を唖然とした表情で見つめる幕府の男たちの頭上に朝倉が操縦するF-35が僅かに機首を下に傾けながらゆっくりと超低空飛行で向かって来る。


「おい、みんな、何かに捉まれ!吹き飛ばされるぞ!」


田島の叫び声に俺達は艦橋付近のレーダー台座に咄嗟にしがみついた。

F-35のターボファンから出る突風がものすごい勢いで飛行甲板に吹き荒れる。その風で机や椅子、そして幕府の男達の何人かは飛行甲板から海へ落下していった。

F-35が通り過ぎると田島が吉野の銃を取り、飛行甲板上に残った幕府の男たちの元へ駆け出していく。まるで鬼のような形相だ。あんな顔の田島を見るのは初めてだ。

田島は飛行甲板の端で倒れている幕府の男達の元へ近づくと、男達の足元の飛行甲板に向けてパンパンと銃を撃つ。


「オラオラ!お前らぁ!早く出て行かんか!次は当てるぞ!早く行かんかぁ~!オラオラオラオラ!」


田島は男達を飛行甲板の端まで追い詰め、そして次は銃をフルオートにしてダダダダッと甲板を掃射した。


「ヒィ~ッ!」


男達はバラバラと飛行甲板から海へ飛び込んだ。海面まで約20mくらいの高さがあるが、俺達と比べて強靭な身体を持つこちらの人間なら死ぬ事はないだろう。


ファランクスの掃射を受けた幕府の蒸気船は左舷がボロボロになってはいるものの、沈没しそうな様子は見受けられない。

数か所でチラチラと火の手が上がっており、それを消火しようと数人の船員たちが必死に消火作業をしている。

朝倉が操縦するF-35が威嚇するように蒸気船の頭上スレスレを飛んでいった。

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