第48話 ひばりちゃん

「大谷、鹿児島湾の海図、テーブルに出せるか?」


「はい、ちょっと待ってください」


川村が大谷に指示すると、中央の作戦テーブルの上に鹿児島湾の俯瞰図が映し出された。


「GPSが無いから正確な位置は分からんが、この艦が居る場所はこのあたりだ。で、先ほどの目視で見た限り、イギリス艦はこの辺りに居るな・・・距離はおよそ2000mくらいか・・・この距離だとファランクス有効射程ギリギリだな。それからこの他にイギリス艦は6隻居るはずだよな。例の食料調達の件もあるし、ちょっと派手にアピールした方が良いかもしれん。対艦ミサイルを撃つのが簡単だが、それじゃイギリス艦が跡形もなく木っ端みじんになってしまう。と言う訳で、後の6隻のイギリス艦には朝倉にF-35を飛ばしてもらって、軽く機銃掃射してもらおう。あくまで軽~くだ。マジで撃ち込むとあの木造船なら火災を引き起こして沈没しかねない・・・・・田島、ちょっと甲板へ出て周りの様子を見て来てくれんか?船外カメラの映像だとちょっと分かりにくくてなあ」


「了」

田島が双眼鏡とメモ帳を持ってCICから出て行った。朝倉は早速パイロットスーツに着替え始めている。


5分ほどで田島がCICに戻って来た。


「イギリス艦はもうかなり沿岸に近づいてますね、沿岸の砲台からも散発的にイギリス艦に向けて発砲していますが、全然当たってないですね」


「よし、そろそろだな。全員対艦戦闘準備。朝倉君、スタンバイしてくれ、すぐに飛んでくれても構わん」


その時、艦の外からドーンと言う鈍い音が聞こえた。

CICのモニターに映し出された映像では沿岸近くに停泊しているイギリス艦から白い煙が吐き出されている。すると沿岸の街並みに黒い煙が立ち昇った。


「始まったぞ!大谷、ファランクスを手動モードでイギリス艦を補足、赤外線レーダー使えるか?」


「赤外線レーダー照準よし!いつでも撃てます」


「F-35が飛び次第攻撃する」


艦の外からF-35のエンジン始動の音が聞こえ始めた。CICのモニターには、垂直離陸するために機体上部にあるリフトファンのカバーを開き、後ろの可変ノズルを下向きに下げた状態のF-35Bが映っている。エンジン音がかん高くなり、朝倉の操縦するF-35Bはゆっくりと垂直に浮上していく。


「よし、ファランクス、3秒のバースト射撃、撃ちー方はじめ!」

「3秒バースト、撃ちー方はじめ!」


空母右舷にあるファランクスの1基が火を吹く。

ファランクスの20mmガトリング砲から発射されたタングステンAPDS弾が沿岸に停泊してる黒いイギリス艦に命中すると、イギリス艦からすぐに火の手が上がった。


「よし、命中したな。しばらく時間をおいて、船員が避難するのを待とう」


このような本格的な戦闘になると俺達一般人はただ黙って見ているだけだ。

CICにあるモニターには船外カメラからの映像ががリアルタイムで映し出されている。

そのモニターのひとつに朝倉の操縦するF-35がイギリス艦に向けて機銃掃射をしている様子が小さく映っていた。


何気なしに後ろを振り向くと、吉野とひばりが並んで座っていた。ひばりはモニターの映像を食い入るように見つめている。


「あれ?吉野さん、彼女、休んでなくていいんですか?」

「そうなんですけど、この子がどうしても戦闘の様子を見たいって」


変わった子だなぁ。これくらいの年の女の子だったらこんな事には全然興味無いんじゃないか?

ひょっとしてミリオタか?いや、そんな感じには見えないしなあ。


「あの、ひばりちゃん、これ見てて面白い?ひょっとして軍艦とかヒコーキとか好きなの?」

俺はまた泣かれちゃ困ると思い、できるだけ優しい口調で尋ねてみた。


「はい!興味あります!この船ってすごいですよね。私が居た軍にはこんな船やあんな回転翼の無い飛行機無かったです。それにさっきあの映像板に映ってた多重連射銃、すごいです!あんな少ししか撃ってないのにあの黒い船が一瞬で火事になっちゃって・・・それにこの部屋の中ってこんなにいっぱい映像板があって、その机にも地図が映ってて・・・あと、何で船の中なのに暑くないんですか?夏なのに」


そうか、彼女にしてみれば見たこと無い物だらけなのだ。あっちの世界ではエアコンは無かったし、コンピューターもごく限られた政府の施設に数台あるのみだと院長先生から聞かされていた。

飛行機だってプロペラで飛ぶヤツしか無かったしな。


「あのね、この船の中には熱い空気を冷たい空気に変換する機械があるんだ。だから夏でも部屋の中が涼しいんだよ。そこのトビラの上に四角い穴があるだろ?そこの下に手をかざしてごらん」

ひばりはいぶかしげに換気口の吹き出し口の下に手を伸ばした。


「あっ!冷たい風が出て来る!すごいすごい!何で?何で?」


「ひばりちゃんの世界よりも俺達の世界の方がちょっとだけ科学が進んでるんだ。この冷たい風を作る機械なんか、どの家庭にもあるんだ。それから・・・えっと、ちょっと待ってね」


俺はスマホをポケットから取り出し、画面を表示させてひばりに渡した。


「これ、なんですか?映像板?こんなに小さいん映像板があるんですか?これは何に使うの?」


「これはね、スマホ、あ、えーと、スマートフォンて言うんだ」


「スマートフォン?何に使うの?」


「君たちの世界に力素通話機ってあったでしょ?あの白いでっかい箱の中に入って遠くに居る人と話せる機械」


「はい、ありました」


「あれと同じようなモノで、これを使えば遠くに居る人と話せるんだ・・・まあそれ以外にも色んな事ができるんだけど」


「これが、通話機?こんなにちっちゃいのに?この中に力素の機械が入ってるの?」


「あ、いやいや、俺達の世界には力素は無いんだ。力素よりも便利な”電気”ってモノを使ってて、それで色んなことができるんだ」


「色んなこと?」


「うん、例えば・・・そうだな、君の世界にもコンピューターってあったでしょ?」


「こんぴゅーた・・・ですか?」


「あ、えーと、院長先生、コンピューターの事なんて呼んでたっけ・・・りきそ・・りきそさんすう、じゃねえな・・・なんだっけかな?力素算・・・」


「力素算術大棚ですか?」


「ああそうそう!それ!」


「ありますよ、実物は見たこと無いけど」


「その力素算術大棚が何時間もかかる計算を、このスマホなら一瞬で計算できるよ」


「えー?本当ですか?でもこれって通話機なんでしょ?」


「通話も出来るし計算も出来るし、他にも色んな事ができるんだよ」


「へぇー・・・あっ!なにコレ?なになになに?」


ひばりに渡した俺のスマホ画面でスクリーンセーバーが起動し、アクアリウムのアニメーションが映し出された。


「うわあ!キレイ!すごい!魚いっぱいだ!」


スマホの画面上で泳ぐ色とりどりの魚のアニメーションに、ひばりは目をまんまるくして驚いている。


「えー?なになに、どうしたの?」


横から凛子が割って入って来る。また何か面倒くさい事言わなきゃいいが・・・


「ひばりちゃん何見てんの?あースマホのスクリーンセーバーかぁ・・・ってソレ、気に入った?」


「はい!すごくキレイでかわいい!」


「飯田っち、ひばりちゃんがこんなにこのスマホ気に入ってるんだからさ、彼女にあげちゃいなよ!」


「えぇ~!?それは無理だよ」


「何でよ?」


「な、何でって・・・そんなコト言われても・・・」


「いいじゃん、スマホの1つや2つ、こっちの世界に居るんだから電話なんてかかってこないでしょ!ケツの穴のちっちゃい男だなあ!」


「凛子さぁ、そんな無茶言うなよ・・・何だか俺がものすごいドケチみたいじゃんか・・・」


「あのー、もし良かったら僕の携帯、差し上げましょうか?」

車いすに座っている石田がボソッとつぶやいた。


「えっ!?石田さん、いいんですか?」


「はい、個人用のスマホとは別に会社から支給されたスマホがあるんです。こんな事になっちゃって会社からの連絡もへったくれもないし、どうせ使わないんで。あの、凛子さん、車いすの後ろのポケットにスマホが入ってるんで取ってもらえます?」


凛子が石田の車いすのポケットをゴソゴソ探すと、まだ真新しいスマホが出てきた。


「わぁ、石田さん、これってまだ新しいですよね?これ彼女にあげちゃっていいんですか?」


「どうぞどうぞ、もう全然必要ないですから」


「よかったね、ひばりちゃん!はい、コレ」


凛子がひばりにスマホを渡すと、ひばりの表情がパッと明るくなった。


「わぁーーー!ありがとうございますぅ!大切にします!」


「よかったね、ひばりちゃん!ドケチな飯田っちとはえれぇ違いだな!」


「ななな何で俺がそんなふうに言われにゃならんのよ・・・」


ひばりは吉野にスマホの使い方を教えてもらっている。新しい機能を知るたびに嬉々とした様子でスマホを弄っている。


「ひばりちゃん、メッチャ嬉しそうだね」


隣で見ていた美月が俺の耳元で囁く。


「うん、やっぱりまだ子供だよな。あんな子が徴兵されるなんて、何だかなあ・・・」


俺達がのほほんとスマホを弄っている間、自衛官達は朝倉のF-35の動きやイギリス艦の様子をレーダー上で確認しながら、CIC内を忙しそうに動き回っていた。

本来は10名以上の隊員がCICに居るはずなのだが、今は4人で切り盛りしなければならない。そりゃ忙しくもなるだろう。


「よし、そろそろイギリス艦の乗員は避難した頃合いだな。じゃあもう一回ぶち込んで沈めるぞ。対艦戦闘準備!目標、イギリス艦、ファランクス3秒のバースト射撃用意」


「3秒バースト射撃準備良し」


「撃ちー方はじめ!」


「撃ちー方はじめ!」


CICのモニターに映し出されたファランクスがゴォーッという音と共に銃身から火を吹く。数百発のタングステン弾がイギリス艦に着弾し、イギリス艦からすぐに火の手が上がる。

みるみるうちにイギリス艦は左側へ大きく傾き、船尾からゆっくり沈没していった。


そのすぐ後、F-35のエンジン音が聞こえてきたかと思うとそれはどんどん大きな轟音となり、ひときわ音が大きくなったところでエンジン音が急に静かになった。朝倉が無事に着艦したようだ。

そしてその約10分後、朝倉がCICに戻って来た。


「朝倉君、ご苦労!どうだった、イギリス艦の様子は?」


「縦列隊形で航行していたので掃射は楽でした。本当に少し撃っただけなので火の手が上がった船は無いですね。あと、砲撃された沿岸の町の上空も飛んでみたんですが、火事はもう消火されていて大きな被害は出ていないようでした」


「よし、今日はここまでにしておこう。明日以降、薩摩藩から何らかのコンタクトがあるはずだ、それを待ちながら大谷と石田君は電磁波発生装置のトラブルの原因を探ってくれ。あ、凛子は石田君の手助けをしてやってくれるか。朝倉はF-35のメンテと燃料や弾薬の補給、俺と田島、森本は艦内にある武器弾薬と原子炉、機器の作動状況を調べる。吉野さんはひばりちゃんの面倒と、それから二人で今ある食料の量と種類を調べてくれ。飯田君はまだ撃たれた箇所が痛いよな?力仕事はきつそうだから、美月とふたりで艦橋のブリッジで周囲の見張りをしてくれ。それからこの船はやたら広い。みんな迷子にならないように気を付けてくれよな。それから飛行甲板には柵とか無いからな、海面は約20メートル下だ。落ちたら助からんと思ってくれ。それから本来この艦には3000名の乗組員が乗艦するんだが、今は俺達11名だけだ。船室は腐るほどあるから各自好きな部屋を使っていいぞ。緊急時には警報を鳴らすから、その際はすぐにCICに集合してくれ。もう一度言っておくが、くれぐれも海に落ちないでくれ!じゃ、本日は解散!」


その後、俺達は居住区にある食堂で食事を摂った。缶詰やレトルトの戦闘糧食だったが、思いのほか味が良く、また久々の日本の味に俺達は嬉々として食らいついた。

ただ、ひばりちゃんだけは神妙な顔つきで食べていたが・・・


食事を終えてから、各自の部屋を決めたのだが、俺達はわずか11人。本来ならば幹部が使う部屋を1人で使えると言う贅沢さ。と言っても所詮軍艦の船室であり、特に豪華で広いワケじゃないんだけど・・・

ひばりちゃんに撃たれた尻と足はまだかなり痛いが、自力で歩いて階段の上り下りをするくらいなら何とか我慢できる。

俺は医療室へ行って自分で傷口の消毒とガーゼを交換し、帰りに飛行甲板へ出てみた。

夏の生暖かい海風の中、沿岸の家々から漏れる灯りが遠くで灯る蝋燭の炎のようにチラチラと揺れている。

だだっ広い飛行甲板の右隅に朝倉のF-35Bが駐機しており、その横に座っている人影が見えた。

近づいて行くと、それは凛子と美月、吉野とひばりだった。何だ?女子会か!?


「あ!飯田っち、どしたの?」

「いや、別に・・・包帯替えたついでに外へ出てみようと思ってさ」

「そんなとこ突っ立ってないでこっち来て一緒に座りなよ!」

「あ、ああ・・」


俺は凛子に言われて彼女達の横に腰を下ろそうとした、が、足が痛くて思うように座れず、中腰の態勢で転んでしまった。


「あっ、イテテテ・・・」

「飯田っち、大丈夫!?」

「ダイジョブダイジョブ、これでももうかなり回復したんだ」

まだ自力で床に座るのはかなりキツイ。


「すみません、私が撃っちゃったから・・・本当にごめんなさい」

ひばりがまた泣きそうな顔で謝っている。いやいや、もういいって!また泣かれたんじゃ敵わないよ。


「本当に大丈夫だから!気にしなくていいからね、こんなのすぐに治るから、全然平気だからね、ね」


「そうだよ、飯田っちって何されても死なないからさ、この人顔面潰されてボコボコに殴られて後ろからナイフで刺されても死ななかったんだよ。ケツを撃たれたくらいじゃ何ともないよ!」


「凛子、お前なぁ・・・」


「うそうそ、飯田っちがそうやって頑張ってくれたお陰で、私達が今ここに居られるんだよ、分かってるって!感謝してます!スッゲー感謝してるって!」


「へぇー、凛子に感謝されるなんて意外だなぁ。まあいいか・・・でさ、話は変わるけどさ、ひばりちゃん、謝らなきゃならないのは俺達の方だと思うんだけど・・・戦闘中の出来事とは言え、俺達が君をここに連れてきちゃったわけで・・・君を元の場所に戻してあげられるかどうか分からないし、もちろん俺達も元の世界へ帰れるかどうか分からないんだけど、こんな事になっちゃって、本当に申し訳ない」


俺があの世界へ転送された時、本当に不安で怖くて、頭の中は絶望感でいっぱいだった。彼女もたぶん同じ気持ちだろう。異世界から来た人間と一緒にいきなり過去へ飛ばされて、得体の知れないでかい軍艦の中で戦闘に巻き込まれて・・・


「あの、私、大丈夫です」


サラッと”大丈夫”と言ったひばりの表情には、不安や戸惑いなど全く無いどころか、むしろスッキリした清々しさが感じられた。


「私、子供の頃にお父さんとお母さんが戦争で死んじゃって、それから孤児施設で育ったんですけど、あんまりいい思い出が無くて・・・本当は進学したかったんだけどダメだって言われて兵役に行くことになったんです。私が居た日本は自由が無くて、いつも外国に行きたいって思ってました。自由主義のアメリカとかヨーロッパとか。でも一般人は特別な事情が無い限り外国へ行くなんて絶対に無理で・・・敵対するアメリカへ行くなんて考えられない事なんです。兵役が終わって除隊してもいい働き口なんて見つかるわけ無いし、働いても税金だとか賄賂だとか、何だかんだでお給料の半分くらいは政府に取られちゃうんです。こんなだから一般の人達はいつもどうやってこの国から逃げ出そうかって考えてるんですよ。変ですよね?こんなの間違ってますよね?だから私、今皆さんとここに居られて運が良かったって思ってるんです。少なくともあの国から脱出できた事だけでも自分にとっては良かったんじゃないかなって」


そうだったのか・・・そう言えば院長先生も『見た目は皆穏やかに暮らしてますが、心の中は全然穏やかじゃない』って言ってたなあ。

しかし、ひばりちゃんがあまりにもアッサリとしていると言うか、こんな状況なのにまったく未練を感じていないようなので俺は何か違和感を感じていた。


「でもさあ、ひばりちゃん、元の場所に帰りたいって思わないの?仲の良い友達とか居たでしょ?」


「友達ですか?居ましたけど・・・」


「会いたくない?」


「別に・・・特に会いたいとも思わないです」


「何で?一緒に遊びに行ったりとかさ、思い出だってあるでしょ?」


「え?何で遊びに行くんですか?私、こう見えても来月20歳なんですよ、遊ぶだなんて」


何だか話が嚙み合ってないような気がする・・・

ひばりの反応に、他のみんなも不思議そうな表情をしている。


「えーとさ、ひばりちゃんはさ、休みの日とか何してるの?」


「休み?休みって?夜になったら毎日寝てますけど」


「いやいや、そう言う事じゃなくてだな、ひばりちゃんは兵隊さんだから、えーと、訓練とかしないで一日中自由な日があるでしょ?」


「一日中自由な日?そんなのあるわけ無いじゃないですか!飯田さん変な事言うんですね!」


「はぁ?それじゃ毎日毎日ずーっと訓練やら何やらで、それが除隊まで続くの?」


「そうですよ。当り前じゃないですか!軍隊だけじゃなくて、他の仕事だってみんなそうですよ」


「マジかよ・・・でもさ、ひばりちゃんくらいの歳の女の子だったら友達と服買いに行ったりとか、美味しいもの食べに行ったりとかするでしょ?」


「え~っ、行かないですよ!私くらいの歳の女の子だけで、あ、男の子もそうですけど、出歩いてたら風紀行政警察に捕まっちゃうじゃないですか!」


「ふ、風紀行政警察?何だソレ?」


「知らないんですか?え?飯田さん達のトコには無いんですか?風紀行政警察」


「無いな。その風紀行政警察って何なの?」


「風紀の乱れを取り締まる警察って言うか、たとえば国民証明カード不携帯だと捕まっちゃうし、決められた区域以外の場所に外出する時は許可証が要るんですけど、その許可証持ってないと捕まっちゃうし、兵役を終了していない人が夜7時以降に出歩いてると捕まっちゃうし、まだ色々あるんですけど、それを取り締まるのが風紀行政警察です。だから友達と出掛けるなんてあり得ないあり得ない!」


何なんだ、その世界!つーかあの世界の日本。だから夜は町中が閑散としてたんだな。吉野さんを救出に言った時や森本と石田を救出に言った時、あまりにも町中に人の姿が見えないので不思議に思ってたのだ。


「飯田さん達の世界って、自由な日があるの?」


「そりゃあるよ!無かったら暴動が起きる」


「一日中自由なの?」


「一日中自由だよ」


「何してもいいの?」


「そりゃ何してもいいよ、自由だし。ダラダラ寝ててもいいし、買い物行ったり、運動したり、旅行行ったり、女の子とデートしたり、とにかく休みの日は何してもいいんだ。つーか、そんなコト考えたこと無かったよ」


「旅行行ってもいいの!?もしかして、外国とかにも行っていいの?許可証は出してもらえるの?」


「もちろん行けるし、許可証なんていらないよ・・・あ、VISAが必要な国もあるか・・・ま、ほとんどの国には行けるよ。美月なんてさ、大学生になるまで色んな国で暮らしてたんだよ」


「ホント?すごい!!でもどうやって行くんですか?あ、船で行くんですよね?」


「船?船は滅多に乗らないなあ。普通は飛行機で行くけど」


「飛行機!!一般の人が飛行機に乗れるの!?」


「そりゃ乗れるよ。このF-35みたいに火を吹いて早く飛ぶ飛行機のもっと大きいヤツがあってさ、それに大勢乗って外国に行けるんだよ」


「すごいすごいすごい!!私も乗ってみたい!外国へ行ってみたい!いいなあ!」


ひばりのはしゃぎっぷりに俺達は顔を見合わせた。彼女の話を聞けば聞くほど、あの世界の日本国民が不憫に思えてくる。

そんな抑圧された閉鎖的な環境に居たら誰しも逃げ出したいと思うだろう。


「あのさ、私もちょっとひばりちゃんに聞いていいかな?」

凛子がニヤニヤしている。また何か企んでるな。


「あのさあ、ひばりちゃんって彼氏とか居ないの?」


「かれし?かれしって何ですか?」


そ、そこからか!そこから説明せんといかんのか!?


「えーと、彼氏ってのはねぇ、何て言ったらいいかなあ・・・恋人かな」


「コイビト?」


「あー、それも分かんないか・・・えーと、好きな男の人とか、将来結婚したいと思ってる男の人とか」


「好きな男の人ですか?えーっと、ちょっといいなって思う人は居ましたけど、結婚相手って決まってるじゃないですか?だから別に何もないし・・・」


「え?え?今何て言った?結婚相手が決まってる?」


「はい。決まってますよね?結婚相手」


「いやいやいや、決まってない決まってない!少なくとも今ここに居るひばりちゃん以外の人間は結婚相手決まってない!知らんけど」


「え?何でですか?15歳になるまでに決まりますよね、結婚相手」


「なんなの、そのイカした制度!」


凛子、全然イカしてないぞ。


「15歳までに政府が結婚相手を決めて、兵役が済んだらこの相手と結婚するようにって書類が送られて来るんですよ。ひょっとして、凛子さんのとこってそうじゃないんですか?」


「無い無い無い!そんな制度無いよ!」


「じゃあどうやって結婚相手を決めるの?」


「誰かが決めるんじゃなくて、自分で探すんだよ」


「でもそれだと結婚できない人がいっぱい出てきちゃうじゃないですか?」


「うん、結婚できない人もいっぱい居るよ」


「結婚できなかったら子供もできないですよね?そうなったら国が亡んじゃうんじゃないですか?」


国が亡ぶ?20歳そこそこの女の子の口からそんな言葉が出て来るなんて、ちょっとヤバくないか?


「でも結婚しなくても子供が居る人も居るし、結婚してても子供が居ない人も居るし、それは自由なんだよ、私達の国では」


「えーーー!そうなんですか?私の居た日本では、結婚したら最低でも二人の子供を作らなきゃならないんですよ。子供が居なかったり、一人しか居ない場合は税金が高くなるんです」


何だそりゃ?ワケ分からん国だな、ひばりちゃんの居た日本って。結婚相手は政府が決めて、しかもその相手との間に二人子供を作らなきゃならないって・・・


「じゃあさ、ひばりちゃんの結婚相手ってどんな人なの?」


「どんな人?うーん、会った事無いから分からないです」


「分からないって・・・だって結婚したらずっとその人と一緒に暮らすんだよ!」


「え?ずっと一緒に暮らす?そんなワケ無いじゃないですか!子供ができたら別々に暮らしますよ!」


「何だそれ・・・」


「凛子さん達の国って、結婚したら一緒に暮らすんですか?ずーっと一緒なの?」


「うん、別れちゃうこともあるけどさ、基本的にはずっと一緒に暮らすよ」


「そんなの無理ですよー!好きでもない人と一生一緒に暮らすなんて無理ですよー」


「いやいやいや、好きになったから結婚するんだよ!」


「そうなの?好きになった人と結婚できるの?」


「えっ?」


「えっ?」


もう全然話が噛み合わない。


「じゃあさ、さっきひばりちゃん言ってたじゃん、いいなって思う人がいるって。結婚は無理かもしれないけど、その人と一緒に暮らせばいいじゃん」


「えーっ、そんな事して風紀行政警察にバレたら一生刑務所暮らしですよー。でも隠れてそうしてる人も居るみたいですけど」


もう、メチャクチャな国だな。結婚や出産まで国が管理するなんて。人権もへったくれも無いな。


「凛子さん達の国って、本当に好きな人と結婚できるの?」


「当たり前じゃん!好きでもない人と結婚するワケないじゃん!・・・まぁ、中にはお金目当てで好きじゃない人と結婚する人もいるけどね」


「・・・・・」


ひばりちゃんはいきなり黙り込んでしまった。何か気になる事でもあったのだろうか?


「ひばりちゃん、どうしたの?私、何かマズイ事言ったかな?」


「ううん、そうじゃないんです。あの、好きな人と結婚するなんて考えたことも無かったから、ちょっとビックリして・・・えっと、いいなぁって思って」


「そんな事、当たり前だよ!・・・そうだ!こうしよう!ひばりちゃんさ、私達と一緒に私達の世界の日本へ行こう!そんでもって彼氏見つけよう!ひばりちゃんはまだ若いし、何て言ってもカワイイからさ、すぐにイイ男見つかるって!」


「本当ですか!私も一緒に行っていいんですか!?」


「いいっていいって!私が自衛隊のオッサン達に話しつけてあげる!凛子姉さんにまっかせなさい!」


「やったぁー!」


「じゃあそろそろ部屋に帰ろうか?」


俺達は飛行甲板横のタラップを降りて居住区に向かった。


「じゃあね、また明日!」


同室の吉野とひばりちゃんが部屋に戻ると、俺と凛子、美月の3人になった。


「おい凛子、さっきひばりちゃんにあんな事言って大丈夫なのか?俺達の世界に一緒に連れてくなんて」


「飯田っち、じゃあ聞くけどさ、それ以外にひばりちゃんをどうすればいいの?元居た場所に、要するにこの世界の未来にどうやって帰るのさ?」


「そ、それは・・・」


「もし、もしも万が一帰れたとしても、あんなひどい国にあの子を戻すの?あんな純真な子をあんなひどい場所に戻すの?」


「確かにそうかもしれないけど・・・でも彼女は俺達の世界の人間じゃないだろ?俺達の世界へ連れて行って、そんなに簡単になじめるのかな?ウマが合わないからじゃあ帰ります!ってワケには行かないだろ?」


「あの・・・私もちょっといいですか?」

ふいに美月が口を開いた。


「私、小学生の時から父と一緒に海外を転々としてたでしょ?私、子供の頃って内気で引っ込み思案でオドオドしてて、自分から他人に話しかけることが出来なくて・・・だから行った先々で友達が出来なくて、いつも独りぼっちだったんです。タマにいじめられたりして・・・だからずっと日本に帰りたいって思ってた。それでね、高校の時にタイに住むことになったんだけど、そこで同じクラスのタイ人の女の子が私の事をすごく気に掛けてくれて、色々助けてくれて、生まれて初めて”日本以外にもいい場所ってあるんだな”って思たんです。その子が居なかったら、私今でも内向的で暗~い性格なんじゃないかなって思う。だからね、もしひばりちゃんが私達の世界に来ても彼女を助けてあげられる、信頼できる人が居たら、きっと大丈夫なんじゃないかなって思うんだ。それで、その信頼できる人は私達がなればいいんじゃないかなって思いません?」


「おー!美月、イイ事言うね~!だってさ、どうしようもなかったとは言え、あの子を連れてきちゃったのは私達なんだよ、あたしゃ最後まで面倒見なきゃって思うんだよ」


確かにあの子を連れてきちゃった事に関しては俺達に責任がある。現実的な問題としてこうなってしまった以上、俺達と運命を共にしてもらうしか道は無いんだよな。


「うん、そうだな、よく考えたら凛子や美月の言う通り、もう彼女を元の場所へ帰す事は不可能なのかもしれないね。・・・それにしても凛子ってホントに他人を放っておけない性格なんだなあ」


「だってアタシさ、ずーっとダメ男に鍛えられてるからね。頼られるのが好きなのよ!」


「じゃあ俺も頼っていいかな・・・あのさ、ひばりちゃんに撃たれたケツが痛くてうんこした後拭くのが大変なんだよね。悪いけど後で拭くの手伝ってくれない?」


「ったく・・・何を言い出すかと思えば・・・あたしゃまっぴらゴメンだよ!そんなん美月にやってもらえばいいじゃん!」


「ああそうか!じゃあ美月、俺のケツを・・・」


「凛子さん、飯田さんなんて放っておいて部屋に戻ろ!行こ行こ!すぐに戻ろ!ダッシュで戻ろ!飯田さんのバーカ!ヘンタイ!」


「あ・・・」


凛子と美月は本当にダッシュで駆け出して行ってしまった。

これくらいの冗談、いいじゃんかよ。

やっぱ”うんこネタ”はダメなの?

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