第45話 CIC(戦闘指揮所)
空母の戦闘指揮所なんて、民間人の俺にはまったく縁のない場所だ。
そこはまさにハリウッド映画のセットみたいな感じで、素人の俺には所狭しと設置された機器類の威圧感に圧倒され、どこに立っていればいいのかさえ分からなかった。
川村達自衛官は忙しそうに指揮所内を行ったり来たりしながら機器を操作している。
俺は石田を指揮所内の椅子に座らせると、吉野と共に銃を持ってロックの外れた入口ドアからの侵入者を見張っていた。
凛子は石田に指示されながらコンピューターの操作を手伝っている。
「こちら朝倉、甲板上の敵、制圧完了。これより着艦する」
室内のスピーカーから、F-35Bを操縦する朝倉の無線音声が鳴り響いた。
F-35のジェット音がかすかに頭上から聞こえて来る。
「石田君、原子炉の具合はどうだ?」
「そうですね、艦から出た時のまま、ずっとアイドリング状態だったようで問題無いですね。これから出力を60%まで上げて、バッテリーに充電開始します」
しばらくすると朝倉が帰って来た。戦闘服の左腕に血が滲んでいる。
「朝倉、どうした?打たれたのか?」
「艦橋の物陰にひとり潜んでまして、機から降りた時に一発食らっちゃいました。てっきり貫通したかと思ったんですが、自分の腕に当たった銃弾、腕から跳ね返って下にコロコロ転がったんですよ、何なんですか?奴らの使ってる銃ってエアガンですか?」
こちらの世界に火薬は存在しない。こちらの世界の銃は力素を瞬間的に高圧縮して爆破させ、その力で弾を打ち出す仕組みになっている。約10m以内の至近距離であれば殺傷能力があるのだが、20mも離れてしまうと身体に当たっても裂傷を負わせるほどの威力しかない。
朝倉が打たれたという事は、まだ艦内に敵兵が潜んでいるかもしれない。でもこの広い空母の艦内をこの人数で敵を探して歩くのは不可能だ。
「よし、これからバッテリーが充電されるまでの48時間は交代で睡眠を取ってくれ、俺達自衛官は起きてるがな・・・まず飯田君と美月、次に凛子と吉野さん、石田君だ。6時間ごとに交代してくれ。水と食料は各自持って来たものを摂ってくれ。あ、仮眠室はそのドアの向こうだ」
川村が指差したドアを開けると2段ベッドが並んだ細長い部屋があった。
「飯田さん、ベッドの上と下、どっちがいい?」
「いや、こんなにたくさんベッドがあるんだから、わざわざ上に寝なくてもいいんじゃないか?」
「えー、私、上に寝てみたいなあ」
「何かあった時、上だとマズイんじゃないか?」
「そうかあ、つまんないの・・・」
「子供みたいだな」
俺と美月は通路を挟んでそれぞれ下のベッドに寝ることにした。
「飯田さん」
「ん?」
「帰れるかな」
「帰れるさ」
「絶対?」
「絶対」
「絶対の絶対?」
「絶対の絶対」
「絶対の絶対の絶対?」
「絶対の絶対の絶対」
「絶対の絶対の絶対の絶対?」
「絶対の絶対の絶対の絶対の絶対?」
「絶対の絶対の絶対の絶対のぜっ・・・・・」
俺は5回目の”絶対”で眠りに落ちた。
・
・
・
・
・
「飯田さん、起きて!飯田さんっ!」
「う・・・え?もうそんな時間か?」
美月が俺の顔を覗き込んでいる。
もう6時間経ったのか・・・早いな・・・ほんの少しだけ居眠りしたような感覚だが。
ベッドから起き上がろうとすると身体のあちこちに筋肉痛のような痛みが走った。
狭い艦内を石田を背負いながら森本の乗った車いすを押してきたのだ。あの時は気にならなかったが、かなり身体に負担を掛けていたに違いない。
俺と美月は身なりを整え、戦闘指揮所のドアを開けた。
「大谷!、SeaRamの射程圏まであとどれくらいだ?」
「あと3分です!」
何やら騒がしい。
川村と大谷が忙しく室内を行き来している。
「どうしたの?何かあったの?」
俺は入口ドアを見張っている吉野に聞いてみた。
「さっきからレーダーに航空機の機影が映ってるんですって。まっすぐこっちに向かって来ているみたい」
俺は院長先生の話を思い出した。
こちらの世界には俺達の世界にあるようなジェット推進の航空機は存在しない。あるのは力素エンジンの力で飛ぶプロペラ機のみだ。
民間の航空会社は存在せず、飛行機を所有しているのは軍隊のみ。日本帝国軍はソ連からライセンス生産している軍用機を多数所有しており、この付近では横田基地と厚木基地に数百機の軍用機が保管されていると院長先生が話してくれた。
「大谷、速度と高度は?」
「速度150ノット、高度6500フィートで南東から接近中。あと90秒でSeaRamの射程に入ります」
戦闘指揮所の大きなメインディスプレイに映されたレーダー画像の右上から、ゆっくりと3つの輝点が移動してこちらに向かって来るのが見える。
「どうしたもんかな・・・院長先生の話では、こっちには民間機は存在しないと聞いていたが・・・F-35を飛ばして確認するには時間が無いしな」
「目標が射程圏内に入ります!」
「よし、仕方ない、まず1機だけやって様子を見るか・・・SeaRam1番装填、対空戦闘、射撃用意!」
「トラックナンバー2034、2035,2036補足完了」
「目標、トラックナンバー2034,発射弾フタ発、SeaRam攻撃始め!」
川村が指示を出すと戦闘指揮所内にジリリリと警報が鳴り響いた。
「発射用意・・・、ってー!」
艦橋前部に設置されたSeaRamから2発のミサイルが発射された。
メインディスプレイに映る3つの輝点に向かって、発射されたSeaRamの輝点がジリジリと接近していく。
「インターセプト、あと10秒!・・・・・5、4、3、2、1、マーク、トラックナンバー2034、インターセプト!」
レーダー画像から3つの輝点の内の1つが消えた。しかし他の2つの輝点は以前こちらに向かって直進してくる。
「奴さん、逃げねえな・・・やっぱりこっちに用があるのか・・・・・よし、目標、トラックナンバー2035,2036発射弾フタ発、SeaRam射用意!ってー!」
またも艦橋前部のSeaRamが発射された。先ほどと同じようにレーダーに映るSeaRamの輝点は一直線に敵機と思われる輝点へ向かって近づいて行く。
「インターセプト、あと10秒!・・・・・5、4、3、2、1、マーク、トラックナンバー2034、2035,インターセプト!」
室内に安堵の溜息が広がる。
俺は初めて経験する戦闘指揮所(CIC)の緊張感に圧倒され、ひどく場違いな所に居るような気持ちになった。
凛子と吉野、石田が仮眠を取る番になり、俺は吉野から小銃を受け取って入口の見張りに、美月は自衛官達の為にコーヒーを入れている。
俺達がこの艦に入ってからそろそろ10時間が経過しようとしている。先ほどは航空機がこちらに向かって来たが、陸から敵が攻めて来たらどうするのだろう?
弾薬はあるのだろうか?そもそも車両相手に使える武器はあるのだろうか?飛行機だって朝倉が操縦するF-35B一機しか無いワケで・・・
「大谷さん、あの、ちょっと質問なんですが・・・」
「あ、飯田さん、何ですか?」
「素朴な疑問って言うか・・・もし敵が陸上から攻めて来たら・・・大丈夫なんですか?弾薬とか、あるんですか?」
「ああ、そうですね、ちょっと心配ですよね」
大谷の話によると、この空母は実際の出撃時を想定して転送実験が行われたのでほぼ通常通りの積載だったそうだ。さすがに高価な艦載機は乗せていなかったが、弾薬や燃料などは既定の量を積んでいる。だが人員に関しては通常の全乗組員4000人を乗艦させるわけには行かず、またその必要も無かった事から、機器の制御とモニターを監視できる最低人数の10名ほどが乗艦したそうだ。
「じゃあ取り合えずはタマ切れになる事はないんですね」
「そうなんですけどね、陸上の敵に対して使えそうな武器はファランクス(20mm機関砲)くらいしか無いんですよ。水平射撃は出来ますが、砲身の画角より下に入られちゃうと厳しいですね。陸上の敵はこの艦のレーダーじゃ補足できないし・・・だから田島さんと朝倉さんが艦橋で外を見張ってます」
そうか、だから田島と朝倉の姿が戦闘指揮所に見えなかったのか。
「はーい、コーヒーでーす」
美月が俺と大谷の所へコーヒーを持ってきてくれた。そう言えば病院を出発して以来、口にしたのは持って来た水筒に入れた水だけだった。砂糖とミルクが入った温かいコーヒーが格別に美味く感じる。
「美味しいですかぁ?」
美月が俺と大谷の顔を覗き込むようにして聞いてくる。さっきまでピリピリしていた戦闘指揮所の雰囲気が美月の声で和らいでいく。
「あー美月ちゃん、こっちにもコーヒー持ってきてよー。男二人で寂しいよー!」
スピーカーから艦橋に居る田島の声。
「田島、周囲の敵の様子はどうだ?」
川村がマイクに向かって尋ねる。
「3時方向500mほどの場所に数人の人影と車両が3台見えますが、こっちに来る気配は無いですね。ただこれ以上接近されるとファランクスの水平射撃は厳しいかと」
「そうか・・・何か動きがあったら知らせてくれ」
「了」
その時だった、ロックが壊れて開いたままになったドアの向こうにチラリと動く影が見えた、いや、あれは銃身だ!
「美月!伏せろ!」
俺は咄嗟に美月の腕を取って床に押し倒し、美月の上に覆いかぶさる。パパパパと連射の音。尻から太腿にかけて鈍痛が走る。
すぐにすぐそばでパンパンと銃撃音が鳴り響いた。川村と大谷がドアの方へ走っていく気配がしたが、俺の鈍痛は激痛に変わっていた。
「飯田さんっ!飯田さんっ!大丈夫っ!?」
美月が叫んでいる。
「み、美月、大丈夫か?打たれてないか?」
「私は大丈夫だよ!飯田さんっ!しっかりして!飯田さんっ!」
痛い。今まで経験したことの無い痛みだ。下半身がまったく動かない。が、なぜかだんだん痛みが薄れていく・・・と共に意識がスーッと遠のいて行く。
「イヤだ!イヤだ!飯田さんっ!起きて!いやだぁ!死んじゃいやだぁぁぁぁ!」
美月の叫び声が小さくなっていく・・・・・俺はその場で意識を失った。
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