第44話 出撃

空母の甲板上に、俺以外の皆が集まっているのが見える。皆は俺の姿に気が付くとニコニコ微笑みながら俺に手を振った。

あれ?何でみんなそこに集まってるの?どこか行くの?

ちょっと待ってくれよ、俺も今行くから・・・

皆の元へ行こうと走り出した瞬間、足がもつれて上手く前へ進めない。前ヘ出ようと必死に足を動かすのだが、まるでスローモーションのようにゆっくりとしか動かせない両足にイライラする。

ちょっと待ってくれ、すぐ行くから、皆の所へ今すぐ行くから。

相変わらず皆は微笑みながら俺に手を振っている。そしてその姿がだんだん薄くなっていく。

待ってくれ!置いて行かないでくれ・・・

気持ちは前へ行こうとするのだが、両足が思うように動かない。

待って、待ってくれよ・・・


”ピピピピ・・・・・”


俺は夢の途中、携帯のアラームの音で目を覚ました。

何だかイヤな夢だった。


午前5時。


俺はシャワーを浴び、机の上に準備してあった戦闘服に着替え、アーマーやナイフ、拳銃などを確認しながら装着する。

最後にブーツのひもを固く結び、その場で数歩歩いて履き心地を確認した。


「よし、行くか」


数か月間暮らしたこの病院の部屋ともこれが最後だ。

部屋を出てドアを静かに閉めると、俺は地下駐車場へ向かった。


地下駐車場では川村達自衛官は既に準備を始めていた。

俺も1トン半(トラック)の荷台に上がり、積載物の確認をする。レーダーなどの機器類、武器、弾薬、食料、医薬品・・・トラックの荷台は荷物だけで半分以上を占めている。

残りのわずかなスペースに、俺と凛子、それに車椅子の森本と俺が背負う石田の5人が乗り込む。運転は田島だ。

もう一方のイーグルは吉野が運転し、川村と大谷、そして美月が乗車する。


積載物と車両の確認、武器の準備を終え、あとは出発するだけになった。イーグルの傍らに院長先生と奥さんが心配そうな顔で佇んでいる。


「院長先生、奥さん、今まで本当にありがとうございました。末永くお元気で!」


「みなさん、くれぐれも気を付けて!必ず元の場所へ帰ってください。祈ってますよ」


院長先生と奥さんは目にいっぱい涙を溜めている。


「よし、出発だ」


俺達を乗せた2台は病院の地下駐車場のスロープをゆっくりと上がると、病院前の道を右折して空母の元へ向かう。

トラックの荷台から後方を見ると、院長先生の奥さんが別れを惜しむように手を振りながら、俺達を追うように走っていた。


暫く走ると道は未舗装の凸凹道となり、時折車体が大きく揺れる。

俺は揺れる1トン半の荷台で石田を背負うためのハーネスの準備に取り掛かった。

1トン半のエンジン音に紛れてシュルシュルと言う音が微かに聞こえる。その音は瞬く間に大きくなり、耳をつんざく爆音が頭上を通り過ぎた。

朝倉が操縦するF-35Bだ。

俺達が空母の元へ到着する前に、上空から周囲の敵をせん滅・攪乱する。


「あと5分以内に到着予定!各自準備しろ!」


凛子が持っているトランシーバーから川村の声が鳴り響いた。


俺は凛子に手伝ってもらいながら石田を背負い、ハーネスに固定する。


「石田さん、大丈夫ですかっ?キツくないですかっ?」


「大丈夫です、もっとキツく絞めてもらっても構いません」


前方を走るイーグルの機関砲の射撃音が断続的に聞こえる。そろそろ敵が出てきたようだ。

俺の乗る1トン半の車体にも銃弾が当たる音が聞こえてきた。このトラックの荷台は幌で覆われているだけだが、事前に内側から周囲を鉄板で囲んである。

その鉄板に銃弾が当たってカンカンと激しい音を立てる。厚さ約5mmの鉄板なので、こちらの世界の非力な銃では貫通することは無いが、それでも敵の銃弾がすぐ近くの鉄板に当たると生きた心地がしない。

銃撃音が次第に激しくなってきた。時折頭上を通過するF-35Bの爆音も相まって耳がおかしくなりそうだ。

1トン半の荷台は鉄板で覆われているため、外の状況を確認することが出来無い。今どの辺りを走っているのか?あとどれくらいで到着するのか、まったく見当がつかない。荷台に乗っている俺達4人は身を低くして時間が過ぎるのを待つのみだ。

至近距離で激しい爆発音。1トン半の荷台がビリビリと揺れ、キーンと言う耳鳴りで周囲の音が聞こえない。恐らく近くにF-35Bの空対地ミサイルが着弾したのだろう。

俺は石田を背負いつつ、荷台に横になっている森本を庇いながら凛子と共に荷台の床にうずくまっていた。

まだ着かないのか?本当に空母へたどり着けるのか?もう何時間もここに居るような気がしていた。


突然下から突き上げるような激しい衝撃があったかと思うと、車輪が平らな地面を走るような感覚・・・そして1トン半は急停車した。


「着いたぞ!すぐに荷台から降りろ!!」


凛子が持っているトランシーバーから川村の声が響く。俺は石田を背負ったまま起き上がると森本を車いすに乗せる。すぐに凛子が森本の身体をベルトで車椅子に固定した。

そして荷台後部の銃弾除けの鉄板を外し、森本を車いすごと持ち上げて荷台から飛び降りる。背負っている石田と車いすの森本、森本が持ってる小銃などの装備を含めると約170kgほどの重さになる。いくら俺と言えども、この重さはちょっとヤバかった。飛び降りた時に両足に鈍痛が走った。


俺達の車両が入って来た空母後部の貨物扉の前では、イーグルが外へ向けて機銃掃射をしている。硝煙の匂いと煙が貨物室に充満していて目が痛くなってくる。

川村が空母内の側面にあるボックスを開け、そこにあったボタンを押すと貨物扉がゆっくりと閉まり始めた。

大谷がイーグルから降りてこちらへ向かって走って来る。

何とか全員無事にここまでたどり着けたようだ。


「全員無事だな!このまま戦闘指揮所へ向かうぞ!」


川村を先頭に、大谷、凛子、美月、森本の乗った車椅子を抱えながら石田を背負った俺、吉野、田島の順に1列になりながら、艦橋にある戦闘指揮所を目指す。

最初の階層を昇り切った時、銃撃音と共に右わき腹に衝撃が走った。ヤバイ!打たれた!と思い咄嗟に身を低くするやいなや、車いすに乗っていた森本が持っている銃が火を噴いた。ドアが開け放たれた右側船室の中に居た敵兵が森本の乗った車いすの横にドッと倒れこむ。

俺は打たれた衝撃のあった脇のあたりを確認すると、防弾チョッキの切れ目ギリギリの所に銃弾が当たった跡があった。

「石田さん、大丈夫ですかっ!」

「大丈夫です、ギリで防弾チョッキに当たったみたいです」

石田も俺と同じように防弾チョッキが銃弾を防いでくれたようだ。


俺達は散発的な抵抗に遭いながらも、ゆっくりと空母中央のサードデッキにある戦闘指揮所に近づいて行く。狭い船内の通路を身をかがめながら歩いていると、時折F-35Bの爆音と機銃掃射の音が聞こえた。


「ここだ、やっと着いたぞ・・・だが・・・こりゃマズイな・・・」


川村が立ち止まった分厚いハッチ状のドアには、明らかに金属製の物を使って破壊しようとした痕や、爆破しようとした痕跡があった。

この戦闘指揮所のドアを開けるのには、虹彩認証とパスワードの入力が必要で、その入力端末がドアの横に設置されている。だがその入力端末はボロボロに破壊されていた。


「おい、石田君、これ、虹彩認証もパスも入れられないんだが・・・何とかこのドアを開けることはできないか?」

「えっと・・・・・・」


川村の問いかけに、俺に背負われている石田は何やらブツブツ独り言のように呻いている。


「今思いついたんですが・・・この上のセカンドデッキに艦内設備の電力を制御する場所があるんですが、そこの制御盤にあるドアの電磁ロック機構の電力をカットすると、そうすればロックが外れてドアを手動で開けられるかと」


「そうか!その作業は簡単にできるのか?」


「作業自体は簡単ですが・・・基盤に接続されている電源の線を抜くだけです。が、その基盤の場所と、基盤にあるドアのロック機構の電源の場所が分からないとどうにもできませんね」


「そうか・・・その場所ってどうしたら分かるんだ?」


「多分、ですが・・・電力制御室のどこかに配線図があると思うんです、いや、100%あるとは言えませんが・・・その配線図を見れば何とかなるかと」


「もしその配線図を石田君が見たらどうにかできるものなのか?」


「そうですね、まぁ、何とかなるかと・・・でも自分は手が動かせないので誰かにやってもらわないと・・・」


「川村さん、俺、行きます。このまま石田さんを背負って行ってきます。凛子、森本さんの車椅子を頼む。出来れば誰か1人同行していただきたいんですが・・・」

俺は石田と共に電力制御室へ向かう事にした。もう居ても立ってもいられない、1秒でも時間がもったいない。


「よし、飯田君、任せたぞ!田島、飯田君に同行してやってくれ」


石田を背負った俺と田島は、ひとつ上の階にある電力制御室に向かう。辺りを警戒しながら、狭い艦内通路を歩いて行く。

いつ物陰から敵の銃弾が飛んでくるか分からないこの状況に、俺は内心ビクビクしていた。

いくら威力の無いこちらの世界の銃とは言え、至近距離で防弾チョッキで隠された場所以外に当たればそれなりにヤバい。ヘタして顔面にでも銃弾が当たればとんでもない事になる。

俺達は石田の指示で通路を歩き、右舷の階段を上がり切った所にその電力制御室はあった。

ドアを開けて中に入った俺と田島は機器のパネルを片っ端から開け、配線図を探しはじめた。


「おい、石田君、コレか?」


田島がB5サイズのファイルされた書類の束をどこからか探し出してきた。


「あー、それです!それです!」


両手が使えない石田に代わって、田島がページをめくって配線図を石田に見せている。


「えーと、これがCICに向かうラインで、ここで分岐して・・・」


「どうだ?石田君、分かったか?」

田島が心配そうに石田の顔を覗き込む。


「いやぁ、自分はソフトウェア専門で・・・ハード関係はあまり詳しくないもんで・・・でもたぶんコレだと思います。田島さん、その消火器の上にあるパネルの中に”CIC5451”って書いてある基盤があると思うんですが」


「おう、あー、えーっと、コレか?おう、CIC5451って書いてあるな」


「その基盤に茶色い線と黄色の線が繋がってませんか?」


「茶色と黄色の線・・・あることはあるが、えーと、1234・・・茶色の線が2本、黄色の線が・・・黄色も2本あるな」


「え?2本?配線図には1本ずつなんですが・・・」


「いや、確かに2本ずつだぞ」


「配線図に書かれているのは茶色が認証機器の電源で、黄色がロックの電源なんですよ、なんで2本あるんだろ?」


「これ、2本とも外しちゃったらマズイか?」


「どうですかねえ・・・」


俺達3人の間に微妙な空気が漂う。どうしたらいいものか、残念ながら正解を知る者はこの3人の中にも、ましてやこの世界のどこにも居ない。

上側の茶色黄色の線か、下側の茶色黄色の線か、どちらを外すべきか・・・


「石田君、もうこうなったら君が決めてくれ!」

「えっ!?自分ですか?いやぁ・・・それはちょっと・・・」

「じゃあ飯田君、どっちがいい?」

「そ、そんな、田島さん・・・田島さんが決めてくださいよ」


決断できない男3人、何とも情けない。

こんな時に咄嗟の判断に強いヤツが居れば・・・え?、居るじゃん!


「田島さん、トランシーバー貸してもらえます?」


「え?ああ、いいけど、どうして?」


俺はトランシーバーを田島から受け取り、通話ボタンを押した。


「こちら飯田、現在電力制御室、送れ」


「こちら川村、飯田君か?どうした?」


「すいません、あの、美月に代わってもらえますか?」


「え?美月?ちょっと待ってな・・・美月、飯田君が話したいって」


「はい、美月です。飯田さん、どうしたんですか?」


「あのさ、深く考えないで直感で答えてくれ。いいか?上か下か。どっち?」


「えっと、下」


「田島さん、下側の線、抜いちゃってください」


「あいよ!」


田島が下側の茶色と黄色の線を基盤から引っこ抜いた。


「おおおー!ロック外れたー!やったやった!」


トランシーバーから皆の歓声が聞こえて来た。


「飯田君、ロック解除されたぞ!すぐにこっちへ戻って来てくれ!」

川村の興奮した様子の声がトランシーバーから聞こえてくる。


「美月、あいつスゲェな・・・この先、何か迷ったらあいつに決めてもらおう!」


俺達3人は電力制御室を出て、戦闘指揮所へ向かった。

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