第43話 出撃前夜

「よし、皆揃ったな。じゃあ始めるとするか」

川村は全員の姿を確認すると、テーブルの上に1メートル四方の紙を広げた。そこには手書きの空母の俯瞰図が描かれていた。

空母への突入を明日に控え、今日は最後のミーティングだ。

やっと普通の生活ができるようになった八島重工の石田も車椅子に乗って参加している。


作戦開始は明朝午前6時。日の出と共にここを出発する。当初は夜襲を計画していたのだが、朝倉のF-35が加わったため、上空から敵を目視しやすい日中に突入することになった。

最初にF-35による空母周りに設営されている敵陣地のせん滅が行われる。彼らには対空兵器が無いため、ほぼ問題いだろうと言うのが川村達の意見だ。

F-35の機銃と空対地ミサイルによって進入路を確保したら、イーグルと1トン半に分乗した俺達が空母へ乗り込む。

空母内に居る敵を排除しながら艦橋の戦闘指揮所へ行き、石田が電磁波発生装置と原子力制御のプログラムを書き換え、転送の準備を行う。

しかし、膨大な電力を必要とする電磁波発生装置は通常電力のみでは作動しないため、艦内にある超大型バッテリーに電気を貯えなければならない。そのバッテリーの電力と、原子力発電で得られた電力を同時に使う必要がある。原子炉をフルパワーで稼働させたとしてもバッテリーに電力が満充電されるのには最低でも48時間かかるため、その間は空母に籠城しながら敵の攻撃に耐えなければならない。


秘密裏に建造されたこの空母はアメリカ海軍などの空母と違い、単独行動を念頭に設計されている。通常、航空母艦が出撃する場合、空母打撃軍と呼ばれる機動部隊が編成される。1隻の航空母艦を中心に、それを護衛するミサイル巡洋艦やミサイル駆逐艦、攻撃型潜水艦、補給艦などで構成され、単独では敵からの攻撃を防ぎきれない空母を護衛するような編成になっている。しかし、1隻のみで空間転送されることを念頭に建造されたこの空母は空母打撃軍を同行させることが出来ない。よって、空母自体にある程度の対空、対地、対艦、対潜能力を持たせて建造されていた。俺達はこの武器でバッテリーを充電する間の敵の攻撃に対抗する予定だ。

空母に搭載されている兵装は、近接防御火器システム「ファランクス」が4器、接防空ミサイル「SeaRam」が2器、90式艦対艦誘導弾(対艦ミサイル)4器、Mk.41 垂直発射システム、68式3連装短魚雷発射管2門など、イージス艦に匹敵する火力を備えている。

また、1隻だけで活動するというこの空母の特性上、揚陸艦としての機能も持っており、船体後部に積載物を積み下ろしできる巨大なゲートが造られている。


ミーティングの後、俺達は病院からの撤収作業と武器や物資を1トン半に積み込む作業に取り掛かかった。武器や機器類はあらかじめ暇を見て積み込み終えていた為、残っているのは各自の私物と余裕をもって用意した1週間分の食料、それに院長先生が用意してくれた医療キットと薬類だけだ。

また、朝倉と田島はF-35のバッテリーを充電するため、イーグルでF-35を隠してある雑木林に向かった。朝倉はその場で一夜を過ごすらしい。


すべての準備が終わったのは夕方6時。12時間後、俺達はここを出て空母へ向かう。


ガランとした会議室に、F-35の元に居る朝倉以外の全員が集まっていた。


「ねえ、飯田っち」


隣の椅子に座っている凛子がふいに話しかけてきた。


「なに?」


「元の世界に帰ったらさ、私達どうなっちゃうのかな・・・?」」


「どうなっちゃうって?」


「だってさ、私達っていきなり行方不明になっちゃって、元の世界ではきっと死んだ事になってると思うんだ。それなのに突然帰ったら面倒くさい事になると思わない?」


「そうだよなあ・・・」


それは俺も常々考えていた。もし首尾よく帰れたとしても、こっちの世界に居た事をどう説明すればいいんだろう。きっと大騒ぎになるはずだ。しかも俺は外見も別人になってしまっている上、自衛隊とアメリカ軍の極秘計画の事まで知ってしまっている。元の世界に帰った俺達が大っぴらになれば、計画の事も話さなければならない状況に置かれるだろう。だが日本政府としては計画の事は絶対に認めたくない筈だ。ああ、ちょっと考えただけでも面倒くさい・・・


「川村さん、ちょっと聞いておきたい事があるんですが」

俺は川村の意見を聞いてみる事にした。だが階級は上の方とは言え、川村も自衛官の1人に過ぎない。俺達一般人の処遇について、川村にとっても頭が痛い事柄だと言うのは想像できる。


「ん?何だ?」


「あの、俺達一般人、えーと、俺や美月や凛子、吉野さんは元の世界へ帰った時、どうなっちゃうんでしょうか?この事が大っぴらになれば大騒ぎになると思うんです。多分俺達って死んだ事になってますよね?日本政府としては死んでくれた方が都合が良いわけで、あの空母のハナシも知ってるし・・・政府にとって俺達って頭の痛い存在だと思うんですが・・・」


俺の言葉を聞いた川村の表情が一瞬曇った。俺は聞いてはいけない事を聞いてしまったような気がして、ほんの少し後悔した・・・が、これは避けては通れない問題だ。


「飯田君、実は俺もずっとその事を考えていた。確かに君達はお偉いさん達にとってちょっと厄介な存在だろう。特に空母や実験の事を、大まかであれ知ってしまったと言う事実が問題になるだろう。でもな、特に飯田君、君はこの世界で途方もない身体能力を手に入れた。君のその能力は、元の世界の科学者が束になっても作ることが出来ない能力だ。そんな能力を持った君を、そう易々と排除するわけがない。恐らく暫くは隔離されて隅々まで検査されるだろう。他の皆も、もちろん自衛官の俺達も、人類初の異世界からの帰還者と言う事で検査だの何だかんだで当面は不便な生活を送る羽目になるかもしれないな・・・たぶん、元の職場に復帰するのは難しいかもしれない。何でもかんでも元通りってワケには行かんかもしれんな。だが、こう見えても俺は海上自衛隊の1等海佐だ。皆が不当な目に遭わないよう、身を挺してでも君らを守るつもりだ。俺はな、ここにいる皆はもう家族だと思っているんだ、皆はどう思ってるかは分からんけどな・・・。皆の事は元の世界に居る俺の嫁さんや子供と同じだと思ってる。出来る限りの事はするつもりだ」


川村が話し終えると部屋の中が静まり返った。


「あの、川村さん」


「ん?何だ?飯田君」


「元の世界の帰ったら、たぶん隔離されて云々って仰いましたよね?あれですかね、あの、隔離とかされたら、食い物も毎日病院の飯みたいなもん食わされるんですかね?俺、こっちの世界へ来た時って、仕事帰りにラーメン食いに行く途中だったんですよ。だからもし帰ったら、せめてラーメン食わしてくんないかなーって。隔離とか検査とかされても別に全然問題無いんで、ラーメンだけ食わせてもらえるとありがたいんですが」


「ははは、飯田君、それくらいいつでも交渉してやるぞ、何てったって俺達は人類初の異世界からの帰還者だからな。ラーメンくらい国費で食わせてもらおう!」


「ラーメンじゃ割に合わねえなぁ、せめてパーッと宴会のひとつくらいセッティングしてもらわないと、あ、もちろん宴会コンパニオンのお姉ちゃんも呼んでもらって」

田島がニヤニヤしながら独り言のようにつぶやくとドッと笑いが起こった。

少しだけ場の緊張が解れて行く。


「あー、皆さんお揃いで。もう明日の準備は整いましたか?」


院長先生と奥さんが揃って会議室に入って来た。


「あ、院長先生、奥さん、お待ちしておりました。どうぞこちらへ」


川村に促され、院長先生と奥さんがテーブル中央の椅子に座る。いつもと同じように院長先生は優しそうな笑みを浮かべている。


「みんな、今日でこの病院ともお別れだ。俺達が今ここに居られるのも、いや、今生きていられるのも院長先生と奥さんのおかげだ。感謝してもしきれないほど世話になった。皆でお礼を言おう」


川村の言葉で俺達は起立し、院長先生と奥さんの方に向き直り、全員で深々と頭を下げた。


「「「「「ありがとうございましたっ!」」」」」


「いえいえ、そんなお礼なんていいんですよ、私が好きでした事ですから。皆さんが無事に帰れる事を、心から祈っていますよ」

院長先生と奥さんは相変わらずニコニコしながら、でもちょっと照れくさそうにしている。


「あの、院長先生、こんなものしか置いて行くことが出来なくて、本当に恐縮なんですけど・・・」


凛子が院長先生に1冊のノートを渡した。ノートの中には俺達からのお礼の言葉が書いてある。院長先生には読むことは出来ないが、奥さんが訳して伝えてくれるだろう。

本当は俺達が身につけていた物や使っていた物、例えばスマホとか電卓とかを思い出の品として渡したかったのだが、こちらの世界に無いものは置いて行かない事にした。何かの拍子にそれが表沙汰になってしまった場合、院長先生の身に危険が及ぶ恐れがあるからだ。


その後、俺達は全員で食事をした。

この病院で食べる最後の食事だ。

いつもは皆ガヤガヤ談笑しながら食事をしていたのだが、今日は皆黙々と食べている。色々な感情が混ざり合って、この場で喋るのは気が引ける雰囲気だった。


「あの・・・皆さん・・・」

静けさを破るように、突然誰かが喋った。声の主は八島重工の石田だ。

彼は脊椎損傷の重体で、つい先日まで意識が戻らなかった。そして現在は首から下の神経が麻痺していて手足を動かす事が出来なくなっており、森本と同じように車椅子に乗っている。森本は自力で車椅子を動かす事が出来るが、石田は誰かの付き添いが必要だった。今も院長先生の奥さんに食事を食べさせてもらっている。


「あの、皆さん・・・僕がこんな身体になってしまって、皆さんに迷惑を掛けてしまうのが本当に申し訳無いと思って・・・本当にすみません・・・車椅子さえ自力で動かせないなんて、自分が情けないです」


「いやいやいや、石田君、何言ってるんだ、君が居なけりゃ俺達全員は帰れないんだぞ!俺達にとって何よりも今大切なのは君をあの空母のコンソールに座らせる事だ。今後のの主役は他の誰でもない、君なんだぞ!そんな事言わずに、元気出してくれ!」


「そうですよ石田さん、明日はスーパー飯田っちが石田さんをガッチリ抱えて行くんだから、絶対大丈夫!余計な事考えないで張り切って行こう!」


明日は俺が石田を背中に背負いながら、森本が乗った車椅子を押して行く事になっている。


「じゃあみんな、いよいよ明日だ。今夜はゆっくり休んでくれ。と言っても緊張で眠れないかもしれんが・・・ま、寝坊だけはしないでくれ、寝坊したら置いてくからな!」


時間は20時。あと10時間後、俺達はここを出て空母へ向かう。


俺は部屋に戻り、軽くシャワーを浴びてからベッドに横になった。

この部屋も今日が最後か・・・ふと屋上へ出て見たくなったがやめておいた。夜風に当たって風邪でも引いたら面倒な事になる。

ベッド脇のテーブルの上には、明日着用する装備を準備して置いてある。

鉄帽、戦闘服、防弾チョッキ、数種類のアーマー、川村から託されたSIG SAUER P226拳銃、サバイバルナイフ・・・

これらはサバイバルゲームで使うようなレプリカ品ではない。そう思うと何だか不思議な気分になってくる。

ついこの間までビジネスバッグを抱えて満員電車に乗っていた自分が、明日は本物の戦闘服に身を包み、本物の銃を持って自衛隊員と共に戦場へ行こうとしている。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る