第40話 スーパーガール

「朝倉さん、貴官がこちらに転送されて来た時の事だが・・・日本とアメリカはまだあの実験を続けているんですか?」

川村は自分達が乗艦していた空母が行方不明になった事で、あの実験は中止になったとばかり思っていたらしい。


「ええ、あの事件、川村さん達があの空母と共に姿を消した事は関係者の中でも事実を知っている人間はほんの僅かです。もちろん実験の事はおろか空母の存在も公表されていませんから世間に表沙汰になる事はありませんが、さすがに大金を投じて造った空母や生身の自衛官が行方不明になり、何の手がかりも無いと言う事は政治的にマズかったんでしょうね。ですから関係者の中ではハワイ沖の海底6000mの場所に沈没したと報告されています。そしてその後、実験失敗の原因は空母のような大きな質量の物を転送させた事によるものという結果が出されたようで・・・次にあの空母と同じ時期に造られた3隻の原潜の内の1隻に電磁波発生装置を搭載して実験が行われたんです。結果は空母の時と同じく、跡形も無く消息を絶ちました。そして今回は航空機で実験が行われたんです。防衛省側はもうやりたくないって感じでしたが、アメリカ側がやると言ってきかない。それで今回はアメリカ主導で向島の沖合に電磁波発生装置を並べた長さ800mの浮島を浮かべ、電磁波のトンネルを作ってその中を航空機が飛行して転送実験が行われました。予定ではフィリピン沖に転送されるはずでしたが・・・ここへ来ちゃいましたね」


「そうですか・・・まだあの実験は継続されているんですね、いいかげん諦めればいいものを・・・まあ仕方ない、それはそれとして、朝倉さんの乗って来たF-35だが、あの山中に隠しておくにしても見つかるのは時間の問題ですね・・・」


院長先生の話によると、F-35が着陸した雑木林は国有地になっており、人が足を踏み入れることは滅多にないらしい。でもあのF-35の爆音だ。何らかの通報が入っているかもしれないし、もしそうであればあの地域に何らかの捜査が行われるであろう事は想像に難くない。


「空母への突入日を早めなきゃならんなあ・・・」


そうつぶやいた川村の視線の向こう、窓越しに見える山の稜線の向こうには、間もなく俺達が奪還に向かう空母がある。

「うわぁぁぁぁぁ!!!」

また自分の叫び声で起きてしまった。

もう何度目だろう?あの夢を見るのは。

心のどこかに消せない傷となって刻まれてしまっているのかもしれない、あの山下を殺した時の記憶。

この夢に一生付き合っていかなければならないのかと思うと心が折れそうになる。

俺は汗で湿ったシャツを脱ぎ、新しいシャツに着替えると、いつもの様に屋上に向かう。

俺はあの夢を見た後は決まって屋上へ行くことにしている。もう一度寝るのが怖いのだ。


蒸し暑い部屋の中とは違って屋上は心地良い夜風が吹いていた。夜風で擦れ合う木々の葉がざわざわと音を立てている。

俺は屋上の手すりを両手で掴み、猫のように上体を反らせてみる。

全身の力が抜け、眠気が一気に覚めていった。


「飯田さんっ」


声の方を振り返ると、吉野が立っていた。

いつもは結んで後ろの方に丸めて纏めてある髪を今夜は下ろしている。


「あ、吉野さん、どうしたんですか?眠れないとか?」


「はい、なんか落ち着けないって言うか・・・美月ちゃんが言ってたんですよ『眠れない夜は屋上に出て気分転換するんです』って。だから私も今日は屋上に来てみました」


風になびく髪を右手で押さえながら話す彼女の仕草がちょっと色っぽくて、俺は少しドキッとした。首筋のラインが月明かりに照らされて、ほんのり青白く光っていた。


「俺も、何だか寝付けなくて・・・美月と同じように眠れない時はよくここへ来るんですよ」


「そうなんですね、私、初めて夜の屋上へ来てみたんですけど、気持ちいですね、風が吹いてて。ひょっとしたら美月ちゃんが居るかな~って思ったんですけど。へへへ」


「あー、美月じゃなくて俺で残念でしたねー」


「はい、残念です」


「あ、酷いな!」


「冗談ですよー!飯田さんでもいいです」


「でもいいですって・・・まあいいや。あの、吉野さん、ちょっと気になってるって言うか・・・あの、気分を悪くしたらゴメンナサイ・・・あの・・・」


「あ、私が男性に興味無いってことですか?」


「あ、はい、すんません」


「あはは、謝る事無いですよ~、全然気にしてませんから・・・そうですね、私、本当に男性に対してそう言う感情が持てないんですよね」


「なぜに?」


「さぁ・・・?何ででしょうねぇ、小さい頃からこんな感じで、これが普通だと思ってました。でも成長するに従って『自分はちょっと変なんじゃないか』って思うようになってツラかった時期もありましたけど、今はもう開き直っちゃってるって言うか、すぐにカミングアウトするようになっちゃいました。その方が楽だから」


「そうなんですか、でも吉野さん、結構美人だから男の人から告白されたりする事あったでしょ?」


「えー?私って美人ですかぁ?あはは、ありがとうございます!・・・そうですねー、でも中学から大学までずっと女子校だったから、あんまり男の人と接点が無かったんですよ。男の人から告白された事ですか?・・・うーん、無いですねぇ」


「えーっ、マジで!?」


「私の実家って小さな自動車修理工場なんです。父も母もカーマニアで、自分の子供をレーサーにするのが夢でね。二歳年上の兄が居るんですけど、生まれた時から目に障害があって・・・で、私に白羽の矢が立っちゃって、小さい時からカートレースをさせられてたんです。学校から帰ると毎日カートレース場へ行ってカートの練習するんですよ、暗くなるまで。でもやっぱり男性には敵わないんです、体力面とかで絶対負けちゃう。それが悔しくて悔しくて、『絶対に男に負けない!』って思ってて『男は全員敵だ!』みたいな(笑)。でね、あれは高校1年の時だったかな・・・カート場の更衣室で着替えをしているのを盗撮されちゃったんです。その時に私の方からもチラっとその盗撮している人の姿が見えて・・携帯のカメラを構えてるのがドアの隙間から見えたんですけど、私その時怖くなっちゃって何もできなかったんです。そしたらね、私の他にもう1人、女の子でレースに出ている子が居たんですけど、その子がちょうど通りかかって、盗撮していた男の子を捕まえてくれたんですよ。その子が犯人を捕まえて私の目の前で携帯をバキッて折っちゃって、土下座させて謝らせて・・・でも私、何も言えなくて泣いちゃって・・・その時にね、その女の子が優しく抱き寄せてくれて、髪を撫でながら慰めてくれたんですよね。私、女の子にそんな事されたの初めてで、すごくドキドキして・・・早い話、好きになっちゃったんです、その子の事が。実は毎日カートの練習に行くのが嫌だったんですけど、それからはその子に会えるからカートの練習に行くのが楽しみで楽しみで・・・いえ、カートが好きなんじゃなくてその子の事が好きだっただけなんですけど・・・それ以来、自分は女の人が好きなんだって確信しちゃいました」


「へー、そうなんだ、この前の朝倉さんが転送されてきた時、吉野さんイーグルの運転上手かったもんなあ、田島さんの運転とは大違いだったよ。でもさ、今は白バイ隊員でしょ?何で車じゃなくて白バイ乗ってるの?」


「その初めて好きになった女の子とはね、ずっと友達だったんですよ。もちろん私が彼女の事を好きだって事は言わなかったんだけど・・・その子がね、オートバイの免許を取ってバイクに乗り始めたんです。私も彼女と一緒に居たいから二輪免許取ってバイクに乗り始めたんですけど、大学生の時に彼女、バイクで事故に遭って亡くなっちゃったんです、高速道路で煽り運転のトラックに追突されて。私、そのトラックの運転手が許せなくて・・・そんな運転するヤツ、私が警官になってバンバン捕まえてやる!と思って警官になったんです」


「すごいなあ、四輪は小さい頃からレースやってて、二輪は白バイ乗りだもんなあ!少年漫画の主人公みたいだ。スーパーガールだ!」


「そうですかぁ?・・・飯田さんは、普通の会社員さんですよね?」


「俺は普通のサラリーマンですよ、あ、普通じゃないや、ダメなサラリーマンだ。小さな広告代理店に勤めてるんだけどね、同期は皆出世してるのに俺だけヒラ社員・・・俺って仕事できないからね、ハハハ」


「そうなんですか?全然そんなふうには見えないけどなあ。この前も美月ちゃん助けたし」


「いやぁ・・・あれは火事場の馬鹿力って言うか・・・ハハハ」


そう言えば凛子にも同じ事を言われたな。

確かに俺はあの状況で美月を救出した。でもそれは輸血によって身体能力がモンスター並みになったから可能だったわけで、内面は何も変わっていない。中身はダメサラリーマンの飯田明のままだ。

最近、俺の中で周りの目と自分が知っている本当の自分とのギャップが重荷になっている。

本当の俺は、皆が思ってるようなヒーローみたいな人間じゃない。

ごみの収集日にゴミ出しをするのが面倒くさくて、大きなゴミ袋が部屋に何個も置いてあったり、次の日の仕事の準備をしなければならないのに明け方までゲームして、結局準備不足で周りに迷惑を掛けたり、銀行口座の残高不足で引き落としが出来ず、カード会社にカード止められたり・・・俺は30にもなるのに、こんなにだらしないダメ人間なのだ。

美月を助けた?あれはただラッキーが重なっただけだ。たぶん二度目は無い。

いつか、いつかこのメッキが剝がれてしまう時が来るんだろう・・・。

゙飯田さん、ココ違ってますよ” ゙飯田さん、コレ確認したんですかぁ?”

仕事のミスを指摘された時の後輩の声が頭に浮かぶ。

何とか言い訳を考えようとしてしどろもどろになってドッと噴き出る冷汗。

いつか、ここの皆にも本当の俺が、ダメな俺がバレてしまうのだろう。

それがたまらなく怖い。

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