第38話 説得
「美月!無線どうだ?」
「ずっとザーのままですね、ハズレです」
「そうか、ご苦労さん、じゃあ俺と代わってくれ」
川村は美月から渡されたヘッドセットを付け、無線機のテンキーで周波数を入力する。
3・5・8・1・8・5・5
ヘッドセットからザーと言う音が消えた。ビンゴか!?
「こちら海上自衛隊DDGあしがら艦長川村、緊急につき日本語での通信を希望する、送れ」
「・・・・・こちら・・・航空自衛隊三沢基地所属、朝倉、えー、本機は機体トラブルでGPS及びすべてのデータリンクがロスト、最寄りの基地まで誘導願う」
「朝倉さんっ!今は緊急事態なのでこんな話し方で許してくれ!機体はF-35AかBか?」
「・・・F-35B」
「よしっ!いいぞ!そちらが飛んでいる周囲にウチの別動隊の車両が待機してる、今から発煙筒を炊くから近くに着陸してコンタクトしてもらえないか?STOVL機だろ?何とか着陸できないか?」
「こちら、作戦行動中につき、予定外の行動は禁止されている」
「その作戦ってのは何だ?向島の基地で米軍と共同でやってるヤツか?そうだろ!EWD実験だろ!!」
「・・・な、なぜ、知っている・・・あしがら艦長?・・・川村・・・かわむら!!第一次EWDで行方不明になった川村一佐ですか?」
「そうだっ!俺は川村だっ!いいか、君は今大変な状況に陥ってるんだ!」
「先ほど山中に空母を発見した。本機はそちらへ向かう」
「ダメだダメだダメだ!絶対にあの空母には着艦するな!頼むから俺の言う事を聞いてくれ!」
-------------- 奥多摩山中 イーグル装甲車(大谷、吉野、飯田、凛子) ------------------
F-35の機影が雲に隠れてから数分後、またもやジェットエンジンが発する”ゴー”と言う音がかすかに聞こえ、その音はだんだん大きくなる。
「こちら川村、イーグル、聞こえるか?」
「こちらイーグル、感明良し」
「大谷、今すぐイーグルの発煙弾を打て!今すぐだ!早く!」
「了」
大谷が手元のコンソールにあるスイッチを操作すると、イーグルの上部砲塔後部にある擲弾発射搭からボンッと言う音と共に発煙弾が発射され、それはイーグルの前方約50mの位置に落下して白い煙を吐き出し始めた。
そしてその白煙の遥か向こうから、爆音と共にF-35の機影がこちらに向かってどんどん大きくなってくる。F-35は白煙の手前で機体を右に傾けると、地上から数十メートルの高さにまで高度を下げ、爆音と共にイーグルの頭上をかすめて通り過ぎて行った。
上空から聞こえるエンジン音と、機体が大気を切り裂くシュルシュルと言う音が再び近づいて来た。F-35はイーグルから数キロ離れた場所で速度を落とすと、その場所でホバリングをして上空に静止している。
しばらくすると、F-35はゆっくりと降下しはじめた。
「こちら川村、イーグル、聞こえるか?」
「こちらイーグル、F-35がこの近くの山中に降下してます!」
「よし、いいぞ!大谷、どうやらそのF-35はEWD実験で転送されてきたみたいだ、三沢のF-35Bだ!」
「えっ!EWD実験!?それじゃ自分達と同じじゃないですかっ!」
「そうらしい。詳しい事は良く分からんが、何とかパイロットと接触を試みてこっちに連れてきて欲しい、パイロットの名は朝倉だ」
「了解、直ちに向かいます!・・・飯田君、俺と一緒に来てくれ、凛子と吉野さんはここで待機。もし敵に見つかりそうになったら移動して構わない。俺と飯田君の事は気にするな」
俺と大谷はイーグルから降りると、鬱蒼とした雑木林の中をF-35が着陸したと思しき方角へ向かって歩き出した。
こんな山の中に入るのは何年ぶりだろう。大学生の時、神奈川の山中へキャンプに行った時以来じゃないだろうか?
もうそろそろ日が暮れる頃だ。生い茂る木々のせいで日中でさえ薄暗い林の中は、かなり視界が悪くなっている。
10分ほど歩いただろうか?前方の木々の間に、何か大きな岩のような物体が佇んでいるのが見える。近づくにつれてその物体は飛行機の形だと認識出来るようになった。
着陸の際にエンジンの排気で草や枯葉が燃えたのだろうか? 辺りには火事場の様な焦げ臭い匂いが充満している。
「飯田君、姿勢を低くして」
F-35から約15メートルほどの場所で大谷が腰を低くして木の陰に身を隠す。俺も大谷と同じ姿勢で近くの木に身を隠した。
キャノピーはまだ開いておらず、コクピットの中にはまだ人影が見えている。
「飯田君、俺は機体の向こう側に回り込む。パイロットが降りてきたら接触してみるが、俺が合図するまで飯田君はここで身を隠していてくれ」
「分かりました」
大谷は姿勢を低くしたまま、木々の間を静かに抜けながらF-35を挟んで反対側へと向かった。
ガコン!と言う音と共にF-35のキャノピーが開き、コクピットの中からパイロットが這い出して来るのが見える。
パイロットはコクピットから出ると、機体の側面から滑り落ちるように地面へ飛び降り、機体の傍らに立って辺りを見回している。右手に黒い拳銃を持っている。
「自分は海上自衛隊佐世保基地所属、大谷秀行3等海佐であります。貴官に危害を加えるつもりはありません、この場で少し話をさせてもらえませんかー?」
大谷が叫びながら両手を上げて茂みの中からゆっくりと歩み出てきた。
それを見たパイロットはほんの少し後ずさりをし、大谷の方を見ている。
「朝倉、さん、ですよね?安心してください、私も自衛官です、海自です」
大谷はゆっくりとパイロットとの距離を縮めていく。パイロットは相変わらず大谷を呆然と見つめている。
「大丈夫です。驚いたかと思いますが、ちょっと話をさせてくだ・・・」
大谷が約3mほどの距離に近づいた時だった。パイロットは両手で持った拳銃を大谷に向けて叫んだ。
「動くなっ! そ、それ以上近づくなっ!」
「朝倉さん、落ち着いてください!少々お話を聞いていただきたいだけですから、銃を下ろしてください」
パイロットは大谷の言葉には耳も貸さず、銃を向けたまま大谷に近寄ると、そのまま大谷に足払いをかました。
丸腰の大谷はパイロットにされるがまま、焦げ臭い地面にうつ伏せで倒れこむ。
パイロットは倒れた大谷の背中に馬乗りになり、大谷の頭に拳銃を突き付けた。
「貴様ら!いったい何者だ!何を企んでいる!この実験の何を知っている!!」
薄暗い雑木林にパイロットの怒声が響き渡る。
大谷はまったく身動きできないようだ。
ヤバイ!あのパイロットはまだ元の世界に居ると思っている。
「おい!貴様らは何者なんだっ!!」
パイロットは大谷の髪の毛を掴み、大谷の顔面を地面に何度も打ち付けている。
このままでは大谷の身が危険だ。
パイロットまでの距離は約15m、俺の足だったら1~2秒で到達できる。
俺は咄嗟に茂みから飛び出した。
大谷に向けていた拳銃を持ったパイロットの右手を蹴り上げると、拳銃はパイロットの手を離れて宙に舞い、F-35の機体にぶつかって地面へ落下した。
あまりの痛さに右手を押さえてうずくまるパイロットを大谷から引き剝がし、今度は俺がパイロットの上に馬乗りになる。
「くそっ!お前ら!何者だっ!放せっ!」
パイロットは俺から逃れようと抵抗するが、俺のパワーに敵う筈もない。
「飯田君!もういい!彼を放してやってくれ!」
「で、でも・・・」
「いいんだ、早く放すんだ!」
大谷に言われて、俺は渋々パイロットの上から立ち上がった。
パイロットは俺に蹴られた腕を片方の手で押さえている・・・が、その場から起き上がろうとはしない。
「手荒な事をしてすみません、危害を加えないと言ったばかりなのに・・・本当に申し訳ありませんでした」
大谷はパイロットに深々と頭を下げた。俺は何だか納得が行かず、ちょっとふてくされた気分だ。
「それで・・・話ってのは・・・何の話ですか?」
パイロットは天を見つめたまま問いかけてきた。遠くで梟がホーホーと鳴いているのが聞こえる。
「朝倉さん・・・ですよね、EWD実験の最中でしょう?今回はどこからどこまで移動する事になってたんですか?」
「な、何で実験の事を・・・」
「そりゃ知ってますよ。第一次EWD実験で喪失した空母の事、ご存じですよね?この実験に関わっているなら知らないとは言わせません。先ほどこの空域を飛んでいる時に、山中にでかい空母の姿、見かけませんでした?」
「・・・ま、まさか・・・あの空母って・・・」
「そうですよ、あの空母です。自分達はアレに乗艦していたんです」
「防衛庁と米軍の共同発表で、ハワイ沖に沈没したと・・・」
「ははは、あっちの世界ではそんな事になってるんですか・・・」
「あっちの世界?」
「朝倉さん、信じられないかもしれませんが、ここは私達が居た場所じゃないんです。どこか分からない、全く違う世界の日本なんです。EWD実験で、あなたは私達と同じように違う世界へ飛ばされて来たんです、あのF-35と一緒に」
「な、何を言ってるのか・・・良く分からないんですが・・・そんな事言って、私を騙して・・・実験の内容を聞き出そうとしてるんじゃ・・・」
「まぁ、そう思われるのも無理は無いですね・・・自分も最初は混乱しましたから・・・わかりました、じゃあこうしましょう!今から私達は朝倉さんと機体から離れます。すぐにF-35に乗って飛び立つも良し、そのまま歩いてどこかへ消えるのも良し、朝倉さんがどうしようと一切関わりません。10分間だけ、茂みの中に隠れて待ちます。もし私達と同行するなら、その10分の間に私達を呼んでください。10分間だけです。10分経ったら、私達はここを離れます・・・・・じゃ、飯田君、行くぞ」
俺と大谷は仰向けに寝転がっているパイロットの朝倉をその場に残し、茂みの中へ身を隠した。
「大谷さん、すみません、手を出すなって言われてたのに・・・」
「ああ、いや、俺こそちょっと甘く見てた。まさか彼に銃を突きつけられるとは思ってなかったよ・・・でも飯田君、あの蹴りはちょっとやり過ぎたかもしれないなぁ、たぶん彼の右手、折れてる」
「はぁ・・・スイマセン」
確かにちょっとやり過ぎた・・・田島との稽古の時もそうだったが、俺はまだこの身体のパワーを上手く制御できていない。咄嗟になると思わず力が入ってしまうのだ。
あれから8分が経過しようとしている。朝倉はまだF-35の傍らで仰向けのまま、微動だにしない。
もう完全に陽が落ち、雑木林の中は真っ暗になっていた。月の光で僅かに周囲の様子がうっすらと見えるだけだ。
そろそろタイムリミットの10分になる、相変わらず朝倉は地面に寝転がったままだ。
「分かりましたー!自分も同行させてくださーい!」
仰向けになったまま、朝倉が叫んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます