第37話 空からの使者

「おっしゃー!まだまだぁー!もう一本いくぞぉ!」


山下に刺された俺の肩の傷がかなり回復したので、昨日から田島に柔道の稽古を付けてもらっている。

この世界の人間にも勝る身体能力を身につけた俺だが、柔道では未だに田島になかなか勝つことが出来ない。

力任せに勝とうとしても、スルッとかわされていつの間にか倒されてしまう。

まさに”柔よく剛を制す”。

だが、ここへ来てから毎日のように田島と闘っていれば、さすがに俺でも10回に1回くらいは勝てるようになる。


「ここだっ!!」


田島の身体から一瞬だけ力が抜けた。俺はすかさず上体をひねり、田島の右腕を掴んで背負い投げの体勢に入る。

いつもはここで田島がフワッと重心を移動させて背負い投げをかわすのだが、この時は田島の全体重が俺の腰に乗っているのが感じられた。

俺はそのまま、掴んだ田島の右腕を抱え込み、腰に乗った田島を勢いよく前方へ叩きつける。

田島はバーンと言う大きな音と共に受け身をしたが、そのまま苦悶の表情を浮かべながら丸まってしまった。


「た、田島さんっ!大丈夫ですかっ?」


「いてててて・・・だ、大丈夫大丈夫。肩、脱臼したわ。これ昔から癖になっちゃっててな、変な角度でぶつけると抜けちゃうんだな、いててて・・・心配すんな、1日経てば治るから」


「すいません・・・」


「謝ること無いって!しかし飯田君も強くなったよな!イイ感じに投げられちまったな、ははは・・・ちょっと院長先生のトコ行って肩入れてもらって来るわ」


田島はゆっくりと起き上がると、俺達が稽古場代わりに使っているリハビリ室を出て行った。そして田島と入れ替わりに、凛子が慌てて部屋に駆け込んできた。


「田島さん、飯田っち!あれ?田島さんは?」


「田島さんは院長先生のとこへ行ったけど、なに?」


「川村さんが会議室に集合だって!」



会議室ではまだ病室で療養している石田と田島以外の全員が既に集まっていた。

全員が大谷の操作するレーダーに接続されたノートパソコンの周りを取り囲んでいる。


「磁場の変調が出始めたのが1時間ほど前ですが、どんどん値が強くなってます。これ、いつもよりもかなり激しいですね」

大谷がレーダーのダイヤルをわずかに調節すると、画面に映し出された輝点がギラギラと輝いた。


「確かに今回は強烈だな。場所はわかるか?」

川村の問いかけに、大谷がパソコンのキーボードから数値を何回か入力すると緯度経度のデータが表示された。


「えーっと、あ、このすぐ近くですよ!北西に約8kmですね」


「みんな!あそこあそこ!」

窓際に居た美月が空を指差している。美月が指差す方を見ると、あのピンク色の雲が山の稜線ギリギリに浮かんでいた。


「まずい!こりゃもうすぐ転送が起こるぞ!病院のワゴン車じゃあの山道は走れないな、よし、イーグルで行くぞ!田島!イーグルの・・・あれ?田島は?」

「田島さん、さっき俺と稽古してて脱臼しちゃって、院長先生のとこに行ってます!」

「あ~、そりゃ弱ったな・・・この磁場レーダーをイーグルに積んでセットアップしてる時間なんか無いしな・・・じゃあ俺がここで磁場レーダーを操作してイーグルを誘導・・・大谷がイーグルの無線と、で、誰がイーグルを運転するか・・・飯田君、イーグル運転できるか?」


「出来ると思いますけど・・・あの車ってオートマですよね?」


「そうだ、オートマだ」


「あの・・・私に運転させてください!」


後ろに居た吉野がいきなり声を上げた。


「吉野さん・・・あ、キミは白バイ隊員だったよな、四輪もいけるか?」


「ハイ!私、子供の頃からカートに乗ってました!警官になる前までは四輪のレースに出てましたから大丈夫です!」


またまたヨッシーの新たな一面が。


「よし!じゃあイーグルは吉野さんに運転してもらって、俺がここから場所の指示を出すから大谷はイーグルの無線で受けてくれ。飯田君と凛子は転送者の確保を頼む。今回は武器の使用は無しだ。奴らが出て来て交戦しそうになったら一旦引き上げてくれ。その後の状況次第でどうするか決めよう」


俺と凛子、大谷と吉野の4人は急いで戦闘用の装備に着替えるとイーグルが停まっている地下へと向かった。


地下駐車場の奥、隠すように板で覆われてイーグルが佇んでいる。

吉野は運転席、大谷は運転席後ろのRWS操作席に、俺と凛子は後部の荷台席に座り、各々の装備を確認した。


「飯田、装備よし」

「坂口、オッケーでーす」

「RWS動作よし、無線感度よし、じゃあ吉野さん、車を出してください」

「了解です、発車します」


「イーグル、こちら川村だ。病院を出たら左に曲がって、そのまま道なりに2km行ってくれ。右手に大きな製材所が見えたらその右わきの小道へ入ってしばらく進むと道がY字に別れていると思う。Y字路を左方向へ入るとあとはずっと道なりにまっすぐ進んでくれ。途中からガードレールの無い曲がりくねった山道になるから気を付けてな」


「吉野さん、いまの無線、聞こえましたか!」


「はい!大丈夫です!」


俺達が乗ったイーグルは、夕方の人気のない奥多摩の道を全速力で疾走していく。

それにしても吉野は運転が上手い。メリハリのある運転とでも言うか、かなりのスピードで走っているのにも関わらず、俺はまったく恐怖感を感じない。


「飯田っち、ヨッシーメチャメチャ運転上手いね!田島さんの運転とは全然違うね」


「うん、俺もそう思った。こんなにスピード出てるのに全然怖くないもんな」


イーグルは製材所の脇の小道からY字路を左方向に入った。未舗装の曲がりくねった山道を、吉野はイーグルの車輪を巧みにスライドさせながら、スピードを落とすことなく走り抜けていく。

しばらく走ると道幅がより一層狭くなった。右側は山の法面、左側はガードレールの無い谷が続いており、右カーブの際は左側の後輪が巻き上げた小石がバラバラと谷底へ落ちて行く。


「イーグル、こちら川村。現在位置を送れ」


「こちらイーグル、現在位置はY字路から約5km地点」


「えーっ、早いな!もうそんなに行ったのか・・・あと1.5kmほど走ると右手に小さな祠があるはずだ、その祠付近で一旦待機してくれ」


「了」


しばらく走ると川村が無線で言っていた祠が見えてきた。かなり古い物らしく、所々朽ち果ててボロボロだ。


吉野がイーグルを祠の横のわずかなスペースに停車させ、イグニッションをOFFにすると車内は静寂に包まれた。車の外からわずかに鳥の鳴き声が聞こえるだけだ。

イーグルの窓から上空を見上げると、ピンク色の雲がアメーバのように形を変えながら不気味に漂っている。

その静寂を破るように、無線から川村の声が鳴り響いた。


「イーグル!変調が激し・・・%&$@#・・・この@#%&>%・・・」


「大谷さん!無線どうしたんですかっ?」


「磁気の影響だと思うが・・・こちらイーグル、こちらイーグル、感明送れ!」


「・・・・・・・・」


「まずいな、磁気の影響が激しすぎて無線逝ったか!?」


その時だった、いきなりものすごい爆発音が鳴り響き、イーグルの車体がビリビリ振動した。

耳の奥で鳴っているキーンと言う音で周囲の音がかき消され、隣で凛子が窓の外を指差して何か叫んでいるがまったく聞き取れない。

運転席では吉野が両手で耳を塞ぎ、上空を見つめている。

何だ?外に何かあるのか?

俺は窓の外に視線を移した。

イーグルの右手上空、ピンク色の雲の中心部が激しく渦巻いている。そしてその渦の中心部から、翼を持った灰色の物体が飛び出してきた。

その物体は轟音と共に俺達が乗ったイーグルの左方向へ向かって飛び続けている。


「大谷さんっ!あれ飛行機だよっ、飛行機!」

「あれは、自衛隊のF-35だ!!」


キーンと言う耳鳴りの中、凛子と大谷が叫ぶ声が微かに聞こえた。

飛行機は左上空で旋回した後に高度を上げ、垂れ込めた雲の中へ入って見えなくなった。だがエンジンの音は相変わらず響いている。


「こちらイーグル、こちらイーグル、感明送れ!川村一佐、聞こえますかっ!」


「こちら川村、感明良し。イーグル、無線大丈夫か?」


「こちらイーグル、無線は大丈夫ですが、それよりも大変な事が!」


「何だ?どうした?」


「雲の中から、雲の中から空自のF-35が出てきました!」


「本当か?確かにF-35なのか?空自の?」


「間違いありません、目視で日の丸を確認しました!」


「大谷、この無線機、UHF帯使えるよな」


「もちろん使えますが」


「空自のCGIエアーバンドの周波数分かるか」


「いや、さすがにそこまでは・・・」


「じゃあ200から300Mhzをひたすらサーチするしかないか・・・」


「川村一佐、ひょとしてあのF-35と交信しようとしてます?」


「もちろんだ、あいつ、このままだと俺達が乗って来た空母に着艦しちまうぞ!」


----------- 奥多摩病院 会議室 ---------------


「美月っ!ちょっとこっち来て手伝ってくれ!」

「はい!」

「いいか美月、このヘッドセットをつけて音を聞いてみてくれ・・・ザーって音がしてるだろ?次にこの『>』ボタンを押して・・・ここの周波数が変わったよな、でもまだザーって音は変わりないよな?」

「はい、ザーって言ってますね」

「ザーはハズレだ。もう一回『>』ボタンを押して」

「またザーですね」

「じゃあもう一回」

「同じです」

「これを繰り返してくれ。もし違う音が聞こえたらすぐに知らせてくれ、大丈夫だな?」

「はい!」


川村は無線機を美月に任せると自分の部屋へ向かった。

「あの実験の時、三沢基地からF-35が来ていたはずだ・・・何かあった時のためにCGIの周波数をメモしてあったと思うんだが・・・」

川村は部屋のベッドの下に隠してあるカバンを引きずり出し、中からA7サイズの小さなノートを取り出してペラペラとページをめくる。


「おお、あった!これだ!だが同じ周波数を使ってるとは限らんしな・・・まあ試してみるか・・・」

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