第36話 天然?

凛子と話し込んでお開きになったのが午前4時半。俺は3時間ちょっと睡眠を取り、いつものように食堂で美月の朝食を受け取って美月の部屋に向かった。


「美月ー、朝ごはんですよー」


返事が無い。

いつもは普通に『はーい、どうぞー』と返って来るのに。

部屋に居ないのか?シャワーでも浴びてるのか?でもシャワーの音が聞こえないし・・・


「おーい、美月ー、いないのー」


「いますよ」


何かぶっきらぼうな返事だ。

俺がドアを開けて美月の部屋へ入ると、美月はいつものようにベッドに座って携帯のゲームをしている。


「朝ごはんでーす。今日は何だか良く分からん野菜が入ったおかゆと、何だか良く分からん野菜が入ったスープと、何だか良く分からん野菜の煮物で・・・あれ?」


いつもは「またそれですかぁ?」とか「もういいいですよー」とか言ってくるのに、今日は俺と目も合わさないで携帯を弄っている。


「あれ?美月さん、今日はどうしたんですかー?」


「・・・・・」


「具合でも悪いのかな?ダイジョウブかー?」


「・・・・・」


無視か?何で?・・・困った。こう言うのがいちばん困る。


「美月さーん、どうされましたかー?」


美月は持っていた携帯を傍らに置くと俺の目をキッと睨みつけた。心なしか口がとんがっているように見える。


「飯田さん、深夜2時頃、どこに居たんですか?」


え?え?なんで?なんでそんなコト聞くの?


「し、深夜?あ、ああー、深夜ね、2時頃ね、なんか寝付けなくなっちゃってさー、屋上に外の空気を吸いに行ってたな」


「そうなんですか・・・で、誰かと一緒だったんですか?屋上で」


え!?そう聞く?そんなコト聞く?

いやいやいや、俺は何もやましい事はしてない。(凛子の胸の谷間をちょびっとチラ見しただけだ)


「え?誰かと?あ、あああ、凛子がね、ちょうどね、たまたま、うん、たまたま屋上に居てね、まぁついでだからちょっと話してたんだ、たまたまね」


「ふーん・・・」


なになになに、何よ、その『ふーん』て。


「あれ、み、美月さ、何で俺が屋上に居た事知ってるの?」


「別に・・・そんな事どうでもいいじゃないですか」


「あ、うん、別にいいけど・・・あの、その、どうしてかな~って思って、ははは・・・」


「さっき院長先生が朝の回診に来てくださって、その時に”今朝がた屋上で飯田さんと凛子さんに会いましたよ”って」


「あっ、そうなんだ・・・院長先生が・・・そうかそうか」


うわ~、院長先生、余計な事言ってくれちゃって・・・面倒くさい事になっちゃったじゃん!

いや、でも俺はやましい事なんてこれっぽっちも無いぞ。そうだ、やましい事なんて何も無い。


「その後でですね、私が会議室に置き忘れていた携帯の充電器を凛子さんが持ってきてくれたんですよ、ここに。その時に『飯田さんと屋上に居たんですか?』って聞いたら、午前2時から2時間くらい、ずっと2人きりで一緒に居たって」


バカ凛子!そこらへんはテキトーにごまかせよ!なに馬鹿正直に報告してんの!気が利かないなあ!


「あ?あああ、そうだっけ?そんなに長く居たかな?でもずっと2人きりってワケじゃなくて、院長先生も後から来てね、うん、院長先生もね・・」


「ふーん・・・・・凛子さんと何してたんですかぁ?」


「な、何って・・・べ、別に・・・世間話、とか?なに話したっけなあ?あんまり覚えてないなあ、おっぱいの事、じゃなくて・・・大した話じゃなかったから良く覚えてないんだな、うん」


「おっぱい?」


「ああああ、お、おっぱいなんて言ってません」


「飯田さんっ!」


「はいっ!」


「飯田さん、私の事『天然』って言ったでしょ!」


そ、そこか!?キミが怒ってるのはそこか?

だから天然なんだよ・・・


「凛子さんが言ってたもん!飯田さんが『美月は天然でいつもポワ~ンとしてる』って言ってたって、凛子さんが言ってたもん!」


「あ、いや、それはさ、あのね、あのね、て、て、天然じゃなくてね、何て言うか・・・その・・・あっ!そうそう!天然じゃなくて”ナチュラル”って言おうとしたんだ!俺ってさ、英語苦手だから咄嗟に出て来なくてさ、『美月はナチュラルで自然な感じがイイね~』って」


「ポワ~ンは?」


「はい?」


「”ポワ~ンとしてる”って何ですか?」


「あ、ああ、ポワ~ンね、ポワ~ン・・・か、お、俺、そんなこと言ったかなぁ?ちょっと眠かったしね。言ったかな?」


ポワ~ンとしてるって言ったのは凛子じゃんかよ!なんで話をややこしくするの!バカ凛子!


「もういいです」


「え?」


「もういいですっ!」


あちゃ~、完全にヘソ曲げちゃったよ・・・どうすんのよ、つーか、何でこんな状況になっちゃうのよ・・・。

しばしの沈黙。俺と美月の間に漂う微妙な空気。

俺、こう言うの慣れてないんだよなぁ・・・困ったなあ・・・


「クックック・・・」


突然美月が下を向き、肩を震わせてこらえるように笑い出した。


「あははは!もう我慢できないっ!飯田さん、ビックリしたぁ?」


「へ?」


「凛子さんと夜中に屋上で2人きりで居たから私がヤキモチ焼いたと思ったでしょ!」


「はぁぁぁ?な、な、何だよ、それ!そんなことないよ!べべべ、別に美月がどう思おうとさ、そんなの勝手だしさ、お、俺が凛子と何かあったとしてもさ、美月には、か、関係ないじゃん!」


「ふ~ん、そうなんだぁ、じゃあやっぱり凛子さんとナニかあったんだぁ、そうかそうか、そうなんだぁ~」


「ななな、何もないよっ!あるワケ無いだろっ、あ、あんな脳筋女と!」


「本当~?」


「ほ、本当だよっ!じゃあさ、美月は俺が凛子とナニかしてたって証拠でもあるの?実際に見たの?いつ?何月何日何時何分何秒!」


「キャハハハ~!凛子さんの言った通りだぁ!飯田さん、わっかりやすいなあ~!」


「何だよ、それ」


「凛子さんがね、『飯田っちは焦ると顔真っ赤にしてムキになって、いきなりどもり出すから子供みたいでカワイイよ、美月も試してみ!』って。あはは~、凛子さんの言った通りだ!飯田さんカワイイねー!」


「お、お前らグルだな!グルだったんだな!グルになって俺をハメやがったな!」


「オーノー、ワタシ、ニホンゴヨクワッカリマシェーン、キコクシジョデスカラー、クヤシカッタラ、エイゴデ、ハナシテクダサーイ」


「う・・・・・」


「飯田さん」


「何だよっ」


「さっき・・・・・凛子さんと何かあったとしても美月には関係ないって言いましたよね」


「あ、い、いや、まぁ、あれだ、売り言葉に買い言葉と言うか・・・」


「ちょっと悲しかった」


「あ、ああー・・・・・」


「別に私、飯田さんの彼女じゃないですけど・・・でも、ちょっと・・・じゃなくって、ちょっとよりもっといっぱい悲しかった」


「そ、そうか、ゴメンな・・・」


「別にいいですけど・・・・・ワタシ、飯田さんの。カ・ノ・ジョ・ジャ・ナ・イ・デ・ス・カ・ラー!」


「スミマセンです・・・」


「じゃあお詫びのシルシに朝ごはん食べさせてください」


「えーっ、また食べさせるの?俺が?」


「イヤならいいです」


「わかったわかった、わかりました。はい、あーん・・・美味い?」


「まずい」


またこの下りかよっ!

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