第34話 酒宴

”コンコン”

ドアをノックする音。


「おーい、美月ー、入るよー、飯田っちも一緒なんでしょー!」


凛子の声だ。


「ハーイ、どうぞー」


ドアが開くと凛子を先頭に皆がゾロゾロと入って来る。

車椅子に乗った森本も一緒だ。


「あんた達、2人で長時間部屋に籠っちゃって何してたのさー、お姉さんは気になって気になって・・・飯田っち、美月に変な事してないでしょうね!」


「するわけないじゃん、カレー食って話してただけだよ」


「ふーん(ニヤニヤ)」


「美月もだいぶ調子よくなったみたいだし、それから先ほど石田の意識が戻ったんだ。これでまた一歩、元の世界に近づいたってワケだ。といわけで、これ!」

川村は持っていた変な形の大瓶2本をベッドサイドのテーブルの上にドンと置いた。


「これはな、こっちの世界の酒だ。院長先生に貰ったんだが・・・美月の帰還と石田の意識回復を祝って、今日は皆で一杯やろう!でもちょっとだからな!特に美月と飯田君はまだ傷が治ってないんだからほんの少しだぞ」


凛子と吉野がコップを持ってきて全員に配り、酒を注いでくれた。匂いを嗅いでみたが、日本酒とワインを混ぜたような香りがする。こちらの世界の食べ物はあまり口に合わないが、この酒はイケそうな気がする。


「えーそれでは、僭越ながらワタクシ大谷が乾杯の音頭を取らせていただきます」

大谷が酒の入ったコップを頭上にかざす。


「飯田君の大活躍によって無事に美月の奪還に成功し、この奥多摩の地へ帰還することが出来ました。思えばこちらに転送されてから早6か月、一時はどうなる事かと思われましたが、皆さんの努力とご協力に恵まれ、次々と立ちはだかる新たな困難にも、云々々々々々々々々・・・」


「こら、大谷、なげえよ!早く乾杯しろ!」


「はっ!それでは、元の世界へ全員で戻れる事を祈って、乾杯!」


「「「かんぱーい!!」」」


美月のベッドを囲んで俺達は乾杯した。

初めて飲んだこっちの酒は、梅酒みたいにちょっと甘くていい香りがする。何から造られているのだろうか?アルコール度数も強くないようで舌触りもいい。俺達の世界で売ったらウケるんじゃないかな?


「飯田君よ、おつかれさん!」


田島がニコニコしながら俺のコップに酒を注いでくれる。


「あー、田島さん、飯田っちにあんまり飲ましちゃダメですよ!まだ怪我人なんだから!」


「ええやんええやん、これくらいどうってコトないだろ?今回のヒーローは飯田君なんだし。つーかさ、凛子お前、自分ばっかりグビグビ飲んでんじゃねーよ!もうそろそろイイ歳なんだしさ、少しは女らしくせにゃいかんぞ!そんな腹筋バッキバキに割れてる女なんてモテねえぞ!」


「はぁぁぁ?田島さんにそんな事言われたくないですねー、あーそーかそーか、田島さんって女性らしいカワイ~イ子が好みですもんねー!奥さんもそんな感じですもんねー、このロリコン!脳筋ロリコンゴリラ!」


「あのー、飯田君、田島さんの奥さんの写真、見た事ある?」

大谷がちょっと赤い顔をして横から割り込んでくる。


「田島さんの奥さんですか?いや、見せてもらったこと無いですけど・・・」


「たーじーまーさーん!飯田っちにも奥さんの写真見せてあげてくださいよー!ご自慢の奥さんの、しゃ・し・ん!(ニヤニヤ)」


「いや、別にそんな、見せるほどのモノでもねぇしよ・・・」

と言いつつ、まんざらでも無いような表情の田島。


「いーじゃないですかぁ、田島さーん、飯田さんにも見せてあげてくださいよぉ、減るもんじゃあるまいし、減るもんじゃあるまいし、減るもんじゃあるまいし!」

なぜか美月が勝ち誇ったような顔をしている。


「あぁー?・・・ったく、しゃあねえなぁ・・・」

田島はポケットから財布を取り出すと、その中に入っていた写真を俺に見せてくれた。




「えっ!?これが田島さんの奥さん?」


マジで?マジで?嘘だ!何かの間違いだ!信じたくない!


そこに映っている女性は、まるでアイドル歌手のようなかわいい女性、いや女の子と言った方がしっくりくる感じの、田島からは想像もつかない超超超絶美人だった。


「田島さんの奥さんはね、自衛隊の広報部に居たんですよ。何てったってこのルックスでしょ?海自のポスターに起用されてファンレターとかも来ちゃってね、イベントに出ると親衛隊みたいのがくっついてきちゃったりして。全国の海上自衛官4万人のアイドル的存在だったんですよ!それがまさか田島さんと結婚するって聞いた時は・・・俺達皆でヤケ酒ですよ!うちの科の新人なんかショックで自衛官辞めちゃいましたから」

大谷が顔を赤らめながらドヤ顔で説明する。


「田島さん!どうやって奥さんをモノにしたんですかっ!マジ聞きたい!」

俺は本気でそう思った。だって・・・こう言っちゃ失礼だが、見た目イーグル装甲車のようなゴリゴリマッチョの田島とあのアイドルのような奥さんのカップル、まったく想像できない。


「いやぁ、そう言われてもなあ・・・まあな、内に秘めたオレの漢の魅力と言うかだな、そう言うモノがウチのかみさんのハートにヒットしたわけだな、コレが、わはは」


「なーに言ってんですか!なにが ”そう言うモノがウチのかみさんのハートにヒットしたわけだな” ですか!キモっ、オェ~、ゲロゲロ~、どの口がそんなこと言う~!この口か~!」

凛子は既に5杯くらいおかわりしていてすっかり出来上がっているようだ。いつもの”凛子の田島弄り”が、今日は酒の効果もあってさらにヒートアップしている。だがそんな凛子に怒ることも無く、田島はニコニコしながら楽しそうに相手をしている。


「でもさ、そう言う凛子はどうなのよ、元の世界に彼氏くらい居るんだろ?何てったってそのプロポーションだもんなあ!(ニヤニヤ)」


「あっ!このエロゴリラ!今エロい目で見たな!見たよね!見たよね!ぜぇーったい見た!胸から腰のあたり舐めるように見た!美月とヨッシーも気を付けた方がいいよ!」


「ヨッシー?」


「うん、吉野さんって呼ぶと何だか堅苦しいからヨッシーって呼ぶことにしたの、いいよね?ヨッシー」


「あ、私は別にいいですけど・・・」


そう言えば吉野さん、いやヨッシーとはまだあまり会話したことが無い。彼女はこちらの世界に来て日が浅い事もあるが、どちらかと言うと控えめな性格らしく、いつも一歩下がって見ている感じだ。


「ねえねえねえ、ヨッシーってさ、彼氏とか居ないの?」

凛子の勢いは止まらない。


「彼氏ですか・・・私、男性には興味無いんで・・・」


「えっ・・・」

「は?」

「!」

「・・・」


その場の雰囲気が凍り付いた。

窓際の椅子に座ってくつろいでいた川村も口をぽかんと開けてこちらを見ている。


「え?あの、ヨッシー、男性に興味が無いって・・・それってもしかして、女の人が好きって・・・コト?」


「ええ、私、物心ついた時から女の子の方が好きで、元の世界でも彼女・・・って言うのかな?女性と同棲してました」


意外な事実!

この外見で白バイ隊員って聞かされた時もビックリしたが・・・

なんかもったいないなあ、って言っちゃ失礼か。

でもヨッシーってもの静かでお姉さんっぽくて楚々としていて、男性から結構モテそうなんだけどなあ。


「じゃあさ、ヨッシーってどんな女性が好みなの?なんかすごく興味あるー!芸能人で言ったらどんなタイプ?」


「そうですね、芸能人とかじゃないんですけど、美月ちゃんとか、すごくかわいいなーって」


いきなり名前を出された美月はベッドの上でキョトンとしている。何だ、このGLな展開。


「美月、美月!美月はヨッシーの事どう思う?この際思い切って新しい世界に足を踏み入れちゃうってのもアリかもよ!帰国子女の女の子と勇敢な白バイ隊員のお姉さまの恋!うわー、何か興奮するーキャハハー!」

凛子は楽しくて仕方ないみたいだ。何だよ、その微妙な設定。


「どうなのよー、美月!ヨッシーの事!どうなのよー!」


「あ、あはは・・・そ、そうですね、吉野さんって私と違っておしとやかで清楚で美人だし、吉野さんだったら、まぁ、それもちょっとイイかなーって」


「うわーーー!飯田っち!ライバル出現だよ!どうすんの!どうすんの!取られちゃうぞ~、うかうかしてるとヨッシーに取られちゃうぞー!」


「いやいやいや、そう言う凛子だって”私はスポーツマンタイプよりメガネとか掛けてる色白で優しそうな理系タイプがいいなー”とか言ってたじゃん!大谷さんなんかドンピシャじゃん!あー、ひょっとして図星だろ!だろ!だろ!」


「ななな、何言ってんのよ!テキトーな事言ってるとぶっ殺すぞ!イーグルから機関銃取って来てハチの巣にしてやるー!」


いつの間にか院長先生と奥さんも窓際に座っている川村の傍に居て、ニコニコしながら俺達の話を聞いている。


本当に楽しかった。皆の笑顔が心地良かった。


「おーい、皆ご機嫌なところで申し訳ないが、ちょっと聞いてくれるかー?」

川村がパンパンンと手を打ちながら立ち上がると、田島、大谷、森本の3人はすぐさまコップを傍らに置き、森本以外は一瞬で立ち上がって直立不動の姿勢を取る。さすが自衛官。


「森本が崖の傍に埋めた例のマスターキーだが、昨日田島と大谷に探しに行ってもらったところ、首尾よく発見することが出来た。これがそのマスターキーだ」

川村は胸のポケットから携帯電話よりひと回り小さい四角い箱を取り出した。底部に端子のような金色の模様がズラッと並んでいる。マスターキーって鍵の形をしているとばかり思っていたが、コンピューターのドングルみたいな感じだ。


「これで2つのマスターキー、そしてプログラマーの石田も無事に意識が戻った。石田はまだ安静にしてなければならないが、院長先生が言うには、順調に行けば一週間くらいで普通に会話も出来るようになるらしい。という事で、石田の回復を待って、いよいよ空母へ乗り込もうと思う。俺達自衛官で作戦計画を立案するが、他の皆もどんどん意見を出して欲しい。誰一人欠ける事無く、ここに居る全員で元の世界へ帰ろう!俺達なら出来る!」


誰からともなく拍手が起こる。

今までボヤっとしていた希望の光が、ようやくハッキリと輝いて俺達を照らしている。

あと少し、あと少し頑張れば元の世界へ帰れるんだ!

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