第29話 美月救出作戦 Phase3
俺は部屋のドアノブを静かに回した。ドアをわずかに開けて中の様子を確認するが、部屋の中は暗く、ドアのすぐ横に小さな部屋があるのでその奥のメインルームの様子は確認できない。
廊下の明かりが中に漏れないよう、出来るだけドアを小さく開け、音を立てないように忍び込む。耳を澄ますと人の気配があるが話し声は聞こえない。何やら断続的なガタガタという音が僅かに聞こえる。
俺はふくらはぎにテープで留めてあったサバイバルナイフを右手に取り、僅かに灯りが漏れてくるメインルームの方へゆっくりと進んだ。
メインルームまであと1m。俺は柱の陰に身を隠し、そっと部屋の様子を窺った。
部屋の端にベッドがあり、その上で動く男、その下にはレイプされている美月の裸体があった。
あの日、屋上で一晩中話し込んだ時の美月の声や、月明かりに照らされてほんのり光っていた白い肌、いたずらっ子の様な無邪気な笑顔・・・美月との思い出が洪水のように頭の中に押し寄せてくる。
その洪水で頭の中がいっぱいになった時、何かが俺の頭の中で弾けた。
「てめぇぇぇ、山下ぁー!!!!」
俺は柱の陰から飛び出すと、美月の上に覆いかぶさっている山下を思いっきり蹴り飛ばした。
山下は部屋の隅にある長椅子まで吹っ飛び、全身を強く打って長椅子の上にグニャりと倒れこんだ。
「美月!美月!俺だ!飯田だ!わかるか?」
「いやぁぁぁぁ、来ないでっ!いやぁ!いやぁ!」
美月はレイプのショックのせいか錯乱状態に陥っており、完全に目が泳いでいる。
「大丈夫だ、もう大丈夫」
俺は美月を抱きしめた。美月はしばらくの間もがいていたが、だんだん落ち着きを取り戻した。
「飯田さん・・・来てくれたんだ、ありがと・・・」
その時、俺の背中に鈍痛が走った。
「いやぁーーーーー!」
美月が俺の後方を見ながら叫ぶ。
振り向くとそこには、血の付いた俺のサバイバルナイフを右手に持った山下がニヤニヤしながら立っていた。
「山下!この野郎!!!!!」
俺は山下に飛び掛かると右手でヤツの首を掴み、そのまま壁へ押し付けた。
ゴンッという鈍い音と共に後頭部を壁に打ち付けられた山下は「ぐえっ!」と奇声を発して白目を剥く。だが、すぐに「ふへへへへ」と変な声を出して笑い出した。
「お前、何がおかしいんだ!」
「ふへへへへっ、何だよお前、俺と同じ顔してやがるじゃねえか!そうか、だからここに入って来られたんだな!あはははは、スゲーなてめえ!」
「黙れ、このゲス野郎!」
もう一度山下の頭を壁に打ち付けたが、ヤツは相変わらずニヤニヤしている。
「お前ら元の世界に帰ろうと必死なんだろ!ばっかじゃねぇの、帰れるわけねえだろ!ふへへへへ、それよりもさ、お前、こっちの世界で色々イイ思いしたくねえか?こっちの世界の奴らバカばっかだしよ、俺が政府に口利いてやるからよ、俺と一緒に楽しもうぜ!な、いい考えだろ?だから手ぇ離してくれよ、頼むよ」
山下はヘラヘラしながら命乞いをしてきたが、ヤツを見れば見るほど心底怒りが込み上げてくる。
「な?そうしようぜ!奴らにとっちゃ俺達は天才みたいなモンだしな、ちょっと何か教えてやると超ありがたがって何でも持ってくるぜ、金でも女でも。だからさ、お前もむさ苦しい自衛隊なんかとつるんでねぇでこっち側に来いよ、俺が奴らに話つけてやっからよ」
生まれて初めて人を殺したいと思った。それはどこか奇妙な感覚で、まるで第三者のように冷めたもう1人の自分がこの状況を上から俯瞰しており、「へえー、俺でも人を殺したいなんて思う時があるんだ・・・」なんて考えながら眺めている・・・今の俺の頭の中にはそんな情景がぼんやり浮かんでいた。
そうだ、俺はコイツを殺したい。殺したい!殺したい!殺したい!
俺は山下の首根っこを掴んだまま、奴をゆっくりと持ち上げた。
首を掴まれて気道を塞がれた山下は苦しさのあまり手足をジタバタさせながら必死に抵抗を試みるが、今の俺のパワーに敵う筈もない。
俺は山下の首をさらに絞めつける。
山下の首にメリメリと俺の指が食い込み、まず中指が首の皮膚を破った。
俺はさらに手に力を込める。220kgの握力を宿された俺の指は山下の首の筋肉を押しつぶしながらメリメリと首の中に入って行く。
ヌルっとした感触と共に生暖かいものが指の間を伝う。次の瞬間、破れた山下の頸動脈から勢いよく鮮血が噴き出した。
カッと見開いた山下の眼球はこぼれ落ちそうなくらい飛び出しており、白目の中に模様のように枝分かれしている毛細血管までもがはっきりと見える。
半開きの口と鼻からは、破られた頸動脈から出た血が流れ出ており、未だ動いている心臓の鼓動に併せてゴボッゴボッと異物が詰まった排水管のような音を立てていた。
「やめてっ!もうやめてっ!もういいよ、お願い、もうやめてっ!」
キーンと言う耳鳴りの中、背後で美月が泣き叫ぶ声がかすかに聞こえる。
急激なアドレナリンの過剰分泌により、俺の頭の中は真っ白になっていた。心拍数が一気に上昇してこめかみがズキズキと痛んだ。
「やめてっ!!!」
美月が後ろから叫びながら勢いよく飛びついてきた。
その反動で俺の手から山下の首が抜け落ち、ヤツの身体は血の海と化した床に崩れ落ちた。
「お願い・・・お願いやめて・・・もういいよ、もう・・・・・」
背中に抱き着いて泣いている美月の身体から伝わって来る体温を感じる。そのせいか、俺は少しづつ正気に戻っていった。
血の海の中に転がっている山下の死体、まだ指に残っている山下の首の肉を潰す感触、白い壁に描かれた血しぶきの跡・・・心が自分のした事を認識するにつれ、強烈な罪悪感と虚無感が頭の中に広がってゆく。
俺は人を殺したんだ。この手で人を殺したんだ。
俺は後ろの美月の方に向き直ると美月の膝に突っ伏した。
「お、俺は・・・人を殺してしまった・・・俺は人殺しだ・・・人殺しだ・・・」
自分のした事に耐えきれず、美月の膝の上で泣いた。恥も外聞もなくわんわん泣いた。涙がドクドクと溢れ出て止まらない。もう何もかもがどうでも良かった。
美月は俺の頭を膝に乗せたまま座り直すと、返り血を浴びて汚れた俺の顔をベッドのシーツで拭き、優しく俺の頭を撫でた。
「飯田さん、ありがとう、助けに来てくれて」
「・・・・・・・」
「私ね、ここに来てすぐに薬を飲まされて色々聞かれたの。空母の事とか・・・でも私、空母の事なんて本当に何も知らないでしょ?だからあいつらに拷問されたの・・」
美月は俺の目の前に右手を差し出して見せた。
彼女の小指と薬指は拷問により爪が剝がされて肉がむき出しになっており、その指先は紫色に変色して血が滲んでいた。あまりの痛々しさに、俺は思わず目を背けてしまう。
それ以外にも彼女の身体中の至る所に打撲と思われるあざや切り傷ができていた。
「それでね、私は何も知らないって分かると、あいつらはその場で私を殺そうとしたの。でも山下が自分が殺すって言い出して、この部屋に連れて来られて・・・私ね、山下に乱暴されてる時、もうこのまま舌を咬み切って死のうと思った。本気でそう思ったんだよ、どうせこの後殺されるんだし、だったら自分で死のうって。でもね、飯田さんが助けに来てくれたんだ」
「でも、俺は山下を・・・殺したんだ、人殺しだよ」
「うん・・・だけど、飯田さんが人殺しでも、たとえ悪魔だったとしても私は構わない。私を助けてくれたのは、今目の前に居る飯田さんなんだよ・・・だからそんなに自分を責めないで、お願いだから」
美月の膝にもたれて薄暗い部屋の中をボーっと見ていた。俺の頬に美月の体温が伝わって来る。そのぬくもりは心地よく、さっきまでの怒りの感情が嘘のように俺の心の中からゆっくりと消えて行った。
「美月」
「なに?」
「皆の事、好きか?」
「うん、みんな良い人達だよね、大好きだよ」
「そうだよな。こんなトコにいきなり転送されちゃってかなり凹んだけど、皆と出会えたから俺は何とか今日までやってこれたような気がする。今日だって俺一人で助けに来た訳じゃないんだ」
「うん」
「さあ行こうか、皆が待ってる」
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