第28話 美月救出作戦 Phase2
イーグルの定員は4名だが、全幅の大きい装甲車の室内は思ったより広く、乗り心地も悪くない。運転は田島、助手席に川村が座り、運転席の後ろにある射撃管制員の席には大谷が座っている。この射撃管制システムは正面にナイトビジョンカメラの映像が映し出されるモニターがあり、その映像を見ながら右手にあるジョイスティックで車体上部の砲塔に設置された7.5mm機関銃や、76mm擲弾発射機を操作できる。
静岡までは下道を使うが(高速道路なんか走ったらすぐに通報されてしまうだろう)この世界の車よりも速い速度で走る事が出来るので、前回よりも早く到着する筈だ。
「飯田さん、大丈夫ですか?」
大谷がふいに俺の顔を覗き込みながら話しかけてきた。
「あ、はい、大丈夫です」
「飯田さんに大変な役をさせてしまって本当に申し訳ないです。本当なら自分達が何とかしなきゃならんのですが・・・」
「いえ、そんな・・・俺にこんな大役が務まるかどうか不安ですが、まあ何とかやってみます。もう覚悟はできてますから」
「お願いします。でも無事に美月を連れて外へ出て来られたら、後は自分達が必ず守ります!」
「任せてください。必ず美月を取り戻して来ます!」
3時間ほどでイーグルは静岡市内の山道へ入った。人目に触れるのを避けるため、なるべく国道を走らないようにした為だ。
静岡市を流れる安倍川の上流に掛かるあけぼの橋を渡り、小さな神社の前で田島はイーグルを停めた。いよいよだ。
俺は装備を確認する。背中にテープで貼り付けたSIG SAUER P226拳銃、脛のサバイバルナイフ、ズボンの尻ポケットのスタンガンとジャケットの胸ポケットの小型トランシーバー。
「じゃ、行ってきます!」
「おう、気をつけてな!」
俺はイーグルの後部ドアから外に出た。
神社の横手にが茶畑の丘陵が広がっており、薄ぼんやりとオレンジ色に光る力素街灯からはかすかにゴボゴボと言う音が漏れている。
一つ目の三叉路を左に曲がり、ゆるやかなカーブを抜けて片側2車線の通りを右に曲がってしばらく歩くと遥か右手前方にこの辺りには不似合いな3階建ての建物が見えてきた。
あの建物が静岡警察試験研究センターだ。
建物に近づくにしたがって、門の脇に数名の兵士が立っているのが見える。
果たして偽物の山下だとバレずにあの門から中に入る事が出来るのだろうか?
しかもこんな深夜だ。こんな時間に帰って来るなんて不自然極まりない。
心臓の鼓動が速くなる。一瞬逃げ出したい衝動が頭の中を駆け巡る。
でも俺は門に向かってそのまま歩き続けた。ここで立ち止まったら再び歩き出す事が出来ないような気がしたのだ。
門の左手に3名、右手に1名の兵士が銃を肩から下げて立っている。
俺はわざと兵士達を無視するような態度で門に向かって歩いて行った。
「おい!ちょっと待て!」
兵士の1人が近づいてきた。
「ああ?何だよ、入っちゃいけねぇのかよ?ああ?俺の顔、知らねえのかよ、山下だよ、やました!何だよ、門閉まってるじゃねえか、早く開けろよ!」
「あっ、ハイ、失礼しました!」
兵士は慌ててロックを外し、門を開いた。
「ったくよぅ、すぐ開けろよ、お前ら相変わらず気が利かねぇな、ぶっ殺すぞ!」
後ろでガシャーンと力任せに門を閉める大きな音がした。そりゃこんな態度取られたら誰でもムカつく。
俺は両手をポケットに入れながらチンピラのような感じで建物の玄関へ向かう。玄関わきにはテーブルが置いてあり、その横に守衛とおぼしき制服を着た係員が椅子に座っている。
守衛は俺に気が付くと、テーブルの引き出しからペンとノートを取り出してテーブルの上に置き、俺と目も合わせずにこう言った。
「入館名簿にサインしてください」
山下のサイン!?
この守衛のオッサンはいつもここで山下のサインを見ているのだろう。
いつもと違うサインを書いたら怪しまれる。
どうしよう・・・もうこうなったら無理やり押し切るしかない!
「ああ?うっせーな!今日は機嫌が悪いんだよ!にしてもいつもいつもサインサインって、おめぇそれしか仕事ねぇのか?ホント、うぜぇわ・・・いい加減俺の顔くらい覚えろよ、バーカ!ぶっ殺すぞ!」
俺はポケットに手を入れたまま悪態をつく。自分で言っていて気分が悪い。
「いや、決まりですので・・・サインしてもらわないと困りますよ・・・あれ、山下さん、今日は10時に入館してから出てないですよね」
「10時に入ってまたすぐ出掛けたんだよ、出る時サインしなかっただけだろ、このボケ。お前俺を疑うようなこと言うのか?ああ? あー何だかムカついてきた!おお、そうかよ、それじゃあオメーの事、上に言っておくからな、どうなっても知らねえからな」
守衛は「はぁ・・・」と溜息をついて椅子から立ち上がり、玄関のドアのロックを解除して扉を開いた。
「どうぞ・・・」
「ありがとよ・・・初めからこうすりゃいいのによ、ったく使えねえなあ、ぶっ殺されてぇのかよ」
俺は建物の中へ入り、そっと振り向いて外の守衛の様子を確認すると、守衛は椅子に座り直したところだった。
よし、俺の事を疑ってはいないようだ。
玄関を入るとそこは小さなロビーになっており、右手の奥に階段らしき暗がりが見える。恐らくあの階段で地下へ降りることが出来るはずだ。
薄暗いロビーの右端まで歩くと、案の定地下へ続く階段があった。
足音をなるべく立てないように静かに階段を降りる。強烈な緊張感に包まれ口の中が渇いてくる。何だか泥棒になったような気分だ。
地下に降りると金属製のドアがあった。多分このドアの向こうに美月が監禁されている部屋があるのだろう。
俺はゆっくりとドアノブを回す・・・が、カギが掛けられていてドアノブは回転しない。
「そりゃそうだよな・・・」
恐らく山下はこのドアの合鍵を持っていて自由に出入りできるのだろう。
さて、どうしたものか・・・
森本の話では、監禁されていた部屋の前には常時監視役の兵士が居たと言うことだが・・・
そうか、こっちから開けられないのであれば向こう側から開けさせればいいんだ!
俺はポケットからスタンガンを取り出し、すぐに使えるように親指でスイッチの位置を確認した。
「よし、やるか・・・」
大きく深呼吸をして意を決した俺は足でドアを数回蹴とばした。
静かな地下にゴンゴンと大きな音が鳴り響く。
「おい、ここを開けろ!居眠りでもしてんのか?早くしねえとぶっ殺すぞ!」
俺が怒鳴るとガチャガチャとドアにカギを差し込む音が聞こえ、ほんの僅かにドアが開いた。ドアの隙間の向こうには、怪訝そうな目をした兵士がこちらを覗いている。
「おい!早く開けろよ!俺だよ!山下だよ!」
俺はひるまずにまくし立てる。
兵士は俺の顔を見ると驚いたような表情を浮かべながらドアを開けた。
「あ、あの、山下さん、部屋に居たんじゃないんですか?」
「ああ?さっき気分転換にちょっと外へ出たんだよ!てめぇさっき俺が部屋から出た時、居眠りしてたじゃねぇか!」
「いや、そんなはずは・・・自分はずっと部屋の前に座ってましたよ!寝てなんかいません!」
「ハァ?じゃあ何か?俺が夢でも見てたって言うのかよ!てめぇ、ふざけんなよ、この事は上に報告してやっからな!」
「えっ!そ、そんな・・・」
「ふん!どうせ居眠りしてた事さえ自分で気が付かなかったんだろうよ、ったく使えねぇなぁ・・・今すぐ便所で顔でも洗ってこい!」
「す、すみませんっ!」
兵士は踵を返して俺に背を向けた。今だ!!!
俺は左手で後ろから兵士のベルトを掴んで引き寄せ、右足で兵士の足を払った。兵士が前のめりに床へ倒れこむ。
すかさず右手に持っていたスタンガンを兵士の首に当て、スイッチを押した。
バチッという音がして130万ボルトの電圧が兵士を襲う。1発目で兵士は気絶したようだが、足がわずかに痙攣している。俺はそのままスタンガンのスイッチを押し続けた。
バチバチという音と共に焦げ臭い匂いが廊下に漂う。
兵士は完全に動かなくなった。
俺は兵士が持っていた銃から取り外したストラップとズボンのベルトで兵士の手と足を縛り、階段下のスペースへ放り込んだ。
長い廊下の先にはポツンと椅子が置かれているのが見える。きっとあの椅子が置かれているところの部屋に美月が監禁されているに違いない。
兵士の言動からすると山下も部屋の中に居るようだ。美月への拷問が既に行われているかもしれない、早く助けなければ!
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