第26話 なりすまし

その時、俺の頭の中にある考えが浮かんだ。外側から攻めるのが無理ならば中から攻めればいいんじゃないか?


「あの、素人考えかもしれないんですけど・・・ちょっと俺にアイデアがあるんですが・・・」

全員が俺の顔を見つめる。


「さっき森本さんが山下新之助は奴らの側に付いてるって言ってましたよね?しかも森本さんを拷問したと・・・って事は、山下はその施設に自由に出入り出来る人間だと思いません?んでもって俺って、山下新之助と同じ顔じゃないですか?だったら俺が山下になりすまして堂々と正面玄関から中に入るってのはどうですかね?」

言ってからちょっと後悔した。改めて言葉にしてみると結構ヤバイ計画だな、これ。


「おお!その手があったか!」

川村の表情がパッと明るくなった。


「この世界にはまだ指紋認証なんかのセキュリティーは無いからな、ひょっとしたら行けるかもしれんぞ!だが・・・上手く施設の中へ入ることが出来たとしても、美月が監禁されている場所を見つけ出さなきゃならん・・・森本、建物の中がどんな構造だったか覚えてるか?」


「うーん、そうですね、自分が監禁されていた部屋も拷問されていた場所も地下って事はハッキリしてるんですが・・・建物の詳しい間取り的なモノに関しては、すみません、分からないです・・・あ、しかし自分が監禁されていた部屋と拷問されていた部屋は近い場所にありましたね、ほんの数メートルの距離です。あと覚えている事と言えば・・・自分達が監禁されていた部屋のドアの横に常時監視員が立っていました。地下には他にもたくさん部屋があったんですが、監視が居たのは自分達が監禁されている部屋のみでした。だから今回も監視が付いている部屋に美月が囚われている可能性が高いと思います」


「まず、飯田君がうまく山下になりすまして中へ入れるかどうか?入れたとして美月を発見できるかどうか?発見できたとしてそこから2人で脱出できるかどうか?建物から脱出できたとしてそこからここまで逃げ切れるかどうか・・・かなり厳しいな・・・田島、1トン半(注1)とイーグル(注2)の燃料はどれくらい残ってる?」


「そうですね、1トン半はまだ満タンに近い状態ですが、イーグルはタンク半分ってとこですね」


「イーグルはタンク半分か・・・となるとここから静岡往復は厳しいな・・・じゃあ、1トン半の燃料をイーグルへ注ぎ足すか・・・よし、美月救出作戦の概要だが、まず現地まではイーグルで向かう。あんな鈍足な装甲車でもこっちの車に比べたらかなり速いからな、もちろん高速道路は使えないから下道だ。現着したら施設から約1km付近で飯田君を車から下ろす。飯田君はそこから歩いて施設へ向かってもらう。ここからは飯田君に任せる他無いのだが・・・無事に美月を確保したら・・・、あ、そうだ、田島、空母から持ってきた甲板作業員の連絡用トランシーバーは使えるか?」


「使えます、3日前にチェック済みです」


「よし、美月を確保したら飯田君はトランシーバーで合図してくれ、俺達がイーグルで施設に突っ込む。敵兵及び障害物はイーグルのMG51/71(機関銃)で破壊する。そして飯田君と美月を拾って帰投する。と、これが今考えられる最善策だと思う。でだな、飯田君、この計画は君無しじゃ成り立たない。非常に危険な作戦だし、ほとんどが不確定要素ばかりだ。もし君がやりたくないと言うのであればそれでも構わないし、その事についてとやかく言う者が居たら俺がそいつをぶん殴る。だからよく考えてくれ。少しでも躊躇しているのであれば遠慮なく断ってくれていい」


確かに不確定要素だらけだ。そこに美月が監禁されているかどうかさえハッキリしていないし、俺が山下に成りすまして潜入できるのか・・・でも、今は躊躇している時間は無い。恐らく今考えられる最善策がこの計画なのだろう。


「わかりました、俺、やります。全員揃って元の世界へ帰るために、絶対に美月を連れて来ます!」


俺の返事で作戦の実行が決定すると部屋の中に緊張した空気が張り詰めていくのが感じられた。

本音を言えば、ついさっきまでは迷っていた。いや、マジで断ろうかとさえ思っていた。

正直、怖い。

だって俺はついこの間まで普通のどこにでも居るただのサラリーマンだったのだ。それもダメな方の。

そんな俺が美月の運命を背負おうとしている。

目と閉じると、屋上で一晩中話した時の屈託のない美月の笑顔が浮かんでは消えた。


「分かりました!場所が分かりました!」

大谷がドアを勢いよく開けながら部屋に入って来る。


「緑色の看板のGFF57ですが、ここはお茶を焙煎する工場だそうです。安倍川の上流、県道27号線沿いで、その工場の向かい側にある静岡警察試験研究センターと言うのが例の施設だと思われます」


「こんな短時間でよく分かったな、ネットとかも無いのに」


「それがですね、自分達が居た世界ではもうほとんど見かけなくなった電話帳がこっちでは一般的に使われてるんですよ!あのGFF57を電話帳で探したら一発で見つかりまして、院長先生の奥さんにそこへ電話してもらって色々と聞いたんです」


「おお!電話帳か!懐かしいな・・・よし!では早速準備に取り掛かるぞ。田島と大谷はイーグルと兵装の準備をしてくれ、凛子は田島と大谷を手伝ってやってほしい。俺と森本は飯田君と細かい打ち合わせを行う。吉野さんも俺達と一緒に来てくれ。出発は今夜22時、夜が明ける前に帰路に就くぞ!」

川村の掛け声と共に全員が準備に取り掛かる。俺は川村と吉野と共に森本の病室へ向かった。


病室に入ると森本は車椅子に座って窓の外を眺めており、俺達が入っていくとたどたどしい動作で車椅子を操作してこちらに向かってきた。


「改めまして、海上自衛官の森本です。先ほどはお見苦しいところを見せてしまって・・・お恥ずかしい限りです、申し訳ありませんでした。でも、なぜ山下と同じ顔なんですか?」


バツが悪そうに謝る森本の両足太腿には切断面に包帯が巻かれている。どす黒く血が滲んでいて痛々しい。


「いえ、こちらこそ驚かせてしまってすみません。あ、私は飯田明と申します。この顔、びっくりしましたよね。実は奴らに顔面をやられちゃいまして・・・気が付いたらこの顔に整形されちゃってたんですよ、ははは」


自分を拷問していた山下がいきなりまた目の前に現れたと思えば、そりゃびっくりするだろう。


「と、言うワケだ。森本、飯田君に山下の特徴を教えてやってくれ、俺は飯田君に携帯してもらう武器を用意してくる」

そう言うと川村は病室から出て行った。



(注1)1トン半

川村達が空母から脱出した際に乗って来た自衛隊で使用されているソフトスキンの輸送車両の通称。正式名称は73式中型トラック。

日野レンジャーのコンポーネントを流用するフルタイム4WD。

最大乗員数19名、最大積載量約2,000kg、最高速度約115km/h


(注2)イーグル

川村達が空母から脱出した際に乗って来た四輪式の軽装輪装甲車。2022年3月、日本防衛省防衛装備庁は「軽装甲機動車の後継装備品」として丸紅エアロスペースが提唱したイーグルを選定した(架空、2022年現在、未だ選定はされていない)。

RWS(遠隔操作式の無人銃架・砲塔)を搭載しており、この車両には7.5mm機関銃MG51/71が設置されている。

最大乗員数1+4名、最高速度約110km/h

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る