第23話 奪還作戦 Phase4

---------- 静岡共立病院地下、リネン集積室(田島、美月、大谷) ----------


田島は地下の車寄せにトラックを停めるとエンジンを止めて降車し、大きなドアの横にある受付窓口に無言で許可証の紙を差し入れた。


「定期搬入?あーリネンサービスねー」

窓口の奥からメガネを掛けた年配の男性が田島の顔を一瞥する。部屋の奥から歌謡曲と思しき音楽がかすかに聞こえた。

すぐにパンパンと言うスタンプの音が聞こえ、日付時刻の押印された許可証が戻ってきた。

田島が許可証を受け取ったのを見た美月はすぐさまトラックを降り、トラックの後部ドアを開けて田島と共に荷台へ乗り込む。


2人は積まれていた縦1.5m、幅1.5m、長さ2mほどの交換用リネンを積んだキャスター付きのケースを荷台から降ろし、後部ドアを閉めた。

ドアを閉める間際、荷台奥に隠れている大谷と目が合った。大谷は右手親指を立てると、使用済みリネンの陰に身を隠した。



地下の搬入口から20mほど進んだ正面にリネン集積室があった。田島と凛子はその中にケースを運び入れ、ケースの中のリネンをすべて取り出した。

時刻は午前2時10分。


「ふぅ~、やっと着きましたね、川村さん達は大丈夫かなあ?あと5分くらいでここに来る予定ですよね」

美月がスマホ画面の時計を見ながらつぶやく。


「ああ、川村一佐達が時間通りに来てくれる事を祈ろう」

田島はそう言うと胸のポケットからペンを取り出し、静かに入り口のドアを開けると外側のドアノブの横に〇印を書いた。

この印を目当てに川村達がやってくる手筈になっている。

地下にあるリネン集積室の中は蒸し暑く、じっとしていると身体中からジワジワと汗が出てくるのが感じられた。



---------- 静岡共立病院内(川村、飯田、凛子) ----------


遅いエレベーターがやっと地下に着き、ドアが開いた。

病室がある階とは違い、照明も暗く蒸し暑い。換気が良くないせいだろうか、澱んだ空気が纏わりついてくる。

天井には何本ものカウパー液の配管が通っており、ゴボゴボと音を立てている。

エレベーターを降りて10mほどの右手に他の部屋のドアよりも一回り大きなドアがあった。ドアノブの横に小さな〇印が書かれている。ここだ、予定通り田島達は侵入に成功したようだ。


川村が静かにドアを2cmほど開け、小声で「2号車到着」と言うと、中から田島がドアを開いて俺達を招き入れた。


「川村一佐、お疲れ様です、そちらは問題ありませんか?」

「ああ、俺も飯田君も凛子も無事だ、あ、飯田君のキンタマがヤバいかもしれんが・・・で、そっちはどうだ?」

「ええ、ゲートのチェックで少々ヤバかったですが、美月のファインプレーでどうにか切り抜けました」

「ファインプレー?そうか、まあ詳しい話は帰ってからゆっくり聞くとして、すぐにここから出よう」


俺達は運んできた2人・・・麻酔点滴で眠っている2人をリネンケースに収容し、俺と川村、凛子の3人は田島達が持ってきた私服に着替えた。


「飯田さん、さっき川村さんが言った・・・あの、どこか怪我したんですか?大丈夫?」

美月が不安そうな表情で俺に問いかける。


「あ?ああ、ダイジョブダイジョブ、ジャンプした時にちょっと失敗しちゃってさ、大事なトコぶつけちゃってね、ハハハ」

まだジンジンとした痛みが残っているが、この場で確認するワケにもいかないし・・・


「おい、あんまり喋るなよ!」

「すみません・・・」

「じゃあ、集合地点で落ち合おう!」


田島と美月がケースを押して部屋を出て行った。この後は吉野が待機している路地で落ち合い、奥多摩へ帰るのみだ。


私服に着替えた俺と川村、凛子の3人は2分づつ間隔を空けて部屋を出ていく。

まず初めに川村、2番目に凛子、最後に俺だ。


「飯田っち、キンタマ大丈夫?」

凛子がいたずらっ子のような目をしながら聞いて来る。


「大丈夫だよ、まだちょっと痛いけどさ」

「今この部屋に2人きりだからさ、ちょっと見てあげよっか?」

「はぁ?ななな、何言ってんの!こ、こ、こんな状況で!」

「へへへ、美月の言ってた通りだ!飯田っちってからかうと子供みたいでカワイイって!」

「え?美月が?」

きっとあの屋上で過ごした夜の事だ。あいつ、ったく・・・


「じゃあ、アタシは先に行くね。あ、今日の飯田っち、スパイダーマンみたいでカッコ良かったよ!じゃね」

凛子はそう言うと小さく手を振って出て行った。いつもの明るい凛子に戻ったようで、俺はちょっとホッとしていた。


時刻は午前2時28分。凛子が出て行ってからちょうど2分が経過した。

俺はこの場に捨てて行くバッグを使用済みリネンの奥に隠し、もう一度部屋の中を確認して部屋を出た。


澱んだ空気が漂う薄暗い廊下を進んでいくと右手に階段があり、その階段を上ると病院1階のロビー横に出た。

受付には男性と兵士が座っていたが、2人共うたた寝をしているようで、俺に気付く気配は無い。


俺は出来るだけ足音を立てないように受付の前を通り過ぎ、正面ドアから外へ出た。

外の空気を吸った瞬間、何とも言えない安ど感に包まれた。まだ終わったわけでは無いが、とりあえずここまでは大きな問題は発生していない。

この後は静岡共立病院を出て右手の歩道を進み、しずおかクラウンプラザビルとの間の路地を曲がればトラックと1号車、2号車が待っている。それに乗って帰るだけだ!

そう思った瞬間、遠くでパンパンと銃声の音が聞こえた。イヤな予感が頭の中を駆け巡る。俺は走り出した。路地の入口まで距離にして約100m、今の俺だったらダッシュで4秒ほど。だが、そこにある路地の入口はとても遠く、まるで自分の動きがスローモーションになったような感覚だった。

路地を曲がって目に飛び込んできたのは、トラックに群がるグレーの迷彩服を着た複数の兵士と、傍らに停まっているグレーの車に誰かが無理やり押し込まれる様子だった。


1号車の窓から突き出た銃身から閃光が煌めき、パンパンという銃声が路地に響き、2人兵士が倒れた。急発進したグレーの車がその倒れた兵士の傍らを抜け、全速力でこちらに向かって来る。

どうしよう!あまりの急な展開に判断が追い付かない。そうこうしている内にグレーの車はみるみる近づき、俺の傍らを通り過ぎる。その瞬間、車の後部座席に美月の顔がちらっと見えた。


拉致されたのは美月だ!


車は路地を出て左折し、静岡共立病院前の大通りを西に向かっって走り去って行く。

俺は車の後を追って全速力で駆け出した。

後方ではまたしても2発の銃声が聞こえた。

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