第22話 奪還作戦 Phase3

---------- しずおかクラウンプラザビル屋上(川村、飯田、凛子) ----------


しずおかクラウンプラザビルの屋上から俺はジャンプした。

下の路地に停車している1号車と2号車、そして強奪したトラックが停車しているのがチラっと見えたが、気が付けば静岡共立病院の屋上は目の前に迫っている。

俺の身体は静岡共立病院の屋上の端から内側5~6mくらいの場所に叩きつけられた。空中で体勢が前のめりになってしまい、うまく足から着地出来なかったのだ。

俺は左足から肩までをつんのめるように屋上のコンクリートに打ち付け、数メートル転がって止まった。幸いにも頭は打たなかったが、打ち付けた左半身の痛みで起き上がれない。

みぞおちの辺りを思いっきり殴られた・・・そんな痛さだ。

あまりの苦しさに声を出しそうになったが、気力を振り絞って何とか堪えた。

痛みよ早く治まれ、早く治まれと、何度も心の中で叫んだ。屋上でのたうち回りながら。

それでも5分ほど経つと少しずつ痛みが治まってきた。

何とか起き上がると腰に装着していた金具からロープを外して手すりの太い支柱に括りつけ、ロープの張り具合を確認した。

向こう端では川村がロープの具合を確認し、凛子のハーネスに装着されたフックをロープに取り付けている。が、何か手間取っているのか、凛子はなかなか渡ろうとしない。

凛子は飛び出そうとしているようだが、どうにも足がすくんでしまっているように見える。

川村が凛子に何か耳打ちすると、凛子は意を決して飛び出した。

ロープが適度にしなりながら、凛子がこちらに向かって滑って来る。

そして俺はどうにかこちら側までたどり着いた凛子を手すりの前で受け止めた。よほど怖かったのだろう、凛子の顔は半泣きだった。


「凛子ちゃん、大丈夫?」

「うん、私やっぱり怖くなっちゃって、ゴメンね、イライラしたでしょ?ゴメンね・・・」

「いや、大丈夫大丈夫、ちゃんと渡れたじゃん!」


凛子のハーネスに付いたフックからロープを外し、向こう側に居る川村に合図を送ると、すぐに川村が降りてきた。

さすが自衛隊員、何事も無かったようにこちらに着くと慣れた手つきで手すりを飛び越え、自分でロープからフックを外した。


次はターゲットが収容されている病室のベランダに降りなければならない。

病室の真上に移動し、各自持参した短いロープの両端に取り付けたフックを屋上の手すりと自分のハーネスに引っ掛け、壁伝いにベランダに向かってゆっくり降りて行く。

わずか数メートルの高さなので、3人とも難なくベランダに降り立つ事ができた。

ベランダの大きなガラス戸の外側には脱走防止用の直径約2㎝ほどの太さの格子がはめ込まれており、その隙間から病室の中を覗いてみるが部屋の中は消灯して真っ暗なため、中の様子は確認できない。

川村がバッグから小型の酸素ボンベを取り出し、バーナーを装着してを出して火をつける。川村はこのために20kgの酸素ボンベを担いできたのだが、これに加えて89式小銃やらその他諸々の装備で、総重量は40kgを超えていた。聞くところによると自衛隊のレンジャーではこのくらいの装備重量は普通らしい。

鉄格子にバーナーの炎を近づけると、熱せられた鉄格子はみるみるうちにオレンジから赤くなっていく。だが2cmの太さともなると焼き切るのには時間が掛かる。

人間が通ることが出来る間隔を作るのには、鉄格子を4本焼き切らねばならなかった。


どうにか4本の鉄格子の根本を焼き切り、引っ張って隙間を開ける。そして窓ガラスに吸盤を取り付け、その周りをガラスカッターで切っていく。

指で軽くガラスをはじくと、小さなパキッと言う音と共にガラスが円形にくり抜かれ、その穴から川村が手を入れてガラス戸のロックを解除した。


音を立てないようにゆっくりとガラス戸を開け、外からの僅かな町明かりによって出来た影が映らないよう、できるだけ低姿勢を保ちながら部屋へ侵入する。

暗い部屋の中に外から入り込む弱い光と暗闇に慣れたせいで部屋の中の様子が少しずつ見えるようになってきた。

10畳ほどの部屋の右端に2台のベッドが並んで置かれており、左端には簡単なキッチン、トイレと思し個室があり、その奥に出入口がある。外から病室内を確認出来るのは出入り口ドアにあるガラス窓のみだ。

2台のベッドには男性が横たわっていた。それぞれの腕には傍らに置いてあるスタンドに設置された点滴パックから伸びたチューブが刺さっている。

凛子はチューブの根元にクリップを挟んで点滴の流れを止めると点滴パックを取り外し、バッグから取り出した新しい点滴パックに取り替えた。

この点滴パックの中には麻酔薬が混合されており、点滴が続いている間は全身麻酔と同じ効果が持続する。


凛子が点滴パックを交換し終えると、俺と凛子はベッドの下、川村はスタンガンを用意して入口ドアの脇に身を潜めた。

いよいよ監視と一戦交える事になるが、果たして外には何人居るのだろうか?事前の情報では病室の外に常時2人の兵士が監視しているとの事だったが・・・


「いいか、やるぞ」

川村が小声で合図する。

「OK」

「OK」

俺と凛子が返事をすると、川村がキッチンの上に置いてあったコップを床に叩きつけた。

ガシャーンと大きな音を立ててコップが砕け散る。

すぐに異変に気付いた兵士がドアを開けて飛び込んできた。

ドアの陰に隠れていた川村は背後からその兵士の首筋にスタンガンを押し付け、スタンガンのスイッチを押した。

ジジジジと言う乾いた放電音が響き、兵士は白目を剥いてその場に倒れこんだ。しかしその瞬間、もう1人の兵士が川村に襲い掛かる。

俺は咄嗟にベッドの下から這い出て川村に馬乗りになっている兵士の腹部を蹴り上げた。

蹴られた兵士は川村の横に倒れこみ、口から血を吐き、腹部を両手で抑えながらのたうち回っている。

その兵士に川村がスタンガンを押し付けると兵士は気絶して動かなくなった。


「よし、凛子、やってくれ」


川村がそう言うと、凛子はバッグから黒いケースを取り出し、その中にあった注射器で2人の兵士の腕に麻酔薬を注射した。

そして俺と川村は兵士をトイレに運び込み、腕と両足、口を粘着テープで塞いだ。麻酔の効果で1時間以上は目を覚まさない筈だ。


時刻は午前2時20分。

予定よりも5分ほどオーバーしている。早く地下のリネン集積室へ向かわないと、すでに地下にいる筈の田島達が怪しまれてしまう。

ここからは奪還した2人をストレッチャーに乗せて運ぶのだが、病室内や廊下にもストレッチャーが見当たらない。

1名は両足欠損、もう1名は脊椎損傷なので寝ている姿勢で運ばなければならない。幸いにもベッドにキャスターが付いているので、脊椎損傷の1名はベッドに乗せて運び、もう1名は俺が抱えて行くことになった。

川村を先頭に、俺が片手で1名を抱え、もう一方の手でベッドを押す。その後ろで凛子が2つの点滴パックを頭上に掲げながら、薄暗い病院の廊下をゆっくり移動してゆく。

10mほど進んだ左側にエレベーターの扉があった。川村が脇にあるボタンを押すとゴボゴボと言う音がかすかに聞こえ、1階に止まっていたエレベーターが動き出した。

こちらのエレベーターの階数表示は、俺達の世界の昔のエレベーターのようなメーター式だ。俺達が暮らす院長先生の病院も同じである。そして速度が極めて遅い。

エレベーターが俺達が待つ10階まで来るのに3分近くかかるのだ。こんな状況なので5分どころか、まるで10分くらいかかっているように長く感じられた。

イライラしながら待った末にやっとエレベーターのドアが開いた。俺達はエレベーターに乗り込み、地下へ向かう。また3分間待たなければならない。

地下のリネン集積室ではすでに田島達がスタンバイしている筈だ。

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